FUTURE AGENDA

これからは国ではなく、都市が経済の基本単位となるだろう:『近未来予測2025』著者インタビュー

5年後、10年後の社会はどうなっているのか? そんな茫漠とした疑問に答えてくれる一冊の本がある。『〔データブック〕近未来予測2025』だ。類似のプロジェクトをまとめた本は数あれど、著者であり、未来予測プログラム「フューチャー・アジェンダ」の創設者でもあるティム・ジョーンズとキャロライン・デューイングのアプローチは「ひと味違う」。多忙なスケジュールの合間を縫って取材に応じてくれた彼らに、この本の成り立ちを訊いた。

TEXT BY SHIN ASAW a.k.a. ASSAwSSIN
PHOTO BY YURI MANABE

——ようこそ、日本へ。預言者のお2人に会えて光栄です。

キャロライン・デューイング(以下CD) (笑)私たちは預言しているわけではないの。

ティム・ジョーンズ(以下TJ) 確実にこうなる、という答えを知っているわけではありません。

——でも、タイトルには「近未来予測」とありますね?

CD 未来は予測できません。けれど、新たに生まれる機会、あるいは危機を見極めようとしている人たちは世界中に何人もいます。そうした予測が真実に近づくのは、一体どんな時か? 我々は、人々が専門分野を超え、あるいは大陸を超えて、知識を共有する瞬間ではないかと考えています。

TJ その仮定に基づき、何千人、何万人もの人類が協力し、未来予測に取り組む場を提供することを考案しました。それが「フューチャー・アジェンダ」、グローバルなオープン型の未来予測プログラムです。

——ネットをうまく活用するわけですね?

CD ネットで意見を募る一方で、企業や団体の協力を得ながら世界各地でワークショップを開き、フェイス・トゥ・フェイスで議論を闘わせます。

TJ 具体的には、世界39都市で120回にわたり産・官・学の専門家を集めて開催したワークショップから、貴重な意見を抜粋し、編纂したものがこの『〔データブック〕近未来予測2025』なんです。

145カ国、5万人を超える英知が結集

——ワークショップの様子を教えてください。

CD 未来に対して問題意識を持つ人たちを集め、グループ毎にテーブルに分かれてもらいます。なるべく反対意見を持つ者同士を近づけて、知り合い同士はかたわらに座らせない。

TJ 誰と誰を組み合わせるか。僕らはコレオグラファー(振り付け師)のようなものですね。

——もめごとになりませんか?

CD むしろコントラバーシャルな人選をするの。本音でぶつかることにしか価値はないから。

TJ 加えて、本音を引き出すには“チャタムハウス・ルール”も大事になってきます。

匿名性を保証する「チャタムハウス・ルール」の存在が、識者たちの本音を引き出す一翼を担っているとキャロライン・デューイング(右)は語る。

——チャタムハウス・ルール?

CD 匿名性を保証することです。ワークショップでの発言は一般に公開されるけれど、どの発言が誰によるものか、名前や肩書きは秘密にするルールのことを指します。

TJ そこはとても慎重にやっているんです。所属する組織や役割に縛られず、常に本音で、自由に発言してほしいから。

——確かに本書にはストレートな意見がたくさん掲載されていて、ドキリとさせられます。それに、論点をはっきりさせるグラフや表がたくさん載っていて、データの部分だけでも十分に価値のある本だと感じられます。

CD 誰が何を発言したか、一切を匿名扱いにしなければいけないので、ワークショップで引き合いに出されたデータについても、後日、私たちの手で改めて調査しています。

——その作業も大変そうですね……。

TJ 大変です。というより「データ」の扱い方そのものが、私たちの未来を左右するほどの重たいテーマだと言えます。

——たとえば、どういったデータが問題に思われますか?

TJ ずばりDNAですね。

お国柄が出る「DNA」の扱い方

TJ 進歩的な製薬や治療において、DNAが必要という意見には誰もが賛成します。でも、人々のDNAを誰が保管すべきか、そこは同意がえられにくい。保険会社でいいのか、医療技術の会社なのか、保管する場所は当事者の国か、国の外でもいいのか……。

——ネットを介した医療行為が加速すれば、データは簡単に国境を越えますね。

TJ 世界的に医療データのガバナンスが問題にされています。国によってルールや価値観がまったく異なる。DNAの当事者である個人が所有すべきかどうかも、はっきりしない。大学や企業に売り払って、収入を得ることもできますからね。しかしその場合、個人が将来、どんな病気になりやすいかが他人にわかってしまう。それが道徳的にどういう意味を持つのか。

——国毎に、どんな違いがありますか?

