さまざまな形で環境問題への取り組みが進むパリで、建物の屋上に巨大な農園が出現している。時代を逆行するようなノスタルジックなものではなく、テクノロジーを味方につけた、未来を見据える都市型農園の挑戦をリポートする。
PHOTO & TEXT BY HARUE SUZUKI
EDIT BY MARI MATSUBARA
東京オリンピックの閉会式に流れた引き継ぎ映像では、パリの屋根が舞台だった。パレ・ロワイヤル、グラン・パレの上を軽快に自転車がゆく風景は前代未聞と言ってもいいだろう。亜鉛の屋根にレンガの煙突。「風景」としてイメージされていたパリの屋根がいま、少しずつ変わりつつある。
パリ15区、ポルト・ド・ヴェルサイユといえば、巨大な見本市会場の代名詞。コロナ下の昨今、イベントの開催はとんとなりを潜めたままだが、例年ならば、年間およそ200の見本市が開かれ、750万人が集うという90年の歴史をもつ場所だ。
その7つある建物うちの一つ、第6パヴィリオンの屋上が今回紹介する都市農園「NATURE URBAINE(ナチュール・ユベンヌ)」の舞台になっている。広さは14,000平方メートル。サッカーフィールド2つ分のスペースを農園にするという壮大な計画は昨年2020年から現実のものになっている。総面積のうちおよそ3分の1のエリアが近未来的な農園になり、初の収穫が行われたそうだが、夏の盛りには1日500キロのトマトを収穫した日もあるというほど。昨年はパンデミックの渦中でロックダウンが繰り返されたパリだが、そんななかでも都市の自然は豊かな実りを提供してくれたのだ。
栽培方法が面白い。ここにあるのは私たちにとって馴染み深い「畑」ではなく、空中で作物を実らせる2つの方法だ。
一つ目は「エアロポニックス」とよばれる方法で、「ナチュール・ユベンヌ」では細長い提灯のような円筒形の装置が何本も並ぶという垂直の耕作方法をとっている。竹から吊るされた筒の表面にはいくつもの穴が開いていて、そこに作物の苗をはめこむ。筒の内側は空洞になっていて、そこに養液を含んだ水がシャワー状に噴霧され、作物は根っこから水と養分を取り込むというものだ。あまり背の高くならない作物、具体的にはイチゴやハーブなどがこの方法で育てられている。
もう一つは「ハイドロポニックス」というもの。「エアロポニックス」が垂直方向の装置だったのに対して、こちらは水平方向。白い側溝が並んでいて、そこに植えられたトマト、ナス、ラズベリーなどが細い綱を伝って上部へ成長する。側溝の中にはココ椰子の繊維が詰まっていて、それが根を固定するための基層の役目。水と養分は側溝の上を這う細いチューブによって送られる。
2つのシステムに共通しているのは、土を使わない水耕栽培ということ。さらに作物に必要な栄養分を含んだ水が完全に閉ざされたループの中で、コンピュータ制御によって循環するので無駄がない。「ナチュール・ユベンヌ」が必要とする水の量は、通常の農業のおよそ10%だという。
ここで育つ作物は今のところ20〜30種ほど。品種の選択にあたっては味わいを優先しているとプレジデントのPascal Hardy(パスカル・アルディ)さんは言う。
美味しい品種を選ぶのは当然だろうと、素人は短絡的に思ってしまうが、商業としての農業では必ずしもそうではない。輸送に耐える品種というのが大事なポイントになっているのだ。さらにいえば、熟しきっていない状態で収穫された作物が長距離を運ばれてきて、お店の売り場に並んでしばらくは傷まないような品種というものに私たちは慣らされてきた。
「近隣のレストランやスーパーに卸していますが、お客さんはとても満足していますよ」と、アルディさん。毎週金曜日の夕方にここで直接販売するというシステムも新しく始めたそうだ。
ちなみに、フランスでは「ビオ(有機栽培)」がすっかり定着していて、ビオの作物だけを扱うマルシェや店舗をはじめ、スーパーマーケットにも「ビオ」コーナーが設けられているのが普通になった。「ナチュール・ユベンヌ」では農薬などは一切使用していないのだが、土を使っていないという理由で「ビオ」の認証はとれない。販売価格は従来の栽培方法より少し高いが、「ビオ」よりは安い設定になっているそうだ。
