LEARNING

連載感覚の遊び場

Sensory Playground: Game 2-1

The image that grows within me

わたしの中で育つ「イメージ」——朝の宝箱

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何かを想う時、わたしたちの頭の中には、その“何か”に紐づいた存在や匂い、音、情景、触り心地などの記憶が立ち現れます。それは、おなじ瞬間におなじ空間にいたとしても、ひとりひとりそれぞれに異なっています。

それでは実際、わたしは、日々の体験をどの感覚で受け取り、どんな風に感じているのでしょうか。この人は、あの人は、どんな世界を見ているのでしょう?

ここでは、さまざまな方と一緒に世界の見え方を探求し、自分以外の世界を感じられる場をつくりたいと思います。子どもがおままごとの中で、もうひとつの世界を立ち上げていくような気軽さと夢中さで、誰かの意識に飛び込んで遊ぶ、今まで知らなかった色彩をみつける、相手を重さで感じてみる——。

頭も身体もやわらかく、いつもとべつの方法で世界と交わる、ここ「感覚の遊び場」で、一緒に遊んでみませんか。

PLANNING BY NATSUMI WADA
TEXT BY KON ITO
GRAPHIC BY MOMOKO NEGISHI

わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと嚙んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした

—— 高村光太郎『智恵子抄』収録「レモン哀歌」より

 
文字を読んだだけなのに、頭の中にふわっと広がる光景、音、匂い、手触り、温度、湿度、そしてこれらに伴う気分——。わたしたちの頭の中には、目の前の現実とは別の世界が立ち上がることがあります。この世界は、とても鮮明で記憶に焼き付いてしまうこともあれば、非常にぼんやりとしていて、自分以外他人には共有し難いこともあるでしょう。わたしたちは通常、これらを「イメージ」と呼んでいます。レモンと聞けば、多くの人があの黄色い果実、酸っぱさ、歯ざわり、香りを思い起こす。でも、それは、これまでの人生でどんなふうにレモンと関わってきたかによって一人ひとり異なるものです。冒頭の「レモン哀歌」など、誰かの作品のイメージが、その単語自体のイメージに影響を与える場合もあるでしょう。わたしたちはそれぞれの頭の中に、自分だけのイメージの体系を育てているのです。

連載「感覚の遊び場」、次のテーマは「イメージ」。今回は、5名の作り手に作品制作をお願いしました。お題は「あなたの“朝のイメージ”をかたちに残してください」。身近でありながら、具体的なかたちをもたない朝は、5名の頭の中でどんなふうに広がっているのでしょうか。音、歌、映像、写真、言葉(またはそれらの組み合わせ)のかたちを与えられたそれぞれの朝を、ぎゅっととじ込めた宝箱をみなさんにお届けします。そっと箱をあけて、5つの朝を浴びてみてください。

 

「コップいっぱいの水」 脇田あすか

 
 

○ つらい朝、ご機嫌な朝、なんでもない朝、いろんな朝があるけれど、朝おきるとき必ずいつも水を1杯飲みます。そのときはまだ半分くらいしか起きていなくて、目にうつってるものを認識していなくて、でもまわりの動きを頭からっぽにしながらぼんやり見てる、みたいな状態。わたしはそれが雲や波の動きや色の印象にしっくりきて、ぼんやりしてるだけで特になにも起こらないんだけど、映像をつくりました。関係ないかもだけど、最近読んだ漫画『異国日記』で朝について描いている場面があって、そこに朝は「新しくて、きれいで、毎日必ずおとずれるもの」とありました。朝はいつでも新しく毎日やってくる。今回のご依頼で、当たり前なそのことを改めて考えるきっかけになりました。ありがとう。
 

脇田あすか
1993年生まれ、グラフィックデザイナー。東京藝術大学デザイン科大学院を卒業後、コズフィッシュに所属。書籍や展覧会などのデザインに携わりながら、豊かな生活をおくることにつとめる。また個人でもアートブックやスカーフなどの作品を制作・発表をしている。’19年に作品集「HAPPENING」出版。twitter.com/astonish___

