ニューヨーク、ロンドンとともに、世界の高級住宅マーケットにおけるプライスリーダーの一つである香港。中国マネーの流入により進化し続ける香港の住宅事情を、駐在経験もある元森ビル住宅事業部担当者が考察します。
TEXT BY JUN ISHIDA
PHOTO BY TOSHIYUKI SANADA
——まずは香港の不動産マーケットの特徴について教えてください。
真田 香港がイギリスから中国に返還されたのは1997年ですが、当時の香港の人口は約650万人でした。それが今や約750万人。約20年で100万人(15%)ほど増えました。主な原因は中国本土からの移住者です。香港の不動産マーケットを見るには、つねに中国との関係を考えなければなりません。深圳と香港の間にある越境ボーダーのゲートをどれだけ開けるか、香港は本土からの移住者を巧みにコントロールしています。同じ中国にはなりましたが、一国二制度と言われるように中国本土と香港では今もなお様々な制度が異なります。そもそも中国元と香港ドルは異なる通貨で、香港ドルはドル・ペッグ制というシステムを用いていますおり、米ドルに連動しています。そのため、香港は中国元で稼いだ資産を異なる通貨ベースの、より安全な資産に変える場所でもあります。その一つが株や証券と共に上昇し続ける不動産という形です。
——返還時から不動産価格はどれぐらい引き上がったのでしょう?
真田 2.2倍になりました。不動産は価格が上昇しピークを過ぎると、通常は一旦下がりますが、香港では踊り場を経てまた上がっています。富裕層向けのハイエンドな物件の価格は20年間にわたって上昇し続けています。香港経済はある意味不動産ビジネスで成り立っている部分が大きいので、不動産価値を下落させられないというのもあると思います。世界の高額不動産マーケットを形成するニューヨーク、ロンドン、シンガポールも含めた都市のなかで、最も総取引額が高いのが香港です。取引量ではロンドンがトップで、個別の住宅で最も高い値がついているものがニューヨーク。近年香港で一番高い物件は約160億円です。大雑把に、香港の富裕層向け住宅の平均単価は東京の2倍と言っても過言ではないでしょう。投資目的の購入が主で、購入者は中国本土とアジアの人々が多いですね。
——富裕層向けの住宅が集まるエリアとは?
真田 香港島のセントラル地区とビクトリア・ピークの間にある「ミッドレベル」という中腹エリアです。イギリス統治時代の高級住宅街で、ビクトリア湾の眺めが良い。香港では不動産開発が香港全土の4割に限定されていて、残りの6割は緑地保存しなければならないんです。そのため、山を簡単に宅地には出来ず、昔お屋敷だったところを10数層のマンションにする、あるいは小邸宅が集まっている土地をまとめて高層ビルにする、そういったことしかできない。市街地は土地・建築の権利が細分化かつ錯綜しているので、街中の再開発は至難の技です。逆に緑と接している敷地は、権利が一個人あるいは一社のところが多く、そうした敷地を再開発することが多い。
——香港で最も高い住宅はどういうものですか?
真田 現時点での最高額は、2016年に竣工した「マウントニコルソン」というミッドレベルにあるものです。小宅地が集まっていたエリアをワーフという香港の財閥系デベロッパーが買い上げ、去年竣工しました。建築はロバート・スターン、インテリアはヤブ・ブッシェルバーグ含む世界的に著名な4人のデザイナーで、彼らはニューヨーク他でも高級物件を数多く手がけています。2棟のタワーと20戸の戸建てからなっています。タワー最上階にある2つのユニット各400平米を1つにまとめたものに約160億円の値がつきました。オーナーは華僑の方だそうです。2番目に高いのが、スワイアというイギリス系の会社が手がけた「オーパス」で、こちらは2012年に竣工しました。もともとスワイア創業家一族が住んでいた邸宅敷地を再開発したもので、フランク・ゲーリーがアジアで初めて住宅を設計したものです。1棟の建物に12戸の住宅が入り、1フロア1戸で各600平米です。スワイアの50周年記念プロジェクトだったため、利益よりも内容優先で、最初は賃貸で運用し、信頼できる買い手が現れたら売るという考えた方だったようです。最終的には3年かけて全て販売し、最初は40億だったものも最後は60億ほどになりました。こちらの購入者は、華僑や本土より香港の人が多いようです。
——住宅デザインのトレンドもあるのでしょうか?
