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「つながり」が、アイデアを加速する #5 市本徹雄|サントリーホール総支配人

アークヒルズを拠点とする会員制オープンアクセス型DIY工房TechShop Tokyo。その運営企業TechShop Japanの代表取締役社長・有坂庄一がホスト役を務める、異業種対談シリーズ。第5回のお相手は、今年9月1日にリニューアルオープンした「サントリーホール」の総支配人を務める市本徹雄氏。対話を通して、「未来の真正(オーセンティシティ)は、今日の革新(イノベーション)から生まれる」という、“ことの本質”が語られた。

TEXT BY MASAYUKI SAWADA
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI

TechShop Tokyoとサントリーホールの意外な関係

有坂 本日はよろしくお願いいたします。どんな恰好をしてくればいいかわからず、柄にもなくポケットチーフを挿してきました(笑)。あと、久々に革靴を履いたので、早速足が痛いです……。

市本 こちらこそよろしくお願いいたします。どうかリラックスなさってください(笑)。

有坂 恐縮です。

市本 TechShop Tokyoさんとは、今回のリニューアルにあたってコラボレーションをさせていただきましたよね。

有坂 はい。リニューアルに際して張り替えたステージの床材の一部をご提供いただき、TechShop Tokyoで記念品を作らせていただきました。表面はレーザーカッターで装飾を施しました。裏側は、あえて傷を残したと聞いていますが、穴ぼこが開いていますね……。

市本 この穴はエンドピンという、チェロやコントラバスを支える太い針のようなものによって付いたものなんです。

有坂 まさに名手たちの足跡なのですね!

TechShop Tokyoが、リニューアルで張り替えたステージの床材を活用して作った記念品のカードスタンド。細かいレリーフはレーザーカッターによるもの。裏側には、数々のアーティストの演奏を物語るさまざまな「跡」が刻まれている。

市本 実は新しいステージに、早速エンドピンの跡が付いています(笑)。せっかくですので、館内をご覧いただきながら話しましょうか。

有坂 ぜひ、そうさせてください! 実は、サントリーホールにきちんとお伺いするのは初めてなんです。姪がヴァイオリンをやっていて、ブルーローズ(小ホール)で演奏させていただく機会があったのですが、あいにく僕は聴きに行けなくて……。でも、そのすぐ後にTechShop Tokyoがアークヒルズに入ることが決まったので、サントリーホールとは、勝手にご縁を感じているんです(笑)。

市本 そうだったのですね! 姪御さん、いずれ大ホールにも立てるといいですね。

ホワイエのカーペットは、リニューアル前と同じ素材と柄を選択することで、「伝統の継承」がなされている。

残すべきところは残し、変えるべきところは変える

有阪 今回のリニューアルオープンにあたってどのような狙いがあったのか、教えていただけますか?

市本 改修にあたっては、「伝統の継承と革新」を基本コンセプトに掲げました。つまり、残すべきところはきちんと残し、変えるべきところは変える。私どもは1986年のオープン以来、“世界一美しい響き”のホールという理想を追求してきましたので、その響きと雰囲気を継承し守り続けていく一方で、近年の音響・照明の技術革新は目覚ましく、今回の改修ではそうした最新技術も積極的に取り入れ、設備の充実を図りました。

舞台と客席の照明をLED化(一部を除く)するとともに、デジタルサイネージやレーザープロジェクターなどを導入しています。サントリーホールは、日本で初めてのヴィンヤード形式(客席がブドウ畑のような段々型になっている)のホールになるのですが、それは創設者である佐治敬三(元サントリー会長)が世界中のいろいろなホールを見て回り、そのうえで世界的指揮者である(ヘルベルト・フォン・)カラヤンさんのところへ行き、どのような構造のホールにすればいいのかアドバイスを求めたところ、「ヴィンヤード形式がいいよ」と薦められたことに由来します。

佐治が理由を尋ねると、「音楽というのは音楽家だけがやるものじゃない。そこにいる場所、時間、空間を共有しているお客さまと一緒につくるのが音楽なんだ」と言われ、まだ目新しかったヴィンヤード形式への挑戦を決めたそうです。当時はシューボックス形式といわれる(文字通り靴箱のような直方体の形をした)ホールが主流でしたが、ヴィンヤード形式は客席がステージを取り囲むように配置されるため、プレイヤーと聴衆との距離も近く、視覚的にも聴覚面にもメリットが大きいのです。

有坂 今はヴィンヤード形式が主流になっているのでしょうか。

市本 世界でも新しくできているコンサートホールは、ヴィンヤード形式が増えているように感じます。

有坂 31年も前につくられたホールですが、当時からものすごく先進的だったということですね。

市本 そうだと思います。音響設計をはじめ、最高のテクノロジーを駆使してつくった結果、ありがたいことに世界中のアーティストから「ここは素晴らしい」と評価していただいております。ですので今回の改修でも、たとえば客席の椅子は、建設時と同じ素材、色、柄を使用しています。音の響きとホールの雰囲気を絶対に変えないことは、とにかく最重要でした。

ヴィンヤード形式とは、「vineyard(ぶどう畑)」という由来からも窺えるように、段々畑のような形式のホールを指す。今回のリニューアルにあたっては、世界に冠たる音響を損なわぬよう、たとえば客席の椅子の素材ひとつをとっても、リニューアル前と同じマテリアルを使用したと市本(写真左)は語る。

イノベーションが未来のオーセンティックをつくる

有坂 音楽がより生活に根づいたものになることを目指してコンサートホールをつくる、という志のもと、専用ホールとして音響には徹底的にこだわり、日本で初めてヴィンヤード形式を採用するなど、サントリーホールの誕生はとてもイノベーティブなものだったと思います。