「ねぐせ」 玉置周啓

 
 

「ねぐせ」

目覚まし時計ちっとも気づかない
さっきまで喋ってた子はだれ?
夢見たことだけは覚えてるけど

マヨネーズいつ買ったか分からない
約束はとっくに過ぎてた
着るつもりの服は選んでたけど

いつもの道を初めて歩いた

 

○「朝の宝箱」と聞いて「昼の宝箱」「夜の宝箱」を考えてみたが、昼に宝箱という言葉はいささか飾りすぎであるし、夜の宝箱は私のハッキリとした意識が夢をつかみにゆく時間のように思えた。朝は夢の尾を引いて始まる。その丸みを帯びたグラデーションと、それらが混ざりあって意識にモザイクがかかるようすを、詞と旋律、そして音質をもって表現することを目指した。
 

MONO NO AWARE 玉置周啓
バンド・MONO NO AWAREのギター/ボーカルとして、作詞作曲も手がける玉置周啓。そのユーモアに富んだ言語感覚でコラムやエッセイ等を執筆している。https://instagram.com/tamaokisshukei

「朝」 haru.

 
 

また朝がきて
部屋には私と まりもと 小さな天使

ふりそそぐ朝日が
優しく鼻先を撫でる
これをされたら
今日を始めないわけにはいかないでしょう

日課にしている朝の散歩には真っ白いノートを持っていく
忘れっぽい私のおまもり

家の中では聞こえない
すべての音に耳を傾けたい
草木の呼吸までも聞き逃したくないきもち

意味もなく
コインランドリーの椅子に腰掛ける
自分の部屋じゃない
誰かの椅子に座りたくて

はぁ

ひとり 朝 私

今日もまったくもって
生きている

おはよう

 
○ 朝は、私にとって1日の中で一番純粋な時間です。光や風が新鮮で、ご飯が美味しくて、生きてることが嬉しい。あれもこれも愛しくて、一人でヤッホー!って叫んだって全然恥ずかしくない。寝る前に寂しくてわんわん泣いても、もうすぐ朝が来るからきっと大丈夫って思える。目覚めてからの数時間、私は最強になれるんです。
 

haru.
1995年生まれ。東京藝術大学在学中に、同世代のアーティスト達とインディペンデント雑誌「HIGH(er)magazine」を編集長として創刊。多様なブランドとのタイアップコンテンツ制作を行ったのち、2019年6月に株式会社HUGを設立。取締役としてコンテンツプロデュースとアーティストマネジメントを展開し、新しい価値を届けるというミッションに取り組む。

「morning light until noon」 Maya Matsuura

 
 


 

○ いつのまにか日がのびて、どんなに早起きしてももう太陽がいる。これは1日に数時間しか太陽がでてなかった冬のある日。寝坊しても「早起きした〜」みたいな光が部屋にさしこむから、冬の朝はやさしい。
 

Maya Matsuura
1993年生まれ。コペンハーゲンを拠点に活動する編集者・フォトグラファー。ISSEY MIYAKE〈HaaT〉のインドでの手仕事を追った『インドの手仕事、それは未来』(講談社mook「PERFECT DAY」)や、デンマークのテキスタイルアーティストKarin Carlanderのドキュメンタリーなど、ものづくりや暮らしをテーマに撮影・執筆などを行なっている。

「morning ground」 田中堅大

 
 

 
○ 僕にとって「朝」は、曖昧な境界線が新鮮な光で徐々に満たされていく時間です。半分目が醒めつつも、半分夢の中にいるように、過去/現在/未来を彷徨う時間。過去の旅路を夢でみたり、朝ごはんの匂いに誘われて現実に引き戻されたり、今日の夕方の予定をベッドから考えてみたり——そうしているうちに部屋は朝で満ちていく。今回は、その朝のイメージを音だけで表現しました。去年ヨーロッパに住んでいたときに集めた音を中心に制作していて、ベルギー・ゲント、オランダ・アムステルダム、イタリア・コモの音、そして現在の東京で録音した音を重ねてつくりました。この音が、なにかの記憶や感覚を呼び起こすことがあれば、とても嬉しいです。
 

