クリスマスカラーの巨大なニットで編まれたツリーが、六本木ヒルズのウェストウォークに登場して以来、ひと月の間にすっかり憩いの広場として定着。思い思いのスタイルでツリーと触れ合う人たちの姿が後を絶たない。子どもも大人も魅了する、大人気の触(さわ)れるクリスマスツリーはどのようにして作られたのか。設計を担当したDOMINO ARCHITECTSの大野友資さんに、クリエイティブディレクターの福田敏也さんが聞きました。
interview_Toshiya Fukuda
photo_Kouichi Tanoue
福田 クリスマスツリーは、毎年世界中で、いろいろな人によって、さまざまな制作が試みられているわけで。大野くんが今回の「ウェストウォークイルミネーション」の制作を依頼されたとき、自分ならではのクリスマスツリーをどうつくろうと思ったの?
大野 人の流れが複雑に入り組んだ場所の空間全体を活かしたイルミネーションにして欲しい。そう依頼されたので、単にツリーをつくればいいというわけではないんだな、って感じました。
過去の事例を見せてもらったら、これまではアーティストやプロダクトデザイナーが多く手がけていたんです。その中で建築家の自分が依頼されたわけだから、あの場所を敷地に見立ててきっちりと空間を演出するようなつくりにしたいと思ったんです。
演出のポイントはふたつありました。ひとつは、形容詞で表現できる雰囲気をつくること。「形をつくる」のではなく、「形容詞」やその「状態」を表現できる作品ということですね。
もうひとつは、自分が子どもの頃を過ごしたドイツのクリスマスの雰囲気を大切にすること。いま世界に広く浸透している「クリスマスツリー」のイメージはじつはドイツに端を発していて、もみの木からイルミネーションの感じまでドイツの習慣がいろいろな国に広がっていったそうなんです。だとすれば、自分が子どものころに感じていたクリスマスのオーセンティックな雰囲気はあまり変えずにいこうと。ウェストウォークと隣りあった大屋根プラザでは同じ時期にドイツのクリスマスマーケットが開かれるので相性もよさそうだと思いました。
福田 あのツリーにはタイトルがついているの?
大野 「MY DEAR CHUNKY」です。
福田 「CHUNKY」ってどういう意味なんだろう?
大野 「ホワ〜ッ」とか「フワ〜ッ」としたものが持つ愛らしさを表す形容詞ですね。人気シンガーのブルーノ・マーズが「Chunky」という曲でお気に入りの女の子のことを呼んでいるように、「現代的な/ホットな」といった意味もあるようです。僕としてはツリーだけでなく、ウェストウォークの回廊に沿って設置した「毛玉」やガーランドなども含めて、「なんかチャンキーだね〜」ってみんなが言ってくれたらうれしい。そう思ってつけました。
クリスマスの手触り
福田 幸せなクリスマスのイメージを思いおこすと、そこにはいつも大きなツリーがあるんだよね。例えばクリスマスイブの夜。晩ご飯を食べ終わったあと、何となく家族みんながツリーのまわりに集まってきて、置いてあるプレゼントをお父さんから手渡されて、兄弟姉妹がワイワイ言いながら開いている。ツリーのまわりってそんな幸せな時間や場所の象徴だよね。つまり、クリスマスツリーというのは「見るもの」ではなくて「いるところ」。特別な日にみんなが「集まってくる場所」。そういうものなのかもしれない。大野くんが手がけたツリーは、そうした「居場所」をウェストウォークに出現させているという意味でとても新しい試みだし、素敵だと思いました。
大野 今回、最初に森ビルに提出した企画書の1ページ目に、「クリスマスの手触り」というひと言を入れているんです。
福田 クリスマスの手触り!
