SATURN II ENCELADUS

地球外生命は存在するか?——氷の衛星「エンケラドゥス」が日本で“アツい”理由

地球以外の天体に生命は存在するのか? あるいは地球上で最初の生物はいかにして誕生したのか? 種の起源をめぐる長い論争は、土星の第2衛星エンケラドゥスをきっかけに新たな局面へと突入した。しかも、この分野で重要な成果をあげているのが日本の研究機関、それも深海のエキスパートたるJAMSTEC(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)。全世界の研究者たちが、港町・横須賀に熱い視線を注いでいる。

TEXT & PHOTO by SHIN ASAW a.k.a. ASSAwSSIN

欧米では、一般人さえ「エンケラドゥスで水素がみつかったらしいね」「次の探査機が火星に着陸したそうだけど」といった会話をするという。最大の関心事は「地球外生命が見つかるかどうか」で、もはやアストロバイオロジー(宇宙生物学)は大人のたしなみ——。

そこまで言われてしまうと大袈裟に感じるが、実はわが国の研究機関が重要な役割を担っている。「JAMSTECモデル」と呼ばれる仮説が高い評価を受けていることは、同じ日本人として知っておくべきだろう。

JAMSTECの本拠地・横須賀本部は、毎年5月頃に1日限りの一般公開をおこなう。数千人が来場する人気イベントで、今年は支援母船「よこすか」の船内見学で盛り上がった。

海の底で見つけた「生命のオアシス」

生命の起源を探すという難題に対し、JAMSTECが颯爽と躍り出たのは、2002年のインド洋における深海調査がきっかけだった。水深2,450mの海底、それも地中から360℃という超高温の熱水が吹き出す「海底熱水噴出孔」において、地球最古の生態系と目される微生物の集まり、いわゆる「ハイパースライム」の採取に成功したのである。

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1/3ハイパースライムの採取に成功し、JAMSTECの名を世界に知らしめた有人潜水調査船「しんかい6500」。1990年の就航以来、搭乗者の感覚を活かし、数多くの成果を挙げ、地球物理学や生物学の進展に貢献してきた。
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2/3有人では危険な水深1万mクラスで力を発揮する海中ロボットの「かいこう」。ランチャー(左)とビークル(右)が上下に合体した状態で海に降ろされ、途中で分離する。
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3/3「かいこう」のビークル。ケーブルやバルブが剥き出しだが、パーツ単位で1千気圧に耐える構造を持つ。

その後、2009年頃からは海底熱水噴出孔の電気化学反応に着目。それがいわば天然の発電所であり、しかも生命活動に酷似したメカニズムを備えていることを、JAMSTECの山本正浩研究員らが世界に先駆けて明らかにした。いわば、生命のオアシスだ。

「電気化学進化を提唱した私たちのグループは、この分野で独走状態にあります」

生命の起源を深海に求める「JAMSTECモデル」は、宇宙生物学の研究者たちにも大きなインパクトを与えた。光がまったく届かない海の底でも、エネルギー源があれば生態系は存続できる。ということは……。

太陽から遠くても生命は存続できる

われわれ人類を含むすべての動物、あるいは植物やバクテリアに至るまで、生命と呼ばれるものはみな「エネルギー」「有機物(餌あるいは身体の素材)」「(ミネラルを含む)水」の3つを必要とする。特に水は塩分やカルシウムなどさまざまな必須元素を溶かすためのスープであり、液体で存在しなければ都合が悪い。

その点、地球という星は太陽からほどよい距離にあり、水が液体のまま「海」として存在できる。水星や金星では熱すぎて蒸発するし、火星や木星では寒すぎて氷になる。従って「太陽系内のハビタブルゾーン(生命誕生に適した環境)は地球だけ」というのが、長い間定説であった。

その認識にJAMSTECモデルは異を唱える。たとえ太陽光が届かない寒い星の地表が氷に被われていたとしても、氷の海の奥底で地中から熱水が吹き出していれば、そこで生命は存続できる。

折も折、NASA(アメリカ航空宇宙局)とESA(ヨーロッパ宇宙機関)が共同で打ち上げた土星探査機「カッシーニ」は、第2衛星エンケラドゥスに接近し、地球以外の天体で「海水」を採取するという、人類史上初の快挙を成し遂げた。

なぜそんなことができたのか? エンケラドゥスは地表を氷で覆われている。ところが、その氷には割れ目があり、まるで間欠泉のように、地上100kmもの高さまで水や氷を噴き上げていたのだ。

土星探査機カッシーニが撮影したエンケラドゥスの噴出現象。

「氷の下に海がある」という事実をつきとめた上に、質量分析計を積んだカッシーニは、その嵐の真っ直中へ突入。地球で固唾を飲む欧米の科学者たちに対し、貴重なデータを次々と送りつけてきたのである。

解析にかかわったドイツ人グループから「ナノシリカが出た」という報告を受け、JAMSTECの渋谷岳造研究員はおもむろに立ち上がり、実験室の扉を開いた。ナノサイズのシリカは硅素と酸素から成る物質で、地球上では岩石と高温の水が反応することで生成する。つまり、エンケラドゥスの氷の下の海に、熱い水が……生命のオアシスがあるかもしれない。

「JAMSTECには、深海4,000mと同じ水圧を地上で作り出す熱水実験装置があります。カッシーニのデータからエンケラドゥスを模倣した海水と岩石を使い、ナノシリカの生成実験を行えば、エンケラドゥスの海水が何℃ぐらいなのかを推定できます」

渋谷が得た実験結果は「90℃以上」。JAMSTECモデルにもってこいの環境だ。この成果は2015年に発表され、国内外から大反響を得た。生命が存在するかもしれない天体として、にわかにエンケラドゥスが注目されるようになったのだ。

「JAMSTECが蓄積してきた熱水環境の知識と技術があったからこそだと思っています」

一般公開のセミナーでエンケラドゥスの成果を語るJAMSTECの渋谷研究員。今年は立ち見がでるほどの盛況ぶりで、家族連れから科学マニアまでが、最新の研究報告に耳を傾けた。

現在JAMSTECはJAXAと連携し、エンケラドゥスのサンプルリターン、すなわち「海水を採取して地球まで持ち帰る」計画を準備中。はやぶさ、はやぶさ2に続く、いわば日本のお家芸だ。もしもその海水中に生物が含まれていたら……地球外生命体を最初に目撃するという栄誉を勝ち取るのは、横須賀在住の研究者かもしれない。実現は早くて2030年頃。東京五輪を終えた10年後に、人類史レベルのお祭り騒ぎが控えているというのだから、日本人としては頼もしい限りだ。

※ 参考文献:JAMSTEC=監修『深海と深海生物 美しき神秘の世界』、高井研=編『生命の起源はどこまでわかったか——深海と宇宙から迫る』


profile

吾奏 伸|SHIN ASAW a.k.a. ASSAwSSIN
映像演出家。CGアニメと実写の両方を手がける映像工房タワムレ主宰。京都大学大学院(物理工学)を修了後、家電メーカーのエンジニアを経て現職。理系の感覚を活かした執筆など、映像以外にも活躍の場を広げている。