Japan Innovation Campus #4

日本の「プレゼンス」は取り戻せるのか?——日米をつなぐCVCカンファレンスの野望

「ベイエリアで日本のプレゼンスの低下を肌で感じる。それがとにかく悔しい」。Yamaha Motor Venturesの CEO大西圭一が語るのは、かつて世界を席巻した日本の製造業の現在地だ。シリコンバレーの最前線で日米のイノベーションを加速させる仕掛け人と、Japan Innovation Campus(JIC)のジェネラルマネジャー明石礼代が、コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)の可能性と東京の未来を語り合った。

TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY AYAKO MOGI

日米をつなぐCVCカンファレンスの意義

——10月16日に虎ノ門ヒルズで「Global CVC Startup Showcase 2025」が開催されました。オーナーシップを取られた大西さんから、同イベントの趣旨と東京で開催する意義についてお聞かせください。

Global CVC Startup Showcase 2025 シリコンバレーをベースとするHitachi Ventures、NTT Docomo Ventures、Sony Innovation Fund、Toyota Ventures、Woven Capital、Yamaha Motor Venturesが共催で開催。2024年よりスタートし、今回が2回目。今後も継続予定。6社のCVCが出資している海外スタートアップ合計33社を日本に招き、日本企業とのビジネスコラボレーションを促す貴重なイベント。各CVCの担当者も来日し、キーノート(Mr.Colin Angle)、スタートアップブース展示・ピッチ、共催CVCによるパネルディスカッションを実施。参加者は事業会社のみの完全招待制で、今年は約330社約800名が参加登録。Photo Courtesy of Yamaha Motor Ventures

大西 最大の目的は、アメリカのスタートアップ、特にイノベーションの中心にいるスタートアップと日本の大企業の架け橋をより強固にすることです。

スタートアップにもっと日本を知ってもらい、日系企業にもスタートアップを知ってもらう。特に日系CVCが投資した会社、例えばヤマハ発動機とトヨタが共同出資しているスタートアップもあるので、スズキやホンダ、日産といったほかの日系自動車会社にも興味を持っていただければいいなと。そうした企業を連れてくることで、個社にとどまらない日米のコラボレーションを加速させたいと考えています。

今回、森ビルにスポンサーのご相談をする際に「ビジョンは何ですか?」と問われたのですが、私がお答えしたのは「ベイエリアにいて日本のプレゼンスの低下を肌で感じる」ということ、そして「それがとにかく悔しい」ということでした。

いまフィジカルAIやロボティクスの領域が注目されていますが、一昔前であれば日本企業の名前がすぐに挙がったはずです。しかし、さまざまなカンファレンスでアジアのサプライチェーンやハードウェア企業の話になっても、まず名前が挙がるのは台湾や韓国の企業で、運がよければ日本企業も……という状況です。

大西圭一|Kei Onishi CEO & Managing Director, Yamaha Motor Venturesを経て、ヤマハ発動機 経営戦略本部長及びChairman, Yamaha Motor Ventures(2026年1月より)/ 2008年ヤマハ発動機入社後、二輪車事業において海外工場の生産企画と製造技術業務に従事。MBA留学を経て、CVC業務および新事業開発を担当。デジタルマーケティングおよびデータ利活用を中心として国内外拠点のDX推進を担当したのち、$300milを運用しているYamaha Motor Venturesにて投資戦略立案、投資実務、スタートアップ支援および事業部支援に従事。名古屋大学工学修士、マサチューセッツ工科大学経営学修士。

私自身、ヤマハ発動機という製造業で働いているわけですが、おじいちゃん世代、下手をするとその上の世代が築いてくれたものの上に立ってビジネスをしているという自覚があります。だからこそ「新たな変曲点」を設け、大きく成長していけるものを次世代のために残したいという思いを強く抱いています。そのためには、世界に目を向けてつながりを作り、共創していくモデルをより強化する必要があります。それを、CVCという切り口で実現できればと考えています。

そのきっかけ作りとして、日系企業の方々が集まりやすい東京で今回のようなイベントを開催することで、意義深いネットワークを構築できると考えました。そうした課題意識があるなかで、ARCH Toranomon Hills、Tokyo VC Hub、さらにはJapan Innovation Campus(JIC)など、さまざまな場を使って人をつなげていくアプローチを、「イノベーション」の文脈で展開されている森ビルと一緒にやらせていただくことには、ものすごく価値があるのではないかと思っています。

明石 ありがとうございます。

——JICの正式オープンから間もなく2年になりますが、この2年間で感じていることを聞かせてください。

明石 日本のスタートアップがシリコンバレーのローカルVCや地元企業と実際にビジネスをしていくのは、まだまだハードルが高いなと感じています。一方で他国のコミュニティを見ていると、長い時間をかけてスムーズにマーケットインできるようにイノベーションエコシステムを育ててきた国もあるので、日系コミュニティに適した良い形を模索している最中です。

ただ、産業によって大きく異なるとも感じています。シリコンバレーは世界中から多くの競合が集まっているので、競争環境のハードルが高い領域もある一方で、日本独自の技術が世界をリードしている領域もあります。両側面がとても顕著であるという点と他国コミュニティと比べても幅広い領域をカバーしているという点が、シリコンバレーで2年ほど活動してみての印象です。

——ほかの国や地域もJICのような拠点を持っているのでしょうか?