大野 その表現をもって、クリスマスの時期特有のリビングにあふれる独特な暖かさや温もりを表現したいと思ったんです。それから「スマホで写真を撮られて終わるのは嫌だな」という問題意識も強くあって、直球な表現になるけれどとにかく「触ってほしい」と。そんなツリーをあの場所に生み出すとしたら、ストリートファニチャーというか、「腰をおろす人たちがいて初めて完成するクリスマスツリー」だなと。今回について言えば、最初に抱いたそのイメージをその後一度もぶらすことなく実現できたのは本当に幸運でした。
福田 このツリー、考えようによっては家具や遊具でもあるよね? 触れる人の目的によって動きがすごく多様で。仰向けに寝そべって天井を眺めるのも、どっしり腰掛けてスマホを見るのも、子どもを遊ばせたり、おしゃべりにふけるのもよし。そうした本来「広場」が持つような機能を公共空間に生みだすことに成功しているクリスマスツリーというのはあまり例がないんじゃないかな。
大野 僕自身、遊具が好きで、自分のインスタグラムでも遊具の画像を集めてひとつひとつ考察しているんです。
福田 さすがだなあ(笑)。
大野 ドイツでは家族や友人たちで集う「Park(パルク)」とは別に、「遊具が置いてある子どもたちの遊び場」を指す「Spielplatz(シュピールプラッツ)」というものがあるんです。日本だと「児童公園」がそれに近いのかな。
敷地の全面が柔らかい砂や木くずで覆われていて、遊具らしきものがポンポンポンと置いてある。日本のように同じ遊具がいっぱい並んでいるわけではなくて、それぞれがバラバラ。しかもどれも最初は使い方すらわからない。でも見ていると、子どもたちはガチャガチャとやりながら自分で遊び方を見つけていくんです。「日本だったら、これは多分だめだろうな」と思うようなちょっと危ないものもあるし、形もドイツっぽい無骨なデザインのものもあったり。眺めているだけでいろいろな気づきがあるので、写真に撮って集めているんです。
そんな興味もあって、いつか公共の場所で設計をやらせてもらえる機会があれば、使い方や使い道を示さなくても、アフォーダンスで何となくそこに活動が生まれるようなものを設置してみたいという憧れが以前からあったんです。
福田 言語化しなくてもツリーのまわりに集まった人が自然に腰かけてしまう、ということだよね。その点でいえば、確かにみんなが自然にそこに体を預けたくなる構造というか、誘っている感じはあるね。
大野 そのためにチューブの大きさや堅さや角度、あるいはニットの手触りに到るまで、ものすごくこだわって決めました。実際に触ってみると、近ごろ量販店に並んでいる柔らかいソファの「ストレッチ素材」に比べると、「ずいぶんしっかりしているなあ」と感じるはずです。
これ、実際に使った生地なんですけれど、繊維屋さんと打ち合わせをしながら1個1個サンプルを取り寄せて、「伸びたときに戻るか」「触ったときに高級感があるか」など、念入りに検証しています。
とはいえ僕は繊維についてはまったくの素人なので、「TEXT」というプロジェクトを手がけている大江ようさんに声をかけて、専門業者とのやりとりはすべて彼にお願いしました。特注色の染め方から、ビーカー出し、色出しまですべての段取りをつけてもらい、「そもそも染まるのか」から「安定して染められる素材かどうか」「色出しをしたときに、どのくらい変わるか」「防炎処理をしたときに風合いがどう変化するか」まで、何度も実験を繰り返しました。
福田 そうか、安全対策上「燃えない」ことも考慮する必要があるんだね。
大野 防炎対策には万全を期しましたね。そうやって色や加工の仕方を決めてから納品されるまでに1カ月半から2カ月はかかると聞いて、いろいろなことを前倒しで決めていく意思決定の速さも今回のプロジェクトの特徴のひとつでした。
どこまでを決めて、どこからを決めないか
福田 構造面については、この発泡素材が中に入っているわけだよね? これも何パターンかある中からいちばん最適なものを選ぶわけ?
大野 そうです。例えばこの「1610」は一番柔らかいもので、ツリーのいちばん上の部分に使われているんです。
福田 っていうことは場所によってクッションが違うんだ!
大野 ツリーの裾の人が座るところには、少し弾力のあるものがよいだろうと。「この座り心地がいいよね」という堅さの発泡率を見出すまで試作を重ねて、結局「20M」に落ち着いたんです。
福田 そうだよね、特注にするとコストが高くなるから、たくさん使う部分には汎用性の高い一般材をバランスよく配置していかないと大変なことになっちゃうものね。
大野 いえ、それが結局すべて特注になったんです(笑)。
福田 ええー! それは大変じゃないですか。
大野 というのも、そもそもこの丸い形をしたウレタンが既製品にはないんですよ。だからこの丸型のウレタンはすべて四角いものから削り出しているんです。
福田 ちなみにそういった仕様についてもすべて大野くんが設計図面を引いて、「これをつくってね」という具合に指示を出していくの?
大野 そうです、そうです。
福田 発泡素材の基本単位はどのくらいなんですか?
大野 そもそも1メートルしかつくれないので、それが基本単位になりますね。
福田 じゃあ、チューブの中ではこれが延々と数珠繋ぎになっている。
大野 そう、これをグーッと接着して繋げて編んでいくんです。赤と緑と白っぽい3つの綱を「編む」。といっても、工場からウェストウォークの現場に搬入して3日以内で竣工しなければならない上に、いろいろな制約があるので、どこまでを工場でやってどこからは現場でやるのかをめぐって最後の最後まで施工業者さんと膝を詰めながら進めました。なにしろ前例がないので。
福田 実際、どのくらいまで編んだ状態で搬入して、どのくらい現場で編んでいるの?
