FLY ME TO THE SPACE

価格破壊の時を迎えた宇宙ビジネスは、ぼくたちに何をもたらすのか?

宇宙開発といえば、長らく「国家主導の壮大なプロジェクト」にほかならなかった。しかし2010年代に入ったころから、シリコンバレー発の「宇宙スタートアップ」が登場し始めたことで、様相は激変し続けているという。その動向は、今後一般社会になにをもたらすのだろう? 東京で宇宙ビジネスに挑み続けるインフォステラ共同創業者/COOの石亀一郎に訊いた。

TEXT BY TOMONARI COTANI
Photo by NASA / Getty Images

市場規模は約37兆円!

——現在の宇宙ビジネスの状況について教えてください。

石亀 まず、世界の宇宙ビジネスの市場規模をご存じでしょうか? 答えは$335.3B(約37兆円)で、半導体ビジネスとほぼ同規模です。そうした宇宙ビジネスの大半を占める衛星産業のバリューチェーンは、「衛星製造」「打ち上げサービス(ロケット)」「地上系」「衛星サービス」の4つに分けられます。

例を挙げると、PayPalやテスラ・モーターズの創業者として知られるイーロン・マスクが設立したSpaceX社や、Amazonのジェフ・ベゾスが設立したBlueOrigin社は「打ち上げサービス」に該当し、ソフトバンクによる$10Bの出資で話題になったOneWeb社は、「衛星サービス」に属します。ちなみにわたしがCOOを務めるインフォステラは、「地上系」の問題を解決しようとしているスタートアップです。

「世界市場規模マップ」より。大きさと市場規模が比例している(たとえば最大面積の「自動車」は170.8兆円)。宇宙産業の市場規模は上から9番目となっている。

——現在の宇宙ビジネスの状況は、たとえば10年前と比べると盛り上がっているのでしょうか?

石亀 国内で言うと、直近のホットトピックスとして、2017年5月に日本政府が「宇宙産業ビジョン2030」というものを発表しました。その冒頭で語られている3つのキーワード——「IT」「コストダウン」「民間活用」こそが、昨今の宇宙ビジネスを取り巻く環境を端的に言い表していると思います。

この10年で、シリコンバレーを中心としたIT分野のお金や人材、ノウハウが宇宙分野に流入したことで、既存宇宙業界とはコンテクストを異にする企業が多く生まれています。結果として、ソフトウェアドリブンな研究開発や、衛星やロケットの大幅なコストダウン、さらには(主に米国)政府による民間活用の仕組みが相乗効果を生み出し、いま、宇宙分野においてかつてないゲームチェンジが起こり得る土壌が整ってきています。

日本の宇宙ビジネスの実力は?

——宇宙ビジネスに強い国やエリアやグループを教えてください。そのなかで、日本はどのような地位にいて、今後どのような地位になっていくのでしょうか?

石亀 こと宇宙ビジネスにおいては、やはりアメリカの存在が圧倒的です。衛星産業におけるアメリカのシェアは43%を占めており、宇宙ビジネスはアメリカを中心に回っていると言えるでしょう。ほかにはロシア、中国、ヨーロッパが存在感を示しています。

反対に日本国内の宇宙機器産業は約2,700億円と言われており、またそのほとんどを官需に依存しています。そのため、国際宇宙ステーション(ISS)のきぼう実験棟や大型ロケットH2Aといった、技術水準の高いアウトプットを出していながらも、産業振興という点においては他国に大きく遅れをとってしまっているという状況になっています。

この点について日本政府は大きな課題意識をもっており、その証拠として、前述の「宇宙産業ビジョン2030」では、ベンチャー振興に大きな力点が置かれていました。

——現在の宇宙ビジネスの動きは、今後、わたしたち一般市民の生活を、どのように変えていくのでしょうか? 現実的なところからやや夢物語の部分まで、できるだけ多くの可能性を教えてください。

石亀 宇宙ビジネスは次の10年で大きく様変わりするでしょう。これまでは国が予算を配分、研究開発を主導し、その下にバリューチェーンが生まれるという構造でした。しかし今後は民間企業が独自に開発したロケットや衛星やサービスを、国が購入するという形が中心になります。
これはすなわち民間主導の宇宙開発を意味します。

昨年行われた宇宙系最大級のカンファレンスIACにて、イーロン・マスクはNASAよりも早く火星に人を送り込むというコンセプトを発表しました。このように国がビジョンを発信するのではなく、民間企業がビジョンを発信し、世界がその方向に動いていくという構図は、この先どんどん加速していくでしょう。

1969年にNASAがアポロ11号を月に着陸させて以来、月以遠に人類は到達していません。これだけ科学技術が発達しても、宇宙には人類未踏のテーマがたくさん残っています。今までSFだと思っていたことがこれから民間主導で次々と具現化していくことが予想されます。

宇宙太陽光発電で、エネルギー問題が解決!?

