ブラックカルチャーと民藝をかけ合わせた独自の美学「アフロ民藝」を提唱する世界的アーティスト、シアスター・ゲイツの個展が森美術館で開かれている(〜9/1)。ところで「アフロ民藝」って何? ということで、藤原ヒロシさんがアーティスト本人による解説のもと、展覧会を鑑賞しました。
TEXT BY Mari Matsubara
PHOTO BY Kenshu Shintsubo
シアスター・ゲイツ(以下 TG) はじめまして。僕は以前から藤原さんのことを知っていて、ずっとお会いしたいと思っていたんです!
藤原ヒロシ(以下 HF) そうなんですか? DJを聴いて? それはありがとうございます。早速なんですが、アフロ民藝って、ゲイツさんが考えた言葉なんですね?
TG そうです。私は2004年に国際交流プログラムで愛知県常滑市に滞在し、陶芸を学びました。アメリカと南アフリカの大学ですでに陶芸と都市デザイン、視覚芸術、宗教学を学んだ後のことです。常滑では穴窯や登り窯で作られるシンプルな茶碗や、熟練の職人さんたちの驚くべき技術、周囲の風景、神道や仏教、全てに影響を受け、日本文化全体に興味を抱くようになりました。とりわけ、柳宗悦から始まった民藝運動に関心を持ちました。無名の民衆が作る伝統的な器や日用品に美を見出し、その価値を守っていこうとする哲学に、アメリカで60〜80年代に起きた「ブラック・イズ・ビューティフル」運動を重ね合わせました。黒人たちが自身の髪型や服装や文化に誇りを持つことと、民藝の精神は通じるように思えたのです。
では早速、展示を見ながらお話ししましょうか。
TG 「タール・ペインティング」のシリーズはいくつも製作しています。タールは屋根の防水・防錆材で、父はタールを屋根に塗る職人でした。この危険で過酷な作業には主に黒人労働者が従事していました。アメリカ建国以来、重労働に身を捧げながらも不当な差別を受けてきた黒人の歴史を、このタールが象徴しています。これは父が実際に塗ったタールを剥がして作品にしたもので、左にDADと書いてあるでしょう?
HF なるほど。
TG この展示室は「神聖な空間」と題しています。常滑で焼いたレンガを1万4千枚敷き詰めています。《散歩道》という作品です。常滑がかつてレンガや土管など産業陶器で栄えた街だったことを象徴しています。
そして壁面には、お香の老舗、京都の松栄堂の協力のもと、調香師が実際に常滑を訪ねて潮風や赤土の匂いからインスピレーションを得て作ったオリジナルのお香が飾られています。その前に陶でできた《人型1》を展示して、瞑想を誘う空間に仕立てました。
HF 正面の壁に見えるあの大きな十字形の作品はなんですか?
TG ニューヨークの「パーク・アヴェニュー・アーモリー」という場所で私が個展を開いた時、その床を剥がして作った作品です。「パーク・アヴェニュー・アーモリー」は昔、軍の兵器庫で、ベトナム戦争時に徴兵された黒人の若者たちの出陣式が行われた場所です(編集部註:当時のアメリカ人口に占める黒人の割合が10%なのに対し、兵隊の約25%、パラシュート隊の40%が黒人だった)。フランク・ステラの抽象絵画へのオマージュと、黒人たちの犠牲への想いを込めています。
TG 禅とは、神道とは何か?など、日本で経験したことや理解したこと、それらへの敬意をもとに拡張していったのが僕の音楽パフォーマンスで、「The Black Monks」というバンドを組んで黒人霊歌をベースに実験的な音楽を作っています。ここでは、アメリカの黒人が多く居住するエリアの教会によくあるハモンドオルガンに7つのスピーカーを繋げて、一定の音を出し続けています。ハモンドオルガンは高価なパイプオルガンの代わりに、黒人霊歌の伴奏に使われたもので、これも黒人文化にとって象徴的な存在なのです。
HF ここでハモンドオルガンが聴けるのですか?
