THE Restaurant of Order Mistakes

リスクには価値がある——「注文をまちがえる料理店」という試み

9月16日(土)から18日(月・祝)の連休の3日間、アークヒルズのレストラン「RANDY」にて、注文を取るホールスタッフがみんな認知症の方たちという「注文をまちがえる料理店」を企画・主催したテレビ局ディレクターの小国士朗さん。障害に対する新たな知見を試みる小国さんに、障害者へのインタビューを続けている東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の伊藤亜紗さんが、このプロジェクトが実現するまでの経緯と手応えについて話をうかがいます。

TEXT BY Nobuko Suzuki
PHOTO BY YUKI MORISHIMA

chumon_g2
1/14えーと……注文は……お客さんもドキドキ。
chumon_g3
2/14オーダー票は丸をつけて、数を書き込むだけ。
chumon_g4
3/14注文は……書いてもらってもいいですか?(笑)
chumon_g5
4/14ウェイター姿がさまになっています。
chumon_g6
5/14ふわとろ卵の絶品オムライス。
chumon_g7
6/14お客さんとの“共同作業”が距離を縮めます。
chumon_g8
7/14少しでも水が減れば、すぐに注ぐおもてなし。
chumon_g9
8/14笑顔があふれる料理店内。
chumon_g10
9/14大人気デザート、虎屋特製のてへぺろ焼き。
chumon_g11
10/14“爆笑”がうまれる料理店内。
chumon_g12
11/14若年性認知症の妻と支える夫の素敵な演奏。
chumon_g13
12/14塩川いづみさんのイラスト入りのグッズ。
chumon_g14
13/14認知症介護のプロ、和田行男さん。
chumon_g15
14/14仕事の後の最高の笑顔。

ハンバーグだと思っていたら餃子が出てきた!

伊藤 「注文をまちがえる料理店」という名前にまず鷲掴みにされました。

小国 これは僕の本業であるテレビ番組制作とはまったく別のところでやっている個人的なプロジェクトなのですが、アイデア自体は2012年にドキュメンタリー番組で認知症介護のプロ・和田行男さんを取材してからずっと温めてきたものでした。

和田さんの認知症介護の方針は、「最期まで自分らしく生きる姿を支えること」。その業界のなかでは時に“異端児”と呼ばれることもあったようなのですが、それがプロフェッショナルの仕事ということで取材をお願いしました。認知症であっても日常生活で自分でできることはまだまだある。だから和田さんの施設の入居者や通所者の方たちは、認知症の状態にあっても、料理、洗濯、掃除、買い物などを自分たちでもやっていて、できないことを福祉の専門職であるスタッフがサポートするという形で運営しているんです。

その取材・撮影のときに僕らも、おじいさん、おばあさんの作る料理をごちそうになったのですが、その日の献立はハンバーグだと聞いていたんです。でも実際に出てきたのは餃子だった!

伊藤 ひき肉しか合ってない! ハンバーグが餃子になるのは、買い物の段階から違っているはずですよね。

小国 ですよね(笑)。でも、そこでとまどっていたのは僕だけで、まわりの人はそれを当たり前のことのようにとらえていた。「今日は餃子じゃなくてハンバーグのはずでしたね」と言葉にすること自体がその場の雰囲気として違う。みんなおいしい餃子を食べて喜んでいるわけだからなんの問題もないはずなのに。そんなモヤモヤした違和感を自分の中に感じていたら突然、「注文をまちがえる料理店」というフレーズが浮かんだんです。

伊藤 小国さんにとってそういう原風景があったからこそ、このプロジェクトを実現できたんでしょうね。

小国士朗|Shiro Oguni 2003年テレビ局入社。番組ディレクターとして、主にドキュメンタリー番組などを制作。2013年に9カ月間、社外研修制度を利用し電通PR局で勤務。その後、番組のプロモーションやブランディング、デジタル施策を企画立案する部署で、ディレクターなのに番組を作らない“一人広告代理店”的な働き方を始める。主な企画に、150万ダウンロードを突破したスマホアプリの企画開発など。Photo by Koichi Tanoue