真田 香港でもニューヨークと同様に、クラシックとモダンの二つの流れがあって、富裕層に人気が高いのはクラシックですね。ニューヨークやロンドンと同様にスケルトンの状態で販売するものが多かったですが、最近はある程度内装を仕上げてあるものも増えてきました。クラシックな内装の「マウントニコルソン」もそうですね。対して「オーパス」の方はコンクリートむき出しのスケルトン。ヤブ・ブッシェルバーグが手がけたショールームはありましたが、基本的には購入者が内装を全部自分好みで行うスタイルです。
——他に注目すべき住宅開発はありますか?
真田 西九龍地区にある「ユニオンスクエア」は、いろいろな面で面白いですね。敷地内には「ICC」(international commerce center、環球貿易広場)という香港で最も高いビルもあります。約500メートルの高層ビルで、リッツ・カールトンホテルとオフィス、商業のテナントが入っています。「ユニオンスクエア」は地下鉄MTRとエアポート・エクスプレスの駅である九龍駅の上にありますが、新たに中国本土と香港を結ぶ新幹線の駅が建設中です。2018年完成予定で、これにより香港と広州が約40分で繋がります。この駅の上に1054戸の住居があって、本土の人々がすでに購入しています。
——「ユニオンスクエア」の開発を手がけるデペロッパーは?
真田 1社ではありません。駅上の開発権を、MTRが6社のデベロッパーに売りました。だからこのエリアに建っている建物の形はバラバラなんですね。真ん中に駅上屋上広場があり、その周りを住宅が取り囲んでいます。香港中心部によくあるタイプの開発で、人が多く集まる駅を中心に、住宅、オフィス、商業を作るというものです。
——香港ならではの住宅の特徴というのは?
真田 香港の土地はニューヨークと同様に岩盤の上にあるので、地震対策が必要ないんです。そのため細長い建物が多いですね。風対策さえ行えば、ひたすら高く積めます。しかも香港には景観権がありません。デベロッパーが政府と交渉して容積率を買い取ることができえるので、例えば100メートルの高さの建物の前には50メートルのものしか建てられない既存容積だったとしても、いくつかの規制を突破し、容積率を買うことで100メートルのものが建てられるんです。また、住宅はバスルームなどが外気に面していなければいけないというルールがあるので、クローバー型や星型の形の建物も多いですね。
——香港に次いでアジアで高級不動産取引が盛んなのがシンガポールです。こちらの状況はどうでしょう?
真田 シンガポールは人口が約400万で香港のほぼ半分です。土地取引の透明度が香港より高いため、欧米のファンドも多く進出しています。2012年ぐらいはバブルでしたが、今は沈静化していますね。香港とシンガポールの大きな違いは、シンガポールの方が住宅デザインがより洗練されていることでしょうか。シンガポール政府の政策自体がデザイン重視で、デザインによって都市をバリューアップしようという考え方が強いため、世界的なデザイナーを多く起用しています。OMA、ダニエル・リベスキンド、日本人ですと伊東豊雄さんが設計したものもあります。最近完成した「マリーナ・ワン」は、住宅とオフィスの複合ビルで、森ビルが進めている「虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー」と「虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワー」もデザインしているドイツ人建築家のクリストフ・インゲンホーフェンが手がけています。
——日本が香港やシンガポールの住宅から学ぶべきこととは?
真田 富裕層向け住宅の動向をみるには、常に香港、シンガポールを見る必要かあります。彼らはファミリーで、複数の不動産を アジア、ヨーロッパ、アメリカに所有していて、全体を見つつ投資先を決めています。日本もここ数年、このマーケットの中に入るようになりました。虎ノ門ヒルズが開業した2014年当時はかなりお手頃でしたが、今では2倍の価格になっています。日本の不動産を購入する海外顧客には、日本が好きで1ヶ月に1度ぐらい来日している人と、投資目的の2パターンありますね。日本の物件は、クオリティは世界一だと思いますが、プランやデザイン、プロモーション、サービスに関してはまだまだ海外から学ばなければならないところが多いです。他の都市に勝てる東京の強みを考えなければなりません。
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