FANTASTIC VOYAGE TO THE NANO WORLD

マイクロからナノへ。顕微鏡の進化がヒトにもたらすこと

ヒトゲノム解読、バイオインフォマティクス、iPS細胞、次世代DNAシーケンサー、ゲノム編集——。21世紀の生命科学は、テクノロジーの進歩によって飛躍的な発展を遂げてきた。そしていま、これらに続くブレイクスルーの波が生物学に押し寄せている。それは「顕微鏡テクノロジーの革新」だ。ハーバード大学ヴィース研究所の佐々木浩が解説する。

TEXT BY HIROSHI M. SASAKI
Main Photo : Getty Images

MITメディアラボ所長の伊藤穰一は、いまや「Bio is the New Digital」の時代に突入したと語る。生物学(バイオ)が進化を果たす上で、顕微鏡もまた、進化が不可欠であった。

顕微鏡には「波長の壁」があった

——顕微鏡といえば、研究者ではなくても一度は触れたことがある一般的な機器ですが、生物学の歴史に登場するのは、いつごろのことなのでしょうか?

佐々木 顕微鏡を使うことで、生物が内包する目には見えない小宇宙の存在に人類が気づいたのは17世紀のことでした。イギリスの科学者ロバート・フックがコルクの観察から「細胞」を発見したのは1665年、オランダの科学者アントニ・ファン・レーウェンフックが湖の水の中でうごめく「微生物」を発見したのは1674年。顕微鏡の発明が、彼らの発見を導きました。

顕微鏡が生物学の歴史に登場して以来、生物や細胞のもつ微細な構造や挙動の観察は、生物学の基礎中の基礎を担っています。顕微鏡によって成し遂げられた医学生物学上の成果には、結核菌やコレラ菌といった病原体の発見や、2016年のノーベル生理学医学賞を受賞した大隅良典・東京工業大特任教授によるオートファジーの発見も含まれます。まるで探検家のように、生物学者たちは顕微鏡の小さなレンズを通して、次々と生命の謎を解き明かしてきたわけです。

——その顕微鏡が、いま革新のときを迎えているそうですね。

佐々木 顕微鏡にはずっと、発明以来越えられない「壁」が存在し続けました。「波長の壁」、すなわち光の波長の半分よりも小さいものは観察できない、という理論的な限界です。

目に見える光(可視光)の波長は、およそ400〜800ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)です。400ナノメートルの半分、つまり200ナノメートルは普段の生活ではまず体感することのない非常に小さいスケールですが、細胞レベルで起こる生命現象を観察するためには大きすぎます。細胞の中で働く分子の大きさは、200ナノメートルよりはるかに小さいからです。

そして波長の壁は、光がもつ物理的な性質によって生じているものなのです。どんなに顕微鏡テクノロジーが発達しても、光を使う限り、波長の壁は原理的に避けられない。少なくともそう考えられてきました。

実際、光学顕微鏡では見ることができない微細な観察には、可視光よりも波長を短くすることができる電子を使った、電子顕微鏡が一般的に使われてきました。しかし電子顕微鏡にも、生きた細胞を観察できない、分子の種類を見分けることが難しい、といった欠点があります。光学顕微鏡の波長の壁を突破する技術の開発、それは生物学者、物理学者、顕微鏡技術者にとっての長年の挑戦であったわけです。

レーウェンフックが微生物を発見するのに使った、手のひらサイズの顕微鏡のレプリカ。現在の顕微鏡と大きく異なり、針のようにとがった部分に観察試料を載せ、左下にある小さなレンズをのぞいて観察する。©Wellcome Images / Wikimedia Commons

マイクロスコープからナノスコープへ

——ブレイクスルーは、いつごろ、どのようにして起きたのでしょうか?

佐々木 2000年代中ごろのことです。アメリカ・ヴァージニア州アッシュバーンの郊外に、医学研究財団として世界第2位の規模を誇るハワード・ヒューズ医学研究所が直接運営する唯一の研究所、ジャネリア研究キャンパスがあります。ここでグループリーダーを務めるエリック・ベツィグは、顕微鏡自体の研究者です。そして、一度は研究の世界から足を洗い、専業主夫になったこともあるというユニークな経歴の持ち主でもあります。

ベツィグは1988年に大学院で学位を取得した後、数学や物理、情報科学で知られるベル研究所に勤めました。彼が取り組んだプロジェクトは、波長の壁を突破する新しい顕微鏡テクノロジーの開発でした。ただ、満足するような顕微鏡が開発できなかったベツィグは、1994年、プロジェクトを諦めると同時にベル研究所を去り、一度は完全に研究の世界から退きました。

当時を振り返ってベツィグは、「専業主夫としてまだ小さかった子どもの面倒を見ながら、医学部に入り直すか、料理人になるか、とにかく顕微鏡の開発を止める以外の選択肢はなかった」と、ニューヨーク・タイムズ誌のインタビューで語っています。そんなベツィグに、顕微鏡の性能を飛躍的に向上させる画期的なアイデアが浮かんだのは、研究所を辞めてから数カ月後、本人曰く「子どものベビーカーを押している時」だったそうです。