小国 それからたびたび和田さんにも、そんな料理店をやってみたいという話をしていて、その一方で和田さんも認知症の状態にある人たちの社会参加、働く場というのは大きな問題だと考えていたんです。

それで1年くらい前に本気でこのプロジェクトをやってみようということになって、昨年の11月にデザイン、IT、福祉、飲食業などさまざまな分野のプロフェッショナルたちが集結して、「注文をまちがえる料理店実行委員会」を発足させました。6月にプレオープンと称して、手弁当感あふれる小ぢんまりとしたイベントを行い、その知見を活かした形で、今度は規模を拡大させ、9月の世界アルツハイマーデーを前に「注文をまちがえる料理店」を再び開くことになったんです。

その予算を集めるために、8月7日から31日までクラウドファンディングを立ち上げたところ、24日間で1,291万円もの支援が集まり、プロジェクトへの共感の輪が広がっていることを実感しました。

伊藤 その9月のイベントは、私も見学させていただきました。レストラン「RANDY」が舞台でしたが、イベントのロゴデザインである「てへぺろ」の看板がかけられ、メニューも変わっていて、ふだんのRANDYとは別空間になっていましたね。

万全の体制で臨んだ3日間。それでも……

小国 9月の3日間に出したメインの料理は3品。すべてが協力してくださったお店のオリジナルメニューで、フォークで食べる汁なし坦々麺(一風堂)、ふわとろオムライス(グリル満天星)、タンドリチキンバーガー(RANDY)。

さらにデザートには「注文をまちがえる料理店」のロゴが入った特製の和菓子(虎屋)。そして飲み物には、食事にもデザートにも合う最高の豆で作るコーヒー(カフェ・カンパニー)と子どもからお年寄りにまでなじみのあるジュースやお茶(サントリー)を用意しました。「注文をまちがえる料理店」は、料理店を名乗っている以上、料理の質は本当に大切だと思っていたので、とてもありがたいことでした。

伊藤 お店に入ったときの雰囲気が印象的でした。いわゆる福祉のそれとは違う、何か非日常なことが起こるぞというわくわく感。主役である認知症のあるスタッフの方々もさることながら、彼らをサポートする方々の雰囲気作りのうまさを感じました。

小国 オペレーションも周到に考えました。店内を3テーブルずつ、2つのラインに分け、それぞれのラインに2人の認知症の状態にあるホールスタッフと2人の福祉の専門職のサポートスタッフを配置。そして、福祉の観点からホール全体を見るのが和田さんで、料理店運営の観点から全体を見る人もついて。お店の中には認知症のスタッフが疲れてしまった場合の休憩所も作りました。

認知症の状態にあるホールスタッフの仕事としては、水を運ぶ、サラダを運ぶ、注文を取る、料理を運ぶ。その後、食べ終わったお皿を下げる。デザートとドリンクの注文を取る。そしてそれらを運ぶ。お客さんとホールスタッフの間には、最低7回くらいのコミュニケーションのタッチポイントを設けました。

僕たちが大切にしていたのは、「注文をまちがえる」と言いながらまちがえることを目的には絶対にしないということです。むしろ、できる限りまちがえないための準備を整えて、それでもまちがえてしまったらごめんね、というスタンスで臨むことをスタッフ全員で共有していました。まちがえるか、まちがえないかを楽しむのではなくて、いかに自然にコミュニケーションしてもらって、その会話や交流を楽しんでもらうか。そこをめざして全体を設計していきました。

伊藤 でも「注文をまちがえる料理店」と言っているわけだから、お客さんたちはけっこうまちがわれることを期待していたんじゃないですか?

