「Green&Wellness」をコンセプトに掲げる麻布台ヒルズでは、毎月1回、親子向けの無料プログラム「FAMILY GREEN アトリエ」を開催しています。取り入れているのは世界で最も先端的な教育のひとつ、レッジョ・エミリア・アプローチ。このアプローチを軸に、子どもの創造性を尊重した、さまざまなプログラムが用意されています。「FAMILY GREEN アトリエ」の魅力に迫る今特集。第2回は、レッジョとは何か?を学びながら、そのアプローチから生まれる“美しさ”について考えます。森ビルと共に「FAMILY GREEN アトリエ」を企画する、「まちの研究所」の山岸日登美さん、岡庭 希さんと、森ビル タウンマネジメント事業部の徐 桑安さんに話を聞きました。
TEXT BY YUKA UCHIDA
PHOTO BY AYA ITO
大切なのは「驚き」と「発見」
——最初にレッジョ・エミリア・アプローチの歴史について教えてください。
山岸 レッジョ・エミリア・アプローチ(以下、レッジョ)は、第二次世界大戦後に北イタリアのレッジョ・エミリアという小都市で生まれました。戦争が終わり、このような過ちを繰り返したくないと考えた母親たちが、そのために大切なのは教育だと考え、街全体で始めたアプローチです。世界にはさまざまな教育の考え方がありますが、誰かひとりの教育者が提唱したものではなく、市民、それも母親たちによって生まれたというところが、レッジョの重要な背景となっています。
山岸日登美|Hitomi Yamagishi JIREAボードメンバー。「まちのこども園 代々木公園」前園長。現在は「まちの保育園・こども園」ペタゴジカルチーム ディレクター及び「まちの研究所」ペタゴジカルディレクターとして従事。幼児教育・保育の専門家として、東京大学CEDEP子ども探究プロジェクト「東京プロジェクト」等にも関わる。
山岸 1990年代にはアメリカ版ニューズウィーク誌で“世界で最も先進的な乳幼児教育”として取り上げられ、世界へと広がりました。具体的に何をするのか?というと、どうしても抽象的な表現になってしまうのですが、描くことや作ること、よく見ることなどを通して、子ども自らの手や身体、感情をたくさん使いながら、世界を知っていくということを、プロセスを大切にしながら行なっています。
岡庭 レッジョは、直接的に何かを教えたり、身につけさせたりするものではないので、言葉で伝えるのがとても難しい。私たちの運営する保育園やこども園でもレッジョを取り入れていますが、その説明にはいつも時間と言葉を十分にかけています。「子どもの創造性を開くアプローチ」ではあるのですが、それだけではない豊かさがあります。
岡庭 希|Nozomi Okaniwa 「まちの保育園・こども園」「まちの研究所」プロジェクトマネージャー・広報。「まちの保育園・こども園」の各園や「まちの研究所」各施設の立ち上げなど、新規事業を中心に関わる。広報も担当しており、子どもの表現や保育実践、まちの子どもの未来をつくる各事業の発信にも取り組んでいる。
徐 私は「FAMILY GREEN アトリエ」の企画に携わりながら、レッジョへの理解を深めていっているのですが、毎月の準備を進める中で「こうやって世界と関わることができるのか!」と驚いています。本当にユニークで、大人にとっても気づきの多い教育アプローチですよね。
徐 桑安|Soan JO 森ビル タウンマネジメント事業部 TMマーケティング・コミュニケーション部にて、「FAMILY GREEN アトリエ」の企画・運営を担当。一児の母でもあり、保護者の視点も活かしながら、地域の子どもや子育て世帯のための場づくり、仕掛けづくりを考えている。
山岸 「驚き」や「気づき」はレッジョが大切にしていることのひとつですね。子どもたちはそれらの体験を通して、世界と関係性を結んでいきます。レッジョが「メソッド(手法)」ではなく、「アプローチ(働きかけ)」だという点もとても重要で、これは子ども一人ひとりが異なる個人だという前提に立っていることの表れです。レッジョの根底には、子どもの力を信じ、共に世界を見つめ直そうとする姿勢があります。
