Flowers to say goodbye

別れの春に「またいつか」を告げる、4つの花束と歌

待ち焦がれていた春まであと少し。冬の終わりとともに、新しい世界へ旅立つ大切なあの人に花束を贈るなら? ヒルズにある4つのフラワーショップのフローリストに、“別れ/旅立ち”から連想する音楽をたずね、その曲に合わせて予算5,000円前後のブーケをアレンジしてもらった。

TEXT BY NAO KADOKAMI
PHOTO BY KOICHI TANOUE, AYA KAWACHI

❶ レ ミルフォイユ ドゥ リベルテ|天野加奈子 さん
「3月になると、終業式のボブ・ディランを思い出す」

旬の花の持つ自由さを生かしたアレンジをテーマとする「レ ミルフォイユ ドゥ リベルテ」。オフィスが集まる虎ノ門ヒルズとあって、3月は連日お客さんでにぎわうそう。「でも、送別シーズンにお花を買いに来てくださる方って、すごく素敵な表情なんです」と、店長の天野加奈子さんは目を細める。

フランス語名の“レ ミルフォイユ”は1,000枚の葉、“リベルテ”は自由の意味を持つ。

冬と春の間にある3月、ふとした瞬間に思い出す情景が天野さんにはあるという。

「高校時代、別れが近づく時期の終業式で校長先生が〈風に吹かれて〉を突然流して。『皆それぞれに進路があると思う。第一志望に行ける人もそうでない人も……。でも、ボブ・ディランも“友よ、答えは風の中にある”と歌っています……』。校長先生、すごく粋じゃないですか?(笑)」

「“頑張ってね!”と伝えるなら、明るい色みのお花もいいですよね」(天野さん)

くすっと笑う生徒もいた。でもその後、担任の先生が「俺はこの日を忘れないと思う」と言ったとき、天野さんは自然と頷いていたという。

「正直、校長先生の他の言葉はうろ覚えですが……、その時の風景も心に響いた感じも、綺麗なものとして自分の中で残っています。しんどいなと思う日があっても、こういう記憶って支えになりますよね」

ネイビーのシックな包装紙に花が映える(チューリップ、ラナンキュラス、アルストロメリア、トルコキキョウ、ユーカリ、ヘデラベリー、ユキヤナギ、レモンリーフ)

〈風に吹かれて〉を思って天野さんが束ねたのは、軽やかな動きのあるブーケ。

「風にそよぐユキヤナギと春の代表的な花のラナンキュラスやチューリップを入れて、切なくもあたたかいイメージに」

大事な思い出の詰まったブーケからはやさしい香りが漂ってきた。

天野加奈子|Kanako Amano
Les mille feuilles de LIBERTÉ」店長。フローリスト歴5年。好きな春の花はチューリップ。「地元・富山にチューリップがたくさん咲く公園があって、小さい頃は両親にそこに連れて行ってもらった。カラフルであたたかい花で、見ていると元気が出ます」

❷ ディリジェンスパーラー|越智康貴 さん
「暗すぎず明るすぎない、そんな感じがちょうどいい」

花や緑がもつ自然の生命力を生かすことを大切にしている「ディリジェンスパーラー」。季節をまたいで出荷される切り花だからこそ叶う、自然界にはない花の組み合わせも提案する、表参道ヒルズのフラワーショップ。

店頭に毎日30〜40種の花が並ぶ。思わず足を止めてしまう美しさ。

「別れにはしめやかなイメージがあるけれど、悲観的になりすぎたくないな、と思います。悲しくならない贈り方が花には似合う気がします」

そこで挙げた一曲は〈花束を君に〉(宇多田ヒカル)。この楽曲が歌う“別れ”の温度感がしっくりくると越智さんは話す。

「茎も葉もきれいに見せるのが当店のスタイルです」(越智さん)

ピンク、桃色、オレンジ、黄色。4品種のチューリップでまとめたのには理由がある。

「チューリップは、飾っているうちに開いたり閉じたり、伸びたり、変化がたくさん見られる花。世界各国でいろんな品種が楽しまれています。店頭にも5〜10種類並んでいますが、成長のスピードはばらばら。それこそが数種類をまとめてブーケに束ねる魅力かなと思って」

クリアなラッピングで表参道の街並みへ。

また送別の花としてチューリップを選ぶのは、実はスマートなのだとか。

「花を渡すタイミングは日中より夜が多いと思うんです。チューリップは水の吸い上げもすごくよくて、比較的時間を気にせず持ち運べます。花の状態にナーバスにならなず、またきれいなままに相手に贈れるのがいいですよね」

