STARS BY SAHO TERAO

命は消え、しかし命は続く——寺尾紗穂|わたしの「STARS展」@森美術館 ❷

森美術館で開催中の「STARS展」(〜2021.1.3)は、鑑賞者ひとりひとりの目に何を映し、何を感じる機会になっているでしょうか。独自の創作活動を展開する注目のクリエイター3人に、それぞれの「STARS展」体験を自身の言葉で綴っていただきました。3回シリーズの第2回は、ミュージシャンとして活躍する寺尾紗穂さんです。

TEXT BY Saho Terao
PHOTO BY Matsuki Narishige

宮島達男《「時の海—東北」プロジェクト(2020 東京)》2020年 防水LED、電線、集積回路、水 展示風景:「STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ」森美術館(東京)2020年 撮影:高山幸三 写真提供:森美術館

宮島達男さんの《「時の海—東北」プロジェクト(2020 東京)》の暗室に入った時、明滅するいくつものデジタル数字が一つずつ増えていくのをみて、はじめ少し怖く感じた。水のちょろちょろと流れる音が響く部屋で、一つずつ増えていく数字は9まで到達するとまた1に戻っていた。それは繰り返しではあったのだけれど、まだらに散らばった数字たちが、一つずつ増えていくさまは、大きな災害の各地の刻一刻と明らかになっていく被害者数を示すようにも思えた。それが再び1に戻っていくのは、悪い夢の繰り返しのようだ。改めて光の広がりを眺めてみれば、それは夜景のように美しくもあった。これは鎮魂、だろうか。

隣室に進むと、映像が流れていた。このプロジェクトに関わった一般の人たちが、先ほど暗闇で光っていたカウンターの速度をそれぞれに設定している光景だ。この数字とその規則的な移ろいは震災後の東北に生きる人たちの生の軌跡と重なっていることを知った。私が死者の数ととらえたデジタル数字は、生者のそれだったのだ。一瞬苦い思いがこみ上げた。このズレ、認識の差こそ、東北と東京、彼らと私たちを分けてしまう思考回路の一つではないだろうか。津波と放射能という二重の被害の舞台となった被災地を、外から眺めたイメージ。それは、現地の日々つづいていく生活の変化や、そこに生きる人の実感と大きく隔たってゆく。ライブや取材で年に何回か東北にはいくが、点と点をジャンプするような滞在で学べることはわずかであり、自分にしみこんでいるステロタイプを改めてみつめるしかなくなる。命は消え、しかし命は続く。そのあたりまえのことを突き付けられた。

このプロジェクトは現在進行形で、宮島さんは鎮魂の意味もこめて3000個のLEDを東北に光らせることを考えているのだという。一見無機質にもみえる、このデジタル数字を使っての展示は、しかし十分にやわらかな思いをはらんでいるのだ。それは記憶の記録であり、鎮魂でもある。そして生き残った者の鼓動でもあるのだ。そこに詩的な感性とエネルギーが立ちのぼっている。

分断と言ってしまえばあまりに決定的になってしまう、人と人の間に存在する垣根のようなもの。誤解や偏見、不満と絶望、無知。世の中の悲しい出来事の多くはこのどこかから生まれてくる。それでも、その垣根は決して壊せないものではない。こちらから向こうへやわらかく風を吹かすこともできるはずだ。おそらく芸術にその使命がある。無機的なものに人の思いを込め、立場の異なる人々の関係性のすき間に、一本の糸を通して繋げていくような可能性。もう一度暗室に戻る。正者と死者の時間が重なるかのようなデジタル数字の明滅は、切れることのない糸のような祈りをたしかに織り込んでいた。流れつづける水音は暗闇に水紋を描いて「あちら」と「こちら」の境界を溶かしていくようにも思われた。
 

profile

寺尾紗穂|Saho Terao
大学時代に結成したバンド「Thousands Birdies’ Legs」や、弾き語りの活動を始める。2007年ピアノ弾き語りによるメジャーデビューアルバム『御身』を発表。大林宣彦監督作品『転校生 さよならあなた』、安藤桃子監督作品『0.5ミリ』(安藤サクラ主演)の主題歌を担当。CM、エッセイの分野でも活躍中。2009年よりビッグイシューサポートライブ「りんりんふぇす」を主催。2020年『北へ向かう』を発表。坂口恭平バンドやあだち麗三郎、伊賀航と組んだ3ピースバンド「冬にわかれて」でも活動中。また、著書に『評伝 川島芳子』(文春新書)『愛し、日々』(天然文庫)『原発労働者』(講談社現代文庫)『南洋と私』(リトルモア)『あのころのパラオをさがして 日本統治下の南洋を生きた人々』(集英社)『彗星の孤独』(スタンドブックス)があり、新聞、ウェブ、雑誌などでの連載を多数持つ。

STARS展」 場所 森美術館(六本木ヒルズ 森タワー 53F) 期間 〜2021年1月3日 時間 10:00~22:00(最終入館 21:30) ※火曜日のみ17:00まで(最終入館 16:30) ※以下日程は特別営業となり、朝9時から開館します。また、12月29日(火)は通常17時までのところ、22時まで開館いたします。期間 12月12日(土)、13日(日)、19日(土)、20日(日)、26日(土)~1月3日(日)