アークヒルズを拠点とする会員制オープンアクセス型DIY工房TechShop Tokyo。その運営企業TechShop Japanの代表取締役社長・有坂庄一がホスト役を務める、異業種対談シリーズ。今回のお相手は、新しい幼児教育のあり方を模索し続ける松本理寿輝(ナチュラルスマイルジャパン代表取締役)。日本の幼児教育の現状に一石を投じるべく活動を続ける松本のアイデアに迫る。
TEXT BY MASAYUKI SAWADA
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI
大切なのは、ティーチングではなくラーニング
有坂 「代々木公園に入ってすぐ」というロケーションにこんな場所があるとは、ちょっと思いもしなかったです。こちらは“保育園”ではなくて、“こども園”ということですが、どういう違いがあるのでしょうか?
松本 ややこしいですよね。まず保育園、幼稚園、認定こども園というものがありまして、保育園にも認可外保育園であったり、東京都認証保育所であったり、企業主導型保育であったり、いろいろあるのですが、いわゆる公的資源の中でやっているのが保育園、幼稚園、認定こども園になります。
そのうち幼稚園が文部科学省管轄で3、4、5歳、保育園が厚生労働省管轄で0、1、2、3、4、5歳、認定こども園が幼稚園と保育園を両方ともやっている施設という整理で、今は内閣府が管轄しています。
松本 たとえばですけど、教育改革と聞いたときに、有坂さんは何歳からの教育改革をイメージされますか?
有坂 何となく小学校ぐらいからというイメージがありますね。
松本 ですよね。日本で教育改革というと、だいたい小学校以降をイメージされるのですが、OECD加盟国では軒並み「0歳からの教育改革」を謳っています。もちろん0歳で文字を教えるとか、数字的なことを教えるとかではなくて、0歳に適した良質な教育環境を提供するという意味合いです。実際、脳科学などのさまざまな調査研究の結果、教育の出発点において一番大事な時期は0歳から6歳だということが証明されているんです。
有坂 そうなんですか!
松本 しかも、これからどんどん技術革新が進み、新しい価値観が入ってくるわけで、そうなると当然、学校教育自体も変わっていく必要があります。教師や学校自体も学び続ける組織でないと、新しい時代に価値を生み続けていくのは難しくなってくるという議論があって、教育自体が今大きく動いているんですよね。
そのキーワードが「アクティブラーニング」というもので、いわゆるティーチングということに重きを置いてきた学校教育ではなく、これからはラーニングに着目して、生徒はもちろんのこと、教師自身あるいは学校自体が学びのネットワークとか学びの共同体になっていくことが大きなテーマになっています。
有坂 それは素晴らしいことですね。
松本 一般的なテストだけで測れるような能力だけではなく、諦めずにやり続ける力とか、人とコミュニケーションしながら創造する力とか、そういった目に見えにくい、定量的な評価がしづらいような「非認知能力」も、大事な能力として認めていこうというのです。
その非認知能力を伸ばすうえで最も大事な時期が0歳から6歳だと言われています。
「移行帯」は、先駆的な「種」が生まれやすい
有坂 教育政策は成果が表れたり、評価が定まるまで時間が掛かると言われますが、どれくらいのスパンで見えてくるものなんですか?
松本 おっしゃるとおり、教育の評価って難しいんですよね。結局、「人の幸せがどうなのか」みたいなことに関わってくるので。しかも、個人の幸せだけではなく、それこそ国の経済的、文化的、社会的な価値がどうだったかというところの分析もしなければいけないので、かなり複雑な調査をしなければいけないし、膨大な費用も掛かってくる。最近は「Evidence-based education(エビデンス・ベースド・エデュケーション)」といって、確固とした証拠に基づいて政策を考えていきます。
幼児教育に対してOECDがこれだけ動いているのは、アメリカがやった追跡調査で「ペリー就学前プロジェクト」というものがあって、40年間にわたって追跡調査したんです。かなり巨額な投資をしたわけですけれども、そこで幼児期の重要性に関するエビデンスが揃ったことで、ようやく国の政策も動き始めたというわけです。要するに、幼児教育における応答的関わりがとても大事である、ということが証明された。
子どもたちがこれをやりたいという欲求が出てきたときに、「あなたはこれをやりなさい」と命令するのではなく、「そうか、それをやりたいのね」という形で受け止めることが大事だという結果が出たのです。
有坂 まさにラーニングですよね。
松本 そうです。自分自身のことをあらためて振り返っても、どんな場面でよく学んだなといったら……。
有坂 誰かにやらされるよりも、自分から率先してやったほうが学びは深いですね。
松本 はい。自分がやりたいと思ったとき、知りたいと思ったときに最もよく学んでいましたよね。人はやっぱり心が動いたときによく学ぶんです。そのためには興味を持つということが大事な出発点になってきます。
もうひとつ大事なポイントがあって、人と一緒に学んだほうが教育の効果が高いということも分かってきました。たとえば難しいクイズを3問用意して、1人1問解いてくださいという3人のグループと、3人で3問解いてくださいというグループを作った場合、どっちのグループのほうが正答率は高いと思いますか?
