自衛隊のテストパイロットから宇宙飛行士になり、国際宇宙ステーションに約142日間滞在して数々のミッションを成功させた油井亀美也 宇宙飛行士と、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの所長として「宇宙とイノベーション」の可能性を追求し続ける伊藤穰一。夏休みを目前に控えた子どもたちに向けて、初対面のふたりが筑波宇宙センターとボストンを結んで、宇宙飛行士になるための訓練から最先端の研究まで、さまざまな話題をめぐり語り合った。
TEXT BY Sawako Akune
Main Photo: ©︎JAXA/NASA
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油井 伊藤さん、はじめまして! 私はいま筑波宇宙センターの展示館「スペースドーム」にいます。後ろに見えているのは、国際宇宙ステーション(ISS)にある日本の実験棟「きぼう」の、実物大のモックアップ(模型・モデル)です。
伊藤 実際に訓練に使われているものですか?
油井 これは展示のためのもので、来場者のみなさんが自由に入って宇宙船内の様子を知ることができるものです。私は、2015年7月の打ち上げから地球に帰還するまでの142日間をここに滞在し、さまざまな実験を行いました。
筑波宇宙センターには、ほかに訓練用に作られた「きぼう」のモックアップもあります。実際の宇宙ステーションにはアメリカ、ロシア、カナダなどさまざまな国籍の宇宙飛行士が滞在し、「きぼう」でも実験を行います。そのため各国の宇宙飛行士が、筑波にやって来て「きぼう」のモックアップで訓練やシミュレーションを行うんですよ。
伊藤 宇宙の無重力をシミュレーションするために、水中でトレーニングする様子をアメリカで見たことがあるのですが、日本の宇宙飛行士もそういう訓練はされますか?
油井 宇宙服を着て水の中に潜って、船外活動や宇宙遊泳の訓練をするものですね。私は主にアメリカで船外活動の訓練を行いましたが、残念ながら私自身は実際に船外で活動する機会はありませんでした。その代わり、一緒に宇宙船に乗り込んでいたアメリカの宇宙飛行士に宇宙服を着せて、すべての機能が正常に作動しているかを確認したあとに、宇宙空間に出してあげるという作業を行いました。宇宙服って、実は一人では着られないんですよね。ですから船外活動を終えた彼らを迎えて脱がせてあげるのも私の任務のひとつでした。
強い意志と夢が導く宇宙飛行士への道
伊藤 船外に出て宇宙空間で活動すると聞くと、やっぱり大きな夢や希望を感じますよね。今年の3月に、僕が所長を務めるマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボで、宇宙についてのシンポジウムを行ったんです。映画『2001年宇宙の旅』(1968)の特撮を手がけたダグラス・トランブルや、実際に船外活動を行った宇宙飛行士も出席してくれました。
面白いことに、あの映画を製作したスタッフたちは、当時まだNASAも果たしていなかった命綱をつけない宇宙遊泳(※ NASAが有人機動ユニットを使って宇宙遊泳に成功するのは1984年)のシーンを何としてもリアルに見せようと特撮に励み、逆にNASAの人たちは、その映画を見ながら、宇宙遊泳ってどんな感じなんだろう?と想像していたそうです。SF映画と宇宙開発の研究者たちがお互いに影響し合っているというのはとても刺激的ですよね。
油井さんは、どんなきっかけで宇宙という未知の世界に向かうことになったのですか?