田中堅大
1993年、東京生まれ。ギタリスト/サウンドアーティスト/都市音楽家。都市論を音楽/サウンドアート制作に応用することで、都市を主題に音を紡ぐ「都市作曲(Urban Composition)」の確立を模索している。主な展示作品に「Algorithmic Urban Composition」スタンフォード大学CCRMA聴取室(2019年)など。また、ファッション/ダンス/映像作品への音楽提供など、音楽を中心として多岐に渡る活動を展開している。現在、European Postgraduate in Arts in Sound(EPAS)に在籍し、音と都市空間の関係性に着目したサウンドアートの実践と研究に従事している。

編集後記

一つひとつ、まるで異なる朝のイメージ。すべての朝にそれぞれの作り手の姿勢やまなざしが生きているようで、じっとそれらを辿りながら、彼らの頭の中の世界に思いを馳せました。普段何気なく使って、なんとも思わず通り過ぎていく「朝」という一語ですら、各人の中でこれだけ自由に広がっている。その人の中に眠る無数のイメージ、さらにそれらをふくらましてゆく「想像力」というものの計り知れない可能性にわくわくしました。

5つ全ての朝がとても新鮮だった人もいるでしょうし、自分がもっている朝のイメージとかなり近い作品と出会えた人もいるかもしれません。こうしてかたちに表さずとも、イメージはわたしたち一人ひとりの中にたしかに存在します。他人に完璧に伝えきることはなかなかむずかしい世界を、すべての人が内に秘めていることは、とても美しいことのように思えます。

 

Playing Game 004

「わたしの“朝”」

あなたの中に育ち続けるイメージ。それはたしかにあなただけのものだけど、かたちを与えれば誰かと見せ合ったり、潜り合ったり、味わい合うこともできます。誰かの素敵な朝を浴びること。わたしたちはその朝の中で何度でも目覚めることができる。距離も時間も関係ないのです。さて、「朝」と聞いたとき、あなたの頭に浮かんだのはどんなイメージでしたか? これまで無数の朝を迎えてきたあなたの中で、朝はどんな色をしていて、どんな音色で、どんな匂いで、どんな気分でしょうか。まぶしさや、甘さ、ぬるさや、清らかさ——。何かで表現するとしたら、何で表現するのがよさそうですか。よかったら、あなたの朝をすこし、おしえてください。

連載Sensory Playground|感覚の遊び場

世界の捉え方を知り、広げる、感覚の遊び場。人はどんなことを感じ、どう世界を立ち上げているのでしょうか。じぶんのことをより知ったり、じぶん以外の感覚に驚いたり。様々な人へのインタビューや制作を通して、つくりながら、遊びながら、その人の世界に飛び込んでみる連載企画です。

Planning
和田夏実|Natsumi Wada

インタープリター / クリエーティブリサーチャー。1993年生まれ。ろう者の両親のもと、手話を第一言語として育つ。視覚身体言語の研究、様々な身体性の方々との協働から感覚がもつメディアの可能性について模索している。2016年手話通訳士資格取得。

Writing
伊藤紺|Kon Ito

ライター / コピーライター / 歌人。1993年生まれ。2014年よりライター活動、2016年より作家活動を開始。同年独立。2019年歌集『肌に流れる透明な気持ち』を刊行。

Graphic
根岸桃子|Momoko Negishi

グラフィックデザイナー / アートディレクター。1996年生まれ。東京都出身。2018年多摩美術大学卒業。グラフィック、パッケージなどのデザイン、プロジェクトの企画を手掛ける。

NEXTSensory Playground: Game 2-2

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