有坂 3人寄れば文殊の知恵で、3人で3問のほうですよね。
松本 その通りです。これは何回実験しても同じ結果が出ます。やっぱり人って、少しずつ自分が気付いたことを他人とシェアしながら、足掛かりを設けて答えを導いていくということをよくやるんです。その意味でも、誰かと一緒に学ぶってとても大事なことなんです。そしてこれは、ビジネスの場でも活かせることなのではないかと思います。
有坂 そうですね。「やりたい」と思う仕事にいかにしてジョインできるかだったり、やりたいと思わせるモチベーションをどうするか、といったことは非常に重要ですし、チームで取り組む方が成果を上げやすいという場面も、少なからずあるでしょうからね。
今ビジネス界だと、ネコも杓子もオープンイノベーションがテーマになっていますが、それって要は、「やりたいと思ったことを人とやる」ということですよね。イノベーションというのは、別に狙ってやる必要はなくて、「オレはこれが世の中に必要だと思うし、そもそもオレが欲しいんだ」といったことが、動機であってしかるべきだと思うんです。
松本 はい。
有坂 それに対して、「オレもそう思う」と共感して、「じゃあ一緒に作りましょう」となる。それがオープンイノベーションだと思うのですが、そうだとすると、イノベーションがうまく行くひとつのパターンというのは、いままさに松本さんが仰ったようなことが、大切になってくるのだと思いました。
松本 イノベーションということで言うと、経済学者のヨーゼフ・シュンペーターがおもしろいことを言っています。「イノベーションというのは連続性の中から生まれるのではなく、多様性の中でいかに新結合をしていくかにかかっている」といったことなのですが、なるほどなぁと思いました。
有坂 多様性ですか。
松本 はい。多様性がありつつ「Inclusion(インクルージョン=共にある)」な状況を作っていくことが、教育においてもビジネスにおいても大事な観点になってきていると思います。
それで言うと最近、興味があってバイオロジーのことをいろいろ調べていたとき、「移行帯」という言葉に行き当たりました。エコトーンと定義されているみたいですが、海と陸の間とか、高山地帯と低地の間とか、林と草原の間とか、そういう「移行していく領域」が最も生物の多様性に満ちていて、動物も植物も生きやすいエリアなのだそうです。
有坂 グラデーションのところですね。
松本 そうです。そういうバッファ的な領域が最も生物の多様性に満ちていて、先駆的な種類が生まれやすいといわれているらしいです。それって僕たちの社会にも言えることで、何かと何かの間というのがすごく大事なことだなと思います。それこそ教育と社会の間とか、教育とビジネスの間とか、あるいは今の私たちがやっていることでいえば、地域と保育園の間とか、そういうところに何かとても大事な価値があると思っているんですよね。
有坂 確かにアートでも、テクノロジーとかバイオロジーの狭間ぐらいが、一番面白いですものね。
コンペティションではなく、コ・クリエイション
有坂 今後は、園の数をもっと増やしていくというお考えですか?
松本 実は、数自体は増やそうと思っていないんです。それよりも、もっと深めていきたいというか、業界の中で同じような理念を持った園とつながりを増やしていきたい、ともに学び合っていきたいと思っています。最近になってアライアンス園が全国に少しずつ増えてきている状況で、今後はその取り組みをさらに充実させていきたいなと思っています。
有坂 アライアンスというのは、フランチャイズとはまた違うのですか?
