Rei Naito@Taka Ishii Gallery

何かが顕(あらわ)れてくる瞬間を見ること——「内藤礼」@タカ・イシイギャラリー(〜12/26)

そのアーティストはこんなことを言っている。「作品は生まれようとする過程でわたしを超えでる」。そして制作をしているときだけでなく、完成した作品においても、何かがふと顕れてくる瞬間を期待する。彼女は作品を作り続けている。

TEXT BY Yoshio Suzuki
Photo: Kenji Takahashi / Courtesy of Taka Ishii Gallery

「ただ一つのことを知っています。わたしは盲人でしたが、今は見えるということです」(『新約聖書』「ヨハネによる福音書9章25節」)

内藤礼の作品は見る側の意志や意欲に依存するところが大きい。作品と向かい合った鑑賞者はそれを見るつもりでやってきているのだから、意欲をたずさえてそこにいるのはあたりまえだろう、なにを言っているのだと思われるかもしれない。一方、内藤の作品を見たこと(体験したこと)のある者なら、言っていることがわかってもらえるだろう。

内藤礼《無題》2020年 糸

映像作品であるとか、照明が変化していく作品という時間軸を持つものであれば話は変わってくるのだが、そうでないにもかかわらず内藤の作品には見つめているうちにさっきまで気づかなかった発見があったり、もともとそこにあったはずのものが時間を置いて見えてきたりすることがある。それは単純に時間が経てばいわゆる目が慣れてくることで見えるでしょうと言われるとそれは少し違う。

体験してない人には申し訳ないのだが、一つの例を挙げてみる。ベネッセアートサイト直島(香川県)に「家プロジェクト」というものがある。これは、島内に点在していた空き家などを改修し、人が住んでいた頃の時間と記憶を織り込みながら、空間そのものをアーティストが作品化する試みだ。その初期からの作品にジェームズ・タレルの「南寺」があり、《Backside of the Moon》という作品が設置されているのだが、ここでは鑑賞者はすぐ隣にいる人の顔もみえないほどの真っ暗な空間に誘われるが、時間の経過とともに、目が慣れ、離れた壁に一つの美しい企みを感じ取ることができるという作品である。

同じく初期「家プロジェクト」で、この島にある築百数十年の小さな家屋を使った「きんざ」には内藤礼《このことを》が展示されている。一人ごとに作品空間に入り、体験する作品だが、やはり室内に放り込まれた段階と時間の過ぎゆく段階で見えるもの(気づくもの)が変わっていく悦びを与えられる。タレルの作品がseeing(眺めること)でいいのに対して、内藤の作品はwatching(見つめること)をしないとこと足りないものだ。

内藤礼《世界に秘密を送り返す》2020年 鏡

内藤礼は広島県生まれ。現在、東京を拠点に活動。1991年に佐賀町エキジビット・スペースで発表した「地上にひとつの場所を」で注目を集め、その作品を1997年第47回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館に展示。近年の展覧会に「信の感情」(東京都庭園美術館 2014年)、「信の感情」(パリ日本文化会館 2017年)、「明るい地上には あなたの姿が見える」(水戸芸術館現代美術ギャラリー 2018年)、「うつしあう創造」(金沢21世紀美術館 2020年)がある。恒久展示作品には前述の《このことを》家プロジェクト「きんざ」(2001年〜)と《母型》豊島美術館(2010年〜)がある。

「内藤礼」展示風景 タカ・イシイギャラリー 2020年11月27日〜12月26日

現在、六本木のタカ・イシイギャラリーでの展示では、「color beginning」のシリーズが展示されている。これはもとは英国のロマン主義の画家、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーの水彩画を論じた言葉に依っているのだが、いま、このギャラリーに置かれているのは、一見なにも描かれてないキャンバス。いや、そうではない。淡く、やさしく重ねられた色彩は光を受けて、存在感を放つ内藤礼の絵だ。そこにあるのはキャンバスではない、絵画なのだ。光と鑑賞者の眼がそれを絵にしているのだ。

さらに、最初、ギャラリーに入ったときには見えなかっただろうもの、存在を気にもしていなかったものに対する気づきがやってくるだろう。さらに言えば、このギャラリーの空間も「与えられたもの」ではなく、「選ばれたもの」として機能しているように感じる。テラスに通じ、大きく光を取り入れることのできる窓を持っている展示空間。展示というものは空間や場所と一体化して完成するということをわかりやすく示している。「color beginning」の絵画がそこにおかれているからだ。なお、この絵は時間帯によって(光の状態によって)毎日、ギャラリースタッフによって角度が調整される。

「内藤礼」展示風景 タカ・イシイギャラリー 2020年11月27日―12月26日

「何かが顕われてくる瞬間を見ていたい。そういうことがほんとうに起きていると知りたいのです。制作をしているときだけではなく完成した作品にもその持続を願います。完成への一つの大きな生成が終わってもなお、顕われてこなくてはいけない。」(内藤礼『空を見てよかった』新潮社 2020年)

内藤礼《太陽》2020年 照明器具
内藤礼 会期 〜2020年12月26日(土) 会場 タカ・イシイギャラリー(complex665)

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鈴木芳雄|Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌「ブルータス」元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。