CYBER PHYSICAL SYSTEM

日本とドイツが生き残る道「サイバー・フィジカル」の波に乗れ!

膨大な在庫、バーゲンセール、ゴミの山……大量消費社会と決別し、人類は「受注生産」だけで生きるべきではないのか? そんな理想を実現し得るCPS(サイバー・フィジカル・システム)の旗振り役は、イノベーション好きのアメリカではなくEUの盟主国ドイツ。CPSに賭ける彼らの真意はどこにあるのか、そして出遅れ気味の飽食ニッポンは、その背中に何を学ぶべきだろうか?

TEXT & PHOTO by SHIN ASAW a.k.a. ASSAwSSIN

ドイツと日本は似ている、という感想を口にする人は多い。共に敗戦国でありながら、工業国として飛躍的な経済成長を遂げたこと。勤勉で真面目。著名な物理学者を多く輩出していること(いずれもプラス要素だ)。

ところが、ドイツが製造業の躍進を促す「インダストリー4.0(第四次産業革命)」を国策に掲げたのは2011年。日本の経済産業省が、よく似たスローガンである「コネクテッド・インダストリーズ」を掲げたのは2017年。その差はなんと6年! 我々は次世代のものづくりにおいて、驚くほど後塵を拝している。

それぞれの概念に違いはあるのだろうか。理解を促すために、ドイツと日本に共通する3つの「マイナス要素」をみていこう。

「サイバー・フィジカル」は究極の製造業

ひとつ目は少子高齢化。当然、製造業の現場における人手不足は深刻だ。

ドイツは「工場のスマート化」で苦境を乗り切ろうと考えている。ネットワークで繋がったロボット(IoT)を導入し、無人化を進めつつ、臨機応変な操業を実現する。たとえば午前中は掃除機を、午後は洗濯機を組み立てる……といった複雑なオペレーションできめ細かく稼ぐ。これがインダストリー4.0の中核を成す概念だ。

ただし、単なる無人のよろず屋であってはならない。「マーケティング」「在庫管理」「経理」「設計図」といったサイバー空間の情報を24時間監視しつつ、「部材調達」「組み立て」「物流」といったフィジカル(現実)空間の無駄を徹底的に省き、よりスピーディに、より高い付加価値を生む必要がある。

こうした仮想空間と現実空間のシームレスな連携をCPS(サイバー・フィジカル・システム)と呼ぶ。ロボットや3Dプリンター、さまざまなセンサー類といったIoT機器はCPSの一部といっていいし、人工知能(AI)の活躍も大いに期待されている。

CPSの要素技術として期待を集める3Dプリンター。Markforged社の製品はカーボンファイバーを材料に使うため、桁外れの強度を実現し、弱点だった耐久性不足を解消した。こうした3Dプリンターで航空機や自動車のパーツを生産すれば、付加価値の高い製造業が可能になる。すでに米軍では、戦艦が補修部品を作るための3Dプリンターを載せている、という話もある。

ところで「工場のスマート化を推し進めるうちにロボットばかりが重用され、いずれ人間の雇用が守られなくなるのではないか」といった懸念もある。事実、インダストリー4.0の発表当初は多くの反対派が現れ、ドイツ国内では舌戦が繰り広げられた。その際、政府は「他国との競争に負ければ製造業自体が疲弊し、雇用を守ることもできなくなる」と説得し、国ぐるみでCPSに取り組む姿勢を整えてきたという。

マイナス要素の2つ目は「長く自動車産業を支えてきたミッテルシュタンド(中小企業や工場)がたくさんある」こと。電気自動車や自動運転車の時代が到来すると、下請け業者は「ある日突然、バックミラーの発注がなくなる」といった深刻な打撃を被る可能性がある。その点、CPSを備えたスマート工場を整備しておけば、新たな稼ぎ口に困ることはない。日本もまったく同じ状況だろう。

そして、3つ目が特に厄介だ。「米国由来の超多国籍企業に製造業が浸蝕され、呑み込まれるかもしれない」という危惧である。AmazonやGoogleといったサイバー空間の巨人たちは、フィジカル、つまり現実空間の業種にも食指を伸ばしつつある。Amazonは「Amazonロボティクスチャレンジ」なるイベントを3年連続で開催し、ロボットの発展にご執心。Googleは独自の自動運転車開発を中止する一方、北米の自動車メーカーとシェアリングの共同開発を始めているという。