TJ アメリカでは経済的価値が優先されるので、企業が所有者になる傾向があります。EUではプライバシーが強く保護されるので、個人が所有者になるという流れ。この2つは正反対に思われます。オーストラリアは面白くて、保険会社をまったく信頼しないという国民性がある。なので、企業自身が一歩退いているムードが見受けられます。

——DNA以外には、どういった動きがありますか。

CD 自律走行車からも、膨大なデータが生じます。もしも事故が起きたら、誰がどう責任をとるべきか? 裁判に引きずり出されるのは、ドライバーではなく、自動車メーカーかもしれない。

——なるほど。事故当時のデータを誰が管理しているか、その点はとても重要になりますね。メーカーではなく、公的機関であるべきと感じます。

21世紀においては、国ではなく、むしろ都市が経済の基本単位として台頭するかもしれないと、ティム・ジョーンズ(左)は語る。

日本の未来にとって、中国は「脅威」なのか?

——中国について書かれたページが、私はとても気になりました。日本は第2次大戦後、劇的な経済成長を遂げ、世界2位の大国にまで成長した。しかし、その座は中国に奪われてしまった。現状、中国の名目GDPは日本の2.4倍です。

TJ 日本人に限らず、世界中が中国に注目しています。歴史的にみても、中国は幾度となく力を持ちました。

——勢いを失いつつある日本に、何かアドバイスをもらえませんか(笑)?

CD 教育を重視すべきだと考えます。AIがいかに世界を変えてしまうか、ワークショップではたくさん議論されているけれど、新しい技術の登場に反対したり既存の職業を守る立場に立たず、AIと共生するために有益な「ソフトスキル(コミュニケーション能力)」を高めるべきでしょうね。

——20世紀はアメリカが非常に力を持った世紀で、日本は敗戦後、親密な関係を築きました。ところが21世紀はアジアの世紀だと本書に書かれています。日本はもっと中国との距離を縮めるべきなんでしょうか?

TJ 中国と日本、といったように国家と国家の関係を重視する必要はなくなっていくかもしれませんよ。

——というと?

TJ 21世紀においては、国ではなく、むしろ都市が経済の基本単位として台頭するかもしれない。中国ではなく上海が、日本ではなく東京が、という具合にね。

——国を超えて、都市と都市が直接的に交流を深めるということもあり得るのでしょうか?

TJ 地球温暖化の対策がまさにそう。アメリカではトランプ大統領がパリ協定の離脱を発表した一方、カリフォルニア州は独自路線を歩み、都市として目標を達成すると宣言しました。ガソリン車を廃止するという構想についても、マドリードやパリ、メキシコシティーやオスロなどが、国より大胆で進歩的な計画を遂行しようとしています。

——そうした逆転現象は、なぜ起きているんでしょう?

TJ 政治家と政治プロセスに対する信頼が揺らいでいる、という現象が世界中に広がっているからだと思います。国政選挙への投票率は、フランス、英国、ドイツでも下がり続け、もはやアメリカ、ロシア並に低い水準です。民主主義が停滞していると言いかえてもいいでしょう。

その一方で、州や都市の統治に対する信頼は増しています。市による情報公開が進んで、市民はオープンデータにアクセスし、望むなら個人データを共有し、データを社会的な資源として活用する。そう考えると、もっとも大きな力を手に入れるのは、インターネットでつながった市民自身かもしれませんね。

——データこそ力である、と。

TJ だからこそ、私たちが誰を信頼し、どんな組織に自分のデータを預けるかは、極めて重大なテーマだと考えています。

——ちなみに、10年後に向けた課題ではなく、たとえば今週とか来週のレベルで、お2人にとって何が最大の課題なのか教えてください。

TJ 時差(笑)。フューチャー・アジェンダのワークショップは、短期間でやることにしているから、日本でやって、次の日にはシンガポールへ。そのまた次の日にドバイへ、といった具合なんです。

CD ホント、時差は辛いの。

——では、取材はこの辺で切り上げましょう。よく寝てください、ね。

TJ/CD アリガトウ(笑)

『〔データブック〕近未来予測2925』
高齢化、雇用格差、人工知能(AI)の普及、シェアリングエコノミー、「アジアの世紀」の始まり——。2025年までに地球規模で起きる重大な変化を完全網羅した必携の書。 ブレグジットなど最新の世界情勢と、日本特有の課題を論じる「日本語版増補」を特別収録(著:ティム・ジョーンズ、キャロライン・デューイング、訳:江口泰子2,376円/早川書房)

ティム・ジョーンズ|Dr Tim Jones
ケンブリッジ大学で工学を、ロイヤル・カレッジ・オヴ・アートおよびインペリアル・カレッジ・ロンドンで産業デザイン工学を学んだあとに、サルフォード大学で博士号を取得。イノベーション関連、新事業創出・機会発見のコンサルティング、予測プロジェクトなどに従事したあと、2010 年に「フューチャー・アジェンダ」を創設。世界各国で産官学の関係者をクライアントに、数多くのワーショップを開催している。

キャロライン・デューイング|Caroline Dewing
「フューチャー・アジェンダ」共同創設者。アジアや欧州において多国籍企業で働いた経験があり、企業行動や持続可能性を専門分野とする。世界各国の企業や組織がより優れた包括的視野を持ち、グローバルな課題に対応できるよう活動し続けている。イノベーション関連の共著書は4冊に及ぶ。