ARCH PARTNERS TALK #17

官民共創のプラットフォーム「逆プロポ」により、社会解決型の新規事業を開拓する── ソーシャル・エックス 伊藤大貴 × WiL 小松原威

大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとして虎ノ門ヒルズにて始動したインキュベーションセンター「ARCH(アーチ)」。企画運営は虎ノ門ヒルズエリアにおいてグローバルビジネスセンターの形成を目指す森ビルが行い、米国シリコンバレーを本拠地とするWiLがベンチャーキャピタルの知見をもって参画している。WiLの小松原威氏が、ソーシャル・エックスの伊藤大貴氏を迎え、同社の取り組みに迫った。

TEXT BY Kazuko Takahashi
PHOTO BY Koutarou Washizaki

従来の公募プロポーザルの流れを逆転させる

小松原 ソーシャル・エックスは、「官民共創に、最高の体験を。」という理念を掲げ、企業と行政によるオープンイノベーションを推進しています。

伊藤大貴|Hirotaka Ito ソーシャル・エックス代表取締役。2002年日経BPに入社。2007年から横浜市議会議員3期10年。議員在職時は公民連携の関連政策に積極的に取り組み、2017年に横浜市長選に立候補。その後「逆プロポ」事業を立ち上げ、2022年ソーシャル・エックス創業。著書に『ソーシャルX』『スマートシティ2025』『日本の未来2021-2030』(いずれも日経BP)など。文部科学省「DX人材養成プログラム開発・実証事業」有識者メンバー、フェリス女学院大学非常勤講師、ARCHメンター。

伊藤 はい。国や自治体が社会事業を実施したい時に、従来は公示により企業の参加を募集し、技術提案書や企画提案書に基づいて契約業者を選ぶ「公募プロポーザル」や、最低価格を示した企業を選ぶ「入札」が主流でした。ソーシャル・エックスはこの仕組みを逆転させたプラットフォーム「逆プロポ」を企画し、社会課題解決型の新規事業開発を支援しています。

小松原 「逆プロポ」。わかりやすいネーミングですよね。

伊藤 ありがとうございます。「逆プロポ」とは、企業が関心のある社会課題を提示し、それに対して自治体が課題解決のための企画やアイデアを提案する共創サービスです。従来の公募プロポーザルの流れを逆転させることで、熱意のある企業と自治体が目線の高さを合わせながら良質なプロジェクトを組成できます。企業はイノベーションに積極的な自治体を、自治体は共創マインドを持った企業を見つけやすい仕組みです。

小松原 まさに逆転の発想から生まれた課題解決の仕組みです。伊藤さんは横浜市議会議員を3期10年務めた経験をお持ちで、その前は日経BP社に勤めておられました。そして大学は早稲田の理工学研究科を修了されています。どういった経緯で「逆プロポ」の発想に行き着いたのか。とても興味があります。そもそも大胆にキャリアチェンジをしていますよね。

伊藤 そうですね。同級生たちを見渡すと最初に入社した会社に勤め続けている人が多いので、世代のわりに冒険をしていると思います。

小松原 他の人と何が違ったのでしょう(笑)

伊藤 大学の頃から「これからの時代は1社に骨を埋める時代じゃない」という考えを持っていて、あるとき母親にそう言ったら腰を抜かすほど驚いていました(笑)

小松原 ご家庭はいわゆる普通の……?

伊藤 普通のサラリーマン家庭です。ですから日経BPへの就職を希望した時も親は驚いていました。

小松原 確かに早稲田の工学系から日経BPに就職というのは意外な気がします。

伊藤 研究分野が通信だったので、就職氷河期においても企業からの引き合いは多く、同級生たちは当たり前のように大手メーカーに就職する道を選んでいました。ただ、私が在学していたのは山一証券や都市銀行の破綻があった時期でしたから、個人的に「大手に永久就職」は信じにくいと感じていました。技術系ジャーナリズムの分野なら大学で学んできたことを活かせますし、興味のあるフィールドでもあったので、日経BPに入りました。

小松原 なるほど。日経BPでは希望通りの仕事に?

伊藤 はい。『日経エレクトロニクス』の記者になりました。同誌の主な読者層はメーカーの役職付きの方々で、取材対象の多くもメーカーの役員クラスでした。入社したての私が日経の傘の下でメーカーをけん引する方々の頭の中を覗ける仕事だったので、とてもおもしろかったです。

小松原 メーカーに勤めていたら平社員の年齢です。それを考えると早くから貴重な経験をしていますね。プレッシャーの大きい仕事ではありますが。

伊藤 取材で重要なことを聞いてこないと厳しく指摘される編集部でした。そのおかげでいろいろと鍛えられました。

白内障をきっかけに政治の道へ

小松原 記者の仕事は何年くらい?

