フィン(ファイナンス=金融)とテック(テクノロジー)。近年、この2つの領域が融合し合い、さまざまなサービスや商品、あるいは概念が生まれ始めている。その多くは、重厚長大で旧態依然とした金融業界の構造に風穴を開け、手軽さやスピード感といった利便性や効率性を、消費者(つまり我々!)にもたらすことを指向している。そうしたフィンテックのなかでも、とりわけ資産運用におけるテクノロジーの現状とは?
TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO: Gettyimages
いま、資産運用のハードルは下がりはじめている
「公明正大かつ透明性が担保されるべき」とされる株式市場も、いまや高度なアルゴリズムを用いた高頻度取引(ナノ秒単位でプログラム同士が取引を繰り返し、その差分で利ざやを稼ぐ)が全体の70%程度を占めている。それはつまり、技術力や資本力や専門性を持たない一般ユーザーには、伍して戦うことなどおよそ無理に等しいことを意味している。
そうした状況をつくりあげているのがフィンテックであり、また、そうした状況に一石を投じ、「金融を民主化」せんとするのもフィンテックである。では、後者の(我らの!)フィンテックは、たとえば資産運用にどのような利便性や効率性をもたらしてくれるのだろうか。その一端を、ロボアドバイザーによるグローバル資産運用サービスを展開しているスタートアップ「お金のデザイン」のCOO北澤直に訊いた。
——多くの人が、お金に対する悩みや不安を潜在的に抱いていると思いますが、日本では家庭でも学校でも社会でも、なかなかお金の話をしづらいですよね。
北澤 お金というのは本当に重要です。なにをするにも必要になってくるわけですからね。そんな存在にもかかわらず、日本ではいまだに、お金ってタブー視されています。そもそも、友達同士でお金の話をしたりしませんからね。「資産運用どうしよう」とか「保険をどうしよう」とか「お前の給料いくら?」とか。両親には相談できるかもしれませんが、世代が違うので感覚がズレることがあるかもしれない。そのときそのときに必要なお金の話ってあるはずですし。
——確かに、結婚や住宅ローン、あるいは相続や退職金……。お金にまつわるいろいろな人生の場面において、相談できる第三者を、パッと思いつきません。
北澤 それで結局みんなどこへ行くかというと、金融機関へ行くわけです。でも、金融機関は医者ではありません。彼らは商品を売る側なので、彼らの経済事情、つまりは売り手側の事情によって、さまざまな商品を勧めてくるわけです。それって対等な関係ではありませんよね?
——金融機関がおかしいというより、そもそもの構造がおかしいということですね。損するものと得するものがあれば、経済活動の常として“得するもの”を売らざるをえないのは当然ですからね。
北澤 そうなんです。その点、たとえばイギリスでは、個人に対して資産運用のアドバイスをするライセンスの持ち主は、アドバイス料でしか生計を立ててはいけないことが法律で決まっています。バックマージン的なものを、金融商品の販売側からもらってはいけないんです。利益相反がなく、同じ方向を向いているからこそ対等なアドバイスができる。たとえば僕らが行っているTHEO(テオ)というサービスは、まさにそれなんです。
——THEO(テオ)は、いわゆるロボアドバイザーのサービスですよね。そもそもロボアドバイザーとは、どのようなサービスを提供してくれるテクノロジーなのでしょうか?
北澤 ロボアドバイザーは、アメリカで2010年ころから本格的に始まったフィンテックの代表例です。それまでの金融サービスは、“人を介したプッシュ型営業”が中心だったわけですが、新しい資産運用の形として、旧来のサービスに距離感を覚えていたミレニアル世代を中心に浸透していきました。
My Private Banking による予測によると、ロボアドバイザーの運用残高は、2017年末には200億ドルを超えるまでに至りました。
日本では、2014年にお金のデザインが始めたETFラップ(THEOの前身)を皮切りに、いまでは確認できるだけでも19社ほどが”ロボアドバイザー”のサービスを提供しています。それぞれ提供するサービスは異なりますが、いずれもスマホやPCで簡単に資産運用をはじめることができます。
——ロボアドバイザーは、今後どのような進化を果たし、どのようなかたちで社会に浸透していくとお考えですか?
北澤 ロボアドバイザーは、「資産運用には興味を持っているけど、何らかの理由で始められない人たち」に対し、ユーザビリティや透明性の向上、コスト削減などといったバリューを提供することで、資産運用を始めやすくしました。
現在日本では、1,800兆円といわれる個人の金融資産の半分以上が現預金の形で眠っていると言われていますが、ロボアドバイザーの力で、こうした眠っているお金が資産運用に動いていくと思われます。そのためにはミレニアル世代だけでなく、幅広いユーザーがロボアドバイザーを使えるように、認知度と使い勝手を向上する必要があります。
また今後は、資産運用に興味を持っているけれど、いくらから始めればいいかわからない人や、資産運用にまったく興味を持っていない人も、資産運用を始められるようになる仕組みを実装することが考えられます。お釣り投資などはその典型例です。
そうして誰もが資産運用をすることによって、お金についての知識や経験が身につき、その結果、お金をコントロールすることができる未来がくるのではないかと思います。
——少なくとも日本においては、ロボアドバイザーをはじめとするフィンテックによって、お金に対する意識が開かれていきそうですね。
北澤 世の中にはプライベートバンクと呼ばれる、超富裕層が享受しているコンシェルジュサービスが存在します。彼らの業務の中心はファミリーの財産管理ですが、いまやコンピューターのアルゴリズムで、相当な部分を代用できるようになりました。
かつては一部の人しか受けられなかったような高度な資産運用のノウハウを、いかに多くの人たちに享受していただくか、という発想が投資一任型のロボアドバイザーにはあると思います。
それによって、みんながもっと経済や社会に対して目を向け、自分の意見を持ってもらえるといいと思っています。
——資産運用への心理的バリアを下げ、同時に知見を上げていく。それが、フィンテックによってもたらされた重要な恩恵なのですね。
北澤 かつてこの国にも、高い成長率を誇った時代がありました。みんなで豊かになり、みんなで成長することができました。そして、預金さえすればお金が増えたのです。『とりあえず預金』という常識は、そんな時代に生まれました。そして、時代は変わりました。しかし、常識は変わりませんでした。私たちは、技術で常識を変えたいと思います。これまでになかったテクノロジーで、これまでになかった資産運用を、最小限のリスクで実現するのです。預金に代わる新しい選択肢によって多くの預金を動かせば、人生もこの国も動き出すはずです。
【関連記事】 Word of the Day
- マイクロからナノへ。顕微鏡の進化がヒトにもたらすこと
- 日本がサイエンス界のリーダーになる、最初で最後のチャンス!?
- 遺伝情報の切り貼りを、誰もができる日がやって来る!?
- 価格破壊の時を迎えた宇宙ビジネスは、ぼくたちに何をもたらすのか?
北澤 直|Nao Kitazawa
お金のデザイン 取締役COO/1975年東京都生まれ。慶応義塾大学法学部卒業、ペンシルバニア大学大学院修了。モルガン・スタンレー証券に投資銀行員として6年間在籍し、不動産部門の成長に貢献。それ以前は弁護士として6年間、日本とNYにて金融・不動産関連の法律業務を手がける。2014年8月、お金のデザインに参画。
SHARE