アートの力を取り入れる都市は日本全国に数あれど、ここ山口県宇部市の歴史は群を抜きます。何しろ戦後復興期の間もなくから、市井の人々の力で街のあちらこちらに彫刻作品が増えはじめたという、筋金入りのアートの街。「清潔で真っ白な室内に並べられた展示ケース越しに眺めるもの」という芸術品との付き合い方のイメージがここではあっさりと覆されます。
Text by Chiharu Shirai / Photo by Chika Miura
連載旅する新虎マーケット Ⅰ期
Exhibitor 4-1
「旅する新虎マーケット」は全国津々浦々の魅力を集め編集・発信し、地方創生へ繋げるプロジェクトです
「旅する新虎マーケット」は全国津々浦々の魅力を集め編集・発信し、地方創生へ繋げるプロジェクトです
Text by Chiharu Shirai / Photo by Chika Miura
たとえば、日暮れが迫る中、話し込む少年ふたりが腰をかけていたのは、ねじれながら左右へと広がる真紅の彫刻。第19回現代日本彫刻展で宇部市野外彫刻美術館賞に輝いた名作であるにもかかわらず、これほどまでに人々と距離が近いことに驚かされます。尋ねてみると、彼らはこの日卒業式を終えたばかり。『Locus of Time(時間の軌跡)3』と名付けられた作品のそばで人生の節目を語り合っていたのも何かの運命……というのは、少し考えすぎでしょうか。
市街地に作品が点在する一方で、集中的に展示されているのが、『ときわ公園』内にある美術館『ときわミュージアム』。広大な敷地の中に100点近くの作品が集められ、訪れる人を楽しませています。
「彫刻の見方って、ファッションと似ているなと思うんです」と語るのは、学芸員の山本容資さん。「難しく考えずに好きや嫌い、自分の心にぴったりくるかどうかで見ていけばいいんです。それに触ったり、中に入ったりと、遠くから眺めるだけでない作品もたくさんあります。本当に気軽に彫刻を楽しんでほしいですね」と、ここでもとてもアートと人の距離が近い言葉。実際、訪れたこの日も遠足でやってきた子どもたちが、世界屈指の作品を相手に抱きついたり、座ったり、思う存分「遊んで」いたのが印象的でした。
『ときわ公園』は今、世界で最も歴史ある野外彫刻コンクール『UBEビエンナーレ(現代日本彫刻展)』の準備真っ只中。前回作品が移動され、夏には今年の作品の最終制作がはじまります。作品の中には一般の人たちが参加して仕上げるものもあるというので、ぜひ日程をチェックしておきたいところ。
その他にもオープンしたばかりの『ときわ動物園』で、サルとカワウソが一緒に暮らす様子を目の前で覗いたり、プラントハンター・西畠清順さんが監修する「世界を旅する植物館」で世界の植物と出会ったり。彫刻巡りに留まらない楽しさが、『ときわ公園』では待っています。
最後に、第25回UBEビエンナーレ(現代日本彫刻展)大賞作品「Our Love(冨長敦也作)」を訪ねました。ハートに象られた巨石にそっと手を重ねるとひんやり、冷たい。だけど人々の手で磨かれた表面はなめらかで、子どもの頃に砂浜で拾った、丸く小さな手に馴染んだ懐かしい石を思い出す。
上に乗って寝転んでもいいですよ、そんな山本さんの声に甘えて、大の字になる。腰のあたりで適度にくぼんで、固い石の上なのに心地いい。空は高く、遠くで子どもたちの声が聞こえる。宇部に来たなら、彫刻を眺めるだけではもったいない。ここはどこよりも人とアートが近い場所。世界屈指の作品たちを、さあその手で。
ときわミュージアムときわ湖湖畔の総合公園「ときわ公園」内にある美術館で、「UBEビエンナーレ(現代日本彫刻展)」の会場。約90点の野外彫刻が常設展示されており、一日中楽しめます。
ときわ動物園動物本来の行動を発揮させる「生息環境展示」が特徴の動物園。サルとカワウソが一緒に暮らす様子やワオキツネザルの鋭い視線など、動物たちの自由でのびのびとした姿を眺められます。
世界を旅する植物館2017年春、プラントハンター・西畠清順さんの手で生まれ変わる植物館。世界中の珍しい植物と、旅するように出会える体験型の施設として期待されています。
「旅する新虎マーケット」は全国津々浦々の魅力を集め、編集・発信し、地方創生へ繋げる“The Japan Connect”を目的とするプロジェクト。舞台は、2020年東京オリンピック・パラリンピックでメインスタジアムと選手村を結ぶシンボルストリートとなる「新虎通り」です。「旅するスタンド」でその街自慢のモノ、コト、ヒトに触れたり、「旅するストア」や「旅するカフェ」で珍しいグルメやセレクトアイテムと出会ったり。約3カ月ごとに新しくなるテーマに合わせて、日本の魅力を凝縮。旅するように、通りを歩く。そんな素敵な体験をご用意して皆さまをお待ちしています。
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