Street Design for People

クルマで溢れかえったNYの街は、なぜヒューマンファーストに生まれ変われたのか?——ジャネット・サディク=カーン(元ニューヨーク市交通局局長)

ニューヨークの街路を劇的にシフトさせた元ニューヨーク市交通局局長のジャネット・サディク=カーンさんが、森記念財団都市戦略研究所主催の講演を含む、一連の講演ツアーのため初来日。ストリートをどのように変えたのか? その画期的な取り組みについてお話を伺いました。

TEXT BY Mari Matsubara
PHOTO BY Aya Kawachi

クルマの通行量が多く、交通渋滞の坩堝だったニューヨークの中心街が、ここ10年の間にその様相を一変させている。交差点のアングルに「プラザ」と呼ばれる広場が設けられ、デッキチェアでくつろぐ人の姿が見られたり、自転車専用道路やバスレーンが設置されたり、かつて自動車が我がもの顔で行き交っていたストリートは、今や歩行者やサイクリストが安全に通行できるストリートへと変化を遂げた。対立意見と闘い成し遂げたこの変革を、当事者だったジャネットさんは「ストリートファイト」と呼び、世界中の市長や交通局と協働して、人間中心の街路設計の重要性を訴えている。

──ニューヨークのストリート変革のために行ったことを具体的に教えてください。

ジャネット 4つのポイントがあります。第1に自転車専用道路を整備したこと。今では400マイル(約640㎞)にも伸びています。実はニューヨークでは公共交通機関の利用者は62%で、自転車利用者が35%もいたにもかかわらず、これまで本格的な自転車通行網がなかったのです。車のためだけに設計された道路では自転車は危険でした。

第2に、市内にプラザと呼ばれる広場を60カ所設置しました。たとえば交差点の一隅の路面をペイントして自動車進入禁止にし、デッキチェアを置き、人々が憩える場所にしたのです。それだけでなく、お年寄りやベビーカーを押す母親などにとって道幅の広い道路を渡るときの中継地点にもなるので、安全性が高まります。

第3に快速バスレーンを設けました。これにより、自動車とバスの通行を明確に分離し、よりスムーズな交通が保てます。

最後にシェアサイクルシステムを導入しました。市内750カ所のステーションに12,000台の自転車が配備され、市民が気軽に自転車を借りられるようになりました。自転車専用道路の整備拡張と相まって、「自転車移動」という選択肢を安全に市民に提供することに役立ちました。

ジャネット・サディク=カーン|Janette Sadik-Khan
ブルームバーグ・アソシエイツ代表/2007年から13年までブルームバーグ市長の下でニューヨーク市交通局局長を務め、歩行者や自転車に優しい街路改革を主導。現在は前市長が創設した非営利コンサルティング団体の代表、米国都市交通担当官協議会、及びグローバルデザイニングシティイニシアチブの議長として世界各地の市長や交通局に助言を行う。著書の翻訳版『ストリートからの都市改革(仮)』が2019年9月に発行予定。

──必然的に車道が狭まることで周辺地域の車の渋滞を招くのではないかとの懸念から、この計画に反対する人も多かったのではないですか?

ジャネット もちろんです。移動量を最大化させるのが道路の役目だという先入観に麻痺してしまっている人々が反論を唱えました。でも本来、道路は人間のためのものです。街の中における道路の占有面積はかなり広い。この貴重な不動産を車のためだけに使うというのはかなりもったいない話ですよ。それに、過去60年間あらゆる都市で渋滞緩和のために車線増設がなされましたが、一向に事態は良くならない。車線を増やして渋滞を解決しようとするのは、ベルトを緩めて肥満を解決しようというのと同じ。だから考え方を根本的に変えるべきなのです。

──反対論をどのように説き伏せましたか?

ジャネット たとえば自転車専用道路を増やすことで、地元の経済が潤うことを示しました。歩行者やサイクリストが通り沿いの店に立ち寄り、買い物をする機会が増えたので、ローカルの小売業の売上げは172%に増大しました。すると地価も上がり、デベロッパーは喜びます。交通事故死者数は2001年から2018年の間に48%減少しました。以前の公共バスは渋滞のせいで歩くより遅いと不評でしたが、バスレーンが確保されたことでスピードアップしました。というわけで、みんなが得をするのです。こうした取り組みはお金をそれほどかけずに、すぐに実行できることばかりなのですよ。一夜のうちに路面をペイントする、たったそれだけで翌日からストリートを一変させることができます!

──東京でもストリート改革は可能でしょうか?

ジャネット 東京の主要地域は土地の高低差も少なく、街路が密な作りになっていて、世界的に見ても自転車移動に向いている街だと思います。それにもともと公共交通が発達しており、他の都市がうらやむほど基本的なインフラが整っていますから、あとは道路に対する新しい視点さえ持ち込めば、劇的に変わるでしょう。街路改革を一般の人にも快く理解してもらうためにはビジュアルデザインが欠かせませんが、日本はデザイン美学が圧倒的に優れていますから、その点でも大いに期待できます。ストリートは巨大なキャンバスなんですよ。そこへ地元のアーティストや美大生、さらにはボランティアなどを巻き込んでペイントし、安全で、見た目にも美しい環境を作り上げる。その結果、地域コミュニティーとのつながりも強化されます。官民が一緒になって、街路の主権をクルマではなく、人間に取り戻すのです。東京の今後の街路整備に期待しています。

──つまり「ストリートファイト」の根幹は、私たちの考え方の変革なのですね?

ジャネット その通り。「反クルマ」なのではなく、移動の選択肢を増やしたい。カーファーストではなくヒューマンファーストの街を目指すのはエンジニアリングの問題ではなく、想像力の問題なのです。

『ストリートからの都市改革(仮)』
タイムズスクエアの広場化など、ここ10数年で急激な変貌を遂げたニューヨーク市の公共空間。ストリートの主役は、自動車から歩行者や自転車へと移り変わった。いかにしてストリートを人間の手に取り戻したのか——その闘いの記録を、元ニューヨーク市交通局長ジャネット・サディク=カーンが実例を交えながら記述するドキュメント。2019年9月、学芸出版社より刊行予定(予価:3500円+税)