油井 私は長野のとても小さな村で生まれ育ちました。そこでは星が非常にきれいに見えたので、将来は天文学者か宇宙飛行士になりたいと思っていました。ただ、宇宙飛行士になるまでには紆余曲折があって、私はまず防衛大学校から自衛隊に入りました。当時の日本では、自衛隊と宇宙開発は今よりもはるかに距離があったので、宇宙飛行士の夢はあきらめかけていました。そんな私を導いてくれたのも映画だったんです。
それは『ライトスタッフ』(1983)という作品で、アメリカ人のテストパイロットが孤独に戦い続けながら宇宙を目指すというストーリーでした。その映画を見て、私ももしかしたら航空自衛隊のテストパイロットになっておけば、将来、テストパイロットから宇宙飛行士を選ぶ時代が来るんじゃないか?と考えたのです。結果的にその後、宇宙航空研究開発機構(JAXA)に選ばれ、宇宙飛行士になることができました。どんなことが作用して夢が叶うのか、本当にわからないものですよね。
伊藤 映画が夢の実現の一部を担ったんですね! さまざまな形で宇宙開発に携わる方たちは、そういった感動的な情熱をみなさん持っておられるなと感じます。油井さんのまわりの方々もやはりそうですか?
油井 ええ、みんなそうですね。子どもの頃から宇宙が好きで、宇宙飛行士という目標に向かって懸命に頑張ってきた人ばかりです。宇宙飛行士って、やはり誰にとっても遠い目標ですからね、緊張感と情熱をもって、努力を続けてきたという人が多いように思います。
誰もが憧れ、親しみをもつ“宇宙”
伊藤 僕はアメリカ中部のミシガン州で育ちました。アメリカでは、1961年に、ジョン・F・ケネディ大統領が、60年代のうちに月面に人類を着陸させて、無事に地球に帰還させる「ムーンショット(月ロケットの打ち上げ)」を宣言したことで、アメリカ全体が科学技術への希望と夢を持ちました。まだ子どもだった僕も70年代に、現在もあるESTES社の「モデルロケット打ち上げキット」のクラブを学校でつくりました。自分が宇宙飛行士になれるとは思わなかったけれど、モデルロケットならできるかな、と。そういう風に、誰もが自分も参加した気持ちになれることも、宇宙開発のとても重要な特徴だと思うんです。日本やアジアでも同じようなことは言えますか?
油井 そうですね、日本でも徐々に身近になりつつあるように思います。最近は、日本人の宇宙飛行士もほぼ毎年のように国際宇宙ステーションに滞在していますしね。それから、国際宇宙ステーションから小型の衛星を放出して軌道に乗せるミッションがあるのですが、これまでは人工衛星というと何十億、何百億円という規模のお金がかかるものでした。
それが今では技術の進歩によって、超小型で機能をしぼった衛星の中には数百万円程度で製作されるものも現れてきています。そうなると大学や小規模の機関、会社などでも手が出せるようになってきますよね? そうした動きを見ていると、さらに身近に感じるようになっていくと思います。全国各地で講演していると、人工衛星をつくりたいとか、管制官をやってみたいとか、宇宙飛行士に限らずいろいろな夢を持った子どもたちに出会います。
伊藤 うちのメディアラボでも、宇宙飛行士がやって来ると、予想以上にたくさんの聴衆が集まるんですよね(笑)。
大宇宙から見る、繊細な地球の姿
伊藤 2013年に、クリス・ハドフィールドという宇宙飛行士が、国際宇宙ステーションの中でデイヴィッド・ボウイの「Space Oddity」という曲を歌う映像をYouTubeに公開して、アメリカでたいへん話題になりました。そんな風に、今はいろんな個性のある宇宙飛行士が出てきているのも面白いですよね。
油井 もともと私は理系の学生で、物理や天文学が好きで宇宙飛行士になりました。一方で芸術系や国語はからきしで(笑)。でも、実際に宇宙に行って美しい地球を見ると、やっぱり強く感動するんです。でもその気持ちを上手く伝えることができなくて、とてももどかしい思いをしました。その意味で、アーティストのように自分の感情を伝えられる人たちが宇宙へ行けるようになる未来が本当に楽しみです。
伊藤 宇宙から地球を見る感動はやっぱりそんなにすごいですか?
