YAKUSHIMARU ETSUKO ART ARCHIVES

#1 やくしまるえつこが描く未来と芸術

2019年11月19日より開催される「未来と芸術展」。この展覧会にやくしまるえつこによる「わたしは人類」が展示される。アーティスト兼プロデューサーとして「相対性理論」など数多くのプロジェクトを主宰するやくしまるは、活動当初から長年にわたり領域横断的な活動を続けてきた。本連載では音楽の枠にとどまらないやくしまるのアートを振りかえる。連載第1回の今回は、美術館などで展示をされたインスタレーション作品をはじめ、やくしまるや美術館学芸員のコメントや初公開映像も交えて紹介する。

TEXT BY RIE NOGUCHI

やくしまるえつこ
アーティスト兼プロデューサー、作詞・作曲・編曲家として「相対性理論」など数々のプロジェクトを主宰。ポップミュージックからエクスペリメンタルミュージック、アート、テクノロジー、文筆、朗読とあらゆる領域を自在に横断し、一貫してインディペンデントでの活躍を続ける。
2016年にリリースした相対性理論『天声ジングル』には坂本龍一、ジェフ・ミルズ、黒沢清、ペンギンカフェらから賛辞が贈られ、同アルバムを提げ、レコード会社にもプロダクションにも所属しないアーティストとして前代未聞の日本武道館公演「八角形」を実現。
自身のバンドやソロワークスの他にも、映画音楽からアイドルまで幅広いプロデュースワークや楽曲提供、インスタレーションや絵画作品、人工知能と自身の声による歌生成ロボや生体データ、人工衛星や遺伝子を用いた作品など多岐に渡る。
バイオテクノロジーを駆使し、音源と遺伝子組換え微生物で発表した作品『わたしは人類』で世界最大の国際科学芸術の祭典 アルスエレクトロニカ・STARTS PRIZEグランプリを受賞。金沢21世紀美術館で展示された『わたしは人類 (ver.金沢)』は、ポップミュージックで初めて同館のコレクション作品として収蔵されている。
近作に相対性理論『調べる相対性理論』、やくしまるえつこ『アンノウン・ワールドマップ』、オーストリアの音楽家 クリスチャン・フェネスをfeat.して制作した ”やくしまるえつこ「Human Is (feat.Fennesz)」”など。

アーティスト兼プロデューサーとして「相対性理論」など数多くのプロジェクトを主宰するやくしまるえつこ。

やくしまるは活動当初から長年にわたり領域横断的な活動を続けてきた。連載第1回目は、美術館などで展示をされたインスタレーションや文筆作品、テクノロジーを駆使したアートプロジェクトを、年代ごとに振り返る。

本連載にあたり、やくしまる本人からコメントが届いている。

「例えば紀元前1万年、例えば宇宙空間、
例えば異世界、例えば生物の細胞内部、例えば0と1。
どこに至っても、わたしたちはテクノロジーすることを止められない。
未来にいたって、もう進化することをやめられない」
(やくしまるえつこ)

2018-2019 「NEO-FUTURE」

2018年10月、やくしまるえつこが主宰するバンド・相対性理論の新曲『NEO-FUTURE』のゲリラ発表とともに、渋谷駅地下道にやくしまるによる巨大なグラフィック&サウンドインスタレーションが登場。

やくしまるがアートディレクション及びドローイングを担当し、河村康輔がコラージュで参加。さらに発表から約1年後の2019年10月、本作のアートワークを用いたミュージックビデオが公開された。

neofuture_all_new
1/5『NEO-FUTURE』グラフィック&サウンドインスタレーション
stsr_neofuture_rbmf_photo_04
2/5
stsr_neofuture_rbmf_photo_05
3/5
stsr_neofuture_rbmf_photo_06_re
4/5
stsr_neofuture_rbmf_photo_07_re
5/5

2016-2019 わたしは人類

わたしは人類』は、やくしまるえつこが”人類滅亡後の音楽”をコンセプトに、バイオテクロジーを用いて2016年にスタートしたプロジェクト。新しい音楽──伝達と記録、変容と拡散──の形を探る試み。

シアノバクテリアの一種である微生物シネココッカスの塩基配列を用いてポップミュージックを制作し、さらにその楽曲情報をDNAに変換して微生物の染色体に組み、音源と遺伝子組み換え微生物の形で発表した。

