ARCH PARTNERS TALK #15

スタートアップと思いを共有しながら、技術シーズの成長を促し、シナジーを生む──J-POWER(電源開発)井手一久 × WiL 小松原威

大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとして虎ノ門ヒルズにて始動したインキュベーションセンター「ARCH(アーチ)」。企画運営は虎ノ門ヒルズエリアにおいてグローバルビジネスセンターの形成を目指す森ビルが行い、米国シリコンバレーを本拠地とするWiLがベンチャーキャピタルの知見をもって参画している。WiLの小松原威氏が、J-POWERの井手一久氏を迎え、同社の取り組みに迫った。

TEXT BY Kazuko Takahashi
PHOTO BY Koutarou Washizaki

2018年、イノベーションチームが発足

小松原 J-POWERのここ数年の活動にはずっと注目してきました。スタートアップへの投資を活発に行っているからです。投資先は、既存のエネルギー事業と親和性の高い分野から、全く関係のなさそうな分野まで、実に多岐にわたります。その背景についてぜひ伺っていきたいと思っています。まずその前に、御社の事業の概要について簡単にご紹介いただけますか?

井手一久|Kazuhisa Ide J-POWER(電源開発)経営企画部経営企画室(イノベーション)課長代理 2009年東京大学工学部システム創成学科卒。同年J-POWER入社。水力発電所の運営、風力発電所の開発・運営に従事。風力事業においては事業開発から機器調達まで幅広く担当。2018年10月より経営企画部にて中期経営計画の策定などに従事しつつ、新規事業組織を立ち上げ、新たな事業領域の探索に取り組む。

井手 J-POWERは、戦後の日本の電力不足に対応するために、1952年に国の政策によって設立されました。以後、全国各地の水力発電所や火力発電所で作った電気を、送変電設備を使って全国の電力会社などへ販売してきました。2004年には完全民営化し、風力発電や地熱発電といった再生可能エネルギーの開発や、海外での発電事業など、事業のフィールドを拡大しています。

小松原 取引先は各地の電力会社でBtoBビジネスですが、一般生活者の暮らしに直結する事業と言えますね。井手さんは新卒入社ですか?

井手 そうです。2009年に入社し、今年で入社13年目になります。

小松原 新規事業に携わる以前はどのような仕事に?

井手 当社は入社後2〜3年は現場を経験することになっていて、私の場合は川越の変電所に配属されました。東北の水力発電所から送られてきた高電圧の電気を工場や住宅などで使える電圧に変圧する場所です。ここで従業員の労務管理などを行っていました。その後、環境エネルギー事業部(当時)に異動し、風力発電事業に携わりました。

小松原 東日本大震災の後、風力発電など再生可能エネルギーへの注目が一気に高まりました。

井手 はい。まさにそうした機運の中で風力事業に携わりました。設備の運転や保守に関する業務、キャッシュフローなどを見る業務、新規に発電所を開発する業務など幅広く携わり、風車を始めとする機器の調達や購入にもあたりました。

小松原 風力発電にはどのくらい?

井手 約6年在籍し、その後経営企画部に異動しました。

小松原 経営企画部ではどのような仕事を?

井手 中期経営計画の策定や、事業計画の収支予測、経営環境の変化によって生じてきた課題への取り組みなどです。

小松原 新規事業創出の取り組みに関係する内容ですね。ちなみに経営環境の変化によって生じてきた課題というのは。

井手 カーボンニュートラルの観点から再生可能エネルギーへの期待はますます高まっていますが、その一方でむやみに増やすことができない現実があります。再生可能エネルギー発電における設備利用率(100%運転を続けた場合に得られる電力量)は、石炭火力発電がほぼ100%であるのに対し、風力発電は20〜30%、太陽光発電は10〜20%です。

小松原 火力に比べると、風力や太陽光のパーセンテージはかなり低いですね。

井手 そうなんです。また、風力発電は発電機の回転音などが生じ、太陽光発電は広大な土地を必要としますから、地域の理解を得られないと建設できません。つまり、採算面でも開発面でも課題が多く、そのためにやすやすと増やせない現状があるのです。海外事業でも状況は同じです。仮に建設条件がそろい、その国ですでに当社の事業実績があったとしても、新たな受注に結びつくとは限りません。発電事業やコンサルティング事業を提供してきた国々の経済や技術の発展が進み、自前で建設できるようになっているからです。

小松原 なるほど。従来のビジネスがいろいろな意味で岐路に立っているのですね。

井手 はい。そうした課題意識から、2018年10月に新規事業創出のための組織が発足しました。最初のチームメンバーは3人。初めは全員がかけもちで、イノベーション総括マネージャーの遠藤二郎が2年後に専任で携わり、私は経営企画室の仕事とかけ持ちでメンバーの一員となりました。チーム発足の翌11月には役員会にかけずに投資できる投資枠をイノベーションチームで確保し、2019年からスタートアップへの投資を開始しました。その後、チームメンバーが少しずつ増えて、現在は6人で業務にあたっています。

3年余りで10社以上のスタートアップ・VCに投資

小松原 投資先を具体的に教えていただけますか?