開館当時、私はまだ子供でしたけれども、すごいものができたという話は耳にしていましたし、それが30年経ってコンサートホールの王道になっている。いわば、イノベーションが本流になっているわけです。

今、多くの企業ではイノベーションがテーマになっていて、何か新しいものを生み出さなくてはいけないということに、どちらかというと迫られている感じもあるのですが、サントリーホールの歩みは、まさにイノベーションの正しいあり方なんだろうなと、お話を伺って感じました。

我々TechShopは、イノベーションを生み出すためのプラットフォームという位置付けで活動をしていまして、いろいろな人が来てモノをつくったりしているわけなんですが、気を付けないといけないのは、新しいものを生み出すことが目的になってはいけないということなんです。「世の中に何が必要なのか」「こういうことをやるんだ」という使命感のようなものがまずあって、それを突き詰めていった先に未来のオーセンティックがあるんですよね。

市本 イノベーションをすること自体が目的になってはいけない、ということですね。

有坂 そうです。世の中的にこうなったらいいなというのがあって、その結果がモノをつくることでなくてもいいわけです。我々の場合、ついついモノをつくる方向に考えがちなのですが、もう少し幅広く考えたほうがいいんだなと、お話を聞いていて改めて思いました。

市本 あとは、舵取り役となるトップの情熱も重要だと思います。もともとサントリーは「利益三分主義」を掲げていて、会社の事業で得た利益の一部を社会貢献に使う、という考え方が根本にあります。特に佐治敬三は文化で社会貢献をするという考えを強く持っていたので、サントリーホールの建設にものすごい情熱を傾けていました。その頃、社長だった佐治には東京と大阪に1人ずつ秘書がいて、私は大阪での秘書を務めていたのですが、あるとき東京に行く時間が取れないため、大阪の社長室にサントリーホールのイスの見本を運び込ませてプレゼンテーションを受けたこともありましたね。

31年前、革新的なコンサートホールを目指したからこそ、今日のオーセンティシティが育まれたという事実に、強い関心を抱く有坂(写真右)。

「すべてはサントリーホールから始まった。」

市本 今から10年ほど前ですが、サントリーホールが20周年を迎えたとき、クラシック音楽の専門誌が特集を組んでくださって、そのタイトルが「すべてはサントリーホールから始まった。」というものだったんです。とてもいい内容で、私はすごく気に入っているんですけれど、記事はハード面とソフト面について触れられていて、たとえば昔は「お酒を飲んでクラシックを聴くなんてけしからん」といった風潮がある中で、私どもが初めてバーを併設してお酒を提供したのですが、それは日本においては画期的なことだったと記事に書いて頂きました。

ほかにも、私どもは案内係、レセプショニストと呼んでいるのですが、単にチケットをもぎるだけの仕事ではなく、今日のコンサートはどういう公演内容か、出演するオーケストラの情報や、どういうソリストがいて、何時何分に始まって、1曲目が何分で終わってといったコンサートに関する情報を、レセプショニスト全員が共有して答えられる状態にしています。これも、お客様に単に音楽を聴いて頂くだけではなく、サントリーホールにいる非日常の時間すべてを楽しんで頂きたいという気持ちの表れです。また、最近のホールはどこも楽屋の設備は充実していると思うのですが、サントリーホールのマエストロの楽屋は演奏前後でも寛いでいただけるようにバスルームもあって、まるでホテルの部屋のように快適な空間になっています。お客さまに対するホスピタリティと、アーティストに対するホスピタリティ、この両方に当時からちゃんと力を入れていたのです。

有坂 音響の素晴らしさだけでなく、そういったホスピタリティの部分も含め、サントリーホールがコンサートホールの新しいスタンダードをつくったわけですね。妥協せず、ベストを積み重ね、最善を尽くし切っていることがすごい。僕たちもその姿勢を見習わないといけないなと思います。

ふたりの足元には、サントリーホールの新たなる歴史の始まりを物語るがごとく、早くもエンドピンの痕跡が見受けられた。

アークヒルズ 音楽週間 2017
大人から子供まで、多くの笑顔と感動を生み出してきた、秋を彩る恒例イベント「アークヒルズ音楽週間」。アークヒルズとサントリーホールが開業25周年を迎えた2011年にスタートし、今年で7回目の開催となります。今年も、アーク・カラヤン広場を中心に、サントリーホール、美術館、大使館、レストランなど、街のあちらこちらに楽しく美しい音が響き渡ります。音と空間の融合が生み出すのは、新たな出会いと絆です。さあ、あなたもここにしかない特別な「きっかけ」をアークヒルズで探してみませんか。
日程2017年10月7日(土)~10月14日(土)
会場アーク・カラヤン広場、サントリーホール他

profile

市本徹雄|Tetsuo Ichimoto
サントリーホール総支配人。76年、京都大学卒業後サントリー入社。社長室、大阪秘書部、広報部長などを経て2000年に退社。環境大臣秘書官、外務大臣秘書官を務める。04年にサントリーに再入社し、文化事業部部長、東京秘書部長を歴任。09年、サントリー酒類(株)ビール事業部部長、12年、サントリー食品インターナショナル(株)執行役員管理本部副本部長、執行役員コーポレートコミュニケーション部長などを経て、15年より現職。

profile

有坂庄一|Shoichi Arisaka
TechShop Japan代表取締役社長。1998年富士通に入社。長らくマーケティング部門に在籍し、2015年10月より現職。サンフランシスコにて本場TechShopのノウハウを学ぶ。