サッカーのワールドカップは4年に一度だが、ロボットによるサッカーの世界大会が、毎年行われていることをご存じだろうか。その名も「ロボカップ」。20年の歴史を持つのこの大会は、ロボットの技術的進化や社会的認知と、どのように寄り添ってきたのだろうか。多くの大会をその目で見てきた、南方英明(千葉工業大学先進工学部未来ロボティクス学科教授)に話を訊いた。
TEXT & PHOTO BY TOMONARI COTANI
ロボット研究におけるひとつの「ムーンショット」
——まずはロボカップの歴史(=発足した意義)と歩み(=今日までの進歩)について、ご意見をお聞かせください。
南方 アポロ計画のように、立案時には夢のようだった目標を実現するために様々な技術の進歩が必要となり、また、そのために開発された技術が想定もしなかった分野にまで波及するようなプロジェクトがあります。ロボカップも、直接的には「2050年に人間のサッカーW杯チャンピオンに勝てるロボットチームを作る」、という目標で始まっています。「サッカーロボットを作る」ことは、あくまでも表面的なわかりやすい事例であって、そこに到るまでの道のりや、そのための広い周辺技術の向上が、世界中で共有されることが重要です。
発足時はサッカーのみを題材としていましたが、社会的な要請や長期的な視点から、現在はいくつかの分野に広がっています。まず「レスキュー」。これは阪神淡路大震災などを経て災害などへのロボットの積極的な関与が求められてのことです。次に「@HOME」。これは家庭内にロボットが入ってくることが現実的になって来たということです。
そのほかにも「インダストリアル」が加わりました。これは工場内の自動化がインターネットや人工知能などと結びついて、単なるFactory Automationという言葉では収まりきらなくなって来たことを受けています。そして最後に「ジュニア」があります。これだけはちょっと意味合いが違って、2050年という長期的な目標に向かって若手の人材育成を主眼としているリーグです。
なお、種目やリーグが増える一方かというとそういうわけでもなく、時代の流れとともに集約されていったり、かたちを変えていったりということが起きています。例えばサッカーの実機リーグは、現在、中型・小型・人型・標準プラットフォームなどに分かれていますが、昔は大型がありました。中型が高性能になっていくに従って、大型の意義が薄れていったのです。
また標準プラットフォームは、昔はソニーのAIBOを使っていました。生産中止に伴いコンペがおこなわれ、現在ではソフトバンクロボティクスが販売するNaoというロボットが採用されています。
「ロボット自体の進化の歩み」ということでいうと、各リーグの競技内容は年を追うごとに改定されていきますので、昔と今を単純に比較するのは難しいのですが、わかりやすいところでいくと、人型のサッカーでは、当初は「PK戦でボールを蹴ることができたらそれだけで勝ち」みたいな状態だったものが、今では「トップチームだと、チーム内でパス交換しながらゴールを狙う」といったレベルにまで進化しています。
この20年で、部品は早く・安く・小さくなった
——ロボカップがスタートした20年前と比べ、いわゆる「ロボット」を取り巻く技術的環境は、どのように変化したのでしょうか?
南方 ロボットは様々な部品で構成されています(“いわゆる「ロボット」”を、有形のものと定義させていただくとすれば、ですが)。わかりやすくいうと、コンピュータなどの制御部分、モーターなどの動力部分、カメラやジャイロなどの観測部分という3つ程度に大別できます。
これらの要素は、単独で見るとそれぞれ20年前の10倍とか100倍といった性能向上を果たしていると思います。例えばコンピュータの処理能力でいえば、スマートフォンなどは20年前のPCの能力をはるかに超えているわけです。しかしながら、技術の進歩は単純な性能向上だけではなく、安く小さく作るといった方向にも振り向けられるため、従来は搭載できなかったものが搭載できるようになるなどの変化が、ロボットにとっては重要です。
動力部分に関しては、ちょっと進歩がわかりにくいところもあるのですが、小さくて軽くて力の強いモーターなどは、大昔からのロボット研究者の夢ですね。細かい話になってしまいますが、モーターの電磁界や冷却の解析などが進んだり、希土類磁石を使ったりといったことで、同じ大きさだと2倍の出力が得られる感じになっていると思います。
観測部分は、スマートフォンなどの携帯端末の普及が、大きな後押しとなっています。従来では弁当箱くらいの大きさだった姿勢観測装置が、小指の先くらいまで小さくなっていますからね。そうなるとロボットの中に簡単に組み込むことができるようになります。カメラなども車載用やスマホ用などの開発が進み、小型高解像度のものが入手しやすくなりました。
——では20年前と比べ、いわゆる「ロボット」を取り巻く社会的環境/文化的環境は、どのように変化したのでしょうか?
