SMART CONSTRUCTION

スマートコンストラクションで “GEMBA(現場)”が変わる

深刻な労働力不足に悩まされる建築業界にあって、ダンプやクレーンの自動化、いわば「ロボット建機」が待望されて久しい。ところが建機が自動化するだけでは現場の過酷さが改善されないという。鍵になるのは人工知能(AI)と、エッジコンピューティング。国内の建機最大手コマツのスマートコンストラクション推進本部・升川 聡に話を訊いた。

TEXT & PHOTO BY SHIN ASAW A.K.A. ASSAWSSIN

ロボット建機だけでは問題が解決しない

——建設現場の完全自動化は、かなり難しいことなのでしょうか?

升川 ICT(情報通信技術)を用いて自動化された建機が活躍している現場は存在します。たとえば鉱山ですね。掘り出した鉱石を運ぶための巨大な無人ダンプトラックが、GNSS(グローバル測位衛星システム)を活用して目的地まで移動する。カナダや南米、オーストラリアで実用化されています。

ごく普通の建築現場でも、半自動というレベルでICT化された建機が活躍しています。たとえばパワーショベルが土を掘るとき、オペレーターが乗って操作するわけですが、計画した分量以上には掘り進まないよう、建機自体に設計データを入力できる。オペレーターが掘りすぎを気にせず作業できる、いわばアシスト機能ですね。

建機の運転は一人前になるまで何年もかかってしまう世界ですが、少しでも操作を簡単にして、経験の少ないオペレーターでも現場をこなせるように、そしてベテランオペレーターはさらに効率を上げられるようにするのが狙いです。

鉱山で稼働するコマツの無人ダンプトラック

——さまざまなICT化が進む一方で、いまだに建築現場における人手不足が解消されたとは言い難いわけですが、何か理由があるのでしょうか?

升川 建機をICT化するだけでは、実は効率がよくならないことが多いんです。相変わらず人もお金も時間もかかっている。その理由を探るために、我々も現場に張りついて、いろいろ計測してみたんですが、結局ボトルネックは現場の進捗管理でした。

たとえば、いつまで待ってもダンプトラックが来ないので、盛るための土がなくて、せっかく自動化されたパワーショベルが何もせず棒立ちになっている。労働者の拘束時間が短くなっていないから、コストが下がらず、工期も相変わらずタイト。世間では3Kの現場といわれ、若手の志望者は減り続けてしまう。

——スケジュールの細かい見直しが必要、ということですね。

升川 課題は二つあって、一つは測量です。作業効率をチェックするには、工事の進捗具合を測らなければなりません。しかし測量士さんが現場に行って、「じゃ、レーザー合わせるからちょっと待ってねぇ」とか言いつつ測るという作業は、絶望的に時間がかかる。現場が広いと、測量だけで1カ月かかる場合もあります。フィードバックのサイクルが長いので、効率の悪さが発覚した頃には、たとえば1割ぐらい工期が遅れてしまっていて、もう土下座しなきゃいけない……といった状況になってしまう。

——建機の自動化よりも先に、測量を自動化しなければならない。

升川 ええ。そのためにドローンの導入を考えました。

測量を担うSKYCATCH社のドローン「EXPLORE 1」。

ドローン+エッジコンピューティングの威力

升川 人が測量する場合は、コストを考えて、作業の間隔を100mおきにする、などと割り切ってしまう。すると測量した点と点の間は直線的に補完するだけなので、状況が正しく把握できない。その点、ドローンが飛んで測定した点群データを3D化すれば、きわめて精密な測量が可能になります。

——ドローンによって、どれぐらいフィードバックが短縮できるのでしょうか?

升川 人間で1カ月かかっていた作業が、飛行時間にして数十分、3次元データ化に1〜2日程度、というところまでドローンで可能になります。

ドローンで撮影した写真から算出された三次元の点群データ。

——なるほど。2つ目の課題は?