小国 たしかにそういう方もいらっしゃったと思うのですが、お客さんのアンケートを読むと、それよりも「サービスしてくれた方と話ができて楽しかった」といった反響が多くて、「認知症の方って意外と普通なので驚きました」という反応もいただきました。そもそもリテラシーの高いお客さんがいらっしゃっている場だから、こんな具合だったのかもしれません。でも、もちろん中には「まちがわれなくて残念」という反応もあったりしましたね(笑)。

6月のプレオープンのイベントの際は、ホットコーヒーにストロー、サラダにスプーン、違うメイン料理を運んでしまうといった類いのまちがいが60%発生したんですが、9月の開催時にはオペレーションをゼロベースで見直したことも功を奏して30%に減りました。

しかしながら、オペレーション体制を盤石にしたつもりでも、それを乗り越えてまちがえるたくましさはすごいです(笑)。たとえば、お客さんを案内しているのに、テーブルまで行くと自分が席に座ってしまって「どこから来たの」なんて話し始めて、お客さんとの話に花を咲かせてしまうおばあさんがいたり。

その一方で、以前社員食堂で働いていたという方からは、「今日は雨模様だからピリッと辛いタンドリーチキンがおすすめ」といった小粋なトークが生まれたり、次のお客さんをお迎えする前に、誰に指示されるわけでもなくフロアの掃除を始めるおじいさんがいたり。

伊藤亜紗|Asa Ito 1979年生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。専門は美学、現代アート。もともとは生物学者を目指していたが、大学3年次に文転。著書に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『目の見えないアスリートの身体論』(潮出版)、『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(水声社)など。Photo by Koichi Tanoue

伊藤 役割を与えられることで、型にはまるのではなく、むしろ生きてきた履歴が現れるんですね。

小国 みなさんの生きざまが現れるというか、伊達に長く生きてきたわけじゃないんだと思いました。本当にすごいんですよ、人間力が。そのほかにも学童保育の先生をやっていた方なんて、お客さんにガンガン向かっていってたくさんの笑いを取ってくるんですよ。

適度なリスクが存在することで、人々の本気が出てくる社会

伊藤 見学させていただいて、東京のようなサービスのマニュアル化が進んでいる場所にいるときとはちょっと違う、たとえば発展途上国にいるときのような感覚になりました。

小国 そういう感じはあるかもしれませんね。僕も最初に認知症の方を取材したとき、これは外国の人と接するのと似ているなと感じました。ちょっと言葉が通じなかったり、会話が噛み合わなかったり。どんな人なんだろうと探っていく感じとか。認知症という名の新しい世界に入って、ある種の“異文化交流”をするような面があって、「当たり前」が壊れる感じがありました。

伊藤 こちらの常識が覆されたり、意外な反応にあったり。今まで自分のなかにあった常識が壊れる感じが気持ちいい。

小国 壊れるというか、壊されるというか。

伊藤 要するに「リスクには価値がある」ということに気づかされたんです。もちろん常識的には、安心安全のためにはリスクは減らした方がいいんですが、あまりにすべてがマニュアル化された空間にいると、感情も動かないし、アドリブ力も発揮されない。リスクがない社会って要するに本気を出さなくてすむ社会ですよね。

でも、たとえばバリ島に行ったりすると、道路がちゃんと舗装されていなかったりで、リスクだらけなんです(笑)。案の定、車のタイヤが側溝に落ちちゃったことがあったんですが、そうしたらまわりにいた人たちがわっとやってきて車を道に持ち上げてくれたんです。リスク前提の社会だと、みんないつでも本気を出す準備ができているんだなあと思って。

小国 和田さんのところに取材に行っていたときにずっと話していたのは、実はそのリスクの話だったんですよ。和田さんの施設では夜間を除いて基本的に建物に鍵を閉めないし、包丁や火を使って料理もさせているし、外に買い物にも行く。だって、それが人として生きていく当たり前の姿だから、ということなのですが、やっぱりリスクはあるわけです。