TG 展覧会期間中は毎週日曜日の午後に、オルガン奏者がやってきて演奏してくれます。
TG この展示室では建築プロジェクトをパネルで紹介しています。私がスタジオを構えるシカゴのサウスサイド地区はアフリカ系アメリカ人が多く居住するエリアで、以前は非常に治安が悪かったんです。職のない人が多く、ドラッグや暴力がはびこり、人々は街を出ていってしまい空き家も多かった。こうした空き家を買い取り、古材や廃材を用いて、地域の人たちを巻き込んでコミュニティのためのスペースを少しずつ作っていき、今では40軒にのぼります。黒人の歴史にまつわる書籍や雑誌を誰もが閲覧できるライブラリーにしたり、ダンスの練習のためのスタジオにしたり。ガーデンも作りました。わずか3ブロックの区域ですが、人々の雇用にもつながっています。今回はシカゴから2万冊の書籍をこちらへ運び、ライブラリーを再現しました。
HF 空き家はそんなに安く買えるんですか? 街の再生プロジェクトの資金はどうしているのですか?
TG 2006年〜2008年ごろは比較的購入しやすい金額でした。廃墟同然だった銀行の建物はわずか1ドルで購入しました。もちろん改修には多額の費用が必要ですが、私が運営している「リビルド・ファウンデーション」や、民間のファンド、自治体の予算などにも援助してもらいます。ボロボロだった空き家が地域のみんなのための居心地のいい場所に生まれ変わる例が増えると、噂を聞きつけて、「引っ越すんだけれど、家を買わないか?」という申し出が続々と集まるようになりました。こうした取り組みで街が活力を取り戻す様子を見ると、この建築プロジェクトはある種のランドアートと捉えることができます。
HF これは絵画ですか? いや、何かファブリックのように見えますね。
TG 古い消防ホースを縫い合わせた平面作品です。1963年、アラバマ州バーミングハムで黒人による公民権運動デモが起きた時、治安当局が黒人に向けて消防用の高圧放水を浴びせ、ジャーマン・シェパード犬をけしかけたのです。この事件は全米で報道され、南部における黒人差別へ注目が集まるきっかけになりました。なので消防ホースは、我々黒人にとっては抵抗と弾圧の歴史を思い起こさせるものなのです。
TG これはデトロイトを訪れた時、廃校になる小学校の体育館の床を譲り受けて作った作品です。
HF 木の床の上にバスケットボールコートなどを示すテープの跡がたくさん残っていますね。
TG 子どもたちがスポーツを通してルールや規律、社会性を学ぶ場であった施設や学校の体育館がどんどん少なくなっていることへ警鐘を鳴らしています。捨てられるはずだった床材を引き取ったんですよ。これって、民藝運動推進者のひとりで陶芸家の濱田庄司が各地で壊されそうになっていた古民家を買い取り益子に移築再生させたのと同じだなぁと思って。
HF そうなんですね。
TG どの町にも壊したり捨てようとするものがあって、地元の人はそれをどうやって活かせばいいか分からず途方に暮れることがあります。そこに私なりの経験や知見を総動員させて、何か新しいものが作れないかといつも考えています。たとえば陶芸作品を並べた展示台は、解体した古民家の古材の再利用で知られる長野の山翠舎さんの協力であらたに制作したものなんですよ。
TG 陶芸は私の活動のベースですが、これもまた、アフリカやバリ島や中国などの伝統的な造形をハイブリッドさせたものです。私がこれまでの人生で見聞きし経験したもの全てを混ぜた形は特定な場所や伝統に属さない、魂の容れ物としての陶器です。
HF 表面がメタリックな、独特な肌合いですね。でも常滑焼の特色でもあるんですか?
TG そうです。釉薬はアメリカで調達した酸化マンガン系で、それがブロンズのような効果を生み出しています。でも土は常滑の煉瓦と同じ材料なんです。
HF このものすごい数の新聞紙で包まれた陶器の棚は?!
