「2020年」に向けて、大なり小なり動きを見せている東京。その変化の後景にある「都市の記憶」を、音楽家/文筆家の菊地成孔が、極私的な視点で紐解く連載シリーズ第26回!
TEXT BY NARUYOSHI KIKUCHI
ILLUSTRATION BY YUTARO OGAWA
トランプを支持する(皮肉ではない)
特に世界政治に興味がある人々に聞きたい。あなたは合衆国大統領の中で、誰が一番好きだろうか? え? 好きとか嫌いとか、そんなん無いよ。好きってどういう意味? いや特に難しい謎かけでは無い。「あなたの好きな大統領は?」と素直に聞いているだけである。政策とか大統領としての功績とかは一切関係ない? あなたは誰推しであろうか? まさかJFK? ディアゴスティーニばっか買ってないか?
筆者は、少なくとも第二次大戦後だったら、圧倒的にトランプである。先日訪日し、帰国の日には通り魔事件によって、帰国すら報道されなかったが、なんかそういうところも好きだ。
ここから以下、世界中の嫌われ者と言ってもほぼほぼ間違いない彼に対して、リベラルで知的なエッセイストである筆者が、多くのリベラルで知的で、一般的な倫理観や正義感を抱いている、一定以上に意識が高い人々同様、トランプが大嫌いなのに、敢えて諧謔でスキスキと書いて皮肉るのだろう。あるいは、これがネット用語である逆張りというものか? 反対な事を言って、知的少数派を狙う。といった具合に、反射的に想像しているに違いないが全然違う。筆者はドナルド・トランプが好きである。
まず第一に、誕生日が自分と同じである。他にエルネスト・チェ・ゲバラ、ブルーザー・ブロディ、大塚寧々、川端康成、アロイス・アルツハイマー、山縣有朋、比嘉愛未、溝端淳平、中川大志等がいるが、特に共通点はないように見える。見えるけれども、ゲバラと大塚寧々と誕生日が同じトランプ。という存在は愛すべきものがある。
第二には、史上最高のSP数を誇るらしいトランプが、いわゆる「囲み取材」の時に、自分の周囲にSPをはべらせず(恐らく、かなりの規模で散逸し、暗殺を阻止しようとしているのだろうが、その結果)、少なくとも絵的には、SPがいない空間にノッシノッシと入ってくるところも好きだ。「無防備に見せる演出」などトランプが考え付くわけがないし、あるいは逆に、そんな事を考えて実行しても一銭のイメージアップにもならない訳なので、天然だと思うのだが、アレは結構ヤバい。
いうまでもなく、Twitterを公人とは思えない使い方をしている、最初の大統領でもある。筆者は結局、アンチオバマ、アンチクリントン、アンチブッシュなだけとも言えなくもないのだが、巷間、オバマが最初に使用したとされるTwitterは、もうガッチガッチ公式の奴で、面白くもなんともなかったが、トランプはもはや、面白いとか危なっかしいとかを超えて、「これこそがTwitterだ」という、SNSの危なっかしさとバカバカしさを、合衆国大統領が身を以てガンガンに示しているところが本当に素晴らしい。
第三として結構な会議を自宅でやってしまう所も良い。トランプタワーにはビヨンセとハリソン・フォードという、合衆国エンタメ界でも屈指の「素晴らしい業績に比して話がつまらない人」が居住している(本当に二人とも、「アメリカ人?」と思うほどジョークがつまらなく、会話が退屈である)。そこも好きだ。
数少ない、奇特とされるトランプ支持者に、クリント・イーストウッド、スラヴォイ・ジジェク、アジーリア・バンクス、マイク・タイソン、厚切りジェイソンがいる、という素晴らしいラインナップ。あのリベラルで偽悪の徒、愛すべき善良なデイヴ・スペクターが、反タリバンというステップボードから、あの息子ブッシュをガチで支持してしまったという、思い出すのも痛ましい悲劇に比べて、パワフルでカラフルで厚みがある。
メンバーをご存じない読者も多いだろう。ジジェクは完全に頭がおかしい学者で、ヘンテコな映画ガイドの映画を2本も主演で監督しているが、哲学者としては突出している。スロベニアで唯一、ジャック・ラカンから精神分析学を学んでいる。アジーリア・バンクスは黒人女性ラッパーだが、天才的な才能で鳴り物入りのデビューを果たした後、ビジネストラブルばかりが続き、全然ちゃんと活動できていない。タイソンはあのタイソン、ジェイソンは、あのジェイソンであろう。自分も是非ラインに加えてもらいたい。合衆国の名門ジャズレーベル、インパルス!と、合衆国人以外で初めて契約したジャズミュージシャンにして、東京大学等、一流大学の非常勤講師を務め、歌舞伎町に住んで、こないだまでAMラジオの人気パーソナリティーでもあり、先月いっぱいは「菊平成孔」と短期改名していた日本ジャズ史上屈指の奇人である。
