High Heel Project Restarts

アーティスト片山真理が思い描く選択の自由——義足で履く「ハイヒール・プロジェクト」再始動

自らの身体を模した手縫いのオブジェのインスタレーションやセルフポートレイトシリーズで知られるアーティスト、片山真理。彼女は、先天性の四肢疾患のため、9歳のときに自らの意思で両足の切断を決め、義足での生活を選択した。2011年、義足の彼女は、ハイヒールを履き、街を歩き、ステージに立つ「ハイヒール・プロジェクト」を立ち上げた。今年、10年の時を経て、イタリアのラグジュアリーブランド〈セルジオ ロッシ〉とともに、新たな形でプロジェクトを再開させるという。妊娠、出産、子育てを経験し、次のフェーズへと向かう片山に、プロジェクトに込めた思いや今の社会に対する考えを聞いた。

TEXT BY Akane Maekawa
All Photo ©Mari Katayama

——はじめに、2011年にスタートした「ハイヒール・プロジェクト」の立ち上げについて教えてください。

片山 きっかけは、学生時代にジャズバーでバイトをしていたときの出来事でした。ステージで歌っていたとき、お客さんに、「なんでハイヒールを履いていないんだ、ハイヒールを履いていない女なんて女じゃない」と言われたことがありました。お店は暗くロングドレスを着ていたので義足を見てというより、靴を見ての反応だったのですが、それがすごく悔しくて。

《you’re mine #002》, 2014, ©️Mari Katayama

義足でハイヒールを履けないわけではないのです。ヒール用の部品もあり、義肢装具士さんにも「ハイヒールを履いてみたくない?」と聞かれたこともありました。自分のバックグランドを考えると、履くことに対して希望を持ってはいけない、おしゃれは悪いことというような思いがずっとあり。その時のお客さんの言葉は、やりたいのに選べずにいた自分を指さされたようで、すごくショックでした。すぐ次の日に、義肢製作所へ向かい、「今ある中で、一番高いヒールを履ける部品をください」と駆け込んでいました。

《小さなハイヒールを履く私》, 2011, ©️Mari Katayama

——部品が揃えば、すぐに履けるものなのでしょうか。

片山 残念ながら、私が求めているヒールの高さの部品は日本にはなく。社交ダンスが盛んなヨーロッパでは専用の部品が生産されていたので、そこから個人輸入しなければなりませんでした。基本的に保険適用外のため、いくら稼げば義足が手に入るのだろうと途方にも暮れ……。さらには、ハイヒール型の義足に合うシューズがそもそも日本にないという問題にも直面しました。義足は膝を曲げて踏ん張るという体勢が難しく、滑りやすい。義足の形状も固定されているので、その形にぴったりのシンデレラシューズが必要になります。靴屋さんに製作の相談に行っても、事故が起きた時の責任がとれないからと断られ続け、結局、義肢製作所の方々の協力を得て、自分でつくることになりました。ただ、製作と同時に、リサーチを進めていくうち、もやっとしたことが頭によぎるようになりました。

——浮かんだ疑問とはどんなことだったのでしょうか。

片山 おそらく自分はハイヒールを履き、ステージに立てる。でも、それでいいのだろうか。社会復帰を目的としたリハビリのゴールって、一人でトイレにいけるとか、ご飯を食べられるようになるとか、「日常生活」に基準がおかれがちです。でも、訓練のときに着ていたようなTシャツやハーフパンツ、スウェット上下で、果たして社会復帰ができるといえるのでしょうか。義足に限らずですが、装いはとても社会と密接した関係にあります。誰も部屋着の格好のまま外に出たいとは思いませんよね。レストランに行くなら、車椅子でもきちんとしたジャケットを着て行きたい。しかし、「+α」のことをしようとすると、そこは個人で何とかしてくださいというのが現実です。そもそも自己からも社会からも求められる「+α」についても考えていきたい。その「+α」の最たる象徴が、私にとってのハイヒールなのです。当初のステージに立つというゴールから、「ハイヒール・プロジェクト」は少しずつ進化し、ハイヒールを履き、この経験をパフォーマンスで伝えていくという活動へとつながっていきました。

《just one of those things #001》, 2021, ©️Mari Katayama

——今回、新たな形で再始動しようと思ったのはなぜですか。

片山 妊娠を機に、ステージでのパフォーマンスには一旦区切りをつけていました。5年が経ち、成長した娘が人形にハイヒールを履かせていたとき、「ママはこういう靴は履かないの?」と聞いてきたことがあり。その言葉にはっとさせられたのがきっかけです。