井手 直接投資としては、2019年2月に独自のバイオリファイナリ技術を持つGreen Earth Institute社へ出資。3月に太陽光発電を活用したオフグリッド電力を供給するVPPJAPAN社へ出資。5月に分散型水道システムの実現を目指すWOTA社へ出資。8月に宇宙用汎用型作業ロボットを開発するGITAI社へ出資。10月にワイヤレス給電技術を提供するベルデザイン社へ出資。2020年1月にデジタル治療ソフトウエアなどを開発するSave Medical社へ出資。2月に高い信頼性を有する独自のデータ管理技術を活用してDXの加速を支援するScalar社へ出資。4月にデジタルテクノロジーによって建築産業の変革を目指すVUILD社へ出資。2022年7月に蓄電池を活用したエネルギー・ソリューションを提供するPowerX社へ出資。この他、VC(ベンチャーキャピタル)を介した間接投資を行っています。

小松原 3年余りでそれだけの数の投資を行ってきたというのは、驚くべきスピード感です。組織発足の翌月に役員会にかけない投資枠を確保したというお話でしたが、その議論だけで数年をかけている企業が少なくありません。御社のような大企業がなぜそれほど迅速に実現できたのでしょう。

井手 もともと投資する仕組みを持っている会社だからだと思います。発電所の開発では巨額の設備投資を行いますから。

小松原 なるほど、土壌があるんですね。それにしても、やはり目を見張るスピード感です。投資枠を確保しても、出資先に悩んで足踏みしてしまう企業は非常に多い。スタートアップの目利きはどのように? 

井手 国内外の大企業とスタートアップを結ぶPLUG and PLAY JAPAN社が提供するアクセラレーションプログラムに参加し、スタートアップとの接点を持ちました。ただ、ピッチイベントなどの短時間ではわかり得ないこともたくさんあります。そうした中で一つの強みになっているのが、総括マネージャーの遠藤が持つネットワークです。スタートアップに詳しい人脈をたくさん持っていて、「業界に通じた信頼できる人がいいと言っている会社なので、事業内容を詳しく見てみよう。直接話を聞いてみよう」となることが多いんです。

小松原 シリコンバレーはまさしくそういう世界です。つまり、何よりも人脈が物を言い、我々VCも他のVCと情報を与え合うなどしてネットワークを築いています。大企業自らそれができるというのはすばらしいことですね。

テーマは「脱炭素」「デジタル化」「分散化」

小松原 スタートアップと連携して進めているプロジェクトがあれば、いくつかご紹介いただけますか?

井手 J-POWERでは、地下水や工業用水を浄化処理し、第二の水として、飲料水や雑用水を供給するサービスの提供を始めています。病院、大学、駅、空港、工場、ホテルなど、お客様の敷地内に高度浄水プラントを設置することで実現できるサービスで、新規事業拡大の足がかりになり得る事業と考えています。そこで、2019年に親和性の高い技術を持つWOTA社に出資。WOTA社は、ポータブル水再生プラント「WOTA BOX」や、水循環型手洗いスタンド「WOSH」など、排水を再利用してシャワーや手洗いができる技術を開発し、水道のない場所や災害時における水利用を実現しています。同社と連携し、水質や排水をセンサーやAIにより監視・制御する水処理自律制御システムを浄水事業へ導入することを進めています。

小松原 WOTA社の技術は今では世界的に注目されています。同社に早くから投資していたことに目利きの確かさを感じます。

井手 ありがとうございます。投資においては「脱炭素」「デジタル化」「分散化」という3つのテーマを軸にしています。分散化というのは、例えば既存のエネルギー事業に関して言うと、従来の大規模集中型発電だけでなく、地域ごとにエネルギーを作り、地域内で使う地産地消型発電の事業開発に興味をもっています。当社は全国各地で発電所を運営していますから、地域産業の活性化や、高齢化や過疎化が進む地域の課題解決などにも取り組んでいきたいと考えています。WOTAの小規模分散型水循環システムも地域で展開できる技術の一つと言えます。

小松原 井手さんが個人的に可能性を感じている分野はありますか?