第四に、トランプは白人でありながらにして尋常性白斑(マイケル・ジャクソンが白塗りになった時、この病を罹患しているのを隠すため。と言った、肌から色素が抜ける病気。近い将来「マイケル・ジャクソン病」と呼ばれるであろう、と言われている)で、もちろんこれは、あらゆる病、特に顔面に症状が出る皮膚病をして、面白おかしく扱う、といったような、皮肉や諧謔だとしても絶対にやってはいけないことをしようとしているのではない。すごい速さで書いてしまうが、この病の原因は自己免疫症によって、色素(メラニン)を作る色素細胞「メラノサイト」へ、自らの免疫が攻撃を仕掛けてしまうことで起こる。そして言うまでもなく、ファーストレディの名前はメラニアである(そしてスロベニア出身、恐らくジジェクはこの点を以ってして支持していると思われる)。なんだろうか。この、入り組んだような、単純すぎるような、力強い事実は。すごく好きだ。
だが結局、筆者がトランプを好きなのは、「絶対に戦争をしない」と確信するからである。政治と軍事経験のない最初の大統領という事実は伊達ではない。アメリカ大統領の顔、というものは、ベトナム以降特に、「戦争顔」がずっと続いている。いかにも戦争しそうな顔のサロンがホワイトハウスである。オバマは流石に規格外だったが、戦争はしたし、最も奴が終戦させなければいけなかった、アフロアメリカンへの差別という、合衆国内最大のオルタナ戦争を悪化させた。
トランプが、正恩(筆者は正恩のファンでもある。今、国際政治はロナルド・レーガン時代と並ぶ、名役者の揃い踏み状況だと言えるだろう)と、ボクシンググローブをつけて殴り合いをする可能性はリアルだ(北朝鮮初のダウナー系クールな現代っ子書記長、クールな正恩が、そんな戯言に乗るわけがないが、場合によっては乗る可能性すらある世界であると筆者は思うし、そうなってほしいと切に嘆願する)。なにせトランプは00年代にWWE(合衆国最大のプロレス団体)の試合に出ているのだから。
しかし、彼らがとうとう核ミサイル発射のボタンを押すとは、到底思えない。プーチンとやらかしてしまう、習近平とやらかしてしまうとも全く思わない。トランプのオーラには、戦争なんかやり方もわからないし、やってもしょうがないし、やることが伝統の作法であるホワイトハウスの色になんか全く染まっていない。トランプはいうまでもなく、成功した実業家の頭と体で動いている。
我々は、紳士的でリベラルなイメージでありながら、きちんと中東や南米に空爆を仕掛けられる、ホワイトハウスメンズを未来へベットするか、暴言乱発で危なっかしいことこの上ないが、ホワイトハウス色に染まっていない(ダメ白人を焚きつけているだけだとか、KKKの元ウィザードが票田を握っているとか言われており、それは事実なのだろうが、それでも)トンマの暴れん坊を支持するか? つか、「支持するか?」も何も、民主的な投票によって合衆国はトランプを選んだのだから、追い詰められたからとはいえなかなかのもんだ。選んでおきながら「あんなのはおかしい」とか文句を言うのは幼稚もしくは卑怯者もしくは単に馬鹿のやることではないだろうか? てめえらで選んだんだから神輿に乗せて応援しろよ。アメリカのリベラリズムって、駄々っ子のことなの? こぶ平が正蔵になったり、いっ平が三平になるのとは話が違うぞ。全国民で選んだんでしょう?
本当にトランプが、メキシコからの移民を一人でも餓死させたり、女性の人工妊娠中絶に関して、悲劇的な事件を起こしてからでも、彼を弾劾するのは遅くない。まだ何もやらかしていない。素人が大暴れしているだけだ。筆者はトランプから、合衆国初の平和の香りを嗅いでいる。何故誰もがこの香りを嗅げないか理解に苦しむ。合衆国は、心を打つ立派な演説や、役にも立たないオモチャのノーベル平和賞や、知的で紳士的でリベラルな顔つき、もしくはアメリカンタフガイ的な男根的リーダーシップの香りにベットしては、戦争を、オーセンティックもオルタナティブも止められないという慢性病の中にいた。トランプは、そして依存症国家である合衆国は今、未曾有のチャンスの中にいる。反復を、依存をやめられるかもしれないのだ。
ヒラリーが当選し、リフトアップで引きつった笑顔で、世界のどこかを空爆するところとか、女性問題に大ナタを振るったりするところを想像すると寒気がする。ミー・トゥー運動なんてあなた、トランプが守護している世界でこそできることよ。クリントン家は戦争なんか恐れない。いつでもやれるように心身の準備ができている。アメリカはずっとそれだ。まあこのテキストもバカか危険な人物扱いだろう。そんなもんなんでもないね。歴史が絶対に証明する。トランプは、戦争ができない。つまり、平和の徒である。そしてそのことが「アメリカと戦争」という持病の問題を明らかにするのだ。筆者が知る限り、トランプ以外にそのナヴィゲーターはいない。
菊地成孔|Naruyoshi Kikuchi
音楽家/文筆家/音楽講師。ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。「一個人にその全仕事をフォローするのは不可能」と言われるほどの驚異的な多作家でありながら、総ての仕事に一貫する高い実験性と大衆性、独特のエロティシズムと異形のインテリジェンスによって性別、年齢、国籍を越えた高い支持を集めつづけている、現代の東京を代表するディレッタント。
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