あなたにとっての「リビング」とは? 世界中で活躍するクリエーターの方々に問うこの連載。思考する場、寛ぐ空間、仕事場の延長、愛するモノに囲まれる場所……「リビング」への想いは人それぞれ。今回は、NYで大人気のイラストレーター、マイラ・カルマンさんに伺いました。
photo by Nicholas Calcott
text by Mika Yoshida & David G. Imber
edit by Kazumi Yamamoto
ニューヨークを代表するイラストレーター、マイラ・カルマンの住まいは、グリニッジヴィレッジにある。古くから多くの作家や芸術家が居を構える、ボヘミアンで文化の薫り高い住宅街だ。瀟洒な建物の前に立つと、制服姿の老紳士が柔らかな物腰でドアを開いてくれた。
「引っ越してきた当時、エレベーターがある! バスルームもある!と喜んだものです」とマイラが懐かしそうに笑う。デザイナーの夫チボーとここで暮らし始めたのは、1982年のこと。バスタブがキッチンの中にあるような小さなアパートメントで夢と創作に邁進していた若いカップルは、広い窓から青空が見えるこの12階の部屋で、人生の新しい幕を開けた。
娘や息子が誕生し、仕事場とベッドルームを兼ねていたワンルームは、マイラ言うところの「家具がドタバタひっくり返っている」騒がしくも楽しいわが家へと変身する。「空間をヒモで区切り、こっちは子ども達用、そっちは大人用エリア、と分けたりと知恵を絞りました」。子どもの成長にともない、隣りの部屋も購入した。間の壁を取り払い、新しい部分には子ども部屋や主寝室、ライブラリーを。同じ建物の別階に仕事場を構え、これまでの「わが家」は広いリビングへと姿を変えた。
「日常生活の中心はキッチン」とマイラは言う。
「誰かが料理をしていたり、大きなテーブルで誰かが食事をとっていたり、向かいで誰かが本を読んでいたり。アクティビティの場ね」。かたやリビングは「楽しい実験ができる、遊び心にあふれた場所」と目を輝かせる。
マイラのリビングはシンプルだ。テーブル、チェア、ふんだんな陽の光、そして真っ白な壁。ここにアートやオブジェが加わっていく。部屋の片方にはヴィトラのイスや、ウィリアム・クライン撮影の写真、旅先で見つけた小物などストーリーのあるオブジェが並ぶ。向かい側の真っ白な壁には、マイラが作った細長い棚が一直線に走り、母親や故郷テルアビブの古い家族写真が置いてある。「棚のオブジェや壁の写真は、飽きてしまわないよう頻繁に入れ替えます」。メキシコの修道女が作った人形、食パン型のランプ。テーブルやアフリカのスツールも、フリーマーケットで見つけたもの。無名のさりげない品々に愛おしさを見出すマイラの審美眼こそ、彼女の絵やことばに一貫して流れる知性、そして洗練されたセンスそのものだ。
幸福な時も、辛い時も、リビングは40年近くにわたりマイラを見守り続けてきた。夫チボーの闘病中、友人の勧めで子どもの為に飼い始めた愛犬ピート。何気なくイラストに登場させていたのが絵本となり、やがてシリーズ化して大ベストセラーに。そのピートもやがて天国へ召され、2人の子どもはそれぞれ独立し、最愛の母サラも見送った。
人生の移ろいと共に、人も犬もモノもリビングの内側で変わり続け、今は一人でここに住む。
「階下の住人がうちの窓まで届く背の高い木をテラスに植えていて。夕暮れ、窓ごしに木の葉の影が白い壁に映し出され、ゆらめくのを眺めるのが好きです。豊かな発想が湧きますね」。展覧会や新作の準備でいつも忙しい。だからこそ、子ども達や2人の孫娘がここを訪れては共に過ごす時間を何より大切にしている。
Q: マイラ・カルマンさんにとってのリビングとは?
たっぷりとした陽の光と音楽、そして愛情に満ちあふれた空間。それが私のリビングです。人格形成において、もっとも大切な要素とは居住空間と音楽、この2つにほかなりません。このリビングではたえず音楽が流れています。自分でピアノを弾くのも好きですね。そうそう、息子のバースデー祝いに、お嫁さんが粋なサプライズを企てたことがあります。チェリストを招き、この部屋でバッハを演奏してもらったんですよ!
あたらしい発想と暮らす東京
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