屋上の一画は、市民向けの菜園にもなっている。
「Les Carrés Parisiens(レ・カレ・パリジャン)」という名前のついたゾーンには表面積およそ1平方メートルの木箱が135個あって、契約した近隣の人たちがそれぞれ家庭菜園として使っている。毎日9時から21時まで自由にアクセスできるシステムだ。「ナチュール・ユベンヌ」本体のシステムでは土を使っていないので、根菜類は栽培していないが、木箱の菜園は箱庭のような造りで、一見したところ多種多様な作物が育てられている様子。表面には木くずが撒かれていて、これで雑草がはびこるのを防いでいる。
隣接のカフェ・レストラン
「ナチュール・ユベンヌ」の隣には、とても気持ちのよいルーフトップカフェ・レストラン〈Le Perchoir Porte de Versailles(ル・ペルショワール・ポルト・ド・ヴェルサイユ)〉がある。視界に入ってくるのは頭上いっぱいに広がる空と緑豊かな菜園。ゆったりとしたテラス席、そして店内のしつらえともども、どこか素敵なリゾート地に来ているような気分にさせてくれる。
さらに嬉しいのは、菜園で採れた食材を味わえること。メニューのリストのなかにはいくつかNU(「ナチュール・ユベンヌ」の頭文字)という文字があり、それが目の前で採れた食材の目印。また、昨今パリで流行りのカクテルにも、菜園のハーブがさりげなくあしらわれていたりする。
責任ある生産と都市の回復力を目指す
もともとは持続可能な開発・環境問題のエンジニアとして活躍していたアルディさんだったが、2007年に思わぬ事故に見舞われる。パリ郊外ロワシーの公園にいた時に竜巻に襲われ、倒木の下敷きになった彼は両足の自由を失ってしまったのだ。
パリ周辺で竜巻というのは驚きだが、近年は乾燥しているはずの南フランス地方からしばしば洪水の被害が聞かれ、首都圏でも突風による倒木で死者が出るなど、気候変動を身近に感じる事象が珍しくない。アルディさんも気候変動による被害者のひとり、といえるかもしれない。
彼にとってはこれが人生の転機になり、それまでのコンサルタントとしてプロジェクトに関わるといういわば間接的な仕事の仕方から、自ら事業を立ち上げプロジェクトの中心として働くというスタンスに大きく舵をきった。
「レジリアンスな都市を築く必要があると思います」と、アルディさんは言う。衝撃に強い、あるいは回復能力のある都市と訳せるだろうか。
「今回のパンデミックで、危機に対して都市がいかに弱いかが露呈してしまいましたが、衛生・環境・社会的危機に弱い都市であり続けてはならないと思います。もっと緑化して、輸送を減少させる。食料の地産地消が可能になることが必要で、地球規模の移動に頼らなくても成り立つ経済でなくてはならないと思います」
「ナチュール・ユベンヌ」は、責任ある生産と都市の回復力を志向するひとつのアプローチであり、同時に都市の「ゾーニング」の概念に一石を投じるものでもある。従来のオフィス街、ショッピングエリア、住宅地という棲み分けは、奇しくもコロナ禍で急速に進んだテレワークなどでゆらぎつつあるが、さらに進んで、都会は広大な農地にもなりうるということを、この屋上の眺めが示している。
アルディさんは、フランスだけでなく国外からも招聘されて都市農業の可能性を講演していて、その様子はネット上でも視聴することができるが、ある講演をマハトマ・ガンジーの言葉を引用しながらこう締めくくっている。
「『あなたがこの世界で見たいという変化に、あなた自身がなりなさい』。私はこれを都市農業という形で具体化しようとしていますが、それはまた自分が有用であるという思いを見出す道でもあるのです」
✔︎ NATURE URBAINE(ナチュール・ユベンヌ)
✔︎ Agripolis(アグリポリス)
✔︎ Le Perchoir Porte de Versailles(ル・ペルショワール・ポルト・ド・ヴェルサイユ)
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