リスペクトを込めて、環境を差し出す
岡庭 「FAMILY GREEN アトリエ」は、何かを完成させたり、スタンプラリーのように順番にクリアするといった内容ではありません。例えば昨年の夏に用意したのは、大地に描くランドアート『私たちの太陽』というプログラム。中央広場の芝生の上に、太陽に見立てた大きな円を描き、その近くに枝や葉、色とりどりの丸い紙やカラフルなリユース素材などを置いておきました。
徐 子どもたちは、それらの素材を思い思いに手にして、好きな場所に置いたり、ほかの素材と組み合わせたりするんですよね。誰かが置いた枝の近くに、自分が手にした丸い紙をそっと並べてみたり。自分ひとりで世界をつくるのではなく、人との関わりを意識しながら、ひとつの風景を参加者みんなで作り上げていくような、そんなプログラムでしたね。
昨夏のプログラム、大地に描くランドアート『私たちの太陽』。時間の流れとともに、ランドアートの様子が移り変わっていく。レッジョでは「共同性」も大切にされていて、ゆるやかに他者と繋がることが場を豊かにしていく。
岡庭 こうしたプログラムには様々な素材を活用しています。都市における自然との関係性を大事にしたいので、枝や葉といった自然素材が中心ですが、プラスチック製のパーツのようなリユース素材も選んでいます。これは子どもの目にどう映るのか? どんな遊びを誘発してくれるのか?と検討しながら集めたものです。
徐 何となく集められたものではないということに、最初、深く感動したのを覚えています。素材の並べ方にも緻密な考えがあって、どうしたら子どもたちが自然と手を伸ばしたくなるのか?という検証が重ねられていますよね。
岡庭 はい、そこがとても重要なんです。例えば、木箱にきれいに並べて置いておく。単に素材ごとにグルーピングするのではなく、異素材だけれど、長さが似ているものをひとつに集めてみたり、隣り合うことで互いの色形が引き立つように配置してみたりします。
「FAMILY GREEN アトリエ」に用意された道具箱&素材箱。子どもたちは気になるものを自由に手に取れる。近くに置かれたカードには「冬のすがたは、どんなかたちやさわりごこち?」という問いかけが。
触って、握って、持ち上げて……。素材を選ぶ過程でも、子どもたちは多くのことを感じている。じっくりと、時間をかけて選ぶ子も。その様子をそっと見守ることができるのも、順番や工程といったルールがない「FAMILY GREEN アトリエ」だからこそだ。
山岸 箱に収まっている姿が、ただそれだけで美しいですよね。子どもたちはその美しさに惹かれて自然と手を伸ばします。こうした手渡し方をするのは、素材ひとつひとつへのリスペクトや、それを手にする子どもたちへのリスペクトがあるから。そこに自分たちへの敬意があることを、子どもたちはしっかりと感じ取ってくれます。
岡庭 こうした環境があれば、子どもたちが主体となって自然と何かが始まっていくんです。レッジョは、とても丁寧な設計がされたアプローチだと思っています。
——会場スタッフも子どもたちへ過度な声掛けをしないそうですね。
岡庭 はい、スタッフのほとんどが保育経験者で、子どもとのコミュニケーションには長けていますが、必要以上の声掛けはしません。用意した素材や道具の使い方が分からなければさり気なくサポートするといった程度です。
徐 子どもの隣にいると、つい「すごいね」「次はこれをしたら?」なんてことを言いそうになりますが、そうではなく“見守る”という意識をチームで共有しています。
岡庭 子どもが何かを発する前に、大人が先回りして言葉で定義するようなこともないように心がけていますね。過剰に褒めたり、盛り上げたりもしない。子どもたちのペースを大切に、彼らの表現を常に第一に置いています。
黄と青の絵具を混ぜて、いろいろな緑をつくるプログラム。色が変わっていく不思議さ、ひとりひとりの緑が異なることの面白さに、子どもたちの目が輝いていた。
いろいろな緑を並べてみる。ひとつとして同じ緑がないこと、それぞれに美しさがあることを、その場にいる人々で共有できる。
