JAPAN-NESS

戦後の日本建築史をたどる展覧会、「ポンピドゥー・メッス」で開催中

日本人建築家、坂茂の設計によって2010年にオープンした「ポンピドゥー・センター・メッス」で、『ジャパン−ネス 1945年以降の日本の建築と都市計画』と銘打った展覧会が来年1月8日まで開催されている。パリからTGVで1時間半かかるフランス東部の地方都市にもかかわらず、平日でも熱心な見学者たちが足を運び、関心を寄せている。

TEXT BY Mari Matsubara

「ジャパン−ネス」とは、建築家・磯崎新が2003年に発表した著書『建築における「日本的なもの」』で示した概念の訳語。磯崎は20年に1度建て替えられる伊勢神宮に象徴されるように、絶えず再解釈(破壊と再生)を繰り返すことによって不変の価値と自らのアイデンティティを維持し続けてきたことを、日本建築の特徴と考えている。この磯崎の観点を借りながら戦後の日本建築史をたどろうというのが展覧会の意図だ。

再生、拡大、増殖、
ミニマリズム、透明性

時系列に沿って、まず「1945年−破壊と再生」と題された部屋から始まる。終戦時の玉音放送の音声が流れ、映画「ヒロシマ・モナムール」(マルグリット・デュラス原作、アラン・レネ監督)の映像が映写される空間。焦土と化した広島市街地の空撮写真にコラージュとグワッシュで架空の建造物を加えた磯崎新の大きな平面作品が展示されている。戦後はもちろん、それ以前も江戸時代の度重なる大火や関東大震災を経て、破壊と再生が日本文化を形成してきたことを印象づける。

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1/5第1室の展示風景 Arata Isozaki, Re-ruined Hiroshima, 1968 ©Arata Isozaki Alain Resnais, Hiroshima mon amour, 1959 ©Alain Resnais / Argos Film ©Centre Pompidou-Metz / photo Jacqueline Trichard / 2017 / Exposition Japan-ness
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2/5磯崎新の平面作品 Re-ruined Hiroshima, 1968年 ©2017. Digital image, The Museum of Modern Art, New York/Scala, Florence
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3/5丹下健三「広島平和会館原爆記念陳列館」 1952年 ©Kenzo Tange, Kochi Prefecture, Ishimoto Yasuhiro Photo Center
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4/5菊竹清訓「海上都市計画」(実現せず) 1963年 ©Centre Pompidou, MNAM-CCI/Georges Meguerditchian/Dist. RMN-GP ©Kiyonori Kikutake
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5/5磯崎新「東京空中都市計画」(実現せず) 1960-63年 Frankfurt am Main, Deutsches Architekturmuseum ©Arata Isozaki

続く第2室、1955年までは「都市と国土、建築プロジェクトの萌芽」の時代。丹下健三の「広島平和記念公園」をはじめとする国家的大規模プロジェクト、さらにル・コルビュジエに師事した坂倉準三、前川國男、吉阪隆正らが推し進めたブルータリズム建築、コンクリートの使用によってよりフレキシブルな建造物が可能になった時代が説明される。

1960年代から、都市も生活も増殖や変形を繰り返して新陳代謝するという斬新な概念「メタボリズム」が提言される。菊竹清訓の「海上都市計画」の模型とデッサン、黒川紀章の「中銀カプセルタワービル」の木製模型などには、会場内のフランス人たちも興味津々で見入っていた。

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1/5村田豊「大阪万博 富士グループパヴィリオン」 1970年 ©Yutaka Murata ©Osaka Prefectural Expo 1970 Commemorative park Office
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2/5黒川紀章「大阪万博 東芝IHIパヴィリオン」 1970年 ©Kishô Kurokawa © Osaka Prefectural Expo 1970 Commemorative park Office
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3/5黒川紀章「中銀カプセルタワービル」 1972年 キューブ状の住居1戸ずつが取り替え可能であることがコンセプトだったが、現在に至るまで交換されていない。©Kishô Kurokawa photo©Makoto Ueda
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4/5会場内に展示された中銀カプセルタワービル模型。
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5/5山下和正「顔の家」 京都  1974年 ©Kazumasa Yamashita ©Courtesy of Kazumasa Yamashita, Architect et Associés / Ryuji Miyamoto

構造主義に端を発するミニマリズム、タイポロジーに回帰していく80〜90年代。安藤忠雄による「光の教会」はフランス人にもよく知られており、来場者たちはコンクリート製の模型を360°全方位からしげしげと眺めていた。

