今年6/17に公開した記事の返礼として、『グランド ハイアット 東京』副総料理長ダヴィッド ブランシェフが『鳥おか』の黒崎法行氏を、オールデイ ダイニング『フレンチ キッチン』へ招待。付け合わせ野菜の料理の仕方から、メインとなる鶏肉とラム肉の焼き方まで、その技術を余すところなく披露した。ジャンルは違えど、同じ料理の道を邁進する黒崎氏が感嘆した、食べる人を幸福感で包むフレンチの卓越した技術とは——。
TEXT BY YOSHIKO NAKASHIMA
PHOTO BY CHISATO NOGUCHI(NDPP.)
EDIT BY TM EVOLUTION.INC
前回『鳥おか』を訪問して、「これまで食べてきたものと全く違う」と、黒崎法行氏が供す焼き鳥コースを食し、大変感銘を受けた『グランド ハイアット 東京』副総料理長 のダヴィッド ブランシェフ。今回は黒崎氏への返礼として、以前は自身が料理長を務めていた『フレンチ キッチン』に招待し、2品の肉料理を作ってくれることになった。
店内奥の特別個室「シェフズテーブル」にて、シェフひとりで2品の肉料理と付け合わせを調理し、その全ての行程を黒崎氏に披露。黒崎氏は仕事だけでなく、根っからの料理好き。初めて入る豪華なプライベートダイニングとその厨房に、少々興奮気味だ。
ブランシェフがその技術を披露してくれるひと品目は、『フレンチ キッチン』のランチメニューにある「Roasted Shingen chicken, young carrots, potato mousseline ― 信玄どりのロースト ヤングキャロット ポテトムースリーヌ」。
「普段『フレンチ キッチン』では、肉を焼く人、野菜を調理する人と、分業していますが、今日は私ひとりで作りますね」(ブラン)
「何だかワクワクしますね。嬉しい! すごく楽しみです」(黒崎)
「では、まず鶏肉から。この山梨県産の信玄どりは特に柔らかくて質がいいので、うちではずっと使っています。通常はオープンキッチン内にある、ロティサリーオーブンで焼いています」(ブラン)。
自身も扱う食材を使った料理ということで、見逃すまいと目を凝らす黒崎氏。
「鶏肉とラム肉は食材の大きさにもよりますが、通常、30分前に冷蔵庫から出しておきます。野菜も30分前に出しておきますね。冷蔵庫から出してすぐに使うと、肉の中が冷たいので火を通すのに時間がかかるし、色が変わってしまうのです」(ブラン)
「なるほど。鶏肉はムネ肉ですか?」(黒崎)
「フランス料理のレストランでは、主にムネ肉しか使わないんです。やっぱりいい部位ですから。柔らかいですし」(ブラン)
「モモ肉は使わないんですか?」(黒崎)
「使うことは使いますが、パテとかテリーヌにすることが多いですね」(ブラン)
「焼き鳥では、炭で焼くときに、ムネ肉はパサパサにならずジューシーに仕上げるのが難しいです」(黒崎)
「モモ肉はもちろん美味しいのですが、ソースに合わせるとなるとムネ肉を使う方がより良いのです」(ブラン)
鶏肉の端から端まで塩と胡椒をしていくブランシェフ。
「オーブンに入れる間に、付け合わせを作ります」(ブラン)
まずはマッシュポテトを絞り袋で絞り出して焼いた「ポテトムースリーヌ」。鍋に入れたジャガイモと生クリームを手早く力を入れて混ぜていき、温かいうちにバターを入れる。
「今日の生クリームの脂肪率は47%ですが、ジャガイモの質によって脂肪率を変えたり、バターの量を変えたりと調節します。料理って難しいですね(笑)」(ブラン)
レシピ本のように決まった分量があるわけではなく、その時の食材の状態や湿度などによって、微妙に調整していく技が要求されるという。
ポテトムースを絞り袋に入れて絞り出す。黒崎氏も挑戦してみる。
「素晴らしい。とても綺麗に出来ています。初めてとは思えませんね」(ブラン)
