アークヒルズを拠点とする会員制オープンアクセス型DIY工房TechShop Tokyo。その運営企業TechShop Japanの代表取締役社長・有坂庄一がホスト役を務める、異業種対談シリーズの第4回。今回のお相手は、新潟県燕市の遠藤一真(産業振興部商工振興課課長)。日本有数の“もの作りの町”が取り組む、ユニークな地方創生活動とは!? 8月のとある週末、虎ノ門ヒルズ前で開催中の『旅する新虎マーケット』にて聞いた。
TEXT BY MASAYUKI SAWADA
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI
「メイド・イン・燕」の製品を作りたい
有坂 燕市との出会いは、市長の鈴木力さんがきっかけでした。TechShop Tokyoができる以前に共通の知人を介してお会いしたのですが、ものすごくアクティブな方なので驚きました。その後も幾度となくお話をする機会があり、最近は、起業促進による地方創生という話題で盛り上がったんです。
遠藤 そのときは、どういうお話になったのですか?
有坂 ひとくちに起業促進で地方創生だと言っても、そうそう簡単に東京からベンチャーは来ませんよ、という話をしたんです。とにかく地元に面白いコミュニティがないと難しいし、まずは行き来を便利にするフェーズから始まって、だんだん訪れる回数が増え、いよいよ拠点を置く……というステップになるだろうと。だから、まずはローカルのコミュニティづくりということで、大阪市でコミュニティづくりをやっていた、元大阪市職員の角勝さん(Filament Inc代表取締役CEO)をご紹介させていただいたわけです。それがきっかけとなり、「TSUBAME HACK!」というイベントが始まったんですよね。
遠藤 昨年度は4回やって、今年度は6月に1回やったので、今までに5回開催しています。最初に有坂社長から、「アイデアソンやハッカソンをやったらいいんじゃないですか」というアドバイスをいただいて、何カ月かの準備を経てやることになったんですけど、いったいどれくらいの人が集まるのかなという疑問が正直ありました。せいぜい30人ぐらいかなと思っていたのが、いざふたを開けてみたら120人来ていただいて、本当に驚きました。
有坂 すごい人数が集まりましたね。
遠藤 地元だけでなく、新潟市や県外からいらっしゃった方もいました。特に学生が50人ほど来てくださったのはびっくりしました。「部屋がガラガラだったらみっともないな」と心配していたのですが、ふたを開けたらそんな状態だったので、逆に椅子とテーブルを取り払い、床にじかに座っていただきました。
有坂 全員受け入れたんですか。
遠藤 はい。初めての試みだったので、興味ある方については全員受け入れようと。
有坂 すごいですよね。写真を見せていただきましたけど、120人でハッカソンって、なかなかないですよ。
遠藤 アイデア出しの発表もかなり盛り上がりました。背脂ラーメンの石鹸だとか、背脂ラーメンの風呂だとか、皆さん好き勝手なことを言って(笑)。
有坂 マニアにはたまらないでしょうね(笑)。
遠藤 2回目は「より燕市らしいものを」ということで行いました。燕市は金属加工の工場(こうば)がたくさんあり、いろいろなものを作っているのですが、特にステンレスを扱っている工場が多く、型を抜いた後に残った端材が大量に出てくるんです。そうした端材はほかにもあって、それらを使って生活を豊かにするものを作ろうというテーマでやったら、また面白いイベントになって、リピーターが増えてきたんです。
地元の家電メーカーを会場にして開催したときは、サードウエーブ家電をテーマに「高くても希少価値のあるものを作ろう」ということで、いろいろなアイデアが出てきました。
回数を重ねるごとにアイデアがどんどん進化していって、いよいよ今年の2月には、4回目の「TSUBAME HACK!」をTechShop Tokyoで開催させていただきました。身の回りにある日用雑貨の新たな価値を見出すアイデアソンということで、有坂社長にも審査員で入っていただきました。
有坂 レベルが本当に高かったです。皆さん、技術者なんですよね。
遠藤 そうですね。当初の予定では3回の開催だったんですが、とにかく回数を重ねて、ネットワークを広げようという趣旨だったため、どうしてももう1回やりたくなり、TechShop Tokyoでの回を追加して、初年度は4回の開催となりました。ただ、2年目も同じことをやってもダメなので、今後は「TSUBAME HACK!」から生まれたものを実用化するべく、6月に開催した「TSUBAME HACK!」ではアイデアの審査会を行って、合格したチームは審査員による指導を受けてもらい、秋頃を目処にTechShop Tokyoで製品発表会を開催できればと考えています。
有坂 そのときは、クラウドファンディングの会社も呼びましょう。
遠藤 ぜひ来ていただきたいです! メディアの方やTechShop Tokyoの会員さんにもお越しいただいて、「TSUBAME HACK!」の取り組みを盛り上げていきたいですね。
有坂 僕は、マスキングテープを好きな型に切ることのできるカッターのアイデアがすごく気に入ったのですが、あれは残っていますか?