油井 ええ! 本当にきれいですよ! でもそれ以上に驚いたのは、地球を囲む大気の層の薄さです。正直、地上にいるときには、私は母なる大地の地球は大きくて、空気はいくらでもあるような気持ちでいました。多少汚れたところで大丈夫なんじゃないの? とさえ思っていました。ところが、宇宙から地球を見て、空気の量の薄さ、少なさをこの目で見て、地球というのは大切にしないと本当に壊れやすいものなんだということを実感しました。
伊藤 さきほど、人工衛星の価格が落ちてきているという話が出ましたね。実は僕らのメディアラボでも研究を始めているのですが、今は数百万円だけれど、この先さらに技術が進んでいけば数十万円の規模にすらなりうるかもしれないと話しています。
そうすると、たとえば中学生が自分たちで衛星を設計し、それを打ち上げて、そこから集めたデータで何か役に立つ解析などができる未来がすぐにやって来るのではないかという印象を僕らは持っているんです。
油井 それはあるでしょうね。実際に、ブラジルの中学生が製作した超小型衛星を、すでに「きぼう」から放出しています。そうやっていったん一般的になり始めると、多くの人たちのアイデアが積み重なり、またすごく新しく画期的な進歩が生まれたりする。宇宙開発の分野でもそれは十分に起こりうると思うんです。おそらく数十年のうちに、私が今想像できる宇宙開発の姿とはまったく違うものになるでしょう。逆に、現在では一般の企業がロケットを打ち上げても驚かなくなっていますが、数十年前には想像すらできませんでしたからね。
ローカルに、環境と向き合う
伊藤 僕らはまだ油井さんのように宇宙から地球を見られていないけれど、環境問題をかなり深刻に考えるようになってきています。MITに、アメリカのエネルギー省の元長官が在籍しているのですが、彼によると、パリ条約のような大きな視点での取り決めも重要だけれど、小さな町や村ができること、持っているものはそれぞれに違うのだから、ローカルな動きもそれと同じく重要だと。
それで僕らは、環境をもっと科学的に理解し、自分たちの知恵で環境問題に取り組むべきだと考えるようになってきました。つまり、ローカルな規模で小さな衛星を打ち上げてデータを集め、そのデータをもとに、自分たちの町の工場をこうしようと決めたり、風力は無理だけど水力をやってみようと決めていく。全員が科学者になって環境に向き合うような未来です。
油井 人間は、問題意識を共有して協力し合うときには、本当にすごい力を発揮しますよね。ひと昔前、オゾン層の破壊がさかんに指摘されるようになったときもそうでした。早い段階に気がついて危険性を認知して協力した結果、問題は徐々に小さくなってきた。あれこそが人間ならではの強さだと思います。
世界が知る、日本の宇宙開発の強み
伊藤 先ほど人工衛星の開発の価格の話をしましたが、開発期間の方もどんどん短くなっています。数カ月前に、Amazon.comの創業者であるジェフ・ベゾスが設立した航空・宇宙企業の「ブルーオリジン」の見学に行ってきたんです。MITの卒業生も大勢在籍している大企業なのですが、みんなベンチャー気分でさまざまな開発に取り組んでいました。3Dプリンターでパーツを作って、これはまだアメリカ空軍では認定されていない作り方だけれども、今あるものよりずっと優秀だからどうやって許可してもらおうか……といった具合です。
僕ら自身もNASAとは付き合いがあるけれど、ブルーオリジンのような会社と比べると、やはりスピード感がまるで違う。とはいえ企業は最終的には利益を追求しなければならない存在でもありますからね、大志に向かってゆくNASAとは比べられない部分も多いけれど、宇宙を知るための技術を開発していることには変わりないんですよね。
油井 私は、NASAやロスコスモス(ロシア共和国の宇宙開発全般を担当する国営企業)など、各国の宇宙機関と仕事をすることはあるのですが、民間企業と仕事をする機会はありません。ですから民間企業についてはニュースで情報を集めるくらいですが、それでもおっしゃる通り、スピード感の違いは伝わってきます。とはいえ、国の宇宙機関は、実際に人を運んだり、多額の予算を投じるので失敗が許されないのも事実。そう考えると今後は、宇宙開発において国がやった方がいい部分と民間企業がやった方がいい部分が、少しずつ分かれていくことになるのかもしれませんね。
伊藤 日本の宇宙開発の強みはどの点ですか?