升川 工期が遅れていると判明して具体的な対策を施すには、現場に配置された建機の動かし方、いわゆる工種別(「盛り土」「掘削」など工事の種別)に実態を把握する必要があります。

——ICT化された建機なら、作業毎の正確なデータが得られそうに思いますが……。

升川 実は、冒頭に申し上げた鉱山の現場などは、同じメーカーの建機で統一されていることが前提になります。しかし、ほとんどの現場では複数メーカーの建機が入り交じる。古いものも新しいものも、外国製も混在します。

なので、現場に(ドローンとは別の)定点カメラを設置し、AIを活用した画像認識技術を用いて、建機の動きを解析することを考えました。しかし、撮影しながらリアルタイムに解析することは難しい。リアルタイムでできないということは、動画をサーバーなどへ保存しておく必要があるので、転送レートや記憶容量が課題になります。

そういった理由から、現場に設置するコンピューター端末で画像を処理してしまう、いわゆるエッジコンピューティングの導入に舵を切りました。

開発中の工種解析ツール。動画の中の建機の動きをリアルタイムなAI処理で定性的・定量的に分析し、結果をタイムスタンプ付きの文字データとして記録する。

——撮影した動画をリアルタイムに処理して、動画自体は保存せず、必要なデータだけ記録しよう、ということですね。

升川 はい。エッジコンピューティングなら、ドローン測量の3D処理も短縮化できます。現場の広さにもよりますが、以前は1〜2日かかっていたものが、このEDGE1を使うと十数分ぐらいで終わるようになった。現場で毎朝ドローンを飛ばし、毎日建機を監視して、工程の進捗具合を日々チェックできるようになります。

協力企業のSKYCATCH社が開発する防塵・防滴コンピュータ「EDGE1」はNVIDIAのJETSONを搭載し、GPUで高速な演算処理を担う。コマツは測量データの3D化や建機の工種分析を、現場のエッジコンピューティングで実現しようとしている。

——スマートコンストラクション、素晴らしいですね!

升川 長年語られてきたアイデアなんですが、ドローンとディープラーニングの登場により、ようやく日の目を見るところまで来ました。

建築現場の健全化へ

——こういうテクノロジーを応用して、「希望的観測ではなく、より正確でリーズナブルな工程表を作る」という用途もありえますね。

升川 それもあると思いますが、「この日に終わってほしい」という理想はまずあって、それに対し徐々にズレていってしまうから、なるべく早く気づいて、早く修正をかけたい。たとえば建機が1台余ってるからこっちに回そうとか、岩が多くて難しいからもう1台追加しようとか、将来的には、今の作業効率が何パーセントかを常に把握できるようにして、「じゃあ、どう改善していくの?」というシミュレーションを実行できるまでにしたいです。

——建築現場における進捗の遅れって大問題だと思うんですが、従来は予算的なバッファで吸収していたのでしょうか?

升川 そうです。といいつつ、積算と申しまして、広さとか高峻(=高さと険しさ)によって、ある程度受注金額って決まってくる。つまり上限がクリップされてしまう。だから計画の遅れがわかって、追加で建機を入れなきゃとなると、受注した施工業者が泣くケースが多かったんです。

——スマートコンストラクションが実現して、一番喜ぶのは現場のスタッフなんですね。「このままだと間に合わないから、残業してくれねぇか」とか、そういうブラックな会話が減る。

升川 はい。もちろん施工業者の経営という意味でも、効率化することで儲けが確保できます。

——業界全体の健全化が進みそうですね。

升川 スマートというキーワードとか、ICT技術が絡むとちょっと格好いいじゃないですか。3Kな現場というイメージを払拭して、若者の現場離れを防ぎたいという思いがある。そうしないと、日本の建設現場が立ちゆかなくなるんです……。使っていただく人がいなければ、我々の建機も売れていかないので。

profile

升川 聡|Satoshi Masukawa
1967年東京都生まれ。株式会社小松製作所 スマートコンストラクション推進本部 事業推進部 主査。建機の会社に勤めながら、そのほとんどはエレクトロニクス事業に従事。2015年より現職。主にドローン測量の技術サポートを担当する。

profile

吾奏 伸|SHIN ASAW a.k.a. ASSAwSSIN
映像演出家。CGアニメと実写の両方を手がける映像工房タワムレ主宰。京都大学大学院(物理工学)を修了後、家電メーカーのエンジニアを経て現職。理系の感覚を活かした執筆など、映像以外にも活躍の場を広げている。