取材に行って4日目、施設の外に出ていってしまった人がいて、15時間捜索してやっと見つかった。それでも和田さんは鍵を閉めようと思わないというんですね。それは大きなリスクになるけれども、人が生きている以上リスクは必ずついてまわる。それを完全に取り除くとなると、認知症になった人たちを施設に閉じ込めるしかないし、薬物で眠らせたり、拘束するしかなくなってしまう。和田さんは「だから自分は鍵を閉めようとは絶対に思わない。だけど、もちろん迷う。悩みはする」と。

伊藤 「人が生きている以上リスクはある」って名言ですね。和田さんがやっているのは、まさに「リスクを許すことで人を生きさせる」ということですよね。

「てへぺろ」のデザインの力で、多くの人に受け入れてもらえた

小国 そこで、このプロジェクトを進めるにあたって大きな働きをしたのは、「注文をまちがえる料理店」というネーミングと、「まちがえちゃった」ときに、「てへッ」と笑って「ぺろッ」と舌を出す「てへぺろ」のロゴデザインを作ったことだと思っているんです。これらによって、「まちがえても、ま、いいか」と受け入れてもらえる感じが一気に大きく広がったんじゃないかと。

伊藤 障害のことを考えていくと、配慮というのが壁になることがありますね。

小国 実際、「注文をまちがえる料理店」について話すと、「おもしろい!」と言ってくれる人と、「不謹慎!」と言う人と、意見が真っぷたつに分かれます。僕もテレビ局のディレクターとしてさまざまな社会課題を取材してきましたから、「不謹慎」という意見もよくわかるんです。

しかし、それでもやらないと認知症の人たちになかなか目が向かない現状もあると思っています。ただ、もちろん認知症の家族を抱えている人からしたら、「おもしろいなんてとてもじゃないけど言えない」「日常はそれほど甘いものじゃない」と言われることもあります。そこは常に悩んでいるところですし、悩まなければいけないところだと思っています。

伊藤 私自身の研究も、「違いをおもしろがりたい」というのが基本スタンスです。もちろん難しい場合もありますが、「配慮しなさい」という倫理的な命令よりも、自分がまずおもしろいと感じているその熱量が、一番説得力があるように思います。

小国 僕にとって、このプロジェクトの出発点というか原点はすごくシンプルなんですよね。ハンバーグが餃子になっちゃって、それはまちがってはいるんだけれど、楽しそうに餃子を食べているおじいさん、おばあさんの姿がステキだなって。そういう風景を普通の町中に広げていったら楽しいだろうなっていう、ワクワクがすべてなんです。

今の自分に何ができるだろうと考えたときに、エンターテインメントというのは大切かなと思っています。楽しそうだな、ワクワクするなという面がないと、その分野に興味のない人にまで広がっていくのはなかなかむずかしいと思うところがあって。たとえば、子どもがさまざまな仕事を疑似体験できる学習型のテーマパークで「キッザニア(KidZania)」という施設がありますね。あんなふうにもっと「障害や老い」に楽しく触れられる場があってもいいと思うんです。福祉とか教育の分野って、もっといろいろなことを新たに試せる場だと思います。

伊藤 今後「注文をまちがえる料理店」はどうなるんですか?

小国 そうですね、とりあえず一年に一度みんなで集まってこのプロジェクトを続けていくことを目標にしています。それと並行して、今回のクラウドファンディングで集まった資金で、お皿やエプロンといったグッズもいっぱい作っているので、一緒に取り組んでいけそうな組織や場所があったらこれらを貸し出して、少しずつ「てへぺろの輪」を広げていければいいなと思っています。


【関連記事】

「注文をまちがえる料理店」
2016年11月、さまざまな分野のプロフェッショナルたちがボランティアで集まり「実行委員会」が発足。2017年6月にプレイベントを行った後、クラウドファンディングで集まった支援をもとに9月16日(土)〜18日(月・祝)の3日間、アークヒルズにあるレストラン「RANDY」にてオープンイベントを行った。その後、9月24日(日)には東京・町田市で開催されたイベントに「注文をまちがえるカフェ」として出店。今後の活動や開催情報は「こちら」にて発表される予定。