こういった「サイバーからフィジカルを浸蝕する勢力」がドイツ国内の企業に手を出し、M&Aや統廃合を繰り返そうものなら、製造業はあっという間に空洞化し、ひいてはEU全体が米国への対抗手段を失う。ドイツは「フィジカルからサイバーを押し返す」という気概をもって、インダストリー4.0を推進しているのだ。

我々は完全に出遅れてしまったのだろうか? 日本とドイツ、両国の事情に詳しいテュフズードジャパン株式会社の畝 竜哉は、こんな風に答えてくれた。

「確かにドイツは精力的に取り組んでいますが、日本より要素技術で抜きんでているかというと、そうでもない。政府間のレベルでも、CPS分野での連携は不可欠だと認識し、2016年には共同声明を発表しています」

一見、表向きの差はなさそうに思える。しかし、だ。

「協働ロボットの開発」で出遅れた日本

実は今年1月、東京ビックサイトで開かれたスマート工場EXPOを取材するうちに、「協働ロボット(人が触ると停止する、といった安全対策済みのロボット)の開発で日本は出遅れた」という声を何度も耳にした。スウェーデン製、あるいはデンマーク製の協働ロボットたちがところ狭しと展示され、「よくできている」「日本のものより使い勝手がいい」などと語り種になっていたのである。

協働ロボットとは、製造ラインで人と人の間に入り、人と一緒に働くことが前提の多機能ロボットだ。目的は工業用途に限らず、たとえば飲食店の厨房に置き、調理師たちに混じって餃子を握らせるといった事例もある。そして、人気が高いのは欧州製だ。

丸みを帯びたデザインが特徴的な欧州製の協働ロボット(cobot)たち。液晶タブレット型のコントローラーで、従来型の工業用ロボットに比べて簡単に扱えるのが特徴だ。

安全性を担保する必要があるので、協働ロボットは「パワーが小さく、スピードも遅い」という特徴がある。また、機械にうとい素人でも扱えるほど「簡単」でなければならない。

欧州ではその重要性がいち早く認識され、「プログラミングは一切不要、マニュアルも読まずに使える簡単で非力なロボット」が一足飛びに登場。その裏には、インダストリー4.0を標榜するドイツの影響力があったことは言うまでもないだろう。

他方、日本の自動車産業を支えてきた国産ロボットメーカーは、ハイパワーで高速、しかもプログラミングが不可欠でマニュアルも分厚い、超がつくほど難解なハイテクロボットばかり扱ってきた。加えて「商流」が異なる協働ロボットの販売には、小口ユーザーを新規開拓しなければならず、営業マンも及び腰。結果、欧州製と日本製の差は歴然となった。

日本人のものづくりは、相変わらずドメスティックすぎるのかもしれない。そんな意見をぶつけると、畝は苦笑する。

「確かに欧州では、たとえばホテルに泊まっても、空調のリモコンが極めてシンプルなことに驚かされます。字がほとんどなくて、ボタンもシンプル。洗練された、誰でも直感的に使えるデザインを好む。逆に日本のリモコンは文字だらけ、という印象がありますね」

それでも日本に勝機はある、と畝は語る。国産ロボットメーカーの大手が、EUでのサポート体制を整えるべく動きを活発化しているからだ。報道によれば、安川電機は、欧州で代替部品の倉庫を週7日・24時間稼働させ、休日や深夜でも部品を出荷するという。また、川崎重工はロボットの遠隔監視サービスを開始し、軽度の故障ならスタッフを現地へ派遣せず復旧させるという取り組みを始めている。

工場の操業が完全にストップすれば、1日で数千万〜数億円の損失を出すこともあるだけに、こうしたアフターケアは高い評価を受けるだろう。とはいえ、商品の魅力だけでは勝てないという事情の証左と受けとることもできる。

果たして、国産ロボットメーカーに遅れを挽回するチャンスはあるのだろうか? 闘いのヒントは「規格」にある。ドイツはその有用性を十分理解していて、実際、一人勝ちを望んではいない。

