THINK DIFFERENT

石川善樹が伝授する「シンク・ディファレント」の技法 #2:創造性とは何か、ブレストとは何か?

2019年1月にアカデミーヒルズで開催され、好評を博したトークイベント「Think Differentを考える!」。その第2弾が4月9日に開催された。今回、主宰者である石川善樹(予防医学博士)がテーマとして掲げたのが「創造性」。より多角的に解題すべく、2人のゲストを招いて開かれたトークの模様をお届けする。

TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY KAORI NISHIDA

「創造性」を抽象的に捉えよ

石川 みなさんこんにちは。今回は「Think Differentを考える!」の応用編として、「創造性とは何か」について考えてみたいと思います。まずは、ゲストの2人をご紹介させてください。

ひとりは、「組織のクリエイティビティと価値創造」を研究テーマとしている法政大学准教授の永山晋さん。社会科学の研究分野のひとつに「創造性が高い人や、高いチームにはどういう特徴があるのか」がありますが、永山さんは、その分野の第一人者です。

もうひとりは、クラウド名刺管理サービスで知られるSansanのデータ統括部門「DSOC」の研究員・西田貴紀さん。本日は、西田さんが大好きなファッションの観点から「新しさとは何か」についてお話いただきます。

まずはイントロダクションとして、僕から少しお話したいと思います。

おそらく今日来てくださった方々は、創造性に興味があるのだと思いますが、みなさんを大きく2つに分けるとすると、「具体的なノウハウが好きな人」と「抽象的な概念が好きな人」に分かれるのではないかと思います。で、本日は、具体的な事例も少し入っていますが、どちらかというと抽象的な話が多くなります。で、次回とその次の回は、具体的な話をしたいと思っています。勝手にシリーズ化してますけど(笑)。

「ブレスト」をアップデートする!

石川 さて、生物学や物理学といった自然科学と社会科学の一番の違いは、「繰り返しができるかどうか」です。例えば「ボールを落とす」は、繰り返しでき、そこから法則を発見しやすいのですが、「すごいアイデアを考えた」は1回限りの現象で、再現性がありません。1回限りの現象を見て、「でもそこに何か共通するパターンはないのか」と法則性を探すのが、社会科学という学問なんです。

だから、物理学のような学問と違って「こうすれば100%創造的になれる」ということはありえませんが、確率を高めることはできる、というのが社会科学のスタンスです。

創造性を発揮するときに、最初のステップになりうるのがブレインストーミングではないでしょうか。1953年に「ブレインストーミングの原理原則」みたいなものが発表されたのですが、そこから約70年近くイノベーションが起きていません。今日は、このブレインストーミングをぶっ潰してみたいと思います。

1953年に誕生して以来変わらない、ブレストの4つの原則。

石川 ブレストには4つの原則があります。ひとつは「粗野なアイデアを歓迎する」。簡単に評価や否定をしないということです。2つ目は「量を重視する」。質より量で、とにかく数を出せというわけです。3つ目が「他人のアイデアに乗る」。アイデアは出しっぱなしにしないということですね。そして4つ目が「多様なチームでやる」です。

こうした原則が約70年前に提唱され、ブレストが生まれました。ただ研究者の中では、これを踏襲してもあまりいいアイデアは出てこないことが知られています。とはいえ、否定するだけでは創造的とは言えないので、ひとつずつアップデートしていくのが今日の主な狙いです。

直観、大局観、論理

石川 ちなみにクリエイティビティという側面から見ると、脳には3つのモードがあることが知られています。直観、大局観、論理です。わかりやすくいうと、直観はアイデアをたくさん出す役割。大局観は、そのたくさんのアイデアを3つくらいに絞る役割。そして3つのアイデアをひとつずつ吟味するのが論理です。棋士はよくこれを使います。彼らは盤面を見た瞬間に100通りくらいアイデアが出てくるそうです。対局中、その100通りをすべて検討することはとてもできないので、大局観で3つくらいに絞り、それをずっと考えているというのが、棋士のアタマの中なんです。