『わたしは人類』は世界最大のメディアアートの祭典、アルスエレクトロニカ・STARTS PRIZEの2017年グランプリを獲得。さらに2018年には、金沢21世紀美術館での展示バージョンである「わたしは人類(ver.金沢)」が、ポップミュージック/バイオアート作品で初めて同館によってコレクション作品として収蔵された。

「わたしは人類 (ver.金沢)」(2017年 金沢21世紀美術館所蔵)

金沢21世紀美術館キュレーター・高橋洋介のコメントを紹介する。

「やくしまるえつこの「わたしは人類」は、生命を情報を記録・複製する一種の機械とみなすことによって音楽の構造や制度を解体し、既存の概念を揺るがす。だからこそ、わたしたちは、それを一瞬の娯楽やありふれた時代のサンプルとしてではなく、連綿と続く伝統を革新し、新たな表現の歴史を切り開く真の芸術作品としてみるのだ。

なにより、ひとつの楽曲としては、きわめて多面的な側面を含む「わたしは人類」もまた、彼女の探求のごく一部が結晶化したにすぎず、さらなる予想外の可能性を開くための契機のひとつにほかならない。やくしまるえつこが、一介の音楽家ではなく、現代のアーティストを名乗るにふさわしい理由は、ここにある」

2016 「天声ジングル - ∞面体」

2016年12月に開催された『天声ジングル − ∞面体』はインスタレーション展示とライブ、爆音上映で構成された特別企画で、山口情報芸術センター[YCAM]史上初となるポップミュージシャンの大規模企画展。

やくしまる:「2016年は『タンパク質みたいに』『天声ジングル』『わたしは人類』と、ループ・螺旋・遺伝子といった共通する軸に連なる作品を作ってきました。」(サウンド&レコーディング・マガジン 2017年4月号より)

tenseijingle_1_main
1/12「天声ジングル - ∞面体」(2016年 読み: テンセイジングルポリヘドロン 山口情報芸術センター ) INSTALLATION 1 : “天声ジングル” 相対性理論のアルバム『天声ジングル』を、13基のスピーカーと6基の超指向性スピーカー、24基のベースシェイカーを含めた計43チャンネルにもおよぶ複雑なマルチチャンネルの特殊立体音響環境にアサインリミックスし、高音質フル音響と4+1の巨大スクリーン映像とともに全身で体験するコックピット型音楽作品。
tenseijingle_2
2/12
tenseijingle_3
3/12
tenseijingle_4
4/12
tenseijingle_5
5/12
tenseijingle_6
6/12
tenseijingle_7
7/12
tenseijingle_8
8/12
tenseijingle_9
9/12
tenseijingle_10
10/12
tenseijingle_11
11/12
tenseijingle_12
12/12

INSTALLATION 1 : “天声ジングル”

やくしまる:「鑑賞者の五感に直接干渉して鑑賞者がなかに”いる”という作品にしようと考えました。具体的には順路なく自由に歩き回れるような空間演出にしつつ、中央には八角形のステージを作ることで鑑賞者がその上に乗るという行為を誘導し、さらにそのステージの下には大量のベース・シェイカーを仕込んでおいて鑑賞者の体を震わせる。低音以外も、床から天井まで多種多様のスピーカーを幾何学的に配置してマルチチャンネルで再生。

左右に配置したくの字型の巨大スクリーンとステージに映像を投影して、上下左右を音響と映像で囲まれた宇宙船のコックピットのような空間にしました。鑑賞者が自分で体を動かさなければどんな音が出ているのか探れないような、行為と作品が同期するということを意識しました」(サウンド&レコーディング・マガジン 2017年4月号より)

tanpakushitsumitaini_2
1/4
tanpakushitsumitaini_3
2/4
tanpakushitsumitaini_4
3/4
tanpakushitsumitaini_1_main
4/4INSTALLATION 2 : “タンパク質みたいに” 複雑系研究の来歴を持つフィリップ・K・ディック賞&芥川賞受賞作家・円城塔が書き下ろした特殊な構造のテキストマップをやくしまるえつこが解読・再構築*して音源化した Yakushimaru Experiment『タンパク質みたいに』を、閉館後の図書館全体を使ったプロジェクションマッピング映像とマルチチャンネル音響によって再現したインスタレーション。 (*ゲノムによるタンパク質の合成時に発生するポリペプチド鎖の立体折りたたみ構造(フォールディング)を詩と音に秩序立てて対応させたもの)

INSTALLATION 2 : “タンパク質みたいに”