また、最初のプロジェクトで知り合った〈セルジオ ロッシ〉の担当の人や、マネージャーほか一緒にプロジェクトを進めてくれる仲間がいたことも後押しになりました。

——〈セルジオ ロッシ〉のハイヒールは、とてもフェミニンで繊細に感じますが、片山さんにとっての印象は。

片山 初めて〈セルジオ ロッシ〉の靴を手にしたとき、彫刻作品のように美しくてずっと触っていました。「足は人間工学上の最大の傑作であり、そしてまた最高の芸術作品である」というレオナルド・ダヴィンチの言葉があるのですが、まさに靴自体がそれを体現していて。私は普通の足を持ったことが無いのですが、そこに足が見えるようで。そして、この靴で歩くのかと思うだけで、衝撃的でした。

今回、一緒に進めることになったのは、シューズの美しさに惹かれたことも要因ですが、「シューズは足の延長である」というブランド理念に共感したことも大きかったです。また、針と糸を使いオブジェをつくり写真を撮るという作品を制作していたので、自社工房で職人の手により製作される靴に、手仕事という共通項を感じたことも心を動かされたひとつです。

《bystander #014》, 2016, ©️Mari Katayama

——プロジェクトを具体的に教えていただけますか。

片山 スタートしたばかりなので、まだ最終形は見えていませんが、まさに「ハイヒール」の高さで歩くことに挑戦したいですね。以前は履きたい靴を選ぶことはできず、履ける靴をつくりましたが、今回は、履きたい靴を職人さんと一緒に製作することができます。選択肢ができたということは、大きな一歩だと思います。

ただ10年経つと、社会も時代も変わり、いざ部品を取り寄せようと思ったら、生産が終了していたのです。社交界でもローヒールやフラットを自由に選べるようになり、需要が減ってしまったようです。どうやらハイヒールのほうが逆に希少になっているようで、時代の流れの変化を感じましたね。将来的には、義足自体のプロダクトの開発までできたらと思います。

《cannot turn the clock back #002》, 2017, ©️Mari Katayama

——お子さんからの言葉が再始動のきっかけのひとつとおっしゃっていましたが、妊娠、出産、子育てを経て、気持ちや作品にも変化はありましたか。

片山 これまでの作品の中では、メイクをし、ウィッグを被り、コルセットをして、すごく作り込んだ姿で登場していました。ですが、娘が生まれてから、逆にその姿に違和感を覚えるようになって。「完ぺきな身体に囚われなくてもいい」と思うようになり、作品の中の自分の存在も変わっていきましたね。

また、教えている学校や大学で若い学生とかかわることが増えたことも、気持ちの変化のひとつになっています。時に人は、自分の意志ではない顔をつくられ、それをくみ取って演じてしまうことがありますが、そういう社会ってとても不健康ですよね。そうしたことが見透かされているような気がして、彼らには嘘がつけない。

《leave-taking #010》, 2021, ©️Mari Katayama

——社会にはさまざまなレッテルが存在しますよね。

片山 子どもがいる母親だってハイヒールを履いてもいい。楽をしたいときには、スニーカーに履き替えてもいい。そういう風に生きていくほうがむしろ健康的な気がします。妊娠しているときに感じたことですが、妊婦の生活はとても大変ですよね。おなかが大きくなってくると、買い物に出かけるのもひと苦労。スーパーでカートを押しながら大転倒したこともありました。でも病人ではないから、生活のサポートを受けられない。妊娠期間に実感した苦労は、自分に障害があり、マイノリティである部分で経験した「どうして?」という思いとすごく似ていました。人間は誰しも人間から生まれてくる。その人間が作っている社会なのに、なんで大変なのだろうって。幸い、壁にぶつかっては「どうして?」と思う経験が、プロジェクトに活かされている気がします。

——多様性という言葉をよく聞くようになりましたが、まだまだ社会は追いついていないですね。

片山 多様性というと、「#KuToo」のように、ハイヒールを履かない選択肢の運動もありますよね。「ハイヒール・プロジェクト」と聞くと、みんなでハイヒールを履こうみたいな活動に思われがちなのが少し怖いですが、履けるという選択肢と同時に、履きたくないと言えることも重要だと思っています。装うこと以上に、選択する自由があることの大切さを伝えていきたいです。それが普通だから、あたりまえだからと、あきらめてしまうのではなく、そうさせてしまう社会に疑問を持つ活動としても進めていきたいです。

 

profile

片山真理|Mari Katayama
1987年群馬県生まれ。2012年、東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。手縫いのオブジェやペインティングなどを用いたセルフポートレイト作品で国内外から高い評価を受ける。歌手、執筆など活動は多岐にわたる。2016年「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」(森美術館)に参加。2020年第45回木村伊兵衛写真賞を受賞。