よく、「ひとりの人は直観モードになりやすい」と言われています。孤独であればあるほど、アイデアは出てくるんです。逆に言うと、みんなといると批評モード、つまり論理的になりやすいわけです。ブレストというのはそもそも、「みんなで集まったら論理的・批評的になりがちだけれど、そうではなく質より量で、直観を働かせて思いつくままアイデアを出していこう」ということで生まれたわけですが、「クリエイティビティにおいて重要なのは脳を大局観モードにすることだ」という研究が、昨年発表されました。

クリエイティブな人は、アタマの中でこの3つのモードを行ったり来たりしているんです。一方普通の人は、直観だけとか論理だけとか、どれかひとつしか使っていません。モードの行ったり来たりがないんです。

行ったり来たりするには何が大事かというと、大局観なんです。アイデアをたくさん出して決めるまでの、「アイデアを絞る」という俯瞰して見る役割です。創造的であるためには、この大局観を鍛えることが非常に重要になってくるんです。

ではいったい、大局観とは何ぞやという話になってきますよね。僕らはロジカルシンキングを習ったり、アートを見て直観的になろうといったことも経験しますが、大局観の鍛え方はほとんど習わないと思います。でも、大局観を身につけないと脳のモードが行ったり来たりしないので、簡単なトレーニング方法をお伝えしたいと思います。

まず自分がいて、自分からまわりの情報を見ているのが「直観/主観」の世界です。自分中心にものごとを見ているわけです。

「直観/主観」の世界

石川 次に、違う人から自分を見るとどうなるのかというのが「客観/論理」の世界。

「客観/論理」の世界

石川 そして、いろいろな人のいろいろな視点を、誰かの立場ではなく俯瞰して見るのが「大局観」になります。

「大局観」の世界

石川 いろいろなものがあるとき、軸を引くと大局が整理されます。そして同じ現象を見ても、軸の取り方次第でいくらでも変えられるんです。大局観を鍛えるというのは、こういうことをやることだと思うんです。

「左の軸の取り方だと全部埋まっていますが、真ん中の軸の取り方だと右上がポッカリと空き、『ここで新しいことをやったらいいんじゃないか』という整理がつきます。もっと気の利いた人だと、いろいろあるのは左下だけで、ほかに広大な新しいことができるエリアがあることに気がつくかもしれません」(石川)

石川 つまり、構造を把握するということが大事なんです。構造を把握せずにワーッと思いつきでブレストしても、仕方がないわけです。

今日、僕らが新しい知見を踏まえて提案する「新しいブレスト」は、「粗野な考え」や「いろいろな考え」ではなく、まずはみんなで「どのエリアで新しいことを考えていくのか」という構造把握をすることが、非常に重要になります。

新しいブレストでは、まず「粗野な考え」や「いろいろな考え」ではなく、「構造を把握する」ことを重視せよと石川たちは考える。

石川 ここから永山さんにバトンタッチして、「構造とは何ぞや」という話を、音楽の事例を使いながら解説していただきます。

米津玄師と、おどるポンポコリン

永山 みなさん、よろしくお願いします。構造の話をするにあたって、まずは2曲を聴き比べていただきたいと思います。米津玄師の「Lemon」と、BBクイーンズの「おどるポンポコリン」です。

永山 この2曲は、時代も曲調もまるで違いますが、実は構造が同じです。「Lemon」の方は、Aメロが2回続き、Bメロ、サビという構造なのに対し、「おどるポンポコリン」も、Aメロ、Bメロ、サビという構造です。

盛り上がりを縦軸、時間を横軸に取った図が以下になります。

楽曲の構造を解説する永山晋 法政大学准教授。「Bメロで一度落とし、サビで一番盛り上がる。それが2回、3回繰り返されるわけです。1990年のヒットソングも2018年のヒットソングも、まったく同じ構造であり、これこそが構造であると言えます」(永山)