油井 難易度の高い仕事をきっちりとやり遂げる信頼性でしょうね。実は、私が宇宙に行っているとき、ロシアやアメリカが宇宙ステーションに物資を運ぶ宇宙船の打ち上げに連続して失敗してしまい物資不足に陥ったんです。その危機を救ったのが日本の「こうのとり」という宇宙ステーション補給機(HTV:H-II Transfer Vehicle)でした。
また最近では「宇宙ゴミ」の問題でも、日本も一緒に取り組んでほしいという声をいろいろな宇宙関連の会議で聞きます。宇宙ゴミを片づけ、減らしていくのは本当に難しい課題でもあるのですが、そういう困難に、高いテクノロジーでしっかりと取り組めるのも日本の強さですし、国際社会もそれを認識していますね。
伊藤 高い技術力は、新幹線などにも裏打ちされた日本のブランドですものね。そういう意味では、アメリカのベンチャーは速いけれど、ちょっとやんちゃな印象がありますよね(笑)。
油井 文化の違いもありますよね。宇宙開発はそもそもが難しいことですから、当然失敗もする。そういう点ではアメリカの、特に民間企業は、失敗したときの記者会見などを見ていると他国とまったくスタイルが違って驚かされます。失敗はある、でも次に成功すればいいんです、と。失敗を真正面から許容するし、世論もそれを認めているようなところがあって、その辺りはすごいですね。
恐怖を取り払うための知識と訓練
伊藤 人間を運ぶものとなると失敗は許されない。ただし歴史をふり返ると事実、失敗は起きていますよね。宇宙飛行士はもちろん素晴らしい職業だと思いますが、恐怖や怖さを抱くことはありませんか?
油井 訓練を積めば積むほど、自分自身の安全性が高まっていることが分かるんです。たとえば、私はロシアのソユーズという宇宙船で国際宇宙ステーションに行きましたが、何重にも安全性が担保されているので、そういった意味では安心して宇宙に行くことができました。そのことを何も知らずに乗ったらかなり怖いでしょうけれど(笑)。きちんと知識を持ち、万全に準備すれば、かなり落ち着いて行けるんじゃないでしょうか。
伊藤 僕はスキューバダイビングをやるのですが、最近、ダイビングの機材に「リブリーザー(Rebreather)」というのがあって、これは、呼気を再生することで長く深く潜れるようにしてくれるものなんです。宇宙技術を海の中に応用しているそうですが、怖いのは、器材が順調ならば何も知らなくても使えてしまうかわりに、何か故障があると、海の中で自分で直さないとならない点。さらにそれができないと死亡事故につながってしまう。訓練なしでも使える、知識がなくても大丈夫、というのが実はいちばん危険なんですよね。
『アポロ13号』(1995)をはじめとする宇宙映画では、トラブルが発生して宇宙飛行士がそこにあるパーツで何か新しいものをつくらないといけない、というような「スーパー科学者」みたいなシーンがよく描かれますよね。実際、ああいった訓練もされるんですか?
油井 映画のように命の危険が迫るというような状況ではないにせよ、何かが壊れたときに、急ごしらえで道具をつくって直した経験は私もあります。おそらく宇宙飛行士はみんな一度や二度はやっているでしょうね。
伊藤 ところで、油井さんのプロフィールを英語で拝見していたら、「ExtremeEnvironments(極限環境)」という言葉がありました。あれは地上のどこか厳しい自然の中で、サバイバル訓練を受けたということですか?