伊藤 5年で退社しました。私は子供の頃からアトピー性皮膚炎で、何度も目を掻くせいで白内障を患ってしまったのです。あまりにも仕事が忙しく、なかなか病院に行けなかったことも状況を悪くしました。結局手術をすることになったのですが、医師から失明のリスクもあると言われ、さすがに人生を考えました。

小松原 考えた結果が、政治の道であったと。でもそれまでは政治に縁もゆかりもなかったんですよね。

伊藤 学生時代から興味はありました。自然科学を学ぶ中で、自分の目で確かめずに物事を判断するのはよくないと考えるようになり、ある日、初めて靖国神社を訪れたんです。賛否両論ある場所を実際に見てみようと。そして境内にある「遊就館」の展示品の中に、特攻隊員が書いた手紙を見つけた時に、感動でも悲しさでもない、得体の知れない涙が出てきたんですね。そのような経験は生まれて初めてでした。戦争がよかった悪かったと判断することは私にはできません。けれども、日本の将来を支えるはずの若者たちが、個人の意志では抗えない時代の流れによって、夢も希望も命をも失ってしまった。この厳然たる事実に衝撃を受け、国際社会における政治判断やルールメイキングについて考えさせられました。

小松原 その時の思いが、白内障の手術をきっかけによみがえってきたと。

伊藤 はい。自分の人生に後悔したくないという思いも相まってふつふつと。ただ、いきなり政治家を目指したわけではなくて、政治部の記者になれたらと思っていました。その就職活動中に、たまたま江田憲司衆議院議員のホームページに「横浜市議会選挙の候補者を募集」とあるのを見つけ、連絡を取りました。これをきっかけに横浜市議選に立候補することになりました。

小松原 選挙活動を経験されたと思いますが、いかがでしたか?

伊藤 新興住宅地の家々を戸別訪問するなど、泥臭い活動を4カ月にわたって行いました。固定票を持った候補者が多い厳しい選挙区だったので、投票当日の朝、妻に「やるだけのことはやった。明日から就職活動を頑張る」と言った覚えがあります(笑)

小松原 落選を覚悟していたんですね。でも無事に当選されて、横浜市議会議員としての道を歩まれます。

伊藤 横浜市はイノベーション推進のリーディング・ガバメントで、ソーシャル・エックスが提唱するような官民共創を当時からうたっていました。ですから携わる政策の一つひとつにやりがいがありました。

小松原 横浜市は企業誘致などにも積極的な自治体ですよね。そういう意味では伊藤さんの考え方と親和性が高いでしょうし、実際に市議として存分に活躍されたと思います。そうした中で何か気づいたことはありますか?

伊藤 ゆくゆくは国会議員になって国政を担いたいと思った時期もありましたが、様々な市政に携わる中で、自分は現場で働きたいタイプの人間だと気づきました。それともう一つ。私のスタンスは、世の中のトレンドをつかんで仮説を立て、その仮説を取材対象にぶつけて検証し、確信が持てたら記事にする。あるいは議会に提案する。そのスタンスは記者時代も議員時代も同じでした。しかし議員バッジをつけた途端、相手がどこか構えてしまい、記者時代のようなフランクな会話にならないんですね。そこで漠然とイメージし始めたのが、議員の知見を民間企業のプロジェクトに提供する仕組みです。

小松原 議員の知見を民間企業に?

伊藤 はい。例えば私の場合、通信政策を得意分野としていました。その知見を議員としてではなく、プロダクション所属のコンサルタントとして企業に提供する。この仕組みがあれば、企業はプロジェクトを効率的に進めやすくなりますし、議員はビジネス経験を積むことができます。議員と二足のわらじのコンサル経験は、キャリアの断絶があってもビジネスセクターに戻るパスポートになります。私自身20代で当選したので、若くていい候補者が現れたら席を譲って転身しなければという思いがありました。他にもビジネスセクター出身でセカンドキャリアを模索している議員は多いと感じていたので、議員生活の後半はそんな構想を描いていました。

小松原 なるほど。ちなみに市議会議員を辞めたきっかけは?