石川 Aメロ、Bメロ、サビと言われて、「ああ、普通そうだよね」と思われるかもしれませんが、永山さんの話は、ここから深くなるんですよね。

永山 ありがとうございます。J-POPが生まれたのは1988年だとされています。J-POPといえば、Aメロ、Bメロ、サビという盛り上げ方が定番と言われています。ある番組の調べによると、J-POPが盛り上がっている1988年〜1993年にトップ10となった曲の90%にBメロがあるんです。

ここで何となく構造が見えてきたと思います。「構造とは、多くの人の認知を支配するルールである」ということです。つまり「ポップスとは、Aメロ、Bメロ、サビで構成されているものである」という構造で、なかなか逃れられることのできないこのルールのなかでやるしかない、ということなんです。

で、このルールに則り、「サビを引き立たせるためのBメロをいかにして作るか」みたいなことに、音楽家はこの30年間腐心してきたわけです。例えばこれは、iPhoneの登場とその後の流れにも似ています。iPhoneの登場が2007年で、その後スマートフォンが定着し、大画面化と高速化がとどまることなく進んでいます。つまり、我々はいったんある構造を採用してしまうと、その構造のなかで、ある特定の質を高めようとしてしまうわけです。別の言い方をすると、我々は、既存の構造の中でアップグレードすることを、どうしても目指してしまうんです。

石川 無意識のバイアスですよね。

永山 はい。ではその果てに何が起こるかというと、ユーザーは質の高いものをどんどん求め、その欲求を満たすべく、商品はだんだんアップグレードしていくわけですが、どこかの時点でオーバースペックになってしまうわけです。

石川 日本のガラケーはまさにそうですね。

永山 もはやスマホもそうなりかけているかもしれません。で、新基軸のものが出て、最初はユーザーのニーズを全然満たしていないけれど、だんだん追い越して、既存のものは駆逐されていく。これが、いわゆる「イノベーションのジレンマ」です。

構造を把握せずに何かをしようとすると、我々は「アップグレード」をしてしまい、それによって習熟効果と認知の固定化が起こり、イノベーションのジレンマに陥るわけです。

アップデートしてから、アップグレードする

永山 ではここで、また音楽を流します。沢田研二の「TOKIO」と、ジャスティン・ビーバーの「Baby」です。

永山 共通点は「Bメロがない」ことです。サビの前に一度落とすBメロがありません。実は、イギリスやアメリカのポップスは、「Aメロ→サビ」という構造が主流なんです。沢田研二を支えた制作陣は洋楽ロックの影響を多分に受けてきた人たちということから、洋楽と同じ構造になるのでしょう。

先程と同じとある番組の調べによると、1970年から79年にトップ10となった曲のうち、Bメロがあったのは23%に過ぎません。

石川 日本が洋楽の影響を受けていたころ、ということでしょうかね。

永山 で、1990年になってようやく独自進化を遂げたわけです。

石川 だからJ-POPというわけですね。

永山 はい。その独自進化を遂げた構造を作った張本人の一人が、Bメロの帝王と言われた織田哲郎さんです。先程の「おどるポンポコリン」もそうですし、WANSとかZARD、T-BOLANなど、90年代に流行ったロックっぽい音楽は、ことごとく織田哲郎さんによって作られました。

織田さんの曲はどれも、サビが印象に残ってすばらしいと言われています。当然みなさん、「サビがすばらしいですね」と褒めるわけですが、織田さん自身に言わせると、「どんな苦労でBメロを作っているか、お前ら知らないだろと。サビの印象を残すために、Bメロをがんばっているんだ」というわけです。

何が言いたいかというと、我々はついつい「アップグレード」してしまうわけですが、織田哲郎さんは、元々ある構造から別の構造に「アップデート」した、ということなんです。

「Aメロ→サビ」という、みんなが「ポップスとはそういうものだ」と思っている中で、新しい構造として「Aメロ→Bメロ→サビ」という構造を持ってきたらどうか、ということを考える。つまり、アップデートしてからアップグレードすることが重要なんです。

