ユニークなフォルムと機能的なデザインで世界の人々から愛されてきた、北欧・ノルウェー生まれのベビーブランド〈ストッケ〉。誕生から50年を迎えた《トリップ トラップ》は、現在のブランドの原点ともいえる名作チェア。革新的な椅子が生み出された背景とともに、〈ストッケ〉が大切にする想いやブランドストーリーを紐解いてみよう。
TEXT BY Akane Maekawa
PHOTO ©STOKKE AS
子どもと一緒に成長していく椅子《トリップ トラップ》
子どもが幼い頃は、その成長過程で、必要となるものが目まぐるしく変わっていく。ベビー服はどんなにお気に入りでも1年後には着られなくなり、大好きだったおもちゃも数年後には別のものへと興味が移り遊ばなくなることも。これは決して無駄にしていることではなく、子どもが成長しているという証。お気に入りのものからひとつふたつを残し、思い出として大事に持っておくという人も多いはず。でも、成長とともに、ずっと使えるお気に入りがあったらどんなに素敵なことだろう。そんな想いを叶えてくれるのが、〈ストッケ〉のハイチェア《トリップ トラップ》だ。
《トリップ トラップ》は、成長する子どもが大人になるまで、いつもちょうどいい高さで食卓を囲むことができるようにと、1972年にピーター・オプスヴィックによりデザインされた椅子。人間工学に基づいて設計された椅子は、特徴的なフォルムのL字型フレームを持ち、フレームに刻まれた14段階の溝に座面と足のせ板を差し込み調節することで、成長に合わせて椅子も変化するというデザイン。新生児用シートなど、生後から使用できるアクセサリーも豊富なので、生まれてからすぐに家族みんなと同じ目線でテーブルを囲むことができ、子どもの好奇心を促してくれる。
そのユニークなフォルムは、子どもの成長に合わせて調節できる機能性に加え、インテリアとしても馴染むデザイン性も評価され、ニューヨーク近代美術館、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館にパーマネントコレクションとして所蔵されているほどだ。1972年の発売以来、世界での累計販売数は1300万台を超え、50年を経た今も〈ストッケ〉の代名詞として愛され続けている。
北欧の厳しい自然が育んだ “ものを大切に使う”文化
子どものための革新的なハイチェアとして人気を博した《トリップ トラップ》。その誕生の背景には、長く愛用できる家具をつくり続けてきた〈ストッケ〉の歴史がある。〈ストッケ〉は、1932年にノルウェーの西海岸オーレスンで、ゲール・ストッケにより家具メーカーとして創業。美しいフィヨルドの風景に囲まれた雄大な自然が残る創業の地では、限られた材を大切にし、壊れても修復しながら長く使うことに価値を見出す文化が受け継がれていた。その精神は、技術、デザイン、品質にこだわる〈ストッケ〉製品の基軸にも息づき、長年にわたり高品質な家具を製造し続けてきた。それゆえに、初期の家具は、今でも高い価値を持つビンテージ品として取引が行われているほどだ。
北欧では、家族との時間を大切にし、また、社会全体で協力しながら子育てを行うという文化が根づいている。〈ストッケ〉では、創業当初から従業員に女性を多く雇用し、まだそうした企業がノルウェーでも少ない時代から、男女が平等に働き子育てをしてきたという歴史がある。ロングセラーとなった《トリップ トラップ》が生まれたのも、そうした社風があったからこそなのだろう。
椅子の革命家、ピーター・オプスヴィック
リビングルームを中心とした斬新かつ高品質な家具の製造を行ってきた〈ストッケ〉が、はじめて子ども向けの製品として登場させたのが《トリップ トラップ》だった。デザインを手がけたのは、ノルウェー人のインダストリアルデザイナー、ピーター・オプスヴィック。彼は“動作の自由”を重視し、革新的な椅子を多く編み出してきたことでも知られるデザイナーだ。
《トリップ トラップ》の着想のきっかけは、息子のトールだったという。従来のハイチェアを卒業した息子が、大人の椅子に座るにはまだ小さすぎる姿にヒントを得て、高さを変えられる椅子を考案したことがはじまりだった。
「北欧の文化では、食事の時間を家族で共有することが一般的です。だからこそ、私は、「食卓を囲む生活」という価値観を強く持ち、子どもと大人のつながりを大切にすることに重きを置いているのです」(ピーター・オプスヴィック)
家族の団欒は、子どもが社会性や情緒を養うことの大切な第一歩。こうして誕生した《トリップ トラップ》は、座面の高さを変えられることで、あらゆる年齢や大きさの子どもが、食卓を囲む家族との目線を常に同じにすることを可能としたのである。
オプスヴィックは、さらに足のせ板を取り付け、“足場を固める”ことで、子どもが様々な動作を習得し、自由に動きまわることをも促している。
「安全な環境の中で失敗しながら、そこから学ぶ自由を与えることは、子どもたちに自信を持たせるのに役に立つと考えています」(ピーター・オプスヴィック)
子どもはこの足のせ板の床を足掛かりに、テーブルの上の物を掴もうと立ち上がったり、椅子を上り下りするようになる。自分の力で自由に体を動かすことにより、自然と体のバランスを学び、できる喜びを得て自立していくこととなるのだ。
50周年アニバーサリーチェアに込めた想い
長く愛用できる家具として、《トリップ トラップ》には、主に強度や耐久性、柔軟性で知られるヨーロッパ産のビーチ材やオーク材が使用されてきた。誕生50周年の節目を迎え、特別な想いを込め、今回はアッシュ材による数量限定のアニバーサリーチェアを製作。アッシュ材の特徴は、表情豊かな木目。ひとつとして同じではない多様な木目は、子ども一人一人の個性と重なり、その一脚が唯一無二の存在となってほしいという想いが込められている。また、アッシュ材は、原木を丸ごと使用できるため、廃棄する材を最小限に抑え、余すところなく活かすことができるのも、こだわった理由のひとつだ。〈ストッケ〉ならではの、新しいことへの挑戦、そして、自然を尊重し、ものを大切に使うデザイン哲学が込められている。
ともに子育てをするブランドへ
《トリップ トラップ》の成功は、〈ストッケ〉の新しいフェーズへの幕開けともなった。成長とともに変化するベビーベッド《スリーピー》の発売など、子ども向け製品のカテゴリーを広げていくこととなる。さらには、家具の領域を超え、ベビーカー《ストッケ エクスプローリー》を開発し、ベビーカーのこれまでの常識を覆すこととなった。高さが調整できるハイシートで対面式も可能。《トリップ トラップ》で培った「親子の距離を近づける」ためのデザインが、そこには反映されていた。これらの成功により、2006年に〈ストッケ〉は、家具メーカーから大きく舵を切り、高品質の子ども向け製品の製造販売にシフトすることとなる。また近年は、子育てのパートナーとして、製品だけにとどまらず、「ストッケ アカデミー」を立ち上げ、助産師によるベビーケアの講習や、理学療法士による講座を開催。 “社会みんなで育てる”北欧流子育てを実践する活動も行っている。
子どもの成長に寄り添うブランドとして、親子の絆を深めることこそ、脈々と受け継がれてきた〈ストッケ〉の“大切な想い”なのである。
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