EUROPEAN MASTERPIECES

絵画の中の人が現代にタイムリープした? 「西洋絵画の500年」を画家・岩岡純子と見る。

これほど、すべての絵が名作揃いの展覧会が近年あっただろうか。ラファエロ、カラヴァッジョ、ラ・トゥール、レンブラント、フェルメール——。初期ルネサンスから印象派まで、ニューヨークのメトロポリタン美術館から名品65点(うち46点は日本初公開)の名画が来日中だ。そこでこの展覧会「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」(〜5/30@国立新美術館)を、「名画の中の人物を現在の世界の中に連れ出したかのような絵」を巧みに描く画家・岩岡純子さんと見てきた。

TEXT BY Yoshio Suzuki
PHOTO BY Mie Morimoto

国立新美術館で開催中の「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」。初期ルネサンスから印象派までの絵画の歴史を早足で、しかしとても重要な作品を惜しみなく集め、バランス良く見渡すという上質で贅沢な展覧会になっている。

これだけの名画の集まる展覧会なので、画家の岩岡純子さんと見ていくことにした。というのも岩岡さんは、名画の中の人物を、現在の世界の中に連れ出したかのような絵画のシリーズを制作していて、絵画好きをはっとさせてくれたり、楽しませてくれるからだ。そのシリーズの解説にはこうある。

「タイムスリップを描く物語では、だいたい登場人物が時代の変化に戸惑う様が表現されていますが、絵の中の人物は思いのほか自然に現代の風景の中で落ち着いているように見えます。激変する世の中に於いても、人間はそれほど変わらないということなのかも知れませんが、名画の人物を現代の世界へと導いたつもりが、むしろ私自身が今を見つめ直すきっかけを作ってもらったようにも思えます。」

画集や展覧会カタログに印刷され載っているページから人物を切り抜いて、その人物が現在の世界に現れたという、そのシチュエーション、背景を油彩で描いている。なので、本物の絵のように大きくないがそれだけに逆にリアリティは高まっている。

ラファエロ・サンツィオ(サンティ)《ゲッセマネの祈り》 1504年頃 ニューヨーク、メトロポリタン美術館 Funds from various donors, 1932 / 32.130.1

さて、岩岡さんと展覧会の全体を見ていく。まずは、手元にある画集で見たときの印象と実際の絵のギャップを感じているという。本物の絵を前にして、まずはそのギャップをある意味、楽しみながら(?)、そして是正しているようだ。たとえば、ラファエロの絵、こんなに小さかったのか、という具合。そして、絵を見るとき、全体と細部を捉えていく速さと見るべきポイントを押さえるのはさすがで、描かれたもの、描き方を描いた人の視点や気持ちで見ていく。例えば、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ヴィーナスとアドニス》。そのストーリーを押さえつつも、足元、下の方に茶色で白い、インド更紗のようなものに気がついた。これは画集で見ていたときは気づけなかったそうだ。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ヴィーナスとアドニス》 1550年代 ニューヨーク、メトロポリタン美術館 The Jules Bache Collection, 1949 / 49.7.16

そして、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールである。実物を見るのは今回が初めてだという。

「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」でジョルジュ・ド・ラ・トゥール 《女占い師》を見る岩岡さん。

「占いをしてお金を受け取る老婆の手に重なる背景が隣の女性の服の黄色い帯状のところなんですね。黄色って、往々にして裏切りの暗喩だったりして、忌むべき色ですね。《最後の晩餐》でもキリストの弟子のユダが着ていたり。背景の人の服、全体が緑だった方が老婆の手も映えると思うのですがそこに黄色。そしてこの男性のベルトの位置が腰の位置より高い気がします。これを高くすることで、上の世界と下の世界の境界線を作ろうとしていたのかなと。ベルトより上は、青年を騙そうとはしているけどそれぞれの表情だけの世界で、下は実際に盗みが働かれている世界。そこを区切る役割をしている。それと、右の老婆と男性が暖色系の服を着ていて、その間にいる女性が寒色系の服を着ているのがとてもバランスがいいですね」

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール 《女占い師》 おそらく1630年代 ニューヨーク、メトロポリタン美術館 Rogers Fund, 1960 / 60.30

岩岡さんの作品ではこのロマの占い師の老婆がタイムリープしてくる。実はこれは岩岡さんの実体験に基づいている。彼女があるとき自販機で買い物をして、お釣りを回収していたら、そこに怪しげなお婆さんが現れて、「会社が閉まっちゃって帰れなくなっちゃったから、500円ちょうだい」と言ってきたので、お金を渡したことがあった。