「質より量」ではなく、「質より新しさ」が重要

永山 さて、J-POPは30年以上前に登場したわけですが、最近はどうなんだと。「Aメロ→Bメロ→サビ」という構造も、そろそろどうなのかというタイミングなわけですが、ここに来て、「サビとかダサい」と言っている人達が出てきました。KING GNUというバンドです。

この人たちの考えが世に広がるかどうかはわからないです。ただ、構造が新しいことは間違いありません。新しさを追求すると、質がどうしても犠牲になります。評価できる人がいないので。一方で質の高さを追求すると、新しさが犠牲になってしまう。

石川 料亭の和食は、質は高いけれど新しくない。逆にケニア料理とか、日本人にとっては新しいけれど、質は低いという。質と新しさがトレードオフになっているところがおもしろいところですね。

永山 はい。で、僕のパートをまとめると、新しいブレストのルールとしては、「質より量ではなく、質より新しさ」。言い換えると、質が低くても我慢しなければならない、ということです。

「質より量」ではなく、「質より新」が新しいブレストの2つ目のポイント。

石川 質と量でものごとを見ている時点で、それは古いと。これからは質と新しさで見ていこうというわけですね。いいじゃないですか! となると、「新しさを生むとは何なのか」ということになってきますね。ということで、西田さんにバトンタッチしたいと思います。

コムデギャルソンの衝撃

西田 みなさんこんにちは。僕は普段、Sansanでデータサイエンティストとして働いているのですが、本日は大好きなファッションにおける「モード」の話をベースに、「新しさを生む」ということについてお話ししたいと思います。

ちなみに、先程話題に挙がった米津さんの「Lemon」のPVを見ると、米津さんはピンヒールを履いているんです。

「新しさを生むとは何なのか」について語る西田貴紀(Sansan株式会社DSOC R&D Group)

石川 そう? 気が付かなかった。

西田 はい。そうなると、新しさを追求するモードの人たちはピンヒールを履けなくなるんです。米津さんのマネになるので。モードの世界は、そういう感じの業界だと言えます。

まず、新しいアイデアが出てきた時に、どういう反応があったのかという話をしたいと思います。専門家と、世間と、アイデアを思いついた本人をそれぞれ見ると、こうなると思います。

「専門家は質の高さは評価できるのですが、新しさはよくわからないので『これは何ぞや?』という感じになるわけです。一方、世間の人はよくわからないとなる。でも、本人はカッコいいと思っているわけです」(西田)

石川 専門家や世間からしてみると、「米津さんは何でピンヒールを履いているんだ」と(笑)。質が高いのか新しいのかもわからないと。

西田 はい(笑)。でも、米津さん自身はカッコイイと考えているわけです。

石川 なるほど、新しいアイデアに対する反応は、こういうふうに分かれると。

西田 はい。

石川 逆にこうなっていれば、「新しいな」っていう自信になるわけですね。

西田 「いい構造を見つけた」となるわけです。例えば僕はコムデギャルソンが大好きで、最も革新的なブランドだと思っています。デザイナーの川久保玲さんは何をやったかというと、1982年に、後に黒の衝撃と呼ばれるコレクションを発表してモード界に衝撃を与えました。それまでパリコレで黒というのは、喪服の意味合いが強すぎてタブー視されていたんです。

その黒をあえて使ったわけです。当然賛否両論あったのですが、今となっては黒は当たり前のようにコレクションに登場します。この例を、図で説明してみるとこうなります。

「1982年当時のパリコレは、エレガントであることが評価の対象でした。それに対してコムデギャルソンは、黒とボロルックを取り入れ、エレガンスとは正反対の方向性を打ち出しました」(西田)

西田 黒とボロルックによって、コムデギャルソンは当時のパリコレの潮流の逆を行ったわけですが、それが、古くて人気のないアイデアでもあったというところもポイントだと思います。というのも、1926年にココ・シャネルが「リトルブラックドレス(LBD)」という黒を用いたドレスを発表しているのですが、コムデギャルソンは、50年以上も経っているその古いアイデアをベースにしたとも言えるわけです。

石川 数年前のバブリーダンスみたいに、今の子どもたちには、バブル世代の格好が新しいみたいな感じ?