ベツィグのアイデアは、蛍光タンパク質の点滅とコンピュータによる画像解析を利用する、というものでした。細胞内の特定のタンパク質を観察する時には、「蛍光タンパク質」を目印として付加する方法が一般的です。ただその場合、普通に蛍光観察するだけでは、波長の壁を越えることはできません。しかしベツィグは、オンとオフの状態を人工的に切り替えることができる蛍光タンパク質を、目印として付加しました。すべての蛍光タンパク質を一度に観察するのではなく、一部の蛍光タンパク質のみをオンにして光らせることで、「離散的な輝点」として観察することを、思いついたわけです。

——む、難しいですね……(苦笑)。

佐々木 すみません(笑)。でも、大事なところなのでもう少し続けさせてください。

輝点そのものは回折によってぼやけていますが、その光を生み出している1分子の蛍光タンパク質は、輝点の中心にあるはずです。コンピュータによって画像解析すれば、輝点から「蛍光タンパク質が本来ある位置」を、波長の壁を超えてはるかに高い分解能で、推定することができるわけです。

次に、光っている蛍光タンパク質をすべてオフにし、また新たに一部のみをオンにして観察する、というサイクルを何度も繰り返し、ひとつひとつの蛍光タンパク質の推定位置を点描画のように何度も重ねてマッピングしていくことで、最終的にはすべての蛍光タンパク質について、その微細な姿をとらえることができる、というアイデアです。

これは、驚くほどうまく機能しました。200ナノメートルよりもはるかに小さい細胞骨格や膜タンパク質の姿や位置を、はっきりと捉えることができたからです。ベツィグは、これまでの光学顕微鏡の限界を超えた解像度を達成する「超解像顕微鏡」を、『サイエンス』誌に発表しました。それが2006年のことです。

そして驚くべきことに、ほぼ同時期に、まったく異なる原理で波長の壁を突破する方法が、さらに2つも発表された。マイクロスコープ(顕微鏡)をナノスコープへと飛躍させる、顕微鏡新時代の幕開けだと言えるでしょう。

ジャネリア研究キャンパスにある最新型の顕微鏡。研究者がカスタムメイドで組み立てた顕微鏡には、いくつものレーザー照射ユニットと反射鏡やレンズ、そして超高感度カメラが取り付けられている。©AIC / Janelia Research Campus

望遠鏡から顕微鏡へ!?

——超解像顕微鏡が、今後、顕微鏡の主流になっていくわけでしょうか?

佐々木 実は、ブレイクスルーは超解像技術に留まらず、いま、新しい顕微鏡のテクノロジーが次々と誕生しているんです。たとえばAdaptive Optics(AO)、日本語では補償光学と呼ばれる技術です。

もともとAOは、顕微鏡ではなく天体望遠鏡用に開発された技術でした。はるか遠く離れた天体からやってきた光は、地球大気にまで到達した瞬間、大気のゆらぎによって乱されてしまいます。地上にある天体望遠鏡に届く頃には、微弱な光はノイズに埋もれ、本来の姿はわからなくなってしまいます。

「どうすれば、大気の影響を受けずに精密な天体観測ができるのか」という課題を解決するにあたり、研究者たちは、地球大気の外に望遠鏡を設置するという方法を選択しました。有名なハッブル宇宙望遠鏡です。ただし、メンテナンスやバージョンアップが困難なので、完璧な解決作とは言えませんでした。

そこで出てきたのが、AOなんです。大気による乱れを測定し、望遠鏡に設置された反射鏡を変形させることで乱れを打ち消すことができれば、光が本来もっていた姿を取り戻すことができる、というわけです。

強力なレーザー光を空に向けて放つことで、人工的な「ガイド星」を20キロメートルの上空に生み出し、このガイド星が大気によって乱れる様子を、1秒間に1,000回のスピードで観測し、大気の乱れを読み取る。そして、反射鏡を高速かつわずかに変形させることで、望遠鏡が受ける大気の影響を打ち消すことができる、という仕組みです。日本の天体望遠鏡「すばる」をはじめとして、世界各国の最新鋭天体望遠鏡には、続々とAOが採用されています。

このAO技術が、顕微鏡にも応用され始めました。顕微鏡が観察するような微小な世界であっても、生体組織は光をゆがめ、散乱させてしまいます。そのため、表面ではなく生体組織の深部を観察する場合は光の乱れが大きくなってしまい、鮮明な観察を行うことができませんでした。しかし、形状可変ミラーと呼ばれる特殊なミラーを間に挟むことで、観察サンプルから放たれた光の乱れを打ち消すことで、顕微鏡の世界でも、深部のより鮮明な観察が可能となったのです。

そのほかにも、先ほど解説したエリック・ベツィグは、「光格子シート」と呼ばれる厚さが600ナノメートルという非常に薄い照明光のシートを使って素早く観察サンプル全体の3次元像を観察することで、生きたままの細胞の動きや胚の発生過程を長時間にわたって捉える技術を2014年に開発しています。本人がノーベル賞受賞よりも嬉しいと語ったブレイクスルーです。このように、日進月歩の勢いで画期的な技術が誕生しています。