越智康貴|Yasutaka Ochi
DELIGENCE PARLOUR」主宰。フローリスト歴11年。好きな春の花は球根類全般。「チューリップやアネモネ、ラナンキュラスが好きです。単子葉類の花は見た目からみずみずしい。成長が早いので見ていて楽しいです」

❸ ビビアン|前田直愛 さん
「春の手前、思い浮かぶのはやっぱり“さくら”」

フランス・パリを訪れて現地の花屋を訪ね歩き、すっかり花に魅了されたことから、帰国後にフローリストになった前田直愛さん。彼女がオーナーを務めるアークヒルズの「ビビアン」では、ヨーロッパの気品と和の静謐な美しさを兼ね備えたアレンジを発信している。

“ニュークラシックモダン”をコンセプトとする空間。

春の足音を感じる今の季節、前田さんがよく思い出すのは〈さくら〉(森山直太朗)。

「春といえば、やっぱり桜。この曲のメロディからは、桜が咲き乱れる光景はもちろんですが、同時に花びらが散っていくさまも鮮明に浮かぶんです」

エレガントな花にうっとり。

ひらり、ひらりと舞い落ちる情景にはどこか儚さをおぼえずにいられない。その情趣もあって、“別れ/旅立ち”のテーマからこの曲が脳裏によぎったという。

「一輪一輪は可憐なのに、咲き誇ると圧倒的な存在感をもつ桜は、開花時期が短いにもかかわらず、深く記憶に残る花だと思います」

贈る相手を選ばない白とグリーンの組み合わせ(プロテア、トルコ桔梗、胡蝶蘭、レザーファン、パーセリーアイビー、石化柳、マトリカリヤ、ドラセナ)

旅立つ大切な人に贈りたい花束に、前田さんが託したメッセージは“未来への希望”。南アフリカの国花で力強さを感じるプロテア、フォーマルな場にふさわしい胡蝶蘭、ボンボヤージュという品種名の白トルコを束ねた、コンセプチュアルなブーケ。

前田直愛|Naoe Maeda
beebien」代表。フローリスト歴11年。好きな春の花はヒヤシンス、アネモネ。「ヒヤシンスの香りはパリの修行時代にリンクするため。アネモネは春のブーケはおしゃれに仕上げてくれる花だからです」

❹ ニコライ バーグマン フラワーズ & デザイン
|土屋美華 さん
「そんなに未来は辛くないよって明るく伝えられたら」

昨年オープン15周年を迎えた、六本木ヒルズの「ニコライ バーグマン フラワーズ & デザイン」。人気のフラワーボックスはもちろん、ヨーロピアンスタイルの華やかなロココブーケを基調に、日本ならではの繊細な花をエッセンスに取り入れたブーケにも定評のあるフラワーショップ。

定期的に変わる内装デザインにも注目。

「日本人って節目にすごく意識的ですよね。楽しいことも辛かったことも、ちょっと立ち止まって思い返してみたり。でもそこで“戻りたい”と思うのではなく、あくまで次の未来に繋げるのが大事。そんなメッセージを歌った〈タイムマシーンにのって〉(PUNPEE『MODERN TIMES』収録曲)がすごくいいなって」

エリアマネージャーの土屋美華さんは、今回のテーマを聞いた瞬間、この曲が浮かんだという。

「贈る相手の雰囲気をお聞きして忠実にブーケで表現したい。“自分のためのブーケ”ってやっぱり特別だから」(土屋さん)

未来を切り拓いていく。そんなエネルギッシュな姿勢に土屋さんは春の花を重ねる。

「一年で一番たくさんの種類の花が咲く季節が、春。しかも多くの花がすくすくと伸びていくんです」

それはまさに〈タイムマシーンにのって〉で描かれている、“未来”そのもの。

複数種類のお花が束ねられたブーケは小さな庭のよう(パンジー、スカビオサ、ラナンキュラス、コチョウラン)

パンジーやスカビオサ、複数種類のラナンキュラスなどとグリーンを贅沢に束ねた、春の息吹を感じさせるブーケが仕上がった。

「カラーをたくさん入れてPUNPEEの音楽観にもリンクするポップな仕上がりにしました」

花をぐるりと囲ったグリーンはロココブーケの特徴的なデザインであり、ブーケを日持ちさせてくれる働きも。贈った相手に長く寄り添ってくれそうな、心強いブーケ。

土屋美華|Mika Tsuchiya 
Nicolai Bergmann Flowers & Design」エリアマネージャー。フローリスト歴約21年。好きな春の花はラナンキュラス、チューリップ、桜。「やっぱりそのシーズンにしか会えないので、なおさら。一瞬で、それも愛おしいです」

※ご紹介したすべてのブーケは5,000〜6,000円でアレンジしていただきました。