——民間が宇宙ビジネスに参入することで、具体的にどの分野がどのようにコストダウンするのでしょうか?

石亀 一番顕著なのが、1回の打ち上げにかかるコストです。SpaceXやBlueOriginはそれぞれ2016年に世界初の再利用ロケットの開発に成功し、宇宙開発始まって以来の劇的なコストダウンが予想されます。また、地球周回軌道より低いサブオービタル(準軌道)系のスタートアップは、BtoB戦略としてロケットの空中発射を視野に入れていますが、超小型衛星の打ち上げにはそれで十分だといえます。こうしたアクセスコストが劇的に下がることで、ゲームチェンジが起こるはずです。

超小型衛星が大量に打ち上げられるようになると、まず通信の様相が変わってくると考えられます。人工密集度の低い地域を広範囲にカバーしようと思うと通信会社が基地局を建設するより、人工衛星を打ち上げた方が安い、という時代が来ています。OneWeb社の構想はまさにそれです。

さらには、精度の高いリアルタイム・リモートセンシングが、どんどん身近なものになっていくでしょう。世界中の画像データをリアルタイムに収集するこのビッグデータインフラが当たり前になると、さまざまな産業の事業推進において定量的な予測ができるようになり、新たに「未来予測市場」とでも言うべきマーケットが創生されることと思います。

もうひとつはエネルギー資源開発です。Google Lunar X-PRIZEの民間による月面探査レースも今年には勝者が決定し、いよいよ民間による月面の資源開発が始まります。また地球近傍小惑星の資源開発を目的としたベンチャーも複数立ち上がり、中には累計$50M超の大型資金調達に成功している会社もあります。これらの試みは主に「宇宙で使うものは宇宙でつくろう」というコンセプトに基いています。

さらに宇宙を活用した地上向けのエネルギー資源開発という文脈では、送電の方法さえ解決されれば、地球軌道上をたくさんの太陽光発電パネルが周回している、SSPS(スペース・ソーラー・パワー・システム)も現実味を帯びてくるかもしれません(実はこの分野の研究は日本がリードしています)。そうなると、足りないエリアに必要な分だけエネルギーを供給するといった、宇宙空間におけるスマートグリッドができるかもしれません。イーロン・マスクが言う「ソーラーシティ」も、同じ発想だと思います(上の動画参照)。

——そんな宇宙ビジネスの流れのなかで、石亀さんが携わっているInfostellar(インフォステラ)は、どのようなミッションで、なにを成し遂げようとしているのでしょうか?

石亀 わたしがCOOを務めているインフォステラは、東京を拠点にして、衛星産業のバリューチェーンにおける「地上系」の問題を解決しようとしているスタートアップです。キーワードは、「小型」と「コンステレーション(多数個の人工衛星を協調動作させるシステム)」です。

PCがスマートフォンという形で手のひらに収まるサイズになったように、人工衛星もサイズが非常に小さくなりました。それに伴い製造コストと打ち上げコストが大幅に下がり、衛星を50機や100機といった数で編隊飛行させ、全く新しいサービスを生み出そうというダイナミズムが生まれています。このようなプレイヤーに向けて衛星と地上との無線通信のまったく新しいインフラをつくろう、というのがインフォステラのミッションです。そのひとつとして開発しているのが、アンテナの非稼働時間をシェアできるプラットフォームの「StellarStation」です。

わたしたちはこのプラットフォームを通じて、これまで誰もやろうとしてこなかった、衛星と地上の常時通信に挑戦します。これは既存の衛星運用者にとっては劇的なUXの変化を生み出します。わたしたちのサービスができたことにより、今まで誰もが思いつかなかった新たなビジネスがたくさん生まれてくるでしょう。そして最終的には月や火星にも通信を提供し、人類の宇宙進出に貢献していきます。

要するに、「誰もが思いつかなかった新たなビジネス」や「人類の宇宙進出への貢献」が、この記事を読んだ「みなさん」のなかから生まれるかもしれない時代に、突入したのです。ですからみなさん、ぜひ、自分なりのアプローチで宇宙に関心を抱いていただき、新しいビジネスのアイデアを温め、いつか形にしてみてください!

profile

石亀一郎|KAZUO ISHIGAME
1992年東京都生まれ。2012年より国内唯一の宇宙ビジネスメディア「astropreneur.net」を運営。2013年アニメグッズのフリマアプリを運営するセブンバイツ株式会社に入社。2015年同社執行役員COOに就任。同年11月にサービスを大手事業会社に譲渡。2016年1月人工衛星向けアンテナシェアリングサービスを開発する株式会社インフォステラを共同創業し、取締役COOに就任。2016年10月株式会社フリークアウト、500 Startups Japan、千葉功太郎氏より6,000万円の資金調達を実施し、開発を加速させている。