西田 そうですね。世代によって1周するのがファッションの特徴でもあると思います。もうひとつの例として、2017年と2018年の秋冬のコムデギャルソンのコレクションでも同じようなケースがありました。

最近、作業着でもあるニッカポッカを街なかで履いている人は減り、絶滅の危機とも言われていたようなのですが、そんな人気が底にあるタイミングで出てきたのが、コムデギャルソンだと寅壱と言われている、ニッカポッカをモチーフにしたコレクションなんです。それが2017年と2018年に続けて登場し、メチャクチャ人気を博しました。

自身が履いてきたコムデギャルソンのニッカポッカを披露しながら解説する西田。

西田 コムデギャルソンのほかにも、例えばメゾンマルタンマルジェラの足袋ブーツがアイコンとして知られているのはご存知だと思います。足袋も、古くて人気がなくて、日本でしか履かれていなかった作業靴だと思いますが、それをモチーフに、素材やフォルムにこだわり、エレガンスさを加えたことでアップデートされ、アップグレートにつながったのかなと。

革新は少人数、改善は大人数

西田 実は、同じようなことを検証している論文が今年発表されました。「どういうチームで新しいアイデアが生まれたのか」「どういうアイデアを起点にその新しいアイデアが導き出されたのか」、という研究です。その研究によると、ガラッと構造を変えるようなケースは、少人数のチームで、かつ先程も言った人気のない古いアイデアをベースにしていたことがわかってきたんです。そしてもうひとつ、アップグレードするというところは、大人数のチームで行われていたことが、この研究では示されていました。

石川 革新は少人数、改善は大人数というわけですね。

西田 この話を図にまとめると、こうなります。

「アップグレードは『新しくて人気のあるアイデア』をベースにやっていて、アップデートは『古くて人気のないアイデア』をベースにしています」(西田)

石川 本当に新しいものなんてなかなかなくて、大体再発見なんだと。

西田 そうなんです。ということでブレストの新ルールをまとめると、こうなります。

「古くて人気のないアイデアをベースにし、かつ、何でもかんでも人を集めてブレストをすればいいアイデアが出るというわけではなく、少人数のチームで考え、量ではなく新しさに着目するということなんだろうなと思います」(西田)

ビートルズに割って入った男

石川 では再度、永山さんにご登場いただきます。ここまでがBメロで、ここからがサビでしょうか(笑)。新しいブレストのルールがアップデートされましたが、まだ疑問は残っているぞと。

永山 はい。チームというキーワードが出ましたが、少なければいいのか、という疑問です。2人でやればいいのかというと、なかなかそういうわけにもいかないと思います。この問題を考えるにあたって、マックス・マーティンという人物を紹介したいと思います。

何者かというと、1992年のバックストリート・ボーイズ、ブリトニー・スピアーズから始まり、以下のようなアーティストをプロデュースしてきた人物です。

マックス・マーティンがプロデュースした主なアーティスト。黄色に反転しているのは、ビルボードで1位を取ったアーティスト名。

永山 変化の大きい音楽業界で、90年代から現在まで活躍できているというのは奇跡的だと思います。

石川 世界版の小室哲哉みたいなものですかね(笑)。まあ、小室哲哉が活躍したのは90年代なので、それを30年にわたってキープしていると。

永山 そうですね(笑)。この人はスウェーデン人なのですが、ビルボードでの1位獲得回数が22回で歴代3位なんです。ちなみに1位はポール・マッカトニーで、2位はジョン・レノンです。いま地球上で、ポールとジョンの記録を上回る可能性を持つ唯一の人間なんです。