油井 そうですね、さまざまな環境でサバイバル訓練を受けたのですが、おそらく伊藤さんが読まれたのは、海底の訓練施設に2週間ほど住み、そこで船外活動をするものだと思います。小惑星などでの船外活動を検証するというミッションですね。ほかにも、水がほとんどない砂漠をみんなで歩いてサバイバルしたり、ロシアの氷点下の冬を2泊3日で生き延びたりといった訓練もありました。
伊藤 それはどういったシナリオを想定した訓練なんですか?
油井 ロシアの例でいうと、宇宙船が予定通り着陸すればすぐ助けが来てくれる。でも何かが起きてうまくいかなかった場合には地球のどこに降りるかわからないので、水の上に落ちたり、林の中に降りてしまったり……といった場合を想定するんです。宇宙船のカプセルの中にあるものだけで、助けが来るまでサバイバルする訓練ですね。
伊藤 じゃあ映画のように、間違って惑星に置いていかれてしまった事態をどう生き延びるか、といったシナリオとは違うんですね。
油井 そこまでの訓練はないですね(笑)。でも将来、ほかの惑星に行くとなれば、さらに訓練は増えるでしょうね。
連関する農業─環境─宇宙研究
伊藤 微生物などの研究では、これを将来的に宇宙で再現するということが視野に入り始めています。そういう風に環境や農業の研究と宇宙の研究が重なるのはとても面白い展開ですよね。
油井 そうですね、共通する部分が本当に多いですからね。国際宇宙ステーションなどは、電力も太陽エネルギーですし、空気も水も極力リサイクルするといった具合で、環境技術の塊みたいなものです。ちょうど私が宇宙に行っているときには、宇宙で栽培したレタスを初めて食べる機会がありました。実は私の実家はレタス農家なので、すごい縁だなと思いながら食べたんですよ。
伊藤 重力がないと、植物はすべて生え方が変わるんですよね? レタスはどういう具合になるんですか?
油井 レタスの場合は、光を当てている方向に育っていったので、見た目は特に地上と変わったところは感じませんでした。ただし、宇宙ならではの生育環境、生育条件ではありました。実は、二酸化炭素を人工的に取り除くのはかなり大変な作業で、国際宇宙ステーションの中は、人間の具合が悪くならない、頭が痛くならない、判断力が鈍らないといったレベルまでしか取り除かないんです。ですから、二酸化炭素の濃度は地上の20倍くらいとけっこう高いんです。
伊藤 逆に植物は過ごしやすいんですね!
油井 ええ、光合成はやりやすいんじゃないかと思うんです。気のせいかもしれませんが、実際かなり早く育っているような印象を受けました。
伊藤 味はどうでしたか? 同じでした?
油井 実は私は野菜が苦手で、そのせいもあると思うのですが、けっこう苦くてあまりおいしくなかったんですよね。歴史的な瞬間ですから、食べたときには「おいしいー!」と言ったものの、あとから思い返してみるとあんまりおいしくなかった(笑)。地上の野菜の方が味はいいので、そこは課題でしょうね。宇宙で野菜ができるのは素晴らしいことですが、やはりおいしい方が士気は上がりますからね。
宇宙産レタスがおいしくなる日?