大野 すべて螺旋状に編み上げた状態で持ち込みたかったんですけど、それだと大きすぎてどの開口部からも搬入できない。ので、段状にパーツ化して、1周25メートルあるものを現場で一気に編み上げました。
福田 なんだか出雲大社の「大しめ縄作り」みたいだね。
大野 まさに! 屈強な男たちが20人ぐらい集まって、延々とチューブを編み続ける光景はたしかに何かの儀式みたいでしたね。
福田 構造物の真ん中には骨となる支柱を入れて吊っているんだよね?
大野 内部に柱を組んで、チューブの重みで少しずつ沈むことを見越してその柱にひっかける形にしています。安全対策上、何か起きたとしても横ずれせず倒れないものになっていないといけないので。でも同時に今回は自立構造にもできるだけこだわりたかったんですよね。
福田 つまり構造物ができ上がったときに、「素材って自分の重さでこうなるよね」という〈たわみ〉が出るようにつくられているということだよね。それって、建築物と同じように構造計算するの?
大野 今回は、布の重さを計算に入れて、中の構造物については普通に構造計算をすることで安全性を担保しています。
福田 「どういういう編まれ方をして、どういうふうに積み重なると、どういう重さと、どういうたわみによって、最終的なフォルムがどのようにできるのか」。そこは、プログラムでつくっているわけだよね。そこはもともと大野くんが得意とする〈プログラムとデザインの関係〉の領域だよね。
大野 そうですね、それは僕がふだん建築設計するときに使っているプログラムがあるので。パース(完成予想図)はCGで描けても、制作に際しては細部にいたるまで設計図に落とさなきゃならない。「編み込んだときの全長がいくつになるのか」「こうやって編み込んだら、このくらいの太さになって、この径に対しては、どういう縮みが発生するのか」といったことついては僕の方で計算して提出します。
福田 それは美大のデザイン学科の学生にはできない作業だなあ。
大野 そこは設計側の役割なので。だれかにつくってもらうことを前提にしているので、発注できる状態に落とし込む必要がありますからね。
彫刻のような芸術的なオブジェにしないことは、今回もっとも大事にしたかったポイントです。でもその一方で、僕はプロダクトデザイナーではないので、設計図に書いたものをカチッとつくるタイプの設計にもしたくなくて、どこかしらズレとか手でつくられている感じとか、そうした揺らぎのようなものを許容する仕上がりにしたかったんです。
設計自体は、コンピュータでゴリゴリにつくっていますが、同時に偶然の誤差のようなものが生まれやすいようにしたいなと。具体的には、構造の内側にある鉄の柱の部分はしっかりとつくり込んだ上で、それ以外については「どこまでを決めて、どこからを決めないか」のせめぎ合いを通じて、そのさじ加減が仕上がりを左右するようにする。そのため外側の部分はある程度成り行きで可愛くなるものを考えたうえで、今回の形になっているんです。
福田 たしかに、コンピュータで定型なものをつくるとカチッとした人工的な感じになってしまうけれど、今回のつくり方は、自然界に存在するものとの親和性とか、人間が感覚的に感じる優しさに向いているというか、そこが表現できているのがすごいよね。
手のひらの上のクリエイティブから巨大建造物まで
大野 「最先端の技術やテクノロジーというのは、一周まわって、より柔らかさや感情、あるいは情緒的なものに寄り添うことができる技術のことなんじゃないか」と思うんです。もちろん設計ではテクノロジーや最先端の技術をできるだけ取り入れるようにしてはいますが。
近代的な設計とか技術というのは「できるだけ同じものをつくろう」「できるだけ標準的なものにして、そこからはみ出したものは悪とする」という価値基準に従ってきました。でも計算能力がさらに上がっていけば1個1個のイレギュラーにすべて対応できるような時代がくると思うんです。
例えばAirbnbとかUberも、すべてがコントロールされているという話ではなくて、需給を担うプレイヤーの状況に応じてそのつど変わっていく、中心そのものが存在しないシステムですよね。
それは製材や建築でも同じで、加工して同じ形の材料をつくってそれ以外のものは間引くとか、農産物であれば半端物は全部よけるといったことではなく、「こういう使い方をするんだったら、これでいいよ」「その使い方なら、それでいいよ」という適材適所の計算能力が今後すごく上がっていく。テクノロジーがブレや揺らぎなどに対応できる時代が遠からずやってくるはずです。
福田 僕らがやっている「YouFab」や「YouFab Global Creative Awards」にも建築分野の人たちがいっぱい参加してくれるんだけど、その人たちがつくるものの考え方、その人たちのスケールの概念というのがデザインや美術系の人間にとってはものすごく不思議なんだよね。
僕たちの常識では「大きいものと小さいものは、作り方が違うもの」なんだけれど、建築の人たちは、手のひらサイズのものと、30メートルの高さになって街に存在する物体とを等価に考えている。「卓上に置けるものを設計すれば、それをそのまま大きくすればビルになる」って考え方で物をつくっているでしょ?