「規格準拠」で互いの懐へ入り込む

たとえば、中小企業の経営者が3Dプリンターの導入を決断するには、機器間の「相互運用性」が問題になる。大企業のようにまとめて数十台買えるならまだしも、試しに1台買ってみて、さらに1台……などと追加していくには、A社製品とB社製品で作法がバラバラだと困るのだ。まずA社を買って「やっぱりB社にすべきだった」などと後悔したくない。だから様子見になってしまう。すると、導入のスピードが鈍る。

逆に、両社が混在していても工場がスムーズに稼働できるという保証があれば、すなわち「相互運用性」が確保できる商品なら、きっと導入は加速する。簡単にいえば「USB3.0対応」のような表記さえあれば安心して買える。ロボットに入力するデータ形式、あるいはロボットに仕事を教え込む手順……それらの使い勝手が標準化された「規格準拠ロボット」なら、日本のメーカーもEUへ売り込みやすいし、その逆もまた然りだ。

だからこそドイツ政府は日本と手を携え、CPSで闘う準備を整えたいと考えている。つまりドイツの「インダストリー4.0」であろうと、日本の「コネクテッド・インダストリーズ」であろうと、目指すゴールは同じ。それぞれが好き勝手にやり、デファクトスタンダードを勝ち取るという戦略は古い。米国由来の巨人たちに、スピードで立ち向かえない。

そういった攻めるための国際規格を作り、合否を判定するには、利害関係によらない立場でメーカーの製品に対して試験・評価を行う、第三者の組織が必要となる。畝が所属するテュフズードは、ドイツ有数の認証機関。たとえば工場のサイバーセキュリティにおいて、関連規格に沿った監査を行うという重大な役割を担っている。

「先日、ロボットがハッキングされたところを、ドイツ国内のとある研究機関で見学しました。やっぱり、意図しない動きをさせることが可能。できてしまうんです。いかに安全を担保するか、そこにも我々の仕事があります」

これってSFの世界じゃないか……自分や自分の家族にはあまり関係がない、などと考える読者は多いだろう。ところがサイバー・フィジカルな社会の到来は、私たちとスマート工場の距離を近づけてしまう。

たとえば医療分野。事故で頭蓋骨の一部を損傷した際、「患者の特徴にあわせてセラミック製の補修パーツを造る」といった仕事を、あなた自身が、あるいはあなたの家族が、どこかにあるスマート工場へと「発注」するだろう。その工場がハッキング被害にあったとき、私たちのパーソナルデータは、いったい何にどう使われてしまうのか? そう考えれば、CPSのトラブルは対岸の火事などと割り切れない。

特にインダストリー4.0では、フリーオープンソースソフトウェア(FOSS)の活用が期待を集めているが、やはりセキュリティやライセンスの仕組みに課題があるという。

「FOSSを活用する上で、製造業に求められるコンプライアンス、およびマネジメントの改善に取り組んでいきたいです。すでに我々はドイツで動いていますが、日本の大手企業とも対話を始めています」

他者と一緒に規格を作るという作業は、一見するとブレーキのようで後ろ向きな印象がある。しかしその実、導入を加速させるアクセルでもある。もちろん誰と組んでもいいわけじゃない。自動車産業で信頼性を武器にトップを走ってきたドイツと日本。そのハイブリッドならば、きっと安心・安全なCPSで世界最強コンビとなってくれるだろう。ついでに言うと、ドイツ製の頭蓋骨ならばけっこう頑丈に違いない(注:あくまで個人の感想です)。

profile

畝 竜哉|Ryuya Une
テュフズードジャパン株式会社 製品安全事業部 事業開発部 セールスエグゼクティブ。自動車分野・ファクトリーオートメーション分野の機能安全認証の担当を経て、現在はインダストリー4.0、スマートグリッド、3Dプリンターといった新規市場に向けた試験・認証サービスを担当している。

profile

吾奏 伸|SHIN ASAW a.k.a. ASSAwSSIN
映像演出家。CGアニメと実写の両方を手がける映像工房タワムレ主宰。京都大学大学院(物理工学)を修了後、家電メーカーのエンジニアを経て現職。理系の感覚を活かした執筆など、映像以外にも活躍の場を広げている。