IS BIOLOGY THE NEW DIGITAL?

MITメディアラボの創設者 ニコラス・ネグロポンテに訊く、いまバイオロジーに注目する理由

ちょうど30年前、世界的なベストセラー『ビーイング・デジタル』の中で、デジタル技術が社会に浸透することでどのような変化が起こるかを予言したマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの創設者、ニコラス・ネグロポンテ教授がいま、次なる大変革の原動力として捉えているのが「バイオロジー」だ。

TEXT BY Tomonari Cotani
PHOTO BY AKIKO ARAI

——あなたが提唱し、今やMITメディアラボの指針となっている 「デジタルからバイオロジーへ」というパラダイムチェンジはどのようにして生まれたのでしょうか?

ニコラス・ネグロポンテ 建築の学生だった頃、数学者のダーシー・トムソンが書いた『On Growth and Form』(『生物のかたち』東京大学出版会)という本に出会いました。その後、コンピュータを研究するようになって間もない頃に、コンピュータ科学のパイオニア、アラン・チューリングが、豹の斑点の謎に挑んでいたことを知ります。

「Innovative City Forum 2015」での基調講演。「コネクティビティ=つながりは人間の権利であるか」の重要さを説いたネグロポンテ氏は、「東京都知事にぜひ伝えていただきたい」と具体的な提言を口にする。その中身はこちらの映像でぜひ確かめてみてほしい。photo by Takeshi Shinto

「Innovative City Forum 2015」での基調講演。「コネクティビティ=つながりは人間の権利であるか」の重要さを説いたネグロポンテ氏は、「東京都知事にぜひ伝えていただきたい」と具体的な提言を口にする。その中身はこちらの映像でぜひ確かめてみてほしい。photo by Takeshi Shinto

それまで、生物学とは“身のまわりにあるもの”ではあっても、“手を触れられるもの”ではありませんでした。せいぜい、自然が何かを示唆し、人間はそれを模倣するのが精一杯といったところでしょうか。生物学と半導体の間を器用に橋渡しするインターフェースが生み出されたのはごく最近のこと。そうして私たちにも、自然界を模倣するだけでなく、自然そのものに変化をもたらすことが可能になってきたのです。

——「バイオロジー」はきわめて広義な言葉ですが、あなたが口にするとき、それはどのような定義となるのでしょう?

ネグロポンテ かつての私は、人工的なシステムの対極にあるものとしてその言葉を使っていましたが、それは間違いだったと今は考えています。生物学的(バイオロジカル)なシステムをデザインし、作ることができるのは今や自明のことですから。私たちは自然から教示を受けるだけでなく、さらによいものを作らなくてはならない。そういった意味では、バイオロジーは自然を超える技なのだと言うこともできるかもしれません。

——森ビルはいまMITメディアラボのネリ・オックスマン教授と共同してプロジェクトを立ち上げています。伊藤穰一所長によれば、あなたはそのオックスマン教授を高く評価しているそうですね。

70歳を超えてもエネルギッシュな語り口は健在。「違い=Differences」をテーマに、不均質な環境=文化的にも知的にも不均質であることの重要さを力説する。photo by Takeshi Shinto

70歳を超えてもエネルギッシュな語り口は健在。「違い=Differences」をテーマに、不均質な環境=文化的にも知的にも不均質であることの重要さを力説する。photo by Takeshi Shinto

ネグロポンテ ネリは、医学、建築、物質科学についての高度な知識を兼ね備えた研究者です。想像力の素晴らしさはもちろん、それらすべての分野の知識を総動員できることで、アートと建築、バイオロジーを融合させていく彼女の能力は際立っていくのです。彼女が作り出す、息をのむほどに美しいオブジェの数々は、発明と発見の境界を曖昧にするものです。それは同時に、自然と人工物の境目がなくなる未来を暗示しているとも感じます。

—— 「バイオロジー」の概念を踏まえて、「HILLS LIFE」(2015年11月11日号)の表紙にも掲げたオックスマン教授の作品〈Gemini〉に対するあなたの見解を共有していただけますか?

ネグロポンテ 彼女のそれまでの作品を見ても感じてきたことですが、“作ること(メイキング)”と“育つこと(グローイング)”とは、互いに異なる座標軸というより、同一の平面上にあることなのだと実感しましたね。たとえばカエルを作り出したり、椅子を育てることもできるようになるかもしれない。ネリの作品は、これまでに考えもしなかったアイデアを喚起してくれます。アラン・チューリングが生きていたら、やっぱり彼女のファンになったでしょうね。

——「バイオロジー」は今後どのように都市を変えていくと思いますか? 変化はどんな場所で、どのように起きるのでしょう?

ネグロポンテ 都市を建物などの個々の規模で考えるのではなく、全体のシステムとして捉えるようになるでしょう。二酸化炭素を排出するのではなく、抽出できる都市を想像してみてください。雨を下水道に流れるものではなく、電力だと想像してみてください。すべての面がエネルギーを捉えるのです。極端にいうならば、それはゴミや無駄なモノが存在しない世界です。物事はひとつの要素で成り立っているのではなく、いくつもの要素の積み重なりですよね?

バイオロジーが招く世界は、私たちが現在知っているそれよりも、よりデカルト的ではない世界です。たとえば未来には、金属やガラスは都市を構成する一部ではあっても、主要な構成要素ではなくなるかもしれません。日本庭園の枯山水のことを思い出さないこともないですね。

profile

ニコラス・ネグロポンテ|NICHOLAS NEGROPONTE
MITメディアラボ教授&共同創設者/ワンラップトップ・パー・チャイルド創設者。1985年にジェロームB.ウィーズナーと共にMITメディアラボを共同創設して以来、20年間同ラボの所長を務めた。MITを卒業したネグロポンテは、コンピュータ支援設計(CAD)分野でのパイオニアであり、66年以来MITの教員を続ける。95年に著した『ビーイングデジタル—ビットの時代』(アスキー)は40カ国以上の言語に翻訳されて世界的なベストセラーに。2005年には10億ドルを拠出して、発展途上国の初等教育校にノートPCを贈る非営利組織、ワンラップトップ・パー・チャイルドを設立している。2015年10月14日(水)に幕を開けた「Innovative CIty Forum 2015」では基調講演を行った。