この人は元々、イッツアライブというハードロックバンドのボーカルとして85年にデビューしたのですが、まったく売れなかったそうです。その後、ポップスのコンポーザー/プロデューサーに転身したのですが、その時どういうことを考えたかというと、「歌い心地さえよければ、歌詞は意味不明でOK」ということなんです。まあ、ある意味小室哲哉さんと一緒ですね(笑)。

で、一度聴いたらわかる印象的なフックを得意技としました。例えばバックストリート・ボーイズの「I want it that way」という曲があるのですが、itとthatで何が何やらわからないのですが(笑)、みなさん一度は聴いたことがある曲だと思います。

このころは、ラジオでいかに耳に残るかが重要だったんです。それに長けたマックス・マーティンがヒットを連発していったわけですが、2002年に突然ヒットが出なくなり、「マックスの時代は終わった」と言われるようになりました。

石川 あれだけ調子がよかったのに。

永山 はい。「フックのマックス」が、飽きられてきたんです。その後2007年くらいまでヒットが全然出なくて、低迷していたんです。その時期に「次なるヒットの法則」を試行錯誤し、この人は見つけたんです。

石川 歌詞意味不明で、歌い心地だけのマックスがアップデートしたわけですね。

永山 はい。キャッチーなのに歌うと難しい、何回もループしてしまうような中毒性のあるものを作ろうとしたんです。

石川 時期的にはちょうど、ラジオの時代からYouTubeとかストリーミングが出た時期ですよね。

永山 そうなんです。リスナー自身の判断で、何度も繰り返し視聴できるメディアの登場とリンクしているんです。で、アップデートした彼のことを、僕は勝手に「スルメのマックス」と呼んでいます(笑)。

マックス・マーティンの「クリエイティビティの変遷」

永山 僕がスルメだなぁと感じたのが、The Weekndという最近のアーティストです。以前は、「Aメロ→Bメロ→サビ」と、J-POPと似たような構造の曲を作っていたのですが、スルメのマックスになってからは、AメロからBメロに下がらず、どんどんレイヤーが重なって上がっていく構造に変化しました。

実際、最近のヒットソングを聴くと、確かにレイヤー構造になっていて、だんだん上り調子になっていくんです。そしてまたしても、マックスはオワコンなんじゃないかという第2波が来ているのですが、彼には三度、新しい構造を生み出してほしいなと思っています。

石川 ここまで来たら、ぜひポールを超えてほしいですものね。

最強の組み合わせは「ヤバいシニア」と「イカれた若手」

永山 先程、「アップグレードするとアップデートができない」という話が出ましたが、マックスはアップデートができました。なぜこの人は、イノベーションのジレンマに陥らずにアップデートできたのか。それを解く鍵は、新しいコラボレーターのネットワークにあると考えます。

ここで特徴的なのが、「幅広い知識を持つシニアと、カッティングエッジな知識を持つ若手による少人数の組み合わせ」であることです。実は、この点に関する研究があります。「多様な知を持つ人が、職歴とともにどれだけ自分のクリエイティビティが上がるか下がるか」みたいな研究で、知の多様な人は、職歴が高まるほどクリエイティビティは上がるんです。一方、専門の知識しか持っていない人は、どんどん下がっていきます。

石川 何かに特化した人は、最初はいいけれど、どんどん落ちていくと。

永山 はい。つまり、「多様な知を持っているシニア」と「専門知を持つ若手」を組み合わせると、最強なんじゃないかという話です。よくよく考えてみると、そういうケースを、我々はよく見ているんです。スティーブ・ジョブズとジョナサン・アイブ、オビ=ワン・ケノービとルーク・スカイウォーカー、ナウシカとユパ様……といった感じで。

少人数チームといっても、単に少ないだけではダメで、「ヤバいシニア」と「イカれた若手」が組み合わさると、アップデートをしやすいのではないかと考えます。

ただ、我々が注意しなければならないのは、シニアというのはどうしても生意気なデキる若手を避けがちなんです。一方で若手も、あいつは何もわかっていないとシニアを避けてしまう。その壁をいかに乗り越えるかで、勝敗が決まってくるんじゃないかと思います。

石川 すばらしい! ナウシカにすべて答えがあったと。

永山 はい(笑)。というわけで、少人数といっても「シニアと若手」を組み合わせ、彼らに構造を把握するところから始めてもらい、新しさを重視すると。

「新しいブレストの作法」。シニアと若手による少人数のチーム編成が、クリエイティビティの鍵となる!?