やくしまる:「図書館で展示した『タンパク質みたいに』は、はじめに図書館の写真をいただいた時点でイメージができていました。吹き抜けで上に渡り廊下がかかっていて、そこから図書館全体を俯瞰できる構造になっているのですが、それを見てすぐ円城塔さんのテキストマップを音源化した『タンパク質みたいに』とリンクすると思いついたんです。

棚の配置や棚自体がマス目のように見えますし、ゲノムを記録媒体とした特別室での『わたしは人類』にもつながるのですが、タンパク質を作るDNAは本のようなものでもあります。本棚の集まりである図書館は究極のデータベースであり、そこでタンパク質のフォールディングが起きて機能が出現するさまを、プロジェクション・マッピングと立体音響で体感させられたら楽しいなと考えました」(サウンド&レコーディング・マガジン 2017年4月号より)

「わたしは人類」

INSTALLATION 3 : “わたしは人類”

2016年12月にはYCAMでも『わたしは人類』の遺伝子組換え微生物が展示され、相対性理論によって『わたしは人類』の演奏が行われた。ライブパフォーマンスでは、シネココッカスのDNAに基づき『わたしは人類』の譜面中に仕掛けられた「トランスポゾン」(ゲノム上を転移する、突然変異の原因となる遺伝子)のパートにおいて、実際に突然変異が起こるアレンジで演奏されている。

2014_2019 「あしたの記憶装置」

20
1/5SFマガジン やくしまるえつこ連載「あしたの記憶装置」(早川書房・連載中) ヴィジュアル・ストーリィ連載
2
2/5
3
3/5
13
4/5
sf
5/5

SF文芸誌「SFマガジン」(早川書房)において、存命中の音楽家としては初めて 表紙特集が組まれる(没後の音楽家を合わせるとやくしまるえつことデヴィッド・ボウイの2人だけ)など、その活動内容はもちろん、存在そのものが未来的・先鋭的な存在として、音楽と最先端の科学やテクノロジー、現代アートを自然且つ自由に繋げる活躍を続けるやくしまるえつこが2014年より同誌にて連載を続けるヴィジュアル・ストーリィ。

テキスト、絵、写真、コラージュ、構成、時には音を使った仕掛けまで、全てをやくしまるが制作。複合的な要素が絡み合い謎が謎を呼ぶ物語が展開されていく。

やくしまるを指して、作家の円城塔は「人力、世界 シミュレーター」と評している。

2013 「LOVE +1+1」

img_0853_0
1/2「LOVE +1+1」(2013年 森美術館『LOVE』展)やくしまるえつこ + 真鍋大度 + 石橋 素 + 菅野 薫《LOVE+1+1》」
img_0589_0
2/2

音声解析と人工知能システムにより、来場者が発する言葉に反応して、やくしまるの声や楽曲情報を用いた歌をリアルタイムで生成する、インタラクティブ・インスタレーション作品。

2013 「Λ Girl」

豊田市美術館の「反重力」展に展示された「Λ Girl」。担当した学芸員・能勢陽子のコメントを紹介する。

「やくしまるえつこは、「相対性理論」など数多くのプロジェクトを手掛けて、ボーカル、作詞、作曲、プロデュースなどを務めるほか、美術館やギャラリーでの展示やパフォーマンス、センサーを用いたオリジナル楽器のプロデュースと演奏など、ボーダーレスな活動を行っている。やくしまるはそのすべての活動において、同時代性に呼応しつつ、自身の実在性と非実在性の間で、軽やかに戯れているようである。

モニターを円形に取り囲んだ72台のスピーカーが吊り下がる暗闇では、そこかしこからホワイトノイズに混じった幽かな声が聴こえ、それに合わせて光が明滅する。霊界ラジオの原理で音を発するその空間は、なにやら不穏な空気に満ちている。声のする方に近づくと、常に遠ざかって、今度は反対方向から聴こえてくる」

mg_0421
1/7「Λ Girl」 (ラムダガール 2013年 豊田市美術館「反重力」展)
yakushimaruetsuko_lambdagirl_photo
2/7
lambdagirl
3/7
mg_2616
4/7
mg_9786
5/7
mg_9787
6/7
mg_9802
7/7

「声の主は「Λ Girl」、鑑賞者の動きに対する反作用で現れる女の子である。「Λ(ラムダ)」 は、アインシュタインが宇宙項で提案した引力に抗する斥力で、「反重力」にも似たものである。「Λ Girl」は、この世界を統べようとするあらゆるものに反抗する、不遜な存在である。そして同時に、決してこの世と交わることのない、不確かな存在でもある。