遠藤 残っています。有坂社長と同じく「これはぜひ実現させたほうがいい」とおっしゃる審査員がいて、その方がメンターとなって進めることになったんです。
有坂 あれは世界中で売れると思いますよ。マスキングテープは粘着力があるから、よっぽど切れ味がよくないと切れないんだけど、燕市の刃物技術をもってすれば難なく切れる。燕市ならではの製品ですし、それをぜひTechShop Tokyoでつくってほしいですね。
遠藤 実現させましょう!
選手村に燕市の製品を
有坂 最近、燕市を訪れる海外からのお客さんが増えているそうですね。
遠藤 はい。3年前は300人程度だった燕三条地場産業振興センターへの来場者が、昨年度は1,159人になりました。今年の8月からは手ぶら観光サービスも始めて、スーツケースを無料でお預かりしたり、有料になりますが、運送会社と組んでホテルに荷物を運ぶサービスも行っています。燕市には自然もあって、風光明媚な観光名所もあるのですが、やはりメインとなるのは産業です。地場の産業を見てもらう観光をもっと盛り上げていく意味でも、お隣の三条市と一緒に「燕三条 工場(こうば)の祭典」というイベントも開催しています。
有坂 「工場の祭典」には東京からもだいぶ人が来ていると聞きました。
遠藤 今まで4回開催していますが、約4割が県外からおいでいただいた方々です。今年の10月に5回目を開催するのですが、3回目までは1万人台ぐらいだったのが、4回目で一気に3万5,000人ぐらいになりました。
有坂 何がきっかけだったのですか?
遠藤 3回目までは“開け工場”ということで、工場を開放していたのですが、昨年からは農業に取り組む“耕場(こうば)”として、農園や果樹園を開放したり、実際にこの地でつくられた産品を購入できる“購場(こうば)”をオープンしたりと枠組みを広げていったことで、一気に来場者数が増えたのだと思います。今年も、多くの方々においでいただきたいです。
有坂 素晴らしいアイデアですね。遠藤さんのお仕事ぶりを見ていると、市役所の人という印象を受けないんです。市内には2,000社の企業があって、それらをケアする責任者であり、なおかつ東京に来てPRもする。知り合ってからだいぶ立ちますけど、商社みたいなことをやっている人だなという印象で、「本当に市役所の人なの?」と(笑)。
遠藤 おかげさまで、燕市にはものづくりの部分ですごい宝がたくさんあります。そうした宝をもっともっと生かしていくのが、我々の仕事です。どこの市町村も地方創生というテーマについて悩みを抱えていて、それこそ「旅する新虎マーケット」に出店している十日町市さんや村上市さん、長岡市さん、三条市さんもそうですけど、いろいろな取り組みやワークショップをやって頑張っています。
その先に見ているのは、やはり2020年の東京オリンピック・パラリンピックです。そこを地方創生におけるひとつの起爆剤だと考えています。「旅する新虎マーケット」に出展したのも、新虎通りがメインスタジアムと選手村を結ぶシンボルストリートとなるという意味合いからです。
有坂 燕市では、具体的にどういうことを考えているのですか?
