インバウンドの視点から見たとき、「日本にはそのポテンシャルがあるのに、海外と比べ、うまく機能しているとはまだ言えない」領域が存在する。メディカルツーリズムである。この領域における日本の現状と可能性を、今後、複数回にわたってさまざまな角度から検証する。第1回目となる今回は、メディカルツーリズムのアウトラインについてご紹介。
TEXT BY TOMONARI COTANI
1964年、つまりは最初の東京オリンピックが開催された年に「日本を訪れた外国人」の数は、約35万人であった(日本政府観光局より)。そこからおよそ半世紀。2017年の訪日外国人客数は2800万人を超え、彼らの消費額は4兆4161億円におよんでいる(4.4兆円というと、消費者向けeコマースや、新築一戸建て分譲の市場規模に相当する)。
いまやインバウンドは、日本経済にとって軽んじることのできない影響力を持ち、その数字は、少なくとも次の東京オリンピックまでは堅調に伸びていくのだろう。
しかし2020年以降、日本は、インバウンド市場をより成熟させていくための武器を持ち合わせているのだろうか。食、自然、伝統文化、ポップカルチャー、クリーンさ、正確かつ高速な電車の運行、テクノロジー、温泉、おもてなし……。それらは確かに日本独自の強みであり、今後もそうした日本の独自性を求めて、海外から人々はやって来ることは間違いない。ただ、それらはすべて「観光」の範疇だ。
「えっ、当たり前でしょ。商用以外の外国人は、“観光客”として日本に来るのだから」
そう思う人もいるだろう。しかし、インバウンドという側面から考えたとき、観光でもビジネスでもない第3の「機能」が、海外では常識になりつつある。それが、メディカルツーリズム、あるいはウェルネストラベルと言われる領域だ。日本語では「医療渡航」や「医療観光」といわれる旅のタイプで、タイ、インドネシア、スイス、ドイツ、スペイン、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、カナダといった国々が先端を行くとされている。
スパ&ウェルネスリゾート業界最大のメディア+マーケティング企業Spafinderは、毎年「Wellness Travel Awards」を発表しているが、2016年は、41の国と地域の中から選ばれた以下の6施設に最高賞である「Crystal Awards」を授けている。
上記以外にも、前述の通り41の国と地域のウェルネスリゾートにそれぞれ賞が贈られており、日本ではAmanemu(三重県志摩市)が受賞している。
予防も先端医療も
科学的、身体的、心理的……さまざまなアプローチによって心身をリフレッシュするこうしたウェルネストラベルは、ある意味、「病気を予防すること」に自己投資していると言うことができるだろう。
その一方で、より「医療」に踏み込んだトラベルも、もちろん存在する。再生医療や細胞療法等々、自国では受けられない先進医療の恩恵に与るべく、海外の医療施設に長期滞在するケースだ。
日本の場合、経済産業省のヘルスケア産業課が、インバウンド推進に向けた取り組みのひとつとして「外国人患者の医療渡航促進」をおこなっている。その背景には、経済成長を続ける新興国において高齢化が進んだことで、がんや生活習慣病が増加しているという現状に加え、21世紀前半にはアジア地域の人口が全人口の過半数を占め、2050年には、世界のGDPの50%をアジア地域が占めることになるという予測が見え隠れしている。
つまり、地理的にも近く、相対的に高い技術と豊富なノウハウを持つ日本の医療は、アジア地域における医療観光の人気デスティネーションとなる可能性を秘めている、ということだ。しかし実際のところ、外側に向けては「日本の医療やサービス」の認知向上が足りず、内側に向けては、医療機関の受け入れ体制整備が進んでいない、というのが実情だろう(現在、その状況を打破するべく活動しているのが、官民連携で誕生したMedical Excellence JAPAN だ)。
もうひとつ、大阪湾の人工島「夢州」を舞台に構想されている統合型リゾート(IR)に、先端の医療施設を組み込むプランも上がっているようだ。夢州には、シンガポールのIR「マリーナ・ベイ・サンズ」の2倍近い投資規模にもなるとも噂され、そうなると大阪は、一気に「アジアにおけるメディカルツーリズムの拠点」に登りつめるかもしれない。
「湯治」という言葉があるように、ウェルネス志向の旅が古くから存在したこの国のメディカルツーリズムが、この先、どう発展していくのかまだわからない。願わくは、国が主導するエスタブリッシュな施設もあれば、IRのようなエンターテインメント性の高いものもあれば、オルタナティブでクールなサービスもあるといった多様性が生まれんことを。
この国の新たなる「旅×健康」の行く末について、次回から、少しずつ検証していきたい。
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