しかしここでは、テクノロジーとオカルトの共存が、世界の反逆児にして幽霊のような「Λ Girl」の姿を捕捉する。彼女との邂逅は、不可視の異世界への憧れと畏れを抱かせて、ユーモアと不穏さを生む」

2012 「ミオデソプシア」

mg_4723121219
1/11「ミオデソプシア」展  (2012年 TALION GALLERY)
img_9519121219
2/11
img_9105121219
3/11
img_9055121219
4/11
img_9400121219
5/11
img_9522121219
6/11
img_9529121219
7/11
img_9552121219
8/11
mg_4718121219
9/11
mg_4739130111
10/11
img_9048121219
11/11

myodesopsia=飛蚊症、と題された個展。巨大ライトや蛍光灯、顕微鏡などの装置を用いたドローイングやペインティング作品を展示。

2012-2019「dimtakt」

やくしまるえつこによるオリジナル9次元楽器”dimtakt”は青白い光を放つタクトで、角度や方位や速度や回転といった要素を関知しコントロールすることで独自の音を発し演奏を行う。

img_7063
1/9「dimtakt」
img_7044
2/9
1_circle_stsr
3/9
4_8874_n
4/9
n_yxmr_stsr_71
5/9
n_yxmr_stsr_73
6/9
pb023029121211
7/9
stsr_shomei3_7
8/9
stsr_yaon_1
9/9

2012年に真鍋大度らと共に制作してから現在に至るまで、やくしまる・相対性理論のライブやレコーディング、エクスペリメンタルミュージックからアイドルへの提供曲まで、長年に渡り数多くの場面で使用されている。

2011 「YAKUSHIMARU BODY HACK」

denkyoku4
1/4
1_ybh_sample1
2/4
freedommune_yksmr
3/4
2_ybh_sample2
4/4「YAKUSHIMARU BODY HACK」 やくしまるえつこによる生体データリアルタイム中継WEBプロジェクト

YAKUSHIMARU BODY HACK」はやくしまるが2011年に発表した、「究極の個人情報」である自身の生体データをリアルタイム中継するプロジェクト。脳波、心拍、まばたき、口、喉の動きなどの彼女の生体データが、リアルタイムでサイト上のやくしまるが描いたキャラクターに反映される。生体データを演奏に用いた楽曲『ときめきハッカー』と共に発表。

2011年に行われた相対性理論のライブでは、やくしまるはライブ中に生体データを「YAKUSHIMARU BODY HACK」WEBサイトにリアルタイム中継しながら歌唱と演奏、アート・リンゼイとのセッションを行った。

更に2012年の「FREEDOMMUNE」では自身の生体データを全世界にリアルタイム中継しながら、夏目漱石の頭蓋骨から復元した音声との朗読競演を実施。

「YAKUSHIMARU BODY HACK」はFlash用サイトだが2019年現在も視聴可能(現在リアルタイム中継は行われていない)。

2011 「Gurugle Earth」

「Gurugle Earth」はやくしまるえつことd.v.dが2011年に発表。JAXAの地球観測技術衛星「だいち」が撮影した衛星写真のデータを使用したインタラクティブ・アート・プロダクト。

gurugle_card2
1/7
gurugle_setsumeid
2/7
gurugle_setsumeif
3/7
gurugle_card1
4/7「Gurugle Earth」 JAXAの地球観測技術衛星「だいち」が撮影した衛星写真のデータを使用したインタラクティブ・アート・プロダクト。
gurugle_card3
5/7
gurugleearth_shokai
6/7
img_8785120315
7/7

衛星写真にやくしまるによるドローイングが施された数十枚のビジュアルカードには、それぞれ異なるサウンドとビジュアルが仕込まれており、好きな順番・組み合わせでカードをPCにかざすことで、無限の組み合わせの「Gurugle Earth」ミュージック&ビデオを再生することが出来る。

2010 「TOKEI Tick Endless」

tokeitickendless_3
1/22010_TOKEI_Tick_Endless 「TOKEI Tick Endless」(2010年)
tokeitickendless_4
2/2

TOKEI Tick Endless」は2010年にやくしまるえつことd.v.dがアルバム「Blu-Day」に伴って発表した、やくしまるえつこによる時報サイト。やくしまるによる時報アナウンスやランダムに再生される台詞が、エンドレスに流れ続けている。こちらもFlash用サイトだが2019年現在も視聴可能、やくしまるの声は今も時を刻み続けている。