光格子シート顕微鏡法によって観察された、ショウジョウバエ胚の細胞分裂。すべての細胞が同期して、一斉に分裂する様子をリアルタイムで捉えることができる(動画は早回し再生している)。

「観る前に膨らませる」という逆転の発想

佐々木 そしていまや、顕微鏡テクノロジーの革新は、顕微鏡そのものの開発にとどまらりません。2015年1月、マサチューセッツ工科大学のエドワード・ボイデンは、これまでの顕微鏡の概念を根本から覆す、まさに逆転の発想といえる発表をしました。

——おおっ!

佐々木 これまでの顕微鏡は、「いかにして小さいものを拡大して観るか」を考えて作られていました。しかしボイデンは、見たいものを先に膨らませてから観察する「膨張顕微鏡法」という方法を考案したのです。

脳神経系のように、細胞が複雑なネットワークを形成している器官のはたらきを理解するためには、細胞レベルの構造やつながり方を、広い範囲に渡って観察する必要があります。しかしこれまでの顕微鏡は、非常に狭い範囲を細かく見るか、幅広い範囲を大まかに見る方法に分かれてしまっていました。

膨張顕微鏡法では、まず複数の化学物質で処理することで、観察したい組織を透明にし、顕微鏡観察に適した状態にします。次に、紙おむつに使われる高吸水性ポリマーゲルの材料を観察したい組織に浸透させ、化学反応を引き起こすことで、組織内でゲルを作り出します。その後、組織に残っているタンパク質を分解し、さらに水を加えることで、ゲルが等方向に膨張し、組織の微細構造を保ったまま、4倍程度に膨張させることができるのです。

——それを顕微鏡観察することで、これまで観察できなかった微細な構造を膨らんだ姿として捉えることができるわけですね。

佐々木 はい。顕微鏡が発明されてからおよそ400年が経ちますが、誰も思いつかなかった「先に膨らませてしまう」というアイデアは、とりわけ神経科学の世界で、大きな注目を集めています。

膨張顕微鏡法によって観察されたマウスの海馬(脳組織の一部)。複雑に入り組んだ神経ネットワークも、膨張させることでその姿を鮮明に捉えることができる。

——それにしても、なぜここに来て、顕微鏡の技術に大きな発展が起きたのでしょうか?

佐々木 たとえば顕微鏡用レンズの開発は、非常に緻密な光路設計や、光の特性をうまく扱うためのコーティングなど、職人芸ともいえる技術が詰まっており、一朝一夕でできるものではありません。そのため、光学顕微鏡のビッグ4と呼ばれるニコン、オリンパス、ライカ、カール・ツァイスが、顕微鏡用レンズのシェアのほとんどを占めています。その一方で、観察サンプルをうまくラベルするための生物学上の技術や、得られた生データを画像処理するためのソフトウェアなど、生物学やコンピュータ科学の進歩が、顕微鏡テクノロジーの発展を大きく駆動しています。

積み上げられてきた顕微鏡本体の技術という土台の上に、加速度的に進歩している生物学やコンピュータ科学など、様々な分野が組み合わさることで、いまの大きな発展が生まれたのだと考えています。

——最後に改めて、顕微鏡が進化をすることで、僕たちにはどのような恩恵が待っているのでしょうか?

佐々木 ヒトの全ゲノムが解読され、iPS技術によって体細胞の状態を初期化することや、ゲノム編集技術で自由にゲノムを書き換えられることが可能になったこの時代でも、私たちの身体はわからないことだらけです。そして、がんや生活習慣病など多くの病気がいまだに私たちの脅威であり続けています。それでも、私たちの身体が、目に見えない一つ一つの細胞が集まってできており、その中に詰まっている非常に小さなDNAやRNA、タンパク質といった様々な分子の働きによって私たちが「生きている」ことは確かです。

顕微鏡テクノロジーのブレイクスルーが光を照らす微細な世界の姿は、これから数多くの生き物の謎を解き明かします。それは、私たちの健康な生活に寄与するのはもちろんのこと、ひいては「生き物とは何か」という根源的な問いに至る道標となってくれるはずです。

profile

佐々木浩|Hiroshi M. Sasaki
1983年東京都生まれ。生物学者。博士(理学)。主な研究領域は、1分子生物物理学、生化学。東京大学理学部、同大学院理学系研究科にて構造生物学を学び学位を取得。東京大学分子細胞生物学研究所助教を勤めたのち、2015年よりハーバード大学ヴィース研究所博士研究員。現在はDNAナノテクノロジーを利用した新規超解像イメージング法の開発とその生物学応用を目指して、研究に取り組む。また研究の傍ら、サイエンス・ライターとしても活動している。近著に「THE BIOLOGY BIG BANG!——WIREDの未来生物学講座」「THE RISE OF DNA HACKERS」(ともに『WIRED』日本版掲載)など。