SMALL SKY

追い求めても得られない風景——ムラタ有子@GALLERY SIDE 2(〜5/28)

愛らしい小動物がこちらを見つめている。花も葉もつけていない木の枝がキャンバスを横切る。見たことがあるかどうかはともかくとして、見たかもしれなかった風景、目の前にあったけれど特に注視しなかったシーン。振り返っても、たぶん今はもうそこにはない景色。絵というものは想像力の再創造装置である。

TEXT BY Yoshio Suzuki
PHOTO BY Kentaro Takioka
copyright Yuko Murata
courtesy of GALLERY SIDE 2

画家、ムラタ有子の展覧会が六本木、西麻布、銀座の3か所で開催されている。彼女の絵を見ていると、不思議な親密感を与えてくれたり、逆に茫漠たる思いにかられることもある。平たく言ってしまうと、感情にまで届く絵であるということだ。

《無題》 2021 紙に油彩(GALLERY SIDE2に展示)

ムラタの絵を一見しての感想を語るとき、熊谷守一やジョルジョ・モランディの名を挙げる人もいるが、それは筆触や色彩からの印象が強いからだろう。しかし、彼女自身が魅了され、影響を受けたのは(とはいっても、絵が似ているわけではないのだが)、江戸時代中後期の画家、長沢芦雪だと語っている。その理由は、芦雪の絵は複雑さを求めた絵ではないにもかかわらず、張り詰めた緊張感があること、最小限の色彩と形を用いながら、豊かな表現をしていることだという。

《無題》 2021 紙に油彩(GALLERY SIDE2に展示)

芦雪は円山応挙の弟子だが、師とは対照的に大胆な構図や極度のクローズアップなどで、奇想の絵師として人気を誇っている。ムラタが数多いる画家の中から芦雪の名を挙げたのは、彼女の作風に直結する関連性など無いように見え、意外な気もする。しかし、美術史家、辻惟雄が著書『奇想の系譜』(美術出版社 1970年)の中で語っているのを読んで、納得できるものがあった。それは、芦雪の作品は「画面空間に、側面性の奇妙に欠如したものが多い」というのである。

《strawberry jam》2021 キャンバスに油彩(ISETAN SALONE Art Wallに展示)

陰影の表現、描かれたものの際の処理、遠近法的な解釈を動員して絵を見ると、確かにムラタの描画も側面性に執着してないのかもしれない。それはもちろん短所ではなく、そんなことを飛び越えて、絵が堂々と存在していることに意味がある。かつて、19世紀のフランスで印象派の画家たちが浮世絵を見て、陰影表現も遠近法も持ち合わせてないのに、その豊かな表現に驚き感動したのは有名な話だが、これもそういうことである。つまり、キャンバスに油絵具で描いているけれど、ムラタの絵は日本美術(の流儀に則っている)と言えるのかもしれない。

《violet tears》2021 キャンバスに油彩(GALLERY SIDE2に展示)

そのことと直接関係があるかないかは措くとして、ムラタは描く対象を古い絵葉書や観光パンフレット、図鑑から引いている。美しい風景を誰かに伝えたり、自分の中に留め置いたりするためのツールとして、絵葉書は安価に手に入る。観光パンフレットは風光明媚な地にいざなうために、とびきりの眺望を載せ、旅でしか得られない情景を繰り出してくる。

《white birch and rabbit》2021 キャンバスに油彩(THE GINZA SPACEに展示)

ムラタはそんな印刷物を見るたびに「すばらしくて貴重な風景のはずなのに、少しも大切に扱われないで消費されている」ことに、失望というよりも、興味を感じるのだという。それらの風景は誰にとっても既視感のあるようなものであり、だから受け入れやすくもあり、同時にそのまま重要視せず見過ごしてしまうものである。さらに、その風景の中に自分を置くことをイメージしたとき、むしろ、「たどりつかない、あるいはどこか途中に向かう風景のように思えてきて、それは殺風景で冷たくて人を寄せ付けない場所という気がしてくる」というのである。

《sleep walking》 2021 キャンバスに油彩(THE GINZA SPACEに展示)

たどりつかない風景、そして、描かれる動物は近づけば人の手の届かない高みに飛んでいってしまう鳥だったり、敏捷な動きでサッと逃げていってしまう小動物たちである。

この1年、誰でもそうだが、出かけるよりも家で過ごすことが多かった。ムラタも絵について一層考える時間が増えたなかで、それまでとは違う視点での作品に挑戦した。

「家から出られないとき、絵画の形を変えてみようと考えたんです。手元にあった角材や木っ端にキャンバスを巻いて、それに描いてみました。絵具を塗っている間、これは絵画なのだろうかという自問自答を繰り返しながら。長方形のキャンバスではなく、細長いものに描いてもいいのではないかと。四角い画面があって、そこにどういうモティーフをどんな色で成立させるかとずっとやってきて、それが窮屈に感じ始めていたんです」

気軽に出かけることもできない不自由な日々が逆に自由な発想を生んだということだろうか。さらに、絵画は壁にかけるものという決まりからも解放されて今回の作品がある。

《ムンクの空》 2021 キャンバスに油彩(GALLERY SIDE2に展示)

彼女にとってはこれは立体作品やインスタレーションというよりも、あくまでも絵画であり、どこまでも絵画でありつづけようとした結果の作品である。壁に飾った絵に向き合い、見る関係から進めた没入型の絵画作品と考えていいのかもしれない。そうだとするならば、日本美術の障壁画や屛風が作る空間を連想することは自然な流れだろう。ということは、ムラタの作品はますます日本美術的になってきていると言っていいのではないかと思う。

《Corner of the star》2021 キャンバスに油彩(ISETAN SALONE Art Wallに展示)
 
ムラタ有子|Yuko Murata 1973年 神奈川生まれ。現在、東京で生活/制作。1995年 セツモードセミナー卒業。Gallery Hyundai(ソウル, 韓国)、Inman Gallery(ヒューストン, テキサス)、Galeria Horrach Moya(マヨルカ、スペイン)などで個展。Gallery Hidde van Seggelen(ロンドン、イギリス)、ビューイングルーム, Stephen Cohen(ロサンゼルス、アメリカ)、Gana Art Center(ソウル, 韓国)、Casey Kaplan(ニューヨーク, アメリカ)などでグループ展。


ムラタ有子|小さい空

場所 GALLERY SIDE2 会期 〜2021年5⽉28⽇(金) 時間 火〜土:13〜18時 ※⽇⽉祝休
 
下記2カ所で同時開催
「白樺の庭」 
場所
THE GINZA SPACE ザ・ギンザ スペース 会期 〜2021年4⽉28⽇(水)
「散歩道」 
場所
ISETAN SALONE Art Wall 東京ミッドタウン イセタンサローネ アートウォール 会期 2021年4月21日(水)〜5⽉25⽇(火)
 

profile

鈴木芳雄|Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌「ブルータス」元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。