大野 そうかもしれません。
福田 それ、すごく不思議でね、今回のツリーでいえば、あれってみんなの心の中にあるニットの拡大図になっていると思うわけですよ。
大野 そうですね、編み物の網目とこのツリーの網目は単にスケールの違いでしかないですからね。
福田 手元の距離で見ているはずのニットがこんな巨大に!という。その拡大感は、自分たちの日常に存在していた、あるいは自分たちが身近に見ていた編み物の感じを、「そのまま神様が大きくしました」というのに似ている。それこそが、手のひらの上のクリエイティブから巨大建造物までをシームレスに考える建築の概念だなあって。そこがすごくおもしろく、かつとっても不思議なの。たぶんこのツリーを体験している人は、ツリーを目撃しながら、思い出の中にあるニットの感覚や、自分が着ていた手編みのセーターの触り心地の記憶とアクセスしているんじゃないかな。
大野 まさにそうだと思います。建築模型はつねにどのスケールにもなり得るし、今はVRなどもあるので、僕自身、設計している時点ではあえて大きさといったものを意識しないようにすることがあります。
最初の企画提案書に「クリスマスの手触り」と書きましたが、手触りだけだったら、別にすべすべした球体だっていい。でもそうではなくて、「クリスマスの手触りって何だろう?」「冬といえば、ニットだな」というぐらいの、本当に直感的な部分を大事にしたかったんです。それはもう、ちょっとバカっぽいくらいがちょうどいいかなと感じています。
福田 確かにね。「あのチョコレートバーが巨大だったら、俺はずっと幸せだろうな」みたいな。男の子の妄想的な感じだね。
大野 まさにそんな感じです(笑)。
大野 以前制作した「360° BOOK」も割とそれに近いんですけれど、テクノロジーを前面に押し出して何かを作ることにはあまり意欲が湧かないんです。「技術を見てくれ」ではなくて、物を見てもらった上で、「あれっ、でも、これ、どうやってつくってんだろう?」とひっかかる人だけが立ち止まるぐらいが自分の性には合っていて。ネタばらしをして初めて、後ろにいるエンジニアの人たちと突っ込んだ話し合いができたりするのが楽しいですね。
ちなみに編み方についてもいろいろと研究したんですが、日本にも西洋の編み物と同じ編み方があって「あわじ玉」と呼ばれているんです。
福田 おお!「あわじ結び」の「あわじ」!
大野 そう。そのあわじ結びの三次元版があって、時々お守りの先っちょについているあれなんですが、そういう偶然の一致もおもしろくて。海外の毛糸やニットを参照していたら、偶然、日本の縁起がいい結び方につながった。
福田 だよね、あわじ結びって紅白の熨斗につける縁起のいいものだものね。
大野 しかも、こちらのツリーはしめ縄っぽくも見えるし。人によっては和風と洋風の中間ぐらいに見えるらしいです。
福田 てっぺんまでの高さは何メートルあるんですか?
大野 8メートル弱ですね。
福田 このデザインなら8メートルの巨大ツリーとしても、それをキューッとスケールダウンした高さ50センチぐらいの卓上用のツリーとしても製品化できそうだけどなあ。それ、あったらちょっと欲しいなあ。
あと大屋根プラザのクリスマスマーケットでプレッツェルを売っていたんだけど、プレッツェルもねじって編んでいるじゃない? 「ねじる」って何か「神様」とか「神聖」さと関係があるのかな。しめ縄もねじって編むものね。
大野 2つのものを一緒にするとか、メビウス的な意味合いとか、輪廻とか、いろいろあるのかもしれないですね。
福田 じゃあ、来年はクリスマスマーケットで大野くんのこの編み方の卓上ツリーとプレッツェルを販売するのはどう?
大野 あはは。考えてみます(笑)
STAFF
デザイン DOMINO ARCHITECTS(大野友資、山本基揮 ) テキスタイル TEXT(大江よう) 照明 Tokyo Lighting Design(矢野大輔) 音楽 Frasco(タカノシンヤ、峰らる、Kentaro Nagata)
福田敏也|Toshiya Fukuda
クリエイティブディレクター/博報堂 Creative x Technology Center で次世代型Creator を育成し、大阪芸術大学でDigitalDesign 教育にあたり、FabCafe でものづくりの未来を考え、自らの会社777interacitive で企業の先端ニーズに応えている。
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