TG 2022年に亡くなった常滑のアマチュア陶芸家、小出芳弘氏が遺したものを全て引き取ったんです。その一部をそのままここに展示しました。なぜかといえば、この展覧会は私が影響を受けたものや敬意を表するものを祝福(セレブレイト)する場であるから。彼は生涯をかけて2万の作品を作ったひとりのクラフトマンであり、芸術家ではありません。いわば民藝のようなものです。彼は売れっ子陶芸家ではありませんでしたが、多くの後進人材を育て、スキルを伝授したんです。だから彼のようなクラフトマンを忘れてはいけない。今、現代陶芸でもてはやされている有名な陶芸家の作品を手に入れる前に、小出さんのような人たちのことを知るべきだと私は思っています。
TG 展覧会の最後を飾る空間には、「常滑」と「ミシシッピ」をかけ合わせた「TOKOSSIPPI」というサインが掲げられています。この場所は、みんなでお酒を飲み、音楽を聴くことをイメージしています。
HF こうして展示を拝見して思ったのは、ゲイツさんは常滑での経験を通じて、日本とブラックカルチャーを融合させる方法を思いついたってことなんですね。
TG その通り。
HF 僕は正直言って、常滑のことをほとんど知りませんでした。多くの日本人がそうだと思います。外国人でありアウトサイダーであるゲイツさんの視点で見た常滑には、すごくいろんな可能性があったということですよね。他の市町村も常滑のように、他者の視点でプロモートしたらいいんじゃないかな、と思いました。
TG それは言えてますね。シカゴの私のスタジオを訪ねてきた人が思いもよらぬアングルで写真を撮っているのを見ると、ああ、そういう見方もあるのかと驚きます。アウトサイダーは、その中にいる人とは違った方法で世界を解釈することができるのです。
私にとっては2022年の国際芸術祭「あいち2022」がそのいい例でした。常滑に来て何か作品を展示してほしいというリクエストを受けて、はて、と悩みました。歴史の深いやきものの街・常滑に私が陶の作品を持っていくなんて馬鹿げているなと。そこで作ったのが《リスニング・ハウス》です。40年前まで土管を作っていた窯場の母屋を改修してDJのターンテーブルを置き、毎日レコードをかけました。ダニ・ハサウェイ、マーヴィン・ゲイ、スティービー・ワンダー、アレサ・フランクリンなど、ブラックミュージックをたくさんかけてね。芸術祭期間中、人々はただそこに集まって音楽を聴いていたんです。建物のオーナーはこの様子をすごく気に入って、当分の間、私たちにこの建物を貸すことを約束してくれました。今後はこの母屋と周辺の空き家を少しずつ改修し、制作の拠点やイベントのためのスペースへと整備していく予定です。
HF 《リスニング・ハウス》の展覧会バージョンが、この最後の展示室だということですね。
HF ゲイツさんはアーティストというより、建築家的なマインドを持っていますね。アーティストって孤高な感じで一つのことを突き詰めていこうとするけれど、ゲイツさんは国籍も何もかも超えて、いろんなものをミックスさせようとする。
TG そうだと思います。それに私は古いものやアーカイブが好きなんですね。私は、自分が自由になるために古いものを壊す必要はないと思うのです。伝統を破壊する必要はなく、むしろそれとがっぷり四つに組み合う方がいい。そうすることでより強くなれる気がします。
HF なるほど。そのことはゲイツさんの作品全てに表れていますね。
TG ところで、フジワラさんはもうDJをやってないのですか?
HF 20年前に辞めました。でも最近はマッシュアップをよく作っていて。二つの楽曲からボーカルだけとか、伴奏だけとか要素を抜き出して重ね合わせるんですが(と言いながらパソコンをひらき、松原みきの「真夜中のドア」と、Salsoul Orchestraの「Ooh I Love It」のリミックスを聴かせる)
TG なんてこった! 素晴らしい。CITY POPじゃないか。
HF シティポップは知ってるの?
TG もちろん。六本木ヒルズの近くに私がよく行くレストランがあって、そこはシティポップばかりかけるんです。ブラックミュージックとシティポップのマッシュアップができたら、マジで今回の展覧会に取り入れたいんですけど。連絡先交換させてください!
HF はい。まあ、著作権の問題とかあるんですが、他にもシティポップとサルサをリミックスしたものとか、いろいろあるので相談しましょう。つまり今回のシアスター・ゲイツ展を見た印象を一言でまとめると、ハイブリッドは新しい何かを生み出すってことですね。
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