ROPPONGI CROSSING 2019

森美術館のキュレーターに直撃! 多様化する社会においてアートが持ち得る力とは?

これまでは毎回ゲストキュレーターを迎えて開催していた「六本木クロッシング」。しかし、今年は初の試みとして森美術館のキュレーターのみで企画をしている。3人がディスカッションを重ねてたどり着いた「つないでみる」というテーマ。そこに込められたメッセージや、めまぐるしく変わりゆく社会の中で現代アートに触れる意味、そうした時間から生まれる可能性について話してもらった。

Photo by Kenta Aminaka
Text by Yuka Uchida

❶ 椿 玲子 さん
「現代人が抱く進歩史観への疑念に、
多様な解を示すのがアート」

──キュレーターのみなさんは現代の社会をどのように捉えているのでしょうか?

今は多様な価値観がシャッフルされている時代ですよね。テクノロジーは急速に進化しているけれど、それに伴って世界が幸福になっているかといえばそうではなくて、一方で粘菌や南方熊楠といったキーワードが人の心を掴んでいる。現代人はすでに進歩史観への疑念を抱き始めていると思います。

──そうした状況で“つないでみる”ことが有効だと。

はい。今回のテーマでは「みる」という実験的な意味合いが重要です。「やってみよう」という感覚。それが、今あるシステムとは異なる回路で、幸せを見つける方法ではないでしょうか。参加作家の中には、異なる年代や地域を繋げてみている人が多くいます。横断したり、円環したり、直線的に物事を考えないことで、気づくことは多々あると思います。

──アートのおもしろさはそこにあると。

アートは多分、テクノロジーのように完成度を突き詰めていくことを目的としていません。予想外の回路を結んだり、価値観を少しずらしたり、それを面白がる心を展覧会で共有できたら嬉しいですね。

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椿玲子|Reiko Tsubaki
森美術館キュレーター。滋賀県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科創造行為論修士修了、パリ第1大学哲学科現代美術批評修士修了後、カルティエ現代美術財団でのインターンを経て、2002年より森美術館所属。「宇宙と芸術展」「レアンドロ・エルリッヒ展」等を担当する。父は宇宙物理学者。ここ数年の興味は宇宙論や時空論。最近、日本酒にも開眼。

❷ 熊倉晴子 さん
「なにこれ?と疑問に思う。
“つないでみる”の本質はそこにある」

──参加作家は若手が多いですね。

まだ価値が定まっていない、新しいことをやろうとしているアーティストに声を掛けるのが、六本木クロッシングらしさだと思っています。彼らの才能に興味がありますし、それを六本木から世界へ向けて発信できることにも意義を感じています。

──なぜテーマは「つないでみる」に?

昨今「世界が分断されている」と頻繁に耳にしますが、現代アートも随分と前から社会と分断されているのではと思っています。なので、個人的には現代アートと社会をつなぐこともひとつの課題。アーティストは“新しい言語”を生み出す存在です。アートという新しい言語は誰にとっても異質で、同時に自由なものではないでしょうか。

──アートは相互理解に役立つと?

そう単純には思いません。それは極めて難しいことですし、悲観的な意味ではなく、分かり合えると期待するから分断や「アートはわからない」という感情が芽生える。色が美しいと感じたり、形に惹かれるだけでも、十分アートは楽しめますし、その先に「なぜ、こんなことをするのだろう?」と意識を向けることが「つないでみる」という行為の第一歩ではないでしょうか。

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熊倉晴子|Kumakura Haruko
森美術館アシスタント・キュレーター。東京都生まれ。多摩美術大学在籍時から、自身の制作より同級生の作品や制作姿勢に興味があり、学芸員の道へ。2011年より森美術館勤務。「会田誠展」「リー・ミンウェイとその関係展」、「六本木クロッシング2013展」に関わり、「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」を企画・担当する。無類のTBSラジオファン。

❸ 徳山拓一 さん
「僕らと作家は同時代を生きている、
その視点が現代アートを面白くする」

──今回のアーティストに声をかけた理由は?

ひとつは今の時代に、生きることと作ることを両立させながら、真摯に制作をしている方。僕自身が一度は作家を目指していたから感じるのだと思いますが、制作は想像以上に孤独ですし、自分には到底できないこと。そこに向かう姿に自然と敬意が湧いてきます。そうした心からカッコいいと思える作家であること。そして、東京だけでなく関西や東北など各地で活動している作家に積極的に声をかけました。

──現代アートの鑑賞のヒントを教えてください。

現代アートが、ゴッホやダ・ヴィンチの作品と明らかに違うのは、それを生み出したアーティストが、僕らと同じ時代を生きていることです。アーティストが、自分と同じ現実に向き合って見出したひとつの答えが作品なのだという視点を持つと、今までにない感じ方ができるかもしれません。

──現代アートだからこその体験はそこだ、と。

そう思います。人は日々さまざまな問題や不安を抱えて生きていますよね。そうしたことに向き合うヒントが見つかるかもしれない。現代アートは作家と鑑賞者が時代を共有していることが刺激的なんです。

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徳山拓一|Hirokazu Tokuyama
森美術館アソシエイト・キュレーター。静岡県生まれ。ペインターとして活動した後、2012年より京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAで学芸員としてのキャリアをスタート。平成27年度京都市芸術文化特別奨励者に認定。2016年より現職で「建築の日本展」「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」等を担当。最近は子育てに奮闘中。