Catastrophe and the Power of Art

カタストロフ(惨事)に向き合うとき、アートにできること——津田大介 × SWOONが語る「カタストロフと美術のちから展」

大地震などの自然災害から、戦争やテロ、金融危機、さらに、ごく私的ながら人生をゆるがす喪失や心傷となる出来事まで。現代社会には様々なカタストロフ(大惨事)が起こり得ます。アートはこれらにどう向き合うのか? これをテーマにした展覧会が、森美術館で開催中(〜2019.1.20まで)。そこで、ジャーナリストの津田大介さんと出展アーティストのスウーンさんが、会場をめぐりながら語り合います。

photo (installation view) by Keizo Kioku
edit & text by Shinichi Uchida

セクションⅠ
美術は惨事をどのように描くのか―記録、再現、想像

トーマス・ヒルシュホーン《崩落》2018年 ミクスト・メディア・スカルプチャー Thomas Hirschhorn Collapse 2018 Mixed media sculpture Courtesy: Galerie Chantal Crousel, Paris 災害や戦争などを連想させる、瓦解した建物の大型彫刻。崩れそうな壁には破壊と創造をめぐるピカソらの言葉が。実はダンボールなどの身近な素材でできているのも特徴。※写真奥はクリストフ・ドレーガー「世界でもっとも美しい惨事」シリーズ

スウーン 本展は2部構成。前半は美術が大惨事をどう描くのかがテーマなんです。

津田 瓦礫の中に破壊と創造をめぐる言葉が書かれた大型彫刻(上写真)や、9.11のテロ現場写真をジグソーパズルにした作品(同写真奥:クリストフ・ドレーガー「世界でもっとも美しい惨事」シリーズ)など、主題も表現方法も様々。興味深いですね。

スウーン どちらも強い印象を残す作品で、感情的というより客観的に惨事を見つめる視点を感じます。瓦礫の彫刻は特定の事件を超えて破壊と創造をとらえ、パズルの連作は、芸術家が目撃したものを執拗ともいえる意思で表現し続ける。いずれも芸術の重要な姿勢です。

ミリアム・カーン《原子爆弾 (04.02.1988)》1988年 水彩、紙(2点組) Miriam Cahn Atombomben / atom bombs (04.02.1988) 1988 Watercolor on paper (set of 2) Courtesy: Wako Works of Art, Tokyo 鮮やかな色模様の水彩画が、そのタイトルを知った瞬間、キノコ雲などまったく別のものとして現れる。善悪を声高に訴えるのでなく、静かにそこにあることで問いかける作品。

スウーン 美しい水彩が実は核爆発を描いたものというカーンの絵や、人々の潜在意識を描くようなヘルムット・スタラーツの不穏な絵画にも引きつけられます。私は潜在意識というのが人災の原因にも、それを軽減する力にもなると思う。

津田 見る人の過去の体験によって作品の感じ方は多様でしょうね。トーマス・デマンドが紙で作った《制御室》で僕が思い出すのは、福島やチェルノブイリの原発事故現場を訪ねて感じた、かつて未来の象徴だったものの儚さです。

スウーン なるほど。こうして美術を通じて話し合うことでも、発見がありますね。

平川恒太《ブラックカラータイマー》 2016-2017年 アクリル、ガラスプライマー、油彩、電波時計 Hirakawa Kota Black color timer 2016-2017 Acrylic, glass primer and oil on radio-controlled clock 108個の電波時計に黒い絵具で福島原発事故現場の作業員を描いた。聴こえる針の音は、心音か「残り時間」か。なお関東の電波時計の標準電波は福島県双葉郡から送られている。

作品を注意深く覗き込むと、防護服姿の作業員たちの肖像画が。

スウーン 私は、表現に用いるメディア(媒体)と、メッセージとが密につながる作品が好きです。津田さんがジャーナリストとして美術に共感する部分は?