95年以降から現在までを<露出オーバー、イメージ、そして語り>と題して、隈研吾、伊東豊雄、SANAA(妹島和世+西沢立衛)、坂茂らに代表される、建築自体があたかも消滅するような透明性、またアルミや紙管といったマテリアルへの探求を解説している。さらに若い世代、藤本壮介や石上純也らの活躍にも触れている。60枚もの建造物の写真パネルが天井から吊り下げられた中を見学者は縫うようにして歩き、建築散歩を楽しめるという仕掛けもユニークだ。

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1/5安藤忠雄「住吉の長屋」 1976年 コンクリート造の模型。
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2/5安藤忠雄「光の教会」 (大阪茨木市) コンクリート造の模型 1987-89年 95,5×223×101,5cm
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3/5天井から建築写真パネルが吊るされた展示室。ユニークで見やすい会場設計は、フランスでも複数のコンペを勝ち抜き、進行中の案件を抱える建築家・藤本壮介が担当した。
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4/5伊東豊雄「せんだいメディアテーク」 (2000年)の構造体の習作模型 1998年。
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5/5「せんだいメディアテーク」 全体模型。

会場設計は日仏で活躍する
藤本壮介が担当

展示は難解なものではなく、65点のオリジナルの模型や、150枚の設計図やデッサン、雑誌記事資料、写真などが天井の高い空間を有効に使って展示され、視覚的にも楽しませる。特にコンピューター導入以前の、手描きで製作された緻密な設計図や木工で丁寧に作られた模型からは、戦後の日本再生や都市計画を建築家がどのように考えていたのか、その思想が伝わってきて、それ自体が熱のこもったアート作品のようだ。しかし日本国内では見過ごされ、管理保存が行き届かず、散逸していたこれらの資料を15年以上前から収集してきたのが、本展覧会のキュレーターでもあるフレデリック・ミゲルー氏(ポンピドゥーセンター建築部門チーフディレクター)だ。彼は「この会場を歩き回ることによって、日本の戦後建築の歴史を時系列にたどれるようになっています。有機体のような都市を捉えた藤本壮介の会場設計によって、西洋社会から見落とされがちだった日本文化の多様性と建築史における決定的作品を視覚化して理解することができるでしょう」と語る。

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1/5藤森照信「高過庵」(茶室) 茅野市 2003-2004年 模型
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2/5石上純也「神奈川工科大学KAIT工房」 2009年 模型。
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3/5保坂猛 レストラン「ほうとう不動」 富士河口湖 2009年 ©Takeshi Hosaka Architects ©Nacasa & Partners Inc / Koji Fujii
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4/5藤本壮介「パリ 1000本の樹プロジェクト」 現在進行中。パリ市再開発プロジェクトの1つで、パリ17区と隣町ヌイイ市にかかる環状道路をまたぐ、住宅、オフィス、ホテル、バス発着所、レストラン、公園などを含む複合施設。逆ピラミッド型の建物を豊かな植栽が覆う。 ©Sou Fujimoto Architects + OXO Architects ©Cie de Phalsbourg et OGIC
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5/5夜景のポンピドゥー・メッス。坂茂設計。 ©Centre Pompidou-Metz / Photo Roland Halbe

その通り、日本の建築といえば寺社仏閣などの古建築か、はたまた建築界の最高栄誉であるプリツカー賞受賞者を立て続けに輩出したここ10年ほどの最先端建築か(過去10年以内ではSANAA、伊東豊雄、坂茂。それ以前に丹下健三、槇文彦、安藤忠雄)、視線の矛先が真っ二つに分かれてしまいがちだが、間断なき日本建築史の流れを丁寧にたどれる展覧会だ。宿命的にスクラップ&ビルドを繰り返さざるを得ない環境にあり、建築の文化的位置づけがいまだ低い日本国内よりも、日本人建築家は海外(特にフランス)で活躍し、注目されている。日本でも2018年4月25日から森美術館で『建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの』展が開催されるが、これを機会に、日本建築の特質が、日本国内の一般の人々にも認知され、その意義がさらに醸成することを期待したい。

ジャパン-ネス 1945年以降の日本の建築と都市計画
会場 ポンピドゥー・メッス 会期 〜2018年1月8日(月) 開館時間 10:00〜18:00(※火曜休み)

松原麻理|Mari Matsubara
アシェット婦人画報社(現ハースト婦人画報社)で雑誌編集に携わったのち2009年よりパリ在住。アート、建築、デザイン、パリガイド、インタビューなどの分野で取材執筆。「&Premium」で毎月パリ連載を担当するほか「Casa BRUTUS」「婦人画報」「Precious」などに寄稿。

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