石川 一見、2と3が矛盾しているようですが、西田さんの今日の話を聞くと、新しさとは何ぞやという点において、同居しているということですね。これに従って進めれば、バンバン創造できちゃうということですか?

永山 KING GNUになれますね(笑)。

石川 サビとかダサいと(笑)。なるほどね。それこそ最近だと、大企業とベンチャーの組み合わせも、そういうことなのかもしれませんね。でもそれだけではダメで、上の3つの条件を満たしながらやっていかないとうまくいかないかもしれない、ということですね。

「トライアングル」から抜け出せた男・世阿弥

石川 そろそろ最後なのですが、今日の話を聞いて疑問に思ってほしいのが、下記の点です。

「イノベーションのジレンマにハマらず、アップグレードせず、まずはアップデートしてから質を高めるわけですが、せっかく新しいものを作っても、また普通になってしまうというループからは逃れられません。この問題をどう乗り越えればいいのでしょうか」(石川)

石川 「三角形」をグルグルするわけですが、「終わりがなくない?」ってなりますよね。最後に、この問いについて考えてみたいと思います。

ここで一人、紹介したい男がいます。この人は600年続くものを作った人物です。600年前にあるものを作り、それがほとんどかたちを変えずに残っているという、アップデートもアップグレードもしていないというすごいヤツがいます。世阿弥ってヤツなんですけど、あいつすごいヤツなんですよ(笑)。

類を見ないすごさですね。まず、自分で脚本も書くし、自分で演じるし、自分で評論もしたっていう。書いて、演じて、評論したのは、世界でこの人しかいません。シェイクスピアは書いただけですからね。そんな世阿弥が何をしたかという話をして、終わりたいと思います。

能というのは元々、大和猿楽といって猿回しでした。猿回しが主で、人がちょっと踊っていたのですが、だんだん人が踊る方が主になっていったんです。そして600年前は、地獄の様子を描いた能が流行っていたんです。お寺とかで、「地獄はこんなに怖いところであるぞ」という能がずっと演じられていたんです。それを、「地獄をテーマにしている場合じゃない」とアップデートしたのが観阿弥と世阿弥です。彼らは「平家物語」とか「伊勢物語」とか、みんなが知っている物語のワンシーンを切り取ったエンターテインメントに構造を変え、さらには幽玄というものに質を高めたんです。

しかしそのままだと、またぐるりと元の場所に戻るはずなのですが、僕が知る限り、人類の歴史の中で世阿弥だけが、トライアングルにはまり込まずに、横にスライドしました。

「却来(きゃくらい)というのは、古い木に一輪だけ残っている花の美しさのことです。地獄の様相を描いた能は、普通、若い人が激しくやる演目で、歳を重ねた世阿弥はそこから逃げよう逃げようとしたのですが、あえてそこに戻ってきました。歳をとっても激しい鬼をやると。この却来(きゃくらい)にこそ、世阿弥が『ループ』から逃れられた秘訣が凝縮されていると思います」(石川)

石川 世阿弥を知ることで、永遠にアップデートとアップグレードをするという罠から抜けることができるんです。そして、数百年残るものを作ることができる。それが、却来という思想に凝縮されています。この却来は日本が世界に誇るべき思想で、その本質を知ることで、「日本はこういうことをすればいいんだ」ということがわかってくると思います。却来についての考察は次回以降にしたいと思います。

それではみなさん、次回を楽しみにしていてください! 永山さんと西田さん、ありがとうございました。

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石川善樹|Yoshiki Ishikawa
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。近著に『仕事はうかつに始めるな』(プレジデント)、『ノーリバウンド・ダイエット』(法研社)など。