南方 20年前というと、ASIMOがまだ世に出ていなかったので、その前後を境に一般への認知度はかなり変わったと思います。ちょうどP2と呼ばれるASIMOの一つ前の世代が一般公開されたくらいです。その後ASIMOが発表されたことで、ついに「一家に一台ロボットの時代が来るのか」と世間も期待したと思います。しかしながら、そこから先はなかなかスムーズに進んでいなかったように見えていたかも知れません。この時期は、いわば技術の一般への普及期であって、家庭用の娯楽向けロボットなどに技術が降りてきていましたから。
その後、原発事故などがあり、再びロボットに焦点が当たるようになります。危険な作業をさせるにはやはりロボットが必要ではないかと。また、いわゆるIT系の企業やベンチャーが次の成長産業としてロボットに注目するようになりました。有名なところではロボットベンチャーをGoogleが買収したり、ソフトバンクがそれをさらに買収したりといった感じです。
またMicrosoftも、ロボット開発環境を整備しています。そして昨今の人工知能ブームに乗って、今後はさらにいろいろなものがロボット化されていくでしょう。例えば、自動運転車はロボットらしい形をしていませんが、中の技術を紐解いていけばロボットと同じです。もし動力系が電気モーターとバッテリーであるならば、掃除ロボットを大きくしたものとほとんど変わらないかもしれません。
二足歩行ロボットの存在理由
——ロボット研究のなかで、とりわけ二足歩行ロボットの位置づけや意味合いについてご意見をお聞かせください。
南方 多くの研究者が同じだと思いますが、建前と本音があると思います。建前としては、人間の環境を改変することなくロボットが導入できるというのが一番の強みです。本音の方はロマンとか夢とか色々あるんじゃないでしょうか?
冗談はこのくらいにして、人間と同様の能力を持つことは非常に重要なことだと申し上げたいと思います。例えば、人間が操作操縦するものをロボットにそのまま置き換えることができます。もちろん、それぞれの作業に対して専用機を用意した方が性能の面でも効率の面でも有利かもしれません。先ほどの自動運転車であれば、人型のロボットに運転手をさせるのではなく、ステアリングやアクセルをモーターで制御し、カメラなどで外界を観測すれば、ロボットらしいものを追加することなく実現できます。
しかしながら、このようなケースは普及期に入った時には有効ですが、あまり普及していないとか滅多に起きないことへの対応などには向きません。
2015年にDarpa Robotics Challengeというコンテストがあったのですが、これは災害時に人型ロボットが重機を操縦したり、道具を使いこなして復旧に当たるというものでした。災害というものは頻繁にあっても困りますし、そのためだけに重機や装備品に過剰な機能を持たせるのも現実的ではありません。したがって、人間と同様の能力を持ったロボットが標準品を使いこなしてその任に当たるというのが妥当でしょう。
——ほかの形態のロボットと比べ、二足歩行ロボットの研究に強い研究機関や教育機関は、どこでしょうか? そして、その研究機関や教育機関は、なぜ強いのでしょうか?
南方 国内では産業技術総合研究所(産総研)が主導的な立場です。大学は学生が短期間で入れ替わっていきますので、技術レベルを維持・向上し続けるのが難しいです。優秀な学生が卒業後の進路として産総研を選び、研究が継続していっています。
企業でいうと、HONDAやTOYOTAも有名ですね。HONDAはASIMOで有名になりましたが、同じようにSonyもQrioというロボットを開発していました。しかしながらSonyはロボット事業をやめてしまったため、そこに属していた人の多くはTOYOTAに移られています。
海外ではやはりドイツや米国の機関が強いです。ロボカップ参加者などを見ているとやはりドイツにはものづくりに対する世間の理解があり、また従事する研究者などにも自負があると感じます。米国の場合はおそらくもう少しシンプルで、優秀な人材を集めやすい環境にあるからではないでしょうか。ロボカップを長年見ていますと、1、2年単位でチームを渡り歩いている職人的な方にお会いします。技術交流や人材交流が活発であることが研究レベルを高めるのだと思います。
「ロボットお手伝いさん」はいつの日か!?
——将来二足歩行ロボットが一般社会に普及するとしたら、たとえばどのような活躍の場が考えられるのでしょうか?
人間の代わりに被験者になる、みたいな用途はわかりやすいと思います。例えばバイクやゴルフクラブの性能評価をするといったような時に、いつもいつも同じ動作を実現できるというのはロボットの強みです。手術の練習台になる、などもTVで紹介されたことがあるのでご存知の方もいらっしゃるでしょう。ただ、これらが当たり前になったとして一般社会に普及していると感じるかというとちょっと違うかもしれません。
やはり車やPCのように、「一家に一台」「一人に一台」みたいになって実感するのかもしれません。そうなると、やはり各家庭にお手伝いさんとして入ってもらうことになるのかもしれません。現時点ではそういった家庭のお手伝いさんは二足歩行である必要はないというのが主流だと思いますし、現時点の技術力ではその通りだと思います。しかしながら、まだまだ先だろうと思っていたことがいきなり実現できてしまうこともあります。例えば囲碁の世界ではコンピュータはまだ人間には勝てないだろうと思われていましたが、それが現実となりました。
二足歩行ではコスト面でも安定性の面でも有利性は無いという状況が、いつのまにか変わる時がくるかもしれません。
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南方英明|Hideaki Minakata
1970年愛知県生まれ。千葉工業大学先進工学部未来ロボティクス学科教授。博士(工学)。東京大学工学部卒業・同大学院修了。拡張外骨格や補助靴のような人間支援機器の研究開発が主軸だが、ごく稀にひらめきが降りて来てドローンの安定装置などのように専門外のものも上手くいくことがある。ただしヒット率は高く無いので「一号機は失敗するのが当たり前。まずは作ってみよう」がモットー。数撃ちゃ当たるとも言う。
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