津田 ジャーナリストが数万字の言葉で複雑な現実を伝えようとするとき、優れた美術はその本質を瞬間圧縮して届けてくれます。だから、報道のような速報性や支援活動のような即効性はなくても、違う意味で「美術は速い」。もちろん各々に役割がありますが、僕が美術に惹かれるのはそうした力です。

スウーン それは新鮮な見方ですね。アーティストのひとりとして嬉しい言葉です。

セクションⅡ
破壊からの創造―美術のちから

加藤 翼《The Lighthouses – 11.3 PROJECT》2011年 プロジェクトの記録写真 Kato Tsubasa The Lighthouses – 11.3 PROJECT 2011 Documentation photograph of the project Photo: Miyajima Kei Courtesy: MUJIN-To Production, Tokyo 加藤は東日本大震災後に福島県いわき市の復旧支援に関わるなかで、ある地域のシンボルだった灯台を模した構造物を作り、立場を超えた総勢500名の人々と一緒に「引き興し」を行った。

スウーン 後半は、破壊からの創造を行う「美術のちから」がテーマ。この作品の加藤さんは、津田さんが芸術監督を務める「あいちトリエンナーレ2019」にも参加予定だとか。社会における「美術のちから」をどう考えますか?

津田 先ほど感情と客観性の話も出ましたが、「情」という漢字には、情報、感情に加え、他者への想像力や連帯につながる「なさけ」の意味がある。世界がネットに渦巻く情報で感情的になっている今、この3つめの力は重要で、これが次回あいちの主題。だからこの加藤さんのような表現にも注目しています。

スウーン《メデイア》2007年 ミクスト・メディア・インスタレーション Swoon Medea 2017 Mixed media installation 性的暴力や薬物乱用の問題をはらんだ、作家自身の家族史と向き合った作品。住居の各所に描かれた異形の女性は母や祖母を表し、電話機からは虚実が混交した会話が聴こえる。

スウーン これが私の作品。少しシリアスな話になるけど、私の家の世代間にわたる心の傷をめぐるものです。家の各所に描いたのは、冷たく支配的でもあった祖母や、薬物依存のあった母です。実は二人とも、過去に性的暴力に苦しんでいた。私にも辛い記憶は多く、でも母の死を機に全てに向き合おうと思いました。

津田 ごく私的だけど、心が引き裂かれる体験ですね。これを作ることで自らを守り、癒し、一方で家族を赦したい気持ちがあったのでは。異形で描く母親像も目に優しさがあり、慰霊や死者との対話でもあると感じます。

スウーン ありがとう。作品からそこまで感じ取ってもらえたことが嬉しいし、感動します。

オノ・ヨーコ《色を加えるペインティング(難民船)》2016 / 2016-2018年 ミクスト・メディア・インスタレーション Yoko Ono Add Color Painting (Refugee Boat) 2016 / 2016-2018 Mixed media installation 難民問題解決への願いから生まれた参加型作品。来場者はここに平和へのメッセージを描ける。これまでヨーロッパを目指す難民の多くが最初に向かうギリシャなどで発表されてきた。

スウーン 最後のオノさんの作品では、来場者がそこに描いた絵を、私は一本の線でつないでみました。避け難いカタストロフがあるとしても、災禍を軽減し、そこから立ち直るためのヒントが美術の中にあることを願っています。

津田 人間の表現欲はときに他者に対して暴力的にもなり得る。これはジャーナリズムも同様だし、東日本大震災の取材や、被災地での催しを企画した経験からそう思います。でも、作り手がそれを自覚した上で必然性をもって発する表現には、大事なものを伝える力や、再生につながる力があると信じています。

profile

スウーン|SWOON
本展参加アーティスト/1977年コネチカット州生まれ、ニューヨーク在住。女性ストリートアートの第一人者で、ハイチやニューオーリンズの被災地復興のための制作や、放置された教会を地元コミュニティと共に再生する活動も意欲的に行う。近年は美術館やギャラリーでの発表も多い(photo by TADA(YUKAI))

profile

津田大介|DAISUKE TSUDA
ジャーナリスト/メディアアクティビスト/1973年東京生まれ。ネットを利用したジャーナリズムやメディアビジネスを多様な形で実践。新世代の政治ウェブメディア「ポリタス」編集長を務め、「あいちトリエンナーレ2019」芸術監督に就任など、活動領域は幅広い。『情報戦争を生き抜く 武器としてのメディアリテラシー』(朝日新聞出版)など著書も多数。(photo by TADA(YUKAI))