アクタス、カンディハウス、デザイナーの倉本仁、技術監修のコクヨ、この四者がタッグを組んで新しいワーキングチェアを発表。その原点には家具のあり方と豊かな暮らしに対するアクタスの企業哲学がありました。
TEXT BY MARI MATSUBARA
PHOTO ©ACTUS, CondeHouse
思い返せば2020年初頭から新型コロナウィルスが世界中に蔓延し始め、人々を取り巻く環境は一変した。在宅勤務が推奨され、オンライン会議が日常となり、働く場所や時間帯が多様化していった。緊急事態宣言が発令され、外出もままならず、多くの店舗が休業を余儀なくされた2020年春から初夏にかけて、〈アクタス〉社内ではこれからの家具のあり方について、何度も議論が重ねられた。
「コロナ禍をきっかけに在宅ワークの機会が増えましたが、自分専用の書斎を持っている人は少数派で、多くの方はダイニングテーブルやリビングでオンライン会議に参加したり、仕事をしたりしています。しかし、いわゆる高機能なハイバックのワーキングチェアがドーンと置かれると、見た目も大きく、家庭の雰囲気になかなかフィットしないのも事実です。家庭内のリビングやダイニングが食事をしたりくつろいだりするだけでなく、働く場でもある、というようにライフスタイルが変化したのであれば、その変化に対応できる椅子を我々が開発しよう、ということになりました」と、〈アクタス〉開発担当の野口礼さんは当時を思い出しながら語り始めた。
「おそらく他社からも新しいワーキングチェアが発表されるだろうという予測はありました。既存の商品にキャスターを取り付けるなど、簡単なリモデルで世に送り出すこともできるでしょう。しかし我々〈アクタス〉では、椅子という存在をどう捉えるか、という根本の思想からこのプロジェクトに取り組みました」(野口さん)
「食事の時も仕事の時も相棒となるわけですから、椅子と人間との距離がより縮まったとも言えます。毎日触れて、使って、目にするものだからこそ、愛着が増していく存在がいい。家庭のインテリアにもなじむデザインであってほしい。そして一時しのぎの製品ではなく、長く愛用できて経年変化が楽しめるもの。そう考えた時に、手に触れる部分はやはり『木』でなければならないだろうと。であれば、ぜひ木工家具製作で高い技術力を持つ〈カンディハウス〉とタッグを組みたいと即決しました。そしてデザインを倉本仁氏に、技術監修を〈コクヨ〉にお願いしました」(野口さん)
〈カンディハウス〉は、日本を代表する家具産地である北海道旭川市を拠点とし、国内外のデザイナーとも積極的に組みながら、卓越した技術でロングユースの木製家具を製造するメーカーだ。木の扱いについては特に定評がある。
「ワーキングチェアを木で作るのは、とてもチャレンジングなことでしたが、今回はメタル部材の製造を他社に委ね、我々は倉本さんによるアームや背もたれの繊細で有機的なデザインを北海道産のタモ材で忠実に表現することに集中しました。タモ材は導管が太く杢目がはっきりと美しく出るので、塗装仕上げによっていろいろな表情を引き出せます。また経年変化が楽しめ、使っていくうちにどんどん味わいが出てきます」(〈カンディハウス〉技術開発本部 部長 本庄良寛さん)
デザイナーの倉本仁さんは今回のオファーをすぐに快諾したという。
「ワーキングチェアのデザインは初めての挑戦だったのですが、コロナ禍の今だからこそやるべき仕事だと直感しました。住まい方に合わせて家具は更新していくものですから、ライフスタイルが変わった今、必要とされるプロダクトも変わるはず。これはデザインにとってチャンスだと思いました」(倉本さん)
「自分自身は家でハンス・J・ウェグナーの《PP701》を愛用していますが、長く使っていても全く飽きず、彫刻のような美しい姿に日々、惚れ惚れしています。メイプル材の背とアーム部分はずっと撫でていたくなるような心地よさです。この椅子のように、空間を豊かにしてくれるワーキングチェアを作りたいと考えました」(倉本さん)
「食事、仕事、団らんとさまざまな場面に対応するために、座面が回転する・背もたれが前後に動く・キャスターで移動できる、といった機能を持たせました。背もたれはそれほど高くないですが、背中側の2本の縦フレームでしっかり腰をサポートします。その位置も、背骨に直接当たらないように配慮しました。機能面や強度については長年オフィス家具製造で実績のある〈コクヨ〉の技術担当者からアドバイスをいただき、大変助かりました」(倉本さん)
同じ椅子でもワーキングチェアの場合、シートに深く座ることで快適さを得られること、またそのためにはシート下の支柱の位置をほんの少し後ろにずらすことなど、貴重な知見を得ることができたという。
こうして〈アクタス〉、〈カンディハウス〉、デザイナー倉本仁、〈コクヨ〉の四者の協力により、これまでありそうでなかったワーキングチェア《FOUR(フォー)》が2022年4月末、誕生した。
「朝起きて、窓から入ってくる光に照らされた椅子の影の美しさを見てほしいです。椅子は後ろ姿が大事だと思うのですが、《FOUR》はその条件も満たしていると自負しています」(倉本さん)
「倉本さんのデザインはとても明快で、一般のユーザーにも伝わりやすいと思っています。《FOUR》に突飛なデザインや奇抜な新しさは不要です。まるで昔から存在していたかのような、何気ないたたずまい。ずっと一緒に暮らしていたいと思わせてくれるデザインです。また、木とメタルの融合に高い精度でチャレンジした〈カンディハウス〉の技術力にも負うところが大きかったです。体の中心に向けて斜めに傾いた細いアームの心地よさや、その先端の握りやすさなど、倉本さんのデザインを忠実に具現化するのは並大抵のことではなかったでしょう」(野口さん)
いっときの非常事態をしのぐためではなく、末長く暮らしのパートナーであり続け、生活の様々な場面に豊かさを与えてくれる椅子を。そしてプライベートな空間にも違和感なく溶け込むデザインを。そんな〈アクタス〉の思いをベースに、時代のニーズに応えたワーキングチェア《FOUR》が完成した。無垢の木材やアルミニウム、レザーといった、時間とともに美しく味わいを増す素材から作られる《FOUR》は今後チェアにとどまらず、デスクの開発なども視野に入れてシリーズが広がっていく予定だ。
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