伊藤 横浜市長選挙への立候補がきっかけでした。結局落選して、完全にフリーの立場になりました。それを知った日経BPの元上司が「再登用制度を利用して戻ってくればいい」と声をかけてくれたり、学生時代の友人がうちの仕事をしてみないかと誘ってくれたりしたのですが、とりあえず半年間は自分の力で頑張ってみようと起業し、コンサルティングの仕事を始めました。

小松原 議員辞職後とはいえ、抱いていた構想を自ら実践する形になりましたね。

伊藤 そうかもしれません。私の主な課題意識は、テクノロジーの進化に現行の法律や施政が追いついていないことで、その解決に向けて貢献できることをペーパーにまとめて伝手を当たりました。最初のうちはほとんどの会社が「元国会議員でも元官僚でもない、一地方議員だったんでしょ」という感じで、真剣に取り合ってくれませんでしたが、挫けずに片っ端からドアを叩いたところ、ある外資系のファームがパブリックアフェアーズに関する案件を短期契約してくださり、やがて長期契約へとつながっていきました。

「逆プロポ」はコロンブスの卵だと確信

小松原 最初に起業した会社はソーシャル・エックスとは別会社ですよね。

伊藤 そうです。ミリオン・ドッツという会社で、今も「企業、行政・自治体、社会起業家をつなぎ、イノベーションをつくる会社」を標榜して活動を続けています。さらにパブリックドッツ・アンド・カンパニーという会社を立ち上げました。この会社では官民共創事業のコンサルティングに加え、官と民をつなぐ「パブリック人材」の育成などを検討していました。

小松原 パブリック人材には現職議員や議員経験者が含まれるわけですね。

伊藤 そうです。そしてこの2社の活動を進める中で、東京海上火災保険出身の伊佐治幸泰に出会いました。ソーシャル・エックスの共同代表です。

小松原 どういった経緯で出会ったのですか?

伊藤 私は2018年の最初の起業以来、「行政にこそカスタマー・エクスペリエンスが必要」という主旨の記事をウェブで発信していました。それを読んだ伊佐治から「会いたい」と連絡がきたんです。初めて会ったのは2020年7月でしたが、時間を忘れるほど話が弾みました。この時、伊佐治がポソッと「企業はお金を出しても社会課題を知りたいんです」と言ったんですね。私はこのひと言に大きな衝撃を受けました。議員をしていた時に企業から受けるアプローチは、「自治体の補助金を自社の事業に使えますか」というものばかりでしたから、果たして企業の方から「お金を出しても」というケースがあるのだろうかと。同時に、その仮説が正しければ、めちゃめちゃイノベーションが起こると直感しました。というのも、多くの自治体は社会課題解決のためのアイデアを持っています。けれどもテクノロジーや社会の仕組みが複雑過ぎてどう取り組んでいいかわらないから予算を組んで企業に委託しているわけです。しかし近年はその財源に窮している自治体が増えています。ならばアイデアを出す側と選ぶ側を逆転させたらどうか。そのような発想から生まれたのが逆プロポです。

小松原 ソーシャル・エックスのような会社は他にないですよね。

伊藤 「逆プロポ」を事業にするにあたって法律上の問題はないか総務省に確認したところ、「お金を出しても社会課題を知りたいなどと思う企業があるとは思えない。ただ、法律上の問題はありません」と言われました。それを聞いて私はいよいよ「コロンブスの卵だ」と確信しました。自治体のことを知り尽くしている総務省がそう言うのだから、パイオニアになれると。

小松原 実際に活動が実を結び始めています。事例をご紹介いただけますか?

伊藤 最初に実を結んだのは、2020年にイーデザイン損害保険と2つの自治体のアイデアをつなげたプロジェクトです。同社が「無事故でいる時には保険の価値を感じづらい」というユーザーの声をふまえ、CSRの一環として交通環境づくりの支援を開始。「安全な交通環境・社会の実現」をテーマに自治体から企画を募集し、兵庫県神戸市と滋賀県日野町のアイデアを選定してそれぞれに寄付金を贈りました。翌2021年は静岡県磐田市と大阪府枚方市のアイデアを選んで寄付金を贈りました。そして2022年度からは、20万人の加入者を有する同社の保険商品「共創する自動車保険 &e(アンディー)」の契約者の投票によって寄付先を選定し、&eの事故率に応じて寄付金額を決定することになりました。

小松原 自治体からは具体的にどのようなアイデアが寄せられたのですか?