松本 教育というのはオープンイノベーションだと思っているので、子どもに対して重要な気付きや発見は、常に開示してお互いにシェアして高め合っていくというやり方を、深めていきたいと考えています。
有坂 フラットな感じなんですね。
松本 はい。もちろん子どもの個人情報はクローズドですけれど、子どもに対しての教育アプローチはどんどん共有していったほうがいいじゃないですか。そういう意味ではコンペティションではなくて、コ・クリエイションの関係をいかに作っていくかということが大事だと思っていて、それでアライアンス園を全国に広げていこうと。
有坂 私も会社を経営していますが、当然、ひとりで全部はできません。だから、同じ考え方で、同じ温度を持った人たちがいてほしいと思うわけですけど、そのマネージメントはすごく難しい。松本さんはどうされているんですか?
松本 一番そこが大変なところですよね。私たちの理念としては、誰もが真似できない唯一無二の園じゃなくて、誰もが真似できるみんなの園にしていきたいというのがあって、今はその理念を標準化していく時期だと捉えています。これは2020年まで続いていく予定なんですけど、そのためには理念や信条といったものを作ったり、その理念を普及する伝道師的な人材の育成も必要なのかもしれない。そういったあらゆることを本部のスタッフや現場の先生たちと議論しながらやっているのですが、最後はやっぱりジャンプするためのクリエイションが必要になってくる。その資質をいかにみんなから引き出していくかというのが、一番難しいところだなと思います。
有坂 わかります。かなり面白いイベントを構想しても、最終的には告知のビジュアルがかっこよくないと人が来ないというケースはよくありますし。クリエイティブは本当に大事ですよね。
松本 得手不得手はどうしたってあるので、クリエイティブなネットワークというか、クリエイターといい形で組みながら、具体的な創造の手助けをしてもらうというのは大事なことかなと思っています。
有坂 いろいろとお話を伺いましたが、子育てには正解がないと言われるように、そのアプローチがすべての子どもに有効だとは限らないわけで、本当に難しいですね。教育に携わる立場として心掛けていることって何ですか?
松本 私たちの園のことでいえば、やっぱり子ども第一ということですね。常に子どもたちにとってどうなのかという議論が保育者の間でも、たとえば保護者との対話の中でも出てくるようにしています。
あとは、トップダウンでではなくフラット型である、ということでしょうか。特に教育って正解/不正解はないので、どうしても熟練者の発言が強くなる傾向があるんです。もちろん、熟練者はその経験に裏付けられた深い知識や技能を持っており、学ぶべきことがたくさんあります。ただ、もしかしたら間違えていることもあるかもしれない。フラットな組織であれば、新任の先生でも、ベテランの先生でも、非常勤の先生でも、みんなが対等に子どもたちについて意見できる。そういう環境づくりが大切だなと思います。私もいわゆる理事長的な立場ですけど、ダメ出しされまくりです(笑)。
有坂 素晴らしいことだと思います。少し話は変わりますけど、モーツァルトはあの時代のウィーンに生まれたからよかったけど、もしピアノがない時代に生まれたら、今のモーツァルトではいなかったわけですよね。一方で、いくら正しい時代に生まれたからといっても、うまくマッチングできなかったら、せっかくの個性や能力も生かすことはできない。そういうところをそれこそAIの技術とかでマッチングできればいいなと思ったりするんですけど、どう思われます?
松本 実はそれは私自身もすごく興味があって、最終的には人が判断すると思うんですが、テクノロジーが発展して、その子に対しての適正判断みたいなものを出してくれるようになったら、すごくいいですよね。これまではどちらかというと熟練者の知恵や経験に頼っていたところを、もう少しオープンに定義できるわけですから。なので、ちょっと研究してみたいなと思っているんですよ。
有坂 ぜひやってください。テクノロジーと教育の間から何かが生まれることは、とてもすばらしいことだと思います。
松本理寿輝|Rizuki Matsumoto
1980年生まれ。ナチュラルスマイルジャパン株式会社代表取締役。一橋大学商学部商学科卒業後、大手広告会社勤務を経て、2010年4月ナチュラルスマイルジャパンを創業。11年4月の「まちの保育園 小竹向原」を皮切りに、「まちの保育園 六本木」など、3つの認可保育所と2つの認定こども園を開園。 子どもを中心に保育士・保護者・地域がつながり合う「まちぐるみの保育」を通して、人間性の土台を築く乳幼児期によい出会いと豊かな経験を提供し、保育園や認定こども園が既存の枠組みを超えた「地域福祉のインフラ」となることを目指している。
有坂庄一|Shoichi Arisaka
TechShop Japan代表取締役社長。1998年富士通に入社。長らくマーケティング部門に在籍し、2015年10月より現職。サンフランシスコにて本場TechShopのノウハウを学ぶ。
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