WEEKEND TRAVELLER

観光でも視察でもない、「巡礼」という旅のスタイル——林千晶(ロフトワーク代表)

クリエイターのためのプラットフォーム運営やデジタルものづくりカフェ「FabCafe」で知られるロフトワークの代表・林千晶さん。地方創成などにも関わる林さんは、旅には「いざない」が必要だといいます。セルフマネージメントの達人といえる、クリエイティブな人たちの行動例から「週末小旅行のアイデア」を学ぶシリーズ第11弾!

TEXT BY SHINYA YASHIRO
PHOTO BY CHIAKI HAYASHI

——飛騨市で森林再生に取り組まれている「株式会社 飛騨の森でクマは踊る」での活動など、林さんは東京に限らず日本全国で活動をされている印象があります。

 Facebookを見ている友達から「いつも旅行してて楽しそうだね!」と言われることがあります(笑)。仕事では写真をアップできないクライアントの新規事業に関わることが多いので、遊んだり食事している様子が公に出やすいだけなんですけどね。旅は好きだし、2週間に1度はどこかに出かけていますが、「純度100%の旅」であることは少ないです。

——それは、休暇だけを目的とした旅行という意味でしょうか。

 わたしがイメージする「純度100%の旅」というのは、インドネシアのラグジュアリーなリゾートホテルに泊って、スパを楽しみ、ビーチで寝そべるような旅行のことです。旅では、自分の当たり前から外れた視点をもつことが重要だという思いがあって、そういったピュアな旅をしてもどこか“オン”な自分がいるんですよね。

中学校の教科書で読んだ、「旅とは移動することではない。日常を普段と違う視点で見れば、それは旅である」という文章が身体にインストールされてしまっているんです。会社に通うときも、何か新しいものを探しながら移動するようにしています。

——旅のなかで、そういった視点を獲得するには、どうすればいいのでしょう?

 現地に住んでいる人に、自分一人だとたどり着けない景色までいざなってもらうことが多いですね。その人が、なぜその場所に住んでいて、何をしていて、どんな食事をしているのかを知ることができますから。

たとえば、山形県の真室川に行ったときには、藁を結って魔除けのしめ飾りのつくりかたを教えてもらいました。そんな出会いがあると、この地球には自分の当たり前とは違う生活をしている人がいることがわかって、少し救われたような幸せな気持ちになるんです。

藁文化の継承を目指す「工房ストロー」のワークショップで林がつくった「しめ飾り」。藁から鷹の爪まで、すべて真室川付近の素材でつくられている。

1日目

07:00
上野から山形新幹線に乗る。
10:30
終点の新庄からレンタカーで真室川へ。
11:30
現地の人たちがつくってくれた、地元の料理に舌鼓。自然の色の豊かさに驚く。
14:30
地域について話を聞く。
17:30
川沿いを歩きながら、宿へ。夜の川のもつ飲み込むような「黒さ」に驚く。
19::00
宿に着き、温泉に入り、就寝。

2日目

09:00
宿で朝食を取り、川を散歩。
11:00
しめ縄飾りを伝承する「工房ストロー」のワークショップに参加。
14:00
現地の製材所を見学。独自の活動を目撃し、林業の未来を考える。
16:00
レンタカーで新庄に戻り、そのまま山形新幹線で東京に戻る。

現地の人にふるまってもらった「カボチャと小豆の煮物」。野菜がもつ色彩に驚いたという。

——なるほど。製材所の見学ですか。確かに「純度100%の旅」ではないかもしれません。

 ただ、視察旅行ではないので、「仕事をしよう!」と決めて行っているわけでもないんです。自分が何をやっているかを話しているうちに、飛騨の話から林業のことにつながって、現地の人に製材所を紹介をしてもらったという流れです。だから、「いざなう人」が不可欠なんですよね。

——林さんの旅は、ただ土地を訪れる「観光」とは、少し違う行為なのかもしれませんね。

 実は「場所と物語」というNPOの活動に加わっています。旅行と住むことの間の体験をするために活動する組織です。

旅行には消費という側面がありますよね。極論を言えば、お金を払ってキレイな所で気持ちのいい体験を提供してもらっているわけです。一方で住民の方は昔から継承されてきた文化に囲まれて、毎日を過ごしています。そこには、時間の積み重ねから生まれた「しがらみ」もあるかもしれません。

「場所と物語」では、観光客として場所にたたずむのではなく、その土地固有の歴史や暮らしと向き合う試みを続けています。その時には、その場所に残っている「しがらみ」にまで目を向けることが大事だと思っています。たとえば、関西の人が東京のことを都と思っていない……みたいな話は、いまを生きているわたしたちの感情ではなくて、1,000年以上の歴史のなかで受け継がれているものです。そこが面白い。

過去から未来へ歴史と願いが託されて、いまがあるわけですよね。だから、このプロジェクトで旅することを、「ピルグリム(巡礼)」と呼んでいます。さっきの真室川への旅も、その一環でした。

——巡礼という概念は、おもしろいですね。旅とは歴史や世界を巡る過程ともいえるのかもしれません。

 2014年にミャンマーの農村へ行った旅が忘れられません。日本がサードウェーブで盛り上がっていたころ、そこの「村一番のカフェ」でネスレのインスタントコーヒーを出してもらい、現地の人に「世界で一番飲まれているコーヒーは、これだ」と教えてもらいました。

そのとき、自分の見えている世界だけから、未来を考えてはいけないと強く思いました。現地で調査をしている友人に会いにいっただけなので、この旅は仕事ではなかったけれど、遊びでもありませんでした。ただ、遊びでなかったけど、旅ではあったんですよ。

林千晶|Chiaki Hayashi
1971年生まれ。ロフトワーク共同創業者、代表取締役。アラブ首長国連邦で育ったのち、早稲田大学商学部、ボストン大学大学院ジャーナリズム学科、花王への就職を経て、2000年にロフトワークを起業。クリエイターとの共創を促進するプラットフォーム「AWRD」、グローバルに展開するデジタルものづくりカフェ「FabCafe」などを運営。15年4月に森林再生とものづくりを結びつけ、地域に産業を創出するための官民共同事業体「株式会社 飛騨の森でクマは踊る(通称ヒダクマ)」を岐阜県飛騨市に設立、代表取締役社長に就任する。