黒崎氏は、自宅でも料理をするし、ロールケーキなども作るという根っからの料理好きだ。
ブランシェフは手早くヒメニンジンの付け合わせも作り、鶏肉を焼きにかかる。皮目をフライパンで黄金色になるまでじっくり焼く。
「肉を皮目だけ焼いてひっくり返さないのは、硬くなるからですか?」(黒崎)
「そうですね。片面だけ焼くと皮がカリカリして、反対側はしっとりと柔らかくて美味しくなる。オーブンの焼き時間は食材によって、何分と規定できないのですが、うちでは焼き具合を確認するのに、この金属製の串を肉に刺して確認するんです」(ブラン)
鶏肉は1センチほどピンク色の部分を残し、余熱でじっくりと火を入れていく。切った時に、ちょうどピンクの部分がなくなっているのがいい。シェフの焼き上がりは、まるで魔法を使ったようにしっとりと柔らかく仕上がっていた。
3品がバランス良く盛られ、完成した料理を試食する黒崎氏。
「肉が柔らかくて、皮はパリパリですね! もっとソースが前面にくるのかと思ったら、いい意味で想像と違います。素材の味が際立っている。同じ鶏肉にもいろいろな料理がありますが、このムネ肉の仕上がりは凄い。骨がついているのもなんだか可愛くて、これもポイントですね」(黒崎)
フランス料理の技法で、自分が作るものとは全く異なる料理に仕上がった鶏肉。シンプルなのに食べる人に幸せをもたらすブランシェフの技法に、黒崎氏は驚きを隠せなかったようだ。
続いて2品目に取り掛かるブランシェフ。「Grilled Australian lamb chops,ratatouille, tapenade sauce オーストラリア産ラムチョップのグリル ラタトゥイユ タップナードソース」。これは「モッタイナイラム」と銘打たれたブランドラムを使った料理。こちらも野菜のラタトゥイユ、フレンチフライの2種類が添えられるが、いずれもメイン並みにとても手が込んでいる。
「やはり肉の下ごしらえに時間がかかるのは共通していますね。私たちの仕事も下ごしらえが勝負みたいなところがあります。この下処理をしておかないと、きっとオーブンに入れた時に、この部分が焦げてしまうのですね」(黒崎)
「そうですね。それからラム肉は火入れも鶏肉より時間がかかるので、全ての仕事を丁寧に行う必要があります」(ブラン)
シェフは下ごしらえを終えたラム肉をカットして、手早く塩・胡椒をし、フライパンに入れて脂身がついている側を下にして焼いていく。焼き目がついたらオーブンに入れ、20分ほどかけて火を通す。その間に、付け合わせの2品を手早く作っていく。
「ラム肉を焼くときに、ニンニクを使わないのは意外ですね」(黒崎)
「ラム肉は、タイムやニンニクと相性がいいのですが、今回はタプナードを添えますから、シンプルにあえて何も入れません」(ブラン)
そういったプレゼンテーションを考えるのも重要なシェフの仕事。フランス料理はオイルやフォン、ソースなどを様々に使い分け、食材がより美味しくなる組み合わせを見つけ出すのだ。
カットしたラム肉と付け合わせを盛り付け、ついにシェフ渾身のひと皿が完成した。ひと口試食して驚く黒崎氏。
「これは美味しいです。ラム肉は肉にも脂にも全く臭みがない。それからこの骨の部分も、シンプルですごく綺麗。やはり骨の間の肉を掃除したことで、出来栄えが違うのですね。今日はブランシェフの細かい仕事が見られて、本当に嬉しかったです」(黒崎)
試食の後も話は続いて盛り上がるふたり。黒崎氏はフレンチの火入れの方法に加え、調味料の使い方にも新たなヒントを得たようだ。日本食の焼き鳥、そしてフレンチ……異なるジャンルの第一線で活躍する料理人の交流が、今後も途切れることなく続いていくことを期待したい。
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