いま、なぜ、いかに、プログラミングを学ぶことが大切か? 2020年より小・中学校で「プログラミング」が必修化されるのを前に、全世界で活用されているブロック型プログラミング言語 Scratchの開発者であるミッチェル・レズニック MIT Media Lab教授に聞きました。
interview by Yumiko Murai
main photo © John Werner
——まず自己紹介と、今手がけているプロジェクトについて教えてください。
レズニック 私が教えているマサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボ内で、「ライフロング・キンダーガーテン(Lifelong Kindergarten / 生涯幼稚園)」というグループの代表を務めています。このグループでは、幼稚園で積み木やフィンガーペイントをやるような精神で、新しい技術開発と活動を行い、子どもたちをクリエイティブ・ラーニング(創造的学習)へと導く取り組みを進めています。目標は、あらゆる年齢の子どもたちをクリエイティブ・シンカー(創造的思考者)に育てること。グループ内で行われるプロジェクトの多くは、「Scratch」と呼ばれるプログラミング言語とそのオンラインコミュニティを中心に展開されており、後者では子どもたちが自分でデザインしたインタラクティブな物語やゲーム、アニメーションをネット上で共有することができます。
——2006年に発表された「Scratch」はどのようなきっかけで開発することになったのでしょう?
レズニック 着想を得たのは、放課後のコンピュータ・クラブで若者と一緒に作業をしているときでした。多くの若い人たちがインタラクティブな物語やゲーム、アニメーションを作りたいと思っているのに、それを実現するのに適した良いツールがないことを知ったからです。既存のプログラミング言語だとあまりにも専門的すぎて、子どもたちが学ぶには少し難しすぎました。より単純なアプリもいくつかありましたが、それだと子どもたちが本当に作りたいものを作ることができない。そこで、新しいツールを提供する必要があると思い立ったのです。
創造的な学びには、仲間やコミュニティが重要だ
——ミッチェルさんはクリエイティブ・ラーニングの基本原則として「4つのP」を挙げていますが、なぜそれらが重要なのでしょう?
レズニック クリエイティブ・ラーニングの基本原則は、子どもたちが創造的に思考する人材として成長するのを助けるために提案しました。私たちが「4つのP」を通して掲げる目標は、子どもたちの情熱(Passion)に基づいたプロジェクト(Projects)を、遊び心(Play)を持って仲間(Peers)と協力して取り組める機会を提供すること。このアプローチを通じて、子どもたちが創造的な思考力を培い、急速に変化する社会において柔軟に対応し生き抜くことができると考えています。
仮にもう1つ加えるとしたら、目的(Purpose)かもしれません。子どもたちの取り組みが、自分たちの暮らしにとって意義があると同時に、同じ地域社会に暮らす他の人たちにとっても意味があることを認識させ、目的を見出させることも大切だからです。
——Scratchの最もユニークな点のひとつは、そのオンラインコミュニティです。Scratchを介したコミュニティの構想はどこから生まれたのでしょう?
レズニック 2007年にScratchというプログラミング言語を公開したのと同時に、オンラインコミュニティも立ち上げました。私たちは当初から、若い人たちが自分たちが創ったものを互いに共有し合うことが重要だと感じていたからです。これは当時としては非常に画期的な考え方でした。子どもたちが創ったものに対してきちんとオーディエンスがいて、創作物を共有し、フィードバックなり意見交換を介してより向上させていくために励まし合う環境が大切だと思ったのです。
また、オンラインコミュニティは発想の源にもなります。子どもたちは他の子がどんなことをしているかを見ることができるので、それによって新しいアイディアが閃いたり、やりたいことを思いついたりするのに役立ちます。
——その後、Scratchの開発を継続しつつ、クリエイティブ・ラーニングの考え方をひろめていく中で直面する課題や懸念はありますか。
レズニック 今現在、世界各地でScratchの利用者が増えていますが、皆が皆、私たちが最初に思い描いたやり方で使ってくれているわけではありません。つまり、Scratchをただ単にプログラミングのコンセプトやスキルを学ぶだけの方法としてみてもらいたくないのです。単に技術としてScratchを世界中にひろめるだけでなく、Scratchの思想や精神をより浸透させることで、あらゆる子どもたちが新しい技術を用いて表現し、創造的に思考する人材へと成長できるようにサポートすることがいちばん重要なのです。
——その時、具体的な障害となるものは何でしょう?
