新鮮な魚介料理が食べられるお店が数多ある「虎ノ門ヒルズ」。その中でも、寿司店の息子がオーナーシェフである『アルボール』、そして、魚の豊富な山形県鶴岡市発の『イル・フリージオ』は突出した存在。『振り塩とイタリアン イル・フリージオ』は、「虎ノ門ヒルズ」ビジネスタワー3階の「虎ノ門横丁」誕生と同時にオープンした、イタリアンの技法によるイノベーティブな寿司店。同店をプロデュースしたのは、庄内『アル・ケッチァーノ』の料理人として絶大な支持を得ている、あの奥田政行シェフである。今回は魚料理が人気のイタリアンシェフ、「虎ノ門ヒルズ」森タワー2階『アルボール』のシェフ・古田崇氏が『イル・フリージオ』を訪問。“イタリアン”と“魚料理”というふたつの共通項をもとに、軽快なトークが始まった。
TEXT BY TAKASHI TSUCHIDA
PHOTO BY CHISATO NOGUCHI (NDPP.)
EDIT BY TM EVOLUTION.INC
「正直、オープン当初からめちゃくちゃ気にしていました。魚貝メインで、イタリアンで。しかも同じ『虎ノ門ヒルズ』に新しくできるというので、昨年(2020年)6月のオープン当初に、すでにプライベートで来ているんです」(古田シェフ)
『イル・フリージオ』は、オーナーシェフの奥田政行シェフの発想によって、5年前に山形県鶴岡市の駅前にてスタート。オイルと塩で味付けした寿司を、ワインとペアリングしてみたらどうか、というのがアイデアの源だったそうだ。
「当初から“オイル寿司”と銘打って、このスタイルで営業してきました。そんな時に、『虎ノ門横丁』の話をマッキー牧元さんからいただいて、森ビルさんもわざわざ来ていただいて」(柳澤料理長)
こうして「虎ノ門ヒルズ」ビジネスタワー完成と同時に『イル・フリージオ』は鶴岡市から移転、「虎ノ門横丁」にオープンする運びとなった。
一方の古田シェフ率いる『アルボール』が虎ノ門ヒルズ森タワーに誕生したのは6年前のこと。その頃、すでに東京・神楽坂にて野菜中心の人気イタリアンレストランを運営していたが、「虎ノ門ヒルズ」で古田シェフは魚貝中心のスタイルにチャレンジした。
「うち、実家が寿司屋なんですよ。でも自分はイタリアンを手掛けてきた中で、それこそ『イル・フリージオ』のようなマッチングの発想が無かった。寿司屋は寿司屋、イタリアンはイタリアン、という気持ちが強かったので。そんな中、この店が登場したので、それはもうめちゃくちゃ気になって(笑)」(古田シェフ)
古田シェフの『イル・フリージオ』に対する第一印象はこうだ。
「正直、寿司とイタリアン、どちらかが勝ってしまうのでは? と、想像していたんですが、そんなイメージをいい意味で裏切ってくれて。どちらの要素も活かされていて、とてもバランスが良かったと記憶しています。寿司ネタにオリーブオイルを付けるとどうなんだろう? と、予想つかなかったんですが(笑)、なるほど! イタリアンだな、と。そしてネタごとに塩やオイルを使い分けているのが、素晴らしいと感じました」(古田シェフ)
そう、『イル・フリージオ』では、複数の塩とオイルを使い分けている。奥田シェフのイタリアンで培った法則を、寿司に対しても当てはめているというのだ。
「まぐろはにんにく、生海老はベルガモット……、いわゆる煮切り醤油の代わりにオイルを刷毛塗りして、塩を振る。それが店名『イル・フリージオ』の由来になっています」(柳澤料理長)
ちなみに、奥田シェフは寿司のご経験があるのかを尋ねると——。
「奥田シェフのお父さんが和食の料理人さんで、何でもできる方だったそうです。奥田シェフも独学で寿司の握りを学び、もちろん、『イル・フリージオ』のカウンターにも立っています」(柳澤料理長)
『イル・フリージオ』と『アルボール』、ふたつの店舗に共通するのは、魚貝に対する熱意だ。話題は自然と、仕入れに対するこだわりに向かっていく。
「魚はどこから仕入れているんですか?」(古田シェフ)
「うちは、庄内と豊洲に絞っていますね。魚種によっても違うんですが、スズキだったら1キロとか魚体の大きさにこだわります。そして魚の状態は、漁師ごとに異なるもの。船に揚げてから丁寧に扱われたか、それとも船上で放り投げられたかで全然違うんですね。この前の◯◯丸の魚が良かったってフィードバックすると、業者も、それじゃあ今回ちょっと高いけど、こっちもいいんじゃないかって。そういう積み重ねで、今の仕入れに至っています」(柳澤料理長)
庄内で水揚げされたものだからOKではなく、この漁師が釣ってきたもの、というピンポイントの仕入れというのだ。
「ちなみに庄内産の魚貝ってどんな感じでしょうか?」(古田シェフ)
「年間を通じて130種類程度の海産物が採れます。太平洋モノに比べると脂ののりは少ないですが、その代わりに魚自体の香りが強いんです。そこで油分を補うために、魚の香りに合わせたものを奥田シェフが選んでいます」(柳澤料理長)
「なるほど確かに、脂のトロッという感じは少ないですが、その代わりに旨味が豊かです。その脂を補うためにオイルが合って、バランスがいいなと感じました。魚は、海の旨味の象徴。すごく美味しいですね」(古田シェフ)
「山形には沢山の川が海に流れていて、しかも山からの距離がとても短いんです。従って、山の養分が海に多く注がれていること、さらには海底から伏流水も出ていて、ミネラル分が豊富のようです」(柳澤料理長)
一方で、古田シェフに『アルボール』の仕入れ先を伺うと——
「長崎県の五島列島と、愛媛県の宇和島が中心です。その理由は、養殖モノを売っていきたいという思いがあるからです。養殖業は、日本の文化でもあり、将来を考えるととても重要な産業だと思っています。中でも愛媛県の鯛は技術が進んでいます」(古田シェフ)
「農業や畜産業については、それぞれの土地でブランド化が進んでいるのに、養殖業だけがブランド化できていないというのも、まだまだ日の目を見てない証拠です。天然モノだけがいいという時代は、いずれなくなります。環境保護という観点でも、養殖産業をもっと盛り立てたい。養殖もこんなに美味しいんですよということを見せたいんです」(古田シェフ)
おすすめ5貫を試食した古田シェフ。試食する中で、塩とオイルの説明に耳を傾け、魚の仕入れを熱心に聞く姿が印象的だった。一方の柳澤料理長も、そんな古田シェフ率いる『アルボール』に興味津々の様子。
「僕、まだ伺えてないんですよ。僕の経歴は少々変わってまして、寿司職人を経験した後に、イタリアンに入っているんです。まあ、『イル・フリージオ』は一般的なイタリアンではないんですが(笑)。そういう意味でも、スタンダードなイタリアンがとても気になっていて」(柳澤料理長)
「じゃあ、次は是非うちに来てください。今度は逆バージョンで(笑)。それといい塩があったら、また教えてください」(古田シェフ)
というわけで、今回の企画はこの辺りでおひらき。この出会いがきっかけで、両店舗に相乗効果が生まれたら幸いである。
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