山岸 レッジョには「手で考える」という言葉があるんです。子どもたちは、身体(五感)や感情すべてを使って世界を知ろうとしている。手だけではなく、目で、口で、耳で……全身を使ってたくさんのことを感じたり、考えたりしています。だから、没頭することや集中すること、考えることができるだけ長く続くよう、大人も一緒になってそのものを見つめたり、感覚や感情を動かして、共にいることを大切にしています。
徐 子どもの隣にいると、シンプルに「うちの子、すごい!」と思える瞬間がたくさんあるんですよね。実際、私はそうでした(笑)。「五感を使ってこんな表現をするんだ」「ひとつのことにこんなに集中できるんだ」と見たことのない一面に出会うことができる。親にとっては子どもを知る時間になるので、そこに魅力を感じて、毎回参加してくれる保護者の方がいるのだろうと思っています。
岡庭 子どもたちのペースに委ねると、場にも心地よい空気が流れますよね。
徐 それは本当に。時間に追われることなく、大人もリラックスして過ごしていますよね。泣いている子がいても気にならない。地域にこうした安心できる親子の場があることが、この街で子育てをするうえでの心理的な支えになればと考えています。
「FAMILY GREEN アトリエ」の主な会場となる、麻布台ヒルズの中央広場にて。豊かな自然があることも子どもたちの創造力を掻き立てるという。
子どもと一緒に世界の美しさを感じる
徐 最初に「レッジョは直接的に何かを身につけさせる教育アプローチではない」というお話がありましたが、直接的ではないけれど、時間をかけて確かに養われていく力がありますよね。
山岸 それはあると思います。なぜ幼児期にこうした時間が大切なのか?というと、世の中にあるさまざまな「壁」を飛び越える目を養うことができるからだと思っているんです。レッジョを考えた母親たちは、偏見や先入観に縛られず、世界をフラットな目で眺められる人に育ってほしいと願っていました。レッジョのアプローチは一見、遠回りに見えますが、世界と対話するための力が確かについていくと思っています。
様々な素材を叩いたり、風で揺らしたりして、音の違いを感じてみるプログラム。叩いて鳴らす前に、手に取ってみる子も。「これは何?」という素直な気持ちをスタッフたちがそっと見守っていた。
徐 世界をフラットに見ることは、大人より子どもが得意かもしれないですね。例えば、一本のペンを手渡された時に、大人は「ペン」としか捉えられないかもしれませんが、彼らは色や形、手触りなどから自由に創造を膨らませることができる。
山岸 同感です。レッジョには『子ども達の100の言葉』という詩があります。“子どもは100をもって生まれてくるが、学校の文化はそのうち、99を奪う。学校の文化は100のものはないと子どもに教えるが、子どもたちはこう言う。「冗談じゃない。100のものはここにある』と”、という内容です。先ほど“目を養う”という言い方をしましたが、我々大人が養っていくわけではないんです。彼らはその目を生まれながらに持っているのですから。それを奪わないように、そして、より確かなものに育てていくのが、レッジョなのだと思います。
岡庭 この『100の言葉』の哲学は、「FAMILY GREENアトリエ」の土台とも言えますよね。子どもたち一人ひとりの“100”がそのまま息づくような場を、来てくださる皆さんと一緒に育てていきたいと思っています。
徐 本当ですね。「FAMILY GREEN アトリエ」に立ち現れる風景を眺めていると、人は本来、こうやって熱中したり、探究したりしながら、世界にワクワクできるのだと気づくことができるんです。忙しなく流れていく日常の中で、本当に大切なことに触れられる時間だと思います。
山岸 この日に流れる時間はとても美しいですよね。レッジョは美的感覚を大切にしているアプローチですが、その「美」とは決して芸術やアートだけを差すものではありません。木や花、風や光、人の振る舞いや言葉……あらゆるものの中に「美」を見出すのがレッジョです。世界には美しさが溢れているということを、子どもの隣で実感できる。そんな豊かな時間を、ぜひ味わってもらえたらと思っています。
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