DIY GENE EDITING

遺伝情報の切り貼りを、誰もができる日がやって来る!?

いま、主に研究機関で扱われているゲノム(遺伝情報)の編集が、急速に身近になりつつある。難病の治療、農作物の改良、新しい生命の創造——。その可能性と問題点を伺い知るべく、山口情報芸術センター[YCAM]にてバイオテクノロジーの応用可能性に取り組んでいる伊藤隆之と津田和俊に最新の動向を聞いた。

TEXT BY HIROKUNI KANKI
Poto (main) by Mario Tama / GettyImages
Photo Courtesy of YCAM

本題に入る前に、アナロジーを用いて整理をしておきたい。DNA、ゲノム、遺伝子、それぞれの「位置づけ」についてだ。いわく、染色体を「本」とするのなら、DNAは「インク」にあたり、ゲノムは「記述されている内容のすべて」、遺伝子は「全記述のうち、タンパク質について記されている部分」である。つまり、DNAは物質であり、ゲノムと遺伝子は情報である。この点を踏まえたうえでふたりの発言を読み進めてみてほしい。

農業や医療、エネルギーまで

——ゲノム編集とはどんな技術で、どういった応用が期待されていますか。

伊藤 DNAを切ったり貼ったり(=カット・アンド・ペースト)する技術が「ゲノム編集」です。ほとんどの生物の設計図はDNAに書かれています。これが「ゲノム」と呼ばれる生物の遺伝情報です。この情報を編集することで生き物の病気を治したり、農作物の品種改良をしたりすることが研究されています。その改変技術がここ数年でかなり進展してきています。

津田 特に注目されているのは、2013年に論文が発表された「CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)」と呼ばれる技術です。1980年代後半には、今ではCRISPRと呼ばれている特徴的な配列が原核生物のゲノム中に見つかり、その後の研究でそれが生物の免疫機構に関わっていることがわかってきていました。それが2012年にゲノム編集に応用されます。生物の機能だったものが、工学的なツールとして利用されはじめたのです。

伊藤 DNA同士をつなぐテクニックは従来からありました。どちらかと言えば「切る」ほうが難しかったのです。制限酵素と呼ばれるDNAを切る「ハサミ」は一般的に使われているのですが、切るターゲットの配列が限定されていて、ある特定の場所しか切れないのです。しかし、CRISPR/Cas9を使うことで、切る場所をかなり自由に指定できるようになりました。そのため「神のハサミ」といった表現もされています。

津田 応用分野としては、まずは農業や漁業をはじめとした食料分野が挙げられます。それから遺伝病などヒトの疾患の治療。移植用の臓器の生産への活用も検討されているようです。バイオ燃料の原料にも関連するので、農業から医療、エネルギーまで応用範囲は幅広いです。



——生物の設計図を改変できると「デザイナーベイビー(遺伝子を改変して優れた外見、体力、知力などを持たせた子ども)」の可能性などもありますよね。法規制や倫理面で、どういった議論がなされているのでしょうか。

津田 例えば、遺伝子改変でいえば、遺伝子ドライブという「種」の集団全体を置き換える技術が提案されています。例えば、マラリアを媒介しない蚊をゲノム編集によって生み出し、自然界の野生の種と交配させる。何世代か経って種の入れ替えが完了すると、マラリアを根絶できるのではないか、と。疫病という大きな課題を解決できる期待がある半面、生態系への影響が懸念されており、そこまで人類が踏み込んでいいのかという議論は当然あります。

伊藤 生物の遺伝子の組み換え替えに関しては、法律で規制されている部分があります。2003年に締結された「カルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)」には世界の大多数の国が参加していて、日本も批准国になっています。

津田 この分野ではたびたび、科学者たちが国際的に集まってこれらの技術に関する議論をしています。一方で、新しい技術というのは、ドローンしかり、3Dプリンターしかり、極端な使い方をする人を大々的にマスメディアが取り上げ、その結果、過度に規制されてしまう状況もあります。新しい技術の可能性と危険性をめぐる議論をブラックボックス化せず、社会に位置付ける議論がもう少し生産的にできないかと思うのです。

ゲノム編集で、おいしいパンやビールを!

——お二人が所属するYCAMバイオ・リサーチは、ゲノム編集を研究した結果をワークショップなどを通じてオープンに発信しています。DIYのように個人レベルでゲノムが編集できるようになっていたことに驚きましたが、これから私たちの生活でも身近になるのでしょうか。

伊藤 関連する機器の低価格化は進んでいて、DIY機器なども数多くオープンソースで公開されています。ゲノムを「読む」のが一般的になるのは意外と早いと思います。例えば、すでにUSBでパソコンにつなぐ「DNAシーケンサー」は、数十万円程度で購入し、個人でも使うことができます。生物から抽出したDNAを入れて数時間から二晩ほど待つと、ゲノムをはじめとしたDNAの配列を読むことができます。

津田 例えば、こうした機器を携帯端末などで手軽に使えるようになるかもしれません。今は、スーパーマーケットなどで食品表示を見て食の安全性の判断をしていますが、このように誰かが情報化したものでなく、自分で遺伝子情報を読み取れるなら、より実感を伴う情報として扱えるはずです。

伊藤 一方の「書く」ほうでは、CRISPR/Cas9のキットをDIY向けに販売しているサイトがすでに存在します。何でもできるわけではなく、キットの中で大腸菌のDNAの一部を編集するという感じで、あくまでゲノム編集の片鱗に触れて学習するためのものです。ニューヨークのコミュニティ・バイオラボ「GENSPACE」では、同様のツールキットを使って、一般の方向けにゲノム編集の入門講座が開催されており、自分たちも参加してきました。この「コミュニティ・バイオラボ」とは、大学や企業の研究機関の専門家ではない、一般の人たちが利用できるバイオラボのことで、近年、世界中に広がってきています。

津田 デスクトップパブリッシングのときのように、汎用的なコンピューターで生物の情報の読み書きができる時代が近づいています。ただし、それですぐ新しい種の生物をつくろうという話ではなく、生物に対する理解や、生物を扱う技術に対する理解を深めることが重要です。それができて初めて、その後どこまで応用してもいいか、といった議論ができるのでしょう。

伊藤 合意できる基準を設けることができれば、身近な可能性も開けると思います。然るべきステップを踏めば、自分たちでもゲノム編集で美味しいパンやビールがつくれるようになるかもしれません。倫理的な側面も含めよく考えた上で、楽しい可能性についても議論できる土台を皆でつくれればいいですね。

profile

伊藤隆之|Takayuki Ito
1978年東京生まれ/YCAMインターラボR&Dディレクター。東京工業大学生命理工学部生体機構学科卒業後、岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)へ。2003年YCAMの開館準備室に音響エンジニア/プログラマーとして着任。現在は研究開発プロジェクト全般のディレクションを担当。15年YCAMバイオ・リサーチを開始。

profile

津田和俊|Kazutoshi Tsuda
1981年岡山生まれ/YCAMバイオ・リサーチ研究員。博士(工学)。2011年より大阪大学助教として工学設計や資源循環に関する研究を行う。13年大阪に「ファブラボ北加賀屋」を共同設立。YCAMで「地域に潜るアジア」「アグリ・バイオ・キッチン」などのプロジェクトにコラボレーターとして参加後、現職。