まだ真新しい北陸新幹線のシートに身体を預けて、2時間と40分少々。降り立ったのは富山県・新高岡駅のホーム。ほどなくして、終点の金沢駅へと向かう列車を送り出す、発車のベルが鳴り出しました。耳慣れた電子音ではない、ハンドチャイムのような、いや、それよりもっとふくよかな金属の音。心地いい余韻をたっぷりと残すそれは新鮮で、それでいてどこか懐かしい不思議な耳触り。金属の鋳造で名を馳せた「工芸の街」高岡らしい演出に、旅のはじまりからうれしい気持ちになりました。
Text by Chiharu Shirai / Photo by Chika Miura
千本格子と石畳の街を歩くと
高岡の街のはじまりは、この地が要害としての軍事機能だけでなく、水陸交通の要として経済機能も持つことを見抜いた前田利長が高岡城を築いた約400年前。築城まもなく、城下の繁栄を図るために7人の鋳物師を招き、拝領地を与えたことから工芸の街としての歩みをはじめます。
その際利長が与えたのは、現在も千本格子や石畳が美しく、新旧の鋳物を取り扱う店が多く残る金屋町。カメラ片手にぶらりと歩くだけでも、気ままにギャラリーを覗いても楽しい街。煙突から昇る煙を見つけたら、今もこの地で工房を構える鋳物師が金属を溶かしている合図です。
能作がつくる、新しい伝統
そんな伝統と歴史を受け継ぐ一方、クラフトコンペを開催するなど、新しい風も積極的に取り込む高岡市。その技術力を活かして革新を起こすひとたちがいます。その代表格が、鋳物メーカーでありながら直販も行う「能作」。硬いという金属に対する固定概念を覆す、錫100%でできた「曲がる」シリーズはご存知の方も多いのではないでしょうか。
ここで企画開発課に籍を置き、鋳型製作に励む梅田泰輔さんも、能作の革新性を支えるひとり。「金属を流し込む型となる鋳型は、これまで土や鉱物が主な原料でしたが、新たにシリコーン製の鋳型を開発。これまでよりも早く、たくさんの種類の製品を作れるようになりました」と胸を張ります。
「能作のモットーは絶対に『できない』と言わないこと。とにかく新しいことが好きで、技術に自信がある。それに課題があるということは、次に進むチャンスでもあります。そうやってどんどん挑戦してきた成果が近年、注目していただけている理由だと思いますね」
おりんの音色に耳を澄ませば
長く仏具を手がけてきた「山口九乗」もまた、高岡工芸の可能性を広げようとしているメーカー。仏壇の前で手をあわせるときにチーンと鳴らす「おりん」を今、楽器として発信しています。
波の音、小川のせせらぎ、小鳥のさえずりなど、心地いいとされる音に共通しているのが「f分の1のゆらぎ」。それ、ここ山口久乗のおりんの音にもあるという。
「職人たちのこだわりのおかげで、おりんひとつずつに音階をつけることに成功しました」と語るのは社長の山口敏雄さん。「不思議なのはどの音を鳴らしても不協和音にならないこと。音同士が結びついて、やがてひとつの空気のうねりになるんです」。
聴いてみると、なるほど納得。叩いた瞬間に鳴る高音は確かにドレミのそれだけど、後につづくウワンウワンウワン……という残響は確かにひとつの音の塊に。でも、あれ? この音どこかで……。
「実は新高岡駅の発車の合図は、この久乗おりんが使われているんですよ」と笑顔の山口さん。どおりで懐かしいと思ったら、小さな頃から仏壇の前で聴いていたあの音だったとは。
工芸の街、高岡市で触れた伝統と新しい風。帰りの新幹線に乗り込んで耳を澄ますと、おりんのやさしい音色に導かれて至福のまどろみへと引き込まれるよう。動き出した車窓を横目に、旅の余韻が心地よく広がっていました。
※ 写真は、福井県の木工メーカー「Hacoa(ハコア)」とのコラボレーションアイテムです。
※ 能作直営店・公式通販サイト、Hacoa直営店・ネットショップのみの取扱いとなります。
旅する高岡市
Ehime Shokudo
高岡御車山祭ユネスコ無形文化遺産に登録された「山・鉾・屋台行事」のひとつで、毎年5月1日に七基の「御車山」が町を巡行するお祭り。山車は優れた工芸技術で装飾され、“動く美術館”とも呼ばれる日本屈指の絢爛豪華さです。
Sunrise Imabari
能作4/27、能作の新しい社屋がオープン。ショップ、カフェ、工場見学、体験工房などの機能を備えて、これまで以上に訪れて楽しい場所に。
Kirosan Observation Park
山口久乗明治40年創業、銅器の仏具を中心に企画制作をするメーカー。ショールームでは久乗おりんに触れて、音を聴いて、お気に入りの一品を心ゆくまで吟味することができます。
「旅する新虎マーケット」は全国津々浦々の魅力を集め、編集・発信し、地方創生へ繋げる“The Japan Connect”を目的とするプロジェクト。舞台は、2020年東京オリンピック・パラリンピックでメインスタジアムと選手村を結ぶシンボルストリートとなる「新虎通り」です。「旅するスタンド」でその街自慢のモノ、コト、ヒトに触れたり、「旅するストア」や「旅するカフェ」で珍しいグルメやセレクトアイテムと出会ったり。約3カ月ごとに新しくなるテーマに合わせて、日本の魅力を凝縮。旅するように、通りを歩く。そんな素敵な体験をご用意して皆さまをお待ちしています。
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