井手 地域との共生により深くコミットしていく必要性を感じています。そういう意味で可能性を感じているのは、VUILD社との協業です。VUILD社は、CADデータをオンラインから入稿するだけで、建築内装、家具、アート作品などの木製パーツを調達できるサービスや、デジタル工作機器を用いたものづくり技術を有しています。同社の秋吉浩気CEOは、テクノロジーを駆使することで地域の小規模林業が成り立つ仕組みを構築したいという大志を持って活動されています。J-POWERは発電所の設計・建築部門を社内に持っており、VUILD社との協業を通じて社内技術のアップデートを図るほか、発電所周辺の林業、ひいては地域の活性化に貢献できないかと考えています。

人がやらないことに挑戦し、やり切る

小松原 投資するだけなら簡単で、事業の成長に向けて何ができるかですよね。

井手 おっしゃる通りです。当社の投資対象は、研究開発型のスタートアップが中心です。それは技術シーズを見つけていきたいからで、必然的にシード(事業アイデアはあるが起業前)や、アーリー(起業したがマネタイズはこれから)への投資が多くなっています。ですから成果が出るまでには時間がかかります。イノベーションチームとしては、事業の成長に向けてスタートアップと熱い想いを共有し、共同でPoC(新たなアイデアやコンセプトの実現可能性や効果などについて検証すること)を実施したり、一緒に地域に赴いて地元の課題を聞いたりと、信頼関係を築きながらシナジーを生んでいきたいと思っています。

小松原 さらに今年4月、ARCHに参画されました。

井手 既存事業を時代に合わせて進化させ、新規事業創出のスピードを速めるためには、スタートアップとの連携に加え、大企業との連携がキーになると考えています。ARCHには様々な業種の新規事業担当者が集まっているので、課題解決の道筋や、新規事業の組織のあり方など、各社の取り組みに学ぶことが多いです。私は週1のペースでARCHに足を運んでいます。

小松原 他企業との協業などで話が進んでいることはありますか?

井手 現時点ではありませんが、YKK APさんが手がけるトレーラーハウスプロジェクトでの協業を検討しています。当社知見の提供や出資先との連携など、いろいろと可能性を探っています。

小松原 これまでお話を伺ってきて、井手さんのご発言は一貫してポジティブです。すぐに成果が現れない新規事業は経営陣や社内の反発がつきもので、井手さんもそうしたご苦労があったと思うのですが、すごく楽しそうですよね。

井手 課題を見つけて解決することがもともと好きなのです。苦労があっても「あとで笑い話になるさ」と考えるほうですね(笑)。それに、誰もが「これなら大丈夫、安心」ということをやっても意味がないと思うんです。人がやらないこと、反対するようなことに挑戦して、挑戦したからには責任を持ってやり切る。そういう人が増えないと、会社の成長につながっていかないと思います。

小松原 「自分がやり切るんだ」と、当事者意識を持って取り組んでおられますよね。

井手 新規事業が属人的になると良くないという説もありますが、私自身はかかわったプロジェクトを途中で手放すことなく、最後までやり切りたいと思っています。上司にもそう伝えています。

小松原 人がやらないこと、反対するようなことに挑戦し、やり切る。まるでスタートアップの考え方です。そういう方がJ-POWERのような大企業で奮闘されていることに勇気づけられる新規事業担当者は多いはずです。御社のスタートアップ投資が、その姿勢も含めてフィーチャーされていくといいなと思います。興味深いお話の数々をありがとうございました。

井手 ありがとうございました。

 

profile

小松原威|Takeshi Komatsubara
2005年に慶應義塾大学法学部卒業後、日立製作所、海外放浪を経て2008年SAPジャパンに入社。営業として主に製造業を担当。2015年よりシリコンバレーにあるSAP Labsに日本人として初めて赴任。デザイン思考を使った日本企業の組織/風土改革・イノベーション創出を支援。2018年にWiLに参画しLP Relation担当パートナーとして、大企業の変革・イノベーション創出支援、また海外投資先の日本進出支援を行う。

ARCHは、世界で初めて、大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンターです。豊富なリソースやネットワークを持つ大企業ならではの可能性と課題にフォーカスし、ハードとソフトの両面から、事業創出をサポート。国際新都心・グローバルビジネスセンターとして開発が進む虎ノ門ヒルズから、様々な産業分野の多様なプレーヤーが交差する架け橋として、日本ならではのイノベーション創出モデルを提案します。場所 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー4階