遠藤 オリンピック・パラリンピックが開催されると、世界各国から選手が集まり、選手村で一時的に生活します。そこには必ず食事のためのレストランや厨房があって、鍋やボウルといったハウスウェアに加えて、スプーンやフォークなどのカトラリーも使われます。燕市はそのどちらも国内生産の90%以上のシェアを持っているので、何かしら貢献できるのではないかということで、関係各所に相談したところ、「ぜひやりましょう」ということになり、現在、燕市全体で取り組んでいるところです。
例えばカトラリーの場合、取り扱いの問題からなのか、今までのオリンピックだと生分解性プラスチックという土に戻る素材を用いた、使い捨てのものを使用していたようですが、我々としては、選手の皆さんには“本物”のスプーン、フォーク、ナイフを使っていただいて、おいしく食事を召し上がってもらい、パフォーマンスを上げていただきたいと考えています。
あとは、これはオリンピックに限らない話ですが、レストランに行くとメニューを選びますよね。それと同じように、お好みのスプーン、フォーク、ナイフを選んでいただけるようにしたら面白いかなと思って、レストランなどにプロモーションをしています。
課題は「いかにして付加価値を高めるか」
有坂 ノーベル賞の晩餐会で使われているカトラリーもそうですが、燕市の製品はグローバルでも人気ですよね。すごいなと思ったのがステーキナイフの話で、あれは肉を切るためのものですけど、欧米の人たちはソースをナイフで舐めるため、肉は切れても舌は切れないということが求められるそうです。メイド・イン・燕のものはそこの部分がすごくよくできているという話を聞いたことがあります。
そうした素晴らしい技術を単に継承するだけではなく、さらにプラスアルファして、違うところに繋げていこうという姿勢が燕市にはあって、そこがすごく面白いなと思うんです。先程の話だと、当面は2020年の東京オリンピック・パラリンピックが目標ということですが、その先はどのように動いていこうと思われているのですか?
遠藤 いちばんの課題は、製品の付加価値をいかにして高めるかだと考えています。リーマンショックでガタッと出荷額が落ちて、その後じりじりと戻り、現在は年間4,000億円ぐらいでほぼリーマンショック前に戻ってきています。このこと自体はとても嬉しいですし、これからももっと上げていかなければと思うんですが、付加価値額といいますか、いわゆる利益の部分を見ると、あまり伸びていないんです。
小規模な企業が多く、さらには分業型の体制になっているので、コスト面で圧縮しづらいのかもしれませんが、もう少し付加価値を上げていきたいなと。具体的には、価格決定力のある自社製品を作ったり、高度な技術を編み出したり……といったことです。そのための支援を、市役所としてはしていきたいと思っています。
有坂 コンサルタントのような役割ですね。
遠藤 そうですね。確かな技術に加えて、発想とかアイデアとかデザインとか、そういった要素を付加価値として加えていくことで、製品の魅力はグッと増すと考えています。
有坂 燕市は、市役所や商工会議所などがきちんと連携を取ってやっていますが、2,000社も会社があり、距離が離れている工場もあるので、日常的に人が集まるサロン的な場があったらいいと思うんです。僕が参加した今年2月の「TSUBAME HACK!」でも、そういう話が出ていました。
遠藤 実際に拠点をつくろうとしているチームはあります。焼き鳥店だったところが空いたので、そこをリノベーションして、自分たちの活動拠点にするようです。そういう形で少しずつでも進んでいくと、燕市はもっともっと面白いことになると思っています。
有坂 オンラインの世の中ですけど、物理的な場所って実は重要なんですよね。会うべくして会うとか、話すべくして話すというのではなく、カジュアルに集まれる場というか、特に話すつもりはないんだけど、居合わせたことで偶然ケミストリーが発生することって世の中にはたくさんある。そういう感じの場がもっとできるといいし、もっと言うと、地方にそうしたなじみ拠点を持てることは、普段東京で生活している人にとってはひとつの財産だと思うんです。少なくとも僕は、将来そうした拠点を全国にいくつか持てるようなライフスタイルを夢見ています。
遠藤一真|Kazuma Endo
1964年新潟県燕市生まれ。燕市産業振興部商工振興課長。旧吉田町職員として採用後、2006年の市町合併により燕市職員に。地域振興課(広報広聴部門)、総務課(秘書部門)を経て、12年に商工振興課長補佐。17年4月より現職。商工業振興対策をはじめ、労働・雇用対策、創業支援、製品の販路開拓支援、新たな産業分野の開拓や観光振興などに取り組む。
有坂庄一|Shoichi Arisaka
TechShop Japan代表取締役社長。1998年富士通に入社。長らくマーケティング部門に在籍し、2015年10月より現職。サンフランシスコにて本場TechShopのノウハウを学ぶ。
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