今回の旅のテーマは「ファクトリーショッピング」。日本が誇るものづくりのまち、燕と三条でどんな逸品と出会えるか、出発前から胸が高鳴ります。
Text by Chiharu Shirai / Photo by Yujiro Ichioka
連載旅する新虎マーケット Ⅱ期
Exhibitor 2-1
「旅する新虎マーケット」は全国津々浦々の魅力を集め編集・発信し、地方創生へ繋げるプロジェクトです
「旅する新虎マーケット」は全国津々浦々の魅力を集め編集・発信し、地方創生へ繋げるプロジェクトです
Text by Chiharu Shirai / Photo by Yujiro Ichioka
荷物を増やして帰ってくるなんてけしからんという否定派のご意見も重々承知した上で、私は断然肯定派。だって、「このレインコートはサイクリングの途中で雨に降られて、どうしようもなく土産物店で買ったんだよなあ」とか、「たまたま入った文房具店で買った万年筆、相手してくれたおばちゃんはまだ元気かなあ」とか。日常に帰った後でもふとした時に旅の気分が蘇ると嬉しいじゃないですか。
そんな私ですから、行きよりも帰りが荷物が増えているなんて当たり前。それを見越して荷物量よりも大きめのバッグで出発するなんてこともたくさんあります。
特に今回の旅はそう。テーマは「ファクトリーショッピング」。日本が誇るものづくりの街、燕三条でどんな逸品と出会えるか、出発前から胸が高鳴ります。
「刃物」とひと口で言っても、その製造方法は大きく分けて2種類あります。
ひとつは精密な金型でプレスして刃物の形に打ち抜く「抜き刃物」、そしてもうひとつは鉄の塊を一枚一枚叩いて形を整える「打ち刃物」。「燕三条」とひとまとめに語られることの多い産地ですが、伝統的に燕は「抜き刃物」で、三条は「打ち刃物」で、上質な刃物を生み出してきました。
「優れた抜き刃物をつくるには、高いプレス技術が欠かせません。燕三条は昔から金属加工が盛んで、それを叶える技術が育まれてきました」と語るのは、世界中の料理人から愛されるブランド『藤次郎』の小川眞登さんです。「プレス=量産品、機械任せと思われがちですが、決してそんなことはありません。ほとんどが手作業で行われているんですよ」
そう言って、今年の夏スタートしたばかりのオープンファクトリーをご案内いただきました。工房内に設置された回廊を巡るとガラス一枚も隔てない目の前で、寡黙な職人たちが火や水と向き合いながら一本の刃物を磨き上げいくさまがよくわかります。「治具(じぐ/職人が使う道具)はすべて手づくりですが、それも高い加工技術があってこそ。こんなに見せていいんですか?と驚かれるのですが、見たからといって真似できるものではないんですよ」と胸を張りました。
工房の見学後は、製品が並ぶナイフギャラリーへ。ここでは自分好みの包丁を選べるほか、名入れなどのカスタマイズも。また手持ちの包丁の研ぎ直しにも対応しています。「いい包丁は必要以上に細胞を壊すことなく切れて、料理をおいしくする。ぜひお気に入りの一本を見つけてほしいですね」と小川さんは微笑みました。
いいものはいい。そんな当たり前のことに気づかせてくれるのが、こちらも世界的に人気の爪切りブランド『SUWADA』。
爪切りひとつなら100円均一ショップでも手に入りますが、最高級品ともなれば60,000円越えも。しかしこれが本当に切れ味鋭く、爪を切るという行為がまるで身を清めているかのような神聖なことに思えるから不思議です。ちなみに『SUWADA』の最高齢職人は英夫さん、御年85歳。爪切りひと筋70年の大ベテランです。
「どうして70年も続けられるんですか?って聞いたことがあるんですけど」とは、ご案内くださった『SUWADA』の水沼樹さん。「そうしたら『飽きる、飽きないじゃない。60年前に自分で作ったものがずっと大事にされて、メンテナンスで戻ってくる。また切れるように研ぎなおしてお返しする。そのひと、その家族の一生ものを作っている、そう思うと職人冥利につきるだろ?』って」と笑いました。
こちらでも工房が見学が可能になっており、運が良ければ英夫さんの熟練技を拝むことも。黒を基調に、廃材でつくられたアートが点在する工房は、アートギャラリーさながらです。
最後は寺社を装飾する彫刻を生業として創業し、その伝統技を活かした箸づくりで注目を集める『マルナオ』。
一般的な塗り箸は木地の上にさまざまな手を加えるため、原材料である木に注目される機会は多くありませんが、『マルナオ』では黒檀、紫檀、スネークウッドなど、素材に徹底的にこだわります。「マルナオが究極的に目指しているのは、口に運んだときに箸の存在を忘れ、食べ物だけを感じられるもの。そのために箸先はできるだけ細い方がいいし、細くても折れないようにするには硬い木でないといけない。だから素材にこだわるんです」と三代目・福田隆宏さんは話します。
また、八角形や十六角形など、球状に近づけながらも角が残る形にこだわるのも同じ理由。「角がない方が滑らかですが、使い勝手が落ちる。だから多くの箸は先に滑り止め加工をしていますが、口の中で異物感を感じるでしょう?そうならないための形として、八角形や十六角形を採用しているんです」
『マルナオ』もまた、工房を見学した上で、商品を購入することができます。見学の際にはどんなところを見てほしいのでしょう?
「一膳の箸をつくるだけでも、90以上の工程があり、その一つひとつに職人たちの魂がこもっています。それを知っていだければ、きっとお箸の見方も変わるのではないでしょうか」
商品を買う、ということはその機能やデザインを手に入れるだけでなく、それができるまでのストーリーも一緒に買っているんだと改めて気付かされました。さらに旅をして買うのなら、作り手たちが重ねた時間と、ここへやってきた自分の時間が出会って、素敵な物語が動き出す……。そんな壮大なことを考えてみたりして。
さて、朝よりも少し重たくなった鞄を持って帰路へと着く。しかし心はいつもより軽やかで、新しい道具を使うことが今からとても楽しみです。
諏訪田製作所
アートギャラリーのように洗練された空間で、職人たちの手仕事を見学できる諏訪田製作所のオープンファクトリー。ショップスペースでは爪切りを試用できるほか、アウトレット品の購入も可能です。
マルナオ
機能、デザイン、素材、そのどれもが一級品の「マルナオ」のお箸。ショップ&工房は四季折々に姿を変える、風光明媚な田園風景にあり、のんびりと見学やお買い物を楽しめます。
大泉物産
オーレ・パルスビーをはじめ、カイ・ボイスンといった世界トップクラスのデザイナーたちが惚れ込み、製造を依頼するカトラリーメーカー。イベント「燕三条 工場の祭典」では工房見学のほか、商品の購入も可能に。
スノーピーク
アウトドア好きの憧れ、スノーピークの本社機能&ショップ、キャンプ場がひとつになったのが「スノーピーク ヘッドクォーターズ」。キャンプ場では最新のスノーピーク製品をレンタルして試すこともできます。
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