法的・心理的バリアもあり、日本ではなかなか定着しないライドシェア。しかし最近、とある“相乗りアプリ”がミレニアル世代の間で徐々に話題を呼んでいるという。その名も「CREW」。一体どのようなサービスなのか。開発者であり、ミレニアル世代でもあるAzitの吉兼周優(CEO)と須藤信一朗(CCO)に話を訊いた。
TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI
希少種とミレニアルズの邂逅
——まず、Azitがリリースしているサービス「CREW」について教えてください。
吉兼 CREWは、”乗りたい人” と “乗せたい人” を繋げる、ドライブシェアアプリです。マイカーで街を走っている「CREW公認ドライバー」をアプリ上で探し、マッチングすると、ドライバーが数分で迎えに来てくれます。サービスを開始したのは、2015年10月です。
須藤 CREWには、ライダーとドライバーという2種類のユーザーが存在します。まずドライバーは、クルマ好きとかドライブ好き、いわば「趣味はドライブです」という方々です。ある意味時代に逆行している希少種の方々ですが、クルマへの能動的な愛情が深いため、運転技術や安全性、あるいはクルマのスペックが高いという特徴を持っています。
そうしたクルマ好きの方々は仲間同士の連携が強く、ひとりの方にCREWのドライバーになっていただくと、どんどんネットワークが広がっていきました。あと、クルマ好きの方々に人気があるYouTuberの方がいて、その人が実際にCREWを使った体験を発信してくれたことで、噂が広まっていったこともありました。
一方ライダー、つまり乗車される方々の多くは、いわゆるミレニアル世代です。
普段生活をしていて、「移動」で心が躍ることはありませんが、CREWのサービスを設計していくにあたって僕らは、移動体験の中に「スイッチが入るポイント」を入れることを心がけました。そのひとつが、「今日はオープンカーでドライブできます」とか、「このドライバーさんは運転がとても丁寧なので、家まで寝て帰ることができます」といったキャンペーンです。
吉兼 ミレニアル世代は、心動かされる体験に対して素直にテンションを上げます。テンションが上がると、彼らはInstagramのストーリー機能を使って写真や動画を投稿します。「わっ、オープンカーに乗ってる!」って。
実際、NPS(ネット・プロモーター・スコア)という、どれくらいユーザーが満足しているか、どれくらい人に勧めたいかという指標があります。海外のシェリングエコノミーサービスの場合、0〜2点が普通だとされています。そのNPSにおいてCREWは、10点満点で7〜8点というスコアを出しています。Airbnbや、「顧客体験がすばらしい」とされるZapposと並ぶ数値です。彼らと比べてCREWのユーザー数はまだまだ少ないですが、そうした顧客ロイヤリティを損ねることなく、丁寧にユーザー数を増やしていきたいと考えています。
——ミレニアル世代の顧客を増やしていくことが、今後のCREWの目標、というわけでしょうか?
吉兼 都心でのサービスは、このままスケールを広げていきたいと思っています。その一方で、会社としては、地方の課題を解決することに重心を置いていきたいと考えています。
——地方の課題、というと?
須藤 近年、海外からの旅行客が増えていますが、彼らは東京や京都といった大都市だけではなく、地方にも精力的に足を運んでいます。日本には個性的で魅力的なスポットが多いですからね。しかしそうしたなかで、地方自治体が悩んでいることのひとつが移動手段なんです。
たとえば最寄り駅と名勝地が離れているとき、あるいは宿とごはん処が点在しているとき、そこをつなぐ「足」がどうしても足りないという課題が浮かびあがってきました。タクシーの台数が少なかったり、そもそもタクシーがない、といったケースも少なくないわけです。町には魅力があり、海外からの旅行客にも来てもらいたいけれど、訪れてくれたゲストにどう利便性を提供すればいいのか……。インフラを整える余力を持たない地方自治体のそうした課題に対して、ぼくたちのCREWが、ひとつのソリューションを提供できると考えています。
地方におけるモビリティでいうと、もうひとつの課題が高齢者です。たとえば「家と最寄りのスーパーが2、3㎞離れている」といったケースは珍しくないわけですが、事故を気にしてクルマに乗らなかったり、免許を返納した高齢者には、もはや気軽に移動できる代替機能がないわけです。その一方で、助手席が空いている乗用車は日夜問わず走っている。そこをマッチングさせることで、高齢者の方々の足が、街全体のコミュニティ形成に沿うかたちで構築されていくのではないかと考えています。
吉兼 全国各地の地方自治体からは実際お問い合わせをいただいており、実施に向けての準備を進めている段階です。地方の場合、観光産業と自治体が一体になっているケースが多いので、自治体が呼びかけると、町おこしの一環といった感覚で「ドライバーをやりたい」と手を挙げてくれる人が、意外と多くいるんです。そこは、やり始めてみてぼくらも驚いた部分です。町のコミュニティを形成する役割のひとつになるということは、サステイナビリティにつながっていきますからね。移動の課題が恒常的に解決できるかもしれないというのは、地方にとって、大きな意味を持つと思います。
稼ぐことが目的ではない
——若い起業家としては、やはり株式公開やバイアウトを視野に入れているのでしょうか?
吉兼 儲かればいい、というスタンスにはどうしてもなれません。サステイナビリティを維持するために企業が利益を上げていくことは大切だと思っていますし、ビジネスが嫌いなわけでもないのですが、稼ぐことが目的にはなり得ないんです。それは、僕らの世代特有の考え方なのかもしれませんが、誰かが喜んでくれることが、何よりのモチベーションになるんです。
——上の世代の起業家とは、気概が異なりますね。
吉兼 起業した先輩に「なんでビジネス始めたの?」と聞かれ、いま言ったようなちょっとキレイな話をすると、「そういうことじゃなくて、稼いで何がしたいの?」と言われるのですが、僕らの世代って、心からそういうことを思っていないんです。
「ビジネスとして成功したいから、何かものを作る」というよりは、「誰かのためにものを作って、それがサステイナブルに回ってほしいからビジネスとして成立させる」ことに、重きを置いているんです。そういうところをそもそもの目的意識として持っているのは、ぼくらの世代特有のことなのかなと思います。
須藤 実際、「ビジネスとしてうまくいくの?」みたいな話だと、最初は否定的な人が多かった。規制も多くあるし、そもそもサービスを伸ばしていくのも大変だし……と。でも、「こういうサービスがこれから必要か」という話になってくると、地方の人も都心の人も応援してくれる。人々に求められるのであれば、難易度に関わらずやるべきだろうと僕らは考えます。
少しずつユーザーを増やすこと、官公庁様や地方自治体の方々と適切なリレーションをとっていくこと……。そうして一歩一歩進めていく中で、応援してくれる人が段々増えていく。僕らとしては、うまくいくかどうかより、本当に求めている人がいるかどうかが、唯一最大のモチベーションなんです。
吉兼周優|Hiromasa Yoshikane
1993年埼玉県生まれ。Azit CEO。慶應義塾大学理工学部管理工学科卒業。2013年に株式会社Azitを創業。「Be natural anytime—自然体でいられる日々を」というミッションを掲げ、モビリティ領域での事業を開始。
須藤信一朗|Shinichiro Sudo
1989年愛知県生まれ。Azit CCO。東京理科大学理学部物理学科卒業。NPO活動を行っている中で吉兼と出会い、Azitを共同創業。卒業後は中部電力に就職。週末に上京してCREWの立ち上げを行う。退職後はAzitに復帰し、組織戦略・広報戦略からコミュニティ運営まで、カルチャー領域全般を担う。
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