ヘルスコンシャスな日々を送る人たちの間で静かなブームを巻き起こしている微発泡の発酵飲料“Kombucha(コンブチャ)”。仕込みに1〜2週間かかり、季節などで少しずつ味わいも変わる、その複雑で奥深い世界に踏み込んだ、あるバリスタの物語をお届けします。
TEXT BY TAKESHI KONISHI
PHOTO BY HIDEHIRO YAMADA
EDIT BY TM EVOLUTION.INC
欲しい時間や場所は、自分たちで造ってしまおう
六本木けやき坂通りの1階にあるベーカリー・ダイニング・カフェ『ブリコラージュ ブレッド アンド カンパニー』。店名にある「ブリコラージュ」とは、フランス語でDIY(Do It Yourself)を意味する言葉だという。そこには「もしも欲しい時間や場所があるならば、自分たちの手でその世界をつくってしまおう」という思いが込められている。
そんな店で発酵飲料の奥深さや面白さに魅せられ、和紅茶をベースに、季節ごとのアレンジも加えた「Kombucha(コンブチャ)」の世界を生み出しているのがバリスタの渡邉伊織さんだ。
きっかけはコーヒー豆のロス対策から
そもそも「Kombucha」とは、紅茶や緑茶に糖分を加え、「スコービー」と呼ばれる酵母と酢酸菌の塊で発酵させた微発泡の飲み物のことだ。日本では「紅茶キノコ」とも呼ばれ、健康飲料として1970年代にブームになったこともある。
渡邉さんが「Kombucha」の世界に踏み入るきっかけになったのは、コーヒー豆のロス対策だった。
「コーヒーの提供時に出てしまう挽き過ぎたコーヒー豆や、期限を過ぎたコーヒー豆の有効活用を考えていた時、世界的に有名なデンマークのレストラン『ノーマ』(「世界のベストレストラン50」で5度の1位獲得、ミシュラン3つ星)で、発酵部門の料理長デイヴィッド・ジルバーがコーヒーを使った「Kombucha」を造っていることや、同じくデンマークにある『コーヒー・コレクティブ』でもコーヒーの「Kombucha」を出していると知り、それならできるかもと思ったんです」と渡邉さんは振り返る。
毎日変化していく瓶の中。観察と試飲、調整の繰り返し
『ブリコラージュ』オープンの母体となった店のひとつ、西麻布のフレンチレストラン『レフェルヴェソンス』でもノンアルコール飲料として「Kombucha」が提供されており、「Kombucha」造りに欠かせない元気なスコービーはそこから分けてもらうことができた。最初は、スタンダードに紅茶をベースにした「Kombucha」を造り、それを元種にしてコーヒーの「Kombucha」造りに取りかかることにした。
厳かさと神聖さ。手を合わせたくなる気持ちに
「Kombucha」造りの基本的な工程は、4時間ほどかけて水出しした紅茶にグラニュー糖を入れ、スコービーと、「マザー」と呼ぶ既にできている「Kombucha」を加えて瓶の中で発酵させていくというものだ。発酵の期間は春から秋頃までは1週間から10日、冬場なら2週間ほどだ。
「手探りで始めたわけですが、毎日、瓶の中で状態が変わっていきます。それが面白くて、仕事の合間、仕事が終わった後にずっと観察をしていました」。観察と試飲、そして調整と、試作を重ねた。「Kombucha」を美味しくしてくれるのはスコービーという「生き物」だ。分量を同じにしても、まったく同じものはできない。店で提供するために一定の味にするための調整が毎回必要になってくる。
渡邉さんには「Kombucha」造りでひとつ、強烈に目に焼き付いている場面がある。
「大きめの瓶で『Kombucha』を造っていた時、休憩の合間にふと見てみると、液体に浮いているスコービーが息をしているように揺れていたんです。液体が波打ち、生き物が脈打っているようにも見えました。瓶の中にはひとつの世界があって、そのことに厳かさや神聖さを感じ、神社でするような二礼二拍手一礼をしたくなる気持ちになってしまいました」
素材の味わいを生かしながら造る「Kombucha」
「コーヒーベースの『Kombucha』は、期間限定で提供しています。発端となったコーヒー豆のロス対策としては、この『Kombucha』以外にも店内で製造するブレッドやスイーツに使うことで解消しています」
ほかにも期間限定では、季節に合わせ、燻製した梅、いちご、ルバーブなどで二次発酵させた『Kombucha』を造っている。また、ベースをカモミールや煎茶、ほうじ茶にして造ることもある。
「例えば『おくみどり』という煎茶で造る『Kombucha』は、緑茶のすっきりした味わいにトロピカルな風味が合わさって面白いですよ。夏にお薦めです」
農家さんの顔や畑が思い浮かぶように造りたい
この間、渡邉さんが手応えを感じたのは、栃木県那須塩原市のイチゴ農家である江連さんの畑を実際に見学し、そのイチゴや畑で育てられていたカモミール、養蜂で採取されたはちみつを使って造った「Kombucha」だ。
「ワインには『テロワール』という考えがありますが、『Kombucha』でも、その素材が育った畑や土地の風景も含めて表現できないかと思いながら仕込みました。江連さんとその畑を知っている方に飲んでいただいた時、『江連さんの顔が思い浮かぶよ』と言ってもらい、本当に嬉しかったです」
お客様にとっても「Kombucha」との出合いは一期一会といえるかもしれない。これから梅雨、夏に向かう季節にはカモミールや、燻製した梅でつくる酸梅湯(さんめいたん)の「Kombucha」が期間限定で提供される予定だ。是非一度、店で味わってみてほしい。
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