レズニック 質問の答えになるかわかりませんが、特定のプログラミングを学ぶことだけに特化するのであれば、「このスキル知ってる?」「あのスキル知ってる?」と技量のみを基準にできるので能力の評価は比較的しやすいわけです。一方で、例えばこの人はコラボレーションのスキルを学んだのか、といったような創造的思考力を身につけているかどうかを評価するのはとても難しい。Scratchで育んでもらいたい新しい能力や態度のいくつかは、その学習能力を簡単に評価することができません。そのため子どもたちの能力を定量的な指標でしか評価しない学校や教育環境では、私たちがひろめたい考え方を受け入れてもらうにはまだまだ時間がかかるかもしれません。
学びとしての「遊び」の豊かさを見直そう
——ミッチェルさんご自身は、キッズワークショップに参加する子どもたちと同じ年齢の頃はどんなことをするのが好きでしたか?
レズニック 子どもの頃はスポーツが楽しくて、よくテニスや野球をしていましたが、何よりもスポーツ自体を作るのが好きでした。どういうことかというと、新しくルールを考えて、弟や従兄弟たちと遊べるゲームを作るんです。夏は、実家の裏庭にミニゴルフ場を作ったのを覚えています。ゴルフボールが入るための穴を掘って、球を当てて跳ね返すための壁も建てたりしましたね。手作りのコースで、弟や従兄弟、それから近所の子どもたちも呼んでゲームに興じるのです。単にゲームをするだけではなく、実際にゲームを作ることで私は実に多くのことを学びました。ものづくりに没頭しているときの子どもたちがどんなことを学んでいるのか。学習体験としての「遊び」の大切さ、豊かさを知っているので、私はこれまで自分の技術開発の大半を、子どもたちが自ら設計したり創造する環境のために捧げてきました。
——これから未来を担っていく若い人たちに対して、何を大切にして欲しいと思いますか?
レズニック 自分の情熱に従うことですね。情熱を傾けて仕事をしている人たちの多くは、より長く働くことを望み、困難に直面しても挑戦し続けることを止めません。それは何より、自分たちの手掛けているプロジェクトを大切にし、何よりも情熱を持って取り組んでいる証拠です。新しい何かを学ぶことは決して容易ではありません。何かしたいと思っているならば、それなりに一所懸命にならなければなりません。本当に興味のあることに取り組めていれば、人はより多くの時間を費やし努力を重ね、その結果成功していると思うのです。したがって若い人たちが成長していく過程で、情熱を傾けられる何かを見つけ出すことがとても大事だと考えています。
——日本でも2020年からプログラミング教育が小・中学校で義務化されますが、馴染みのない親や教育者にとっては、プログラミングを学ぶことがなぜ有用なのか、何の役に立つのか、といった不安の声もよく耳にします。このような意見に対してお考えを伺えますか。
レズニック プログラミング教育は、文章の書き方を学ぶことと似ていると思います。書き方を学ぶことに重きが置かれるのは、自身の思考を整理し、表現し、他者と共有する良い方法であるからです。書くことによって思考を深め、以前にはできなかったやり方で考えを共有することが可能になるからです。プログラミングも同じで、さらに文章表現では実現できないダイナミックでインタラクティブなものから、アニメーションを使った物語やシミュレーションも作り出すことができる。これらは、誰もが自らのアイディアを表現するための新しい方法なのです。ですから、プログラミングを学校教育に導入する際には、その意義をしっかりと念頭におくことが重要だと思います。
※記事冒頭の写真=ライトプレイ(照明遊び)活動中の子どもたち。Scratchを使って灯りの明るさや配色、組み合わせなどを工夫しながら操っていく。
ミッチェル・レズニック|Mitchel Resnick
MITメディアラボ教授/Scratch開発者。教育テクノロジーの専門家であり、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの教授としてラーニング・リサーチ(学習研究)に携わる。プログラミング環境と同時にオンラインコミュニティでもある「Scratch」のほか、30年にわたりLEGO社と協力して「レゴ マインドストーム・ロボットキット」などの革新的なプロジェクトを推し進めてきた。Photo © Joi Ito
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