伊藤 その点で、僕らは今後、宇宙船内の環境づくりに貢献できるようになるかもしれません。うちのメディアラボで現在「オープン・アグリカルチャー(OpenAg)」という農業研究プロジェクトを行っているんです。高校を卒業したばかりの日本人の学生がつくっているロボットシステムとセンサー技術を活用した「フード・コンピュータ」の開発では、熱や湿度などの条件をすべてコントロールして、同じ種が別々の環境下でどのように味が変わっていくのかを研究しているんです。
面白いなと思うのは、植物にとっていちばんいい光や水と、味とは直結しない点。逆にストレスによって味がよくなったりする。たとえばバジルを口にして僕らがおいしいと思う味は、実はバジルが虫の攻撃に対して妨害で出している味だったり。あるいは、エビの殻を入れると、虫に攻撃されると思って自然の油を出したり。そういったものを、「プラント・レシピ」というデータとしてまとめています。今はまだ無重力栽培の実験はしていませんが、地上のレベルでは、そのレシピで栽培すると、まったく同じ味の植物がつくれることになるんですね。
油井 それはぜひ宇宙でやっていただきたいなあ。宇宙産のレタスがおいしくなるように(笑)! 今のお話で思ったのですが、植物だけじゃなく、人間もやっぱりある程度ストレスがあった方が味のある人間になったりするのかもしれませんね(笑)。
伊藤 「希望」と「ストレス」のバランスは、確かにすごく重要なんじゃないかな。どちらが欠けてもよくないというか……希望に向かっているときのストレスがいちばん良いストレスなのかもしれない。今は夢がないというか、希望の持てないニュースが多いなかで、宇宙の話はすごく大切な気がします。油井さんたちには、アジアや世界の若い人をはじめとするさまざまな層へ、希望を持てる夢を伝えていっていただきたいなと強く思います。
子どもたちへの〈夏のミッション〉
油井 それでは最後に、私たちふたりから子どもたちに向けて、夏休みのミッションを出したいと思います。
宇宙飛行士ってとても目立つ職業ですが、実は、何千人、何万人という人たちがその仕事を支えています。そしてそのチームワークが何よりも大切なんです。いろいろな専門分野の人たちが、それぞれにしっかり仕事をして、力を結集しないと成功しない。
自分の子どもの頃を振り返ってみて、チームワーク力を鍛えるのにいちばん役立ったのは、「家のお手伝い」です。休みの間は勉強も大事ですが、それと同じくらい家のお手伝いをすることも大切だと思います。家族は社会の一部ですし、お父さんお母さんがリーダーだとしたら、「言われる前にやる」というのも素晴らしいサポート力だと思うんですよね。たくさんの子どもたちが、夏休みに自分の役割を決めてお手伝いをしてくれるといいなと思います。
伊藤 僕からのミッションは、「システム」についてです。たとえば、微生物によって土の中の栄養が豊かになり、それを使って植物が成長し、その植物を人間が食べ、その排泄物がコンポストや肥料になる。そういう風にすべてのことはつながっていて、環境問題も経済も、社会や文化も、全部大きなひとつの「システム」の中にあるんです。
夏休みには、どの子もいつもいる場所の外に出て、世界を見る機会があるはず。できれば、1日1回はいつもとは違う外の世界を見て、これを作るために何が関係してきているのかな、と想像してみてほしいんです。たとえば朝ごはんに出たトマトであれば、育てるための肥料はどこから来て、トマトを食べるとどこにつながっていくのか。何と何がどうつながっていて、その中に自分はどうやって参加しているのかという感覚を、つねに養ってほしい。自分はこの世の中にどのように関わっているのか。その感
覚がなくなると、環境問題や科学技術からどんどん離れていってしまいます。意識的にそれを味わいながら、今年の夏を過ごしてほしいですね。
油井 それは素晴らしいミッションですね! 人、物、すべてのつながりはすごく大事なこと。私が今模索しているのも、何か新しいつながりを生み出せないかな、ということですが、そういったことの基礎はまず、今目の前にあるつながりを分析することですものね。伊藤さんの助言に従って、子どもたちだけでなく、私もぜひこの夏、やってみようと思います。
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油井亀美也|Kimiya Yui宇宙航空研究開発機構(JAXA)有人宇宙技術部門所属 宇宙飛行士/1970年長野県生まれ。防衛大学理工学専攻卒業後、防衛省 航空自衛隊入隊。2009年JAXAにより宇宙飛行士候補者に選抜され、15年7〜12月の約142日間、国際宇宙ステーションに滞在した。
伊藤穰一|Joi Itoマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ所長/1966年京都府生まれ。幼少期をミシガン州で過ごし、14歳で帰国。デジタルガレージをはじめ多数の会社を起業するとともに、Twitter、Flickr、Kickstarter などのネットベンチャーを支援する。2011年9月より現職。最新刊に『9プリンシプルズ:加速する未来で勝ち残るために』。
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