伊藤 例えば神戸市は、地域課題の解決に向けた取り組みと人材育成を一気通貫で行う実証実験を提案し、採用されました。同市は夜景で有名な摩耶山掬星台の交通混雑を課題としています。そこで地域のIT企業や教育機関と連携してAIカメラなどのテクノロジーを活用しながら混雑状況の可視化・情報発信を行い、それによる市民の行動変容をシミュレーション。並行して地元高校生を対象にアクティブ・ラーニングによるデジタル技術の習得を促すというアイデアです。

小松原 採用された自治体は、イーデザイン損保から寄付金を得ることでアイデアを実現できるわけですね。

伊藤 そうです。イーデザイン損保にとってはCSRであると同時に、長期的には営利に結びつく活動です。交通事故が減るほど保険金の支払額が減るわけですから。

小松原 なるほど。

伊藤 また、同社は契約者に向けて住民参加型の交通安全アプリを提供しているのですが、多くの自治体からこのアプリを使わせてほしいというアプローチがあるそうです。「逆プロポ」の思いがけない反響に同社の担当者が驚かれていました。

小松原 一過性のプロジェクトではなく、いろいろな意味で波及効果があるのですね。

伊藤 そう思います。他には、民間のテクノロジーと地域医療をつないだ事例があります。介護施設の看護師に代わって夜間オンコールの代行を行うドクターメイト社が、地方自治体・病院・介護施設による「適切な夜間救急搬送モデル」に関わる企画について、福祉×医療サービスの本来あるべき姿や、現状の課題や理想とのギャップ、得たい成果などについてアイデアを募集。採用した自治体に同社のサービスを無償で供与し、実証実験を経て正式導入後も原則無償で提供するというプロジェクトです。この企画では北九州市のアイデアが選定されました。同市が抱えている課題や、実証実験に参加する高齢者施設の声を、地元の消防局や医師会と連携しながらドクターメイトにフィードバックし、適切な夜間救急搬送モデルを官民共創で確立するというアイデアです。

小松原 自治体は無償で技術を提供してもらえる。民間企業は自治体からのフィードバックを通じて新規事業開発のヒントをつかむことができる。どちらにとってもメリットのある取り組みです。

伊藤 その通りです。今後もこうした事例を積み重ねていきたいと思います。

官民共創インキュベーション拠点「逆プロポ・ラボ@ARCH」が始動

小松原 新しい活動についても教えてもらえますか?

伊藤 現在、社会課題に関する取り組みのマーケットシェアや、自治体の“本気度”などを可視化するデータベースを開発中で、来春にローンチ予定です。データーベースの活用が広がれば、企業と自治体をつなげる人材が桁違いに必要になってくるので、人材育成にも力を入れていきたいと思っています。

小松原 ソーシャル・エックスは、昨年10月、森ビルと共同運営する官民共創インキュベーション拠点「逆プロポ・ラボ@ARCH」をARCH内に開設しました。

伊藤 ARCHに入居されている大企業約110社と全国の自治体をつなぎ、大企業の課題解決力と自治体が抱える社会課題とを掛け合わせることで、新規事業創出と社会課題解決に向けたアイデアや企画の共創を推進しています。

小松原 ARCHでの活動はいかがですか?

伊藤 まだ道半ばですが、「自治体とどうつながっていいかわからない」という大企業の皆様に、全国の自治体とフラットにディスカッションできる場を提供できているかなと思います。

小松原 大企業が社会課題や地方創生に取り組む上で、ソーシャル・エックスは心強い相談先になっていると思います。何よりも伊藤さんがとてもオープンマインドでフラットに話しやすいキャラクターであることが大きいですよね。お話を伺ってきてそう思いました。

伊藤 ありがとうございます。共創の橋渡し役として、今後もチャレンジを続けていきたいですね。

 

profile

小松原威|Takeshi Komatsubara
2005年に慶應義塾大学法学部卒業後、日立製作所、海外放浪を経て2008年SAPジャパンに入社。営業として主に製造業を担当。2015年よりシリコンバレーにあるSAP Labsに日本人として初めて赴任。デザイン思考を使った日本企業の組織/風土改革・イノベーション創出を支援。2018年にWiLに参画しLP Relation担当パートナーとして、大企業の変革・イノベーション創出支援、また海外投資先の日本進出支援を行う。

ARCHは、世界で初めて、大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンターです。豊富なリソースやネットワークを持つ大企業ならではの可能性と課題にフォーカスし、ハードとソフトの両面から、事業創出をサポート。国際新都心・グローバルビジネスセンターとして開発が進む虎ノ門ヒルズから、様々な産業分野の多様なプレーヤーが交差する架け橋として、日本ならではのイノベーション創出モデルを提案します。場所 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー4階