そんな体験もあって、こんな作品が作られた。もちろん、岩岡さんの前に実際に現れたのは日本人のお婆さんなのだが。

岩岡純子《ラ・トゥールの『女占い師』の女、自動販売機の使い方に戸惑う》 2020年 キャンバスに油絵具、コラージュ ※「メトロポリタン美術館展」には出品されません。

こうやって人物が絵から飛び出して現代に現れるという具合。

「この老婆と自販機を結びつけたのにはもう一つあって、以前テレビで、どこか遠い国から民族衣装を着た人が日本にやってきて、彼らが日本を見るとどう見えるかみたいな番組があったんですけど、その人たちが自販機を見たとき、これ何? これどうやって使うの? みたいに言ってるのが印象に残っていたんです。その人がラ・トゥールの絵のロマの格好をしてる雰囲気の人と重なって、私の頭の中で結びついたんですね」

もう一つ、岩岡さんと絵を見ていこう。

「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」でルカス・クラーナハ(父)《パリスの審判》を見る岩岡さん。

ルカス・クラーナハ(父)《パリスの審判》。ギリシャ神話に由来する物語。ペレウスとテティスの結婚式に招待されなかった女神エリスが、宴に出席しようと画策する。彼女は宴席に現れ、「最も美しい者に」と書かれた黄金の林檎を客たちの間に投げ入れた。ヘラ、アテナ、アフロディテ(ローマ神話のユノ、ミネルヴァ、ヴィーナス)の3人の女神がそれぞれ、この称号は自分にふさわしいと主張すると、ゼウスはトロイアの王子パリスの前に女神たちが現れるように仕向け、彼に選ばせることにした。パリスはアフロディテを選んだ。なぜなら絶世の美女へレネを妻にできるよう請けあってくれたから。その後、パリスはスパルタ国王メネラウスの妃であったへレネを誘拐し、トロイア戦争を起こした。

ルカス・クラーナハ(父)《パリスの審判》 1528年頃 ニューヨーク、メトロポリタン美術館 Rogers Fund, 1928 / 28.221

「女性を側面、正面、後ろ姿で描いています。しかも全員、顔を見せて。右側の後ろ姿のポーズやってみたんですけど全然できないですね。それと、当時の女性のヌードの絵をパラパラと見ていたんですが、こんなに大きなネックレスを裸でつけてるのって、私は見たことがないなぁと。クラーナハの作品はすごくおしゃれ、ファッショナブルな感じがしてます。パリスはこういうベルベットを纏っているのかとか、メルクリウス(中央の男性)も頭に鳥の形をしたような帽子なのかなにかわからないものをかぶっているなとか。左上、クピドの羽もベルベットっぽいです」

そうして、この絵が元になっているのがこれ。3人の女神のひとりが絵から飛び出て来て、美術館で自分がいるはずの絵を見てる。見ている展覧会はこの「メトロポリタン美術館展」だ。なぜなら、クラーナハの絵の向こうにあるのが、ティツィアーノ《ヴィーナスとアドニス》だとわかるから。こう並んでいる。

岩岡純子《クラーナハ(父)『パリスの審判』の三美神の一人が、国立新美術館のメトロポリタン美術館展で絵の中に自分とそっくりな人を見つける》 2022年 キャンバスに油絵具、アクリル絵具、コラージュ ※「メトロポリタン美術館展」には出品されません。

赤いワンピースを着て、国立新美術館「メトロポリタン美術館展」に来ている彼女は絵を指差しながら、なんと言っているのだろう。「あれ、ここにいるの、私?」「私、なんで裸なの?」

岩岡純子|Sumiko Iwaoka
1982年、千葉県生まれ。2009年、東京芸術大学大学院美術研究科修了。時代ごとに変遷する女性美に関心を寄せて以来、美術作品の中に見られる普遍的な美と、流行によって作り出される美を照らし合わせた時に生まれる違いやズレを作品にする。名画の中の人物を現在の世界の中に連れ出したかのような絵画であるタイムリープシリーズも。

メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年

会期 ~5月30日(月)
会場 国立新美術館 企画展示室1E
開館時間 10:00〜18:00(毎週金・土は20:00まで)※入場は閉館の30分前まで 
休館日 火曜日 ※ただし、5月3日(火・祝)は開館
問い合せ 050-5541-8600[ハローダイヤル] ※会期等、今後の諸事情により変更される場合があります。展覧会ホームページでご確認ください。

profile

鈴木芳雄|Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌「ブルータス」元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。