明石 運営形態はさまざまで、国、国と自治体、国と自治体と民間、など様々です。各施設のマネージャーとも交流があり、11カ国が集まったミーティングを開催したこともあります。シンガポールなどいくつかの国とは、両国のスタートアップや関係者を紹介するイベントを開催しました。今後も、領域やテーマなどに沿った形で、他の国とリレーションやナレッジを共有する場を設けていく予定です。

各国ごとにエコシステム関係者の属性やフォーカス領域が異なるので面白く、中でもシンガポールやスイス、イタリア、韓国などは、スタートアップがシリコンバレーで根付いてビジネスを拡大できるように、多様な活動をしています。

大西 あとはカナダも強いですね。カナダは国レベルだけでなく、州政府も同じようなプログラムを持っています。カナダは「ボリュームを取りにいく」のではなく、エネルギー、材料、AIといった「海外で勝てそうなところに絞って押していく」やり方だと感じます。さらにはトロント大学をはじめ非常に優秀なAI研究者やエンジニアがいるので、そういう人たちがアメリカに移って起業するケースも増えています。

じゃあ日本はどうかというと、一部のCVC、例えば今年大型のファンドの立ち上げをされたトヨタ、日立のように投資活動を加速させているところと、そうでないところの差ができており、結果としてシリコンバレーやアメリカ全体における規模感、プレゼンス、ブランドが低下してきている印象です。だからこそ、まだ積極的に投資をして、スタートアップとつないでいこうとしている私たち主催者側が、一緒になってみんなを連れてくることに意義があると思っているんです。

JICの役割と可能性

——JICと現地の日系CVCの関係性を教えてください。

明石礼代|Hiroyo Akashi General Manager, Japan Innovation Campus / 森ビル株式会社入社後、調査企画部門、メディア企画部門などを経て、都市開発のコンサル業務に従事。日本国内や台湾などでエリアプランニング、公共施設や観光施設の計画・運営計画などを推進。その後、麻布台ヒルズに開業したTokyo Venture Capital Hubの企画・設計に関わる。2023年4月に経済産業省令和4年度「海外における起業家等育成プログラムの実施・拠点の創設事業」受託に伴い、JICの立ち上げを実施。2024年1月より現職。

明石 主にこちらが相談させていただくことが多いでしょうか。日本のスタートアップは、情報収集や売り込みがまだそんなに得意ではありません。なので、グローバルに活躍されているCVCの方々にはマーケットのインサイトであったり、財務的・戦略的リターンの両面で、何かを判断するときに何を捉えているのかなどを解像度高くお聞きしたいというニーズが強いです。大西さんにはこのあと、そのあたりをたっぷり伺いたいと思っています。

大西 「スポンサードしたんだから使い倒しますよ」って言われました(笑)

明石 そうそう(笑)

大西 マジメに答えると、JICができる前はPlug and PlayやRakuNest、500 Startupsといったいくつかのアクセラレーターやコワーキングスペースが日系企業のハブになっていましたが、主に大企業向けだったんです。

でもJICができたことで、日系のスタートアップも含めて、大企業とスタートアップ、アカデミア、VC、CVCがつながっていく場が生まれました。他の会員制施設などはメンバーじゃないとなかなか行きにくいところもありますが、JICはニュートラルで、メンバーじゃなくてもふらっと入れる。ああいう場所が日本とアメリカ、大企業とスタートアップなど、CVCも含めてうまくつなげていける場所になればすごく面白いと思います。

Japan Innovation Campus

個人的には、日系の企業やスタートアップ、VC、CVCの間にはもっと強いつながりや連携の余地があると思っています。韓国なら韓国企業同士の情報共有や協業がものすごく進んでいますし、台湾も同様です。ナショナリズムというほどではありませんが、オールジャパンというか、日本というひとつの文脈を共有する人たちや企業がもっとコラボレーションして、面白いものを出していける伸びしろがJICにはあると感じています。

明石 ありがとうございます。JICがオープンしたてのころは、スタートアップと大企業は日常的な接点がさほどなく、ベイエリアに進出している日系企業との距離ですら思いのほか遠い感じがありました。「うまくつながらないな」と感じる時期がしばらくあったのですが、1年ぐらいかけて、いろいろな方がフラットに来てくださる場所になってきたと思います。いままでは「ネットワークを構築できる場所を作る」かつ「会員同士の相互協力をできるだけ作っていく」フェーズだったのですが、一歩進んでビジネスを前提とした協業を生み出すための運営にちゃんと振り切っていくタイミングが来たのかなと感じています。

人と人のつながりがイノベーションを生む

大西 結局、企業対企業というよりは人と人なんです。私がJICに行き出したのも、大学時代からの親友がスタートアップをやっていて、JICのメンバーになっているからです。それで行きだして、明石さんや森ビルのみなさんと知り合って、そこに来ているVCやCVCとも会話をして──という流れでいまに至ります。

量ではなく、そこにいる人のクオリティ。そこにいる人との信頼関係やつながり、それが次のアクションにつながっていくと思っています。そういう意味では、いかに熱量のある、いろいろなことを起こしていきたいと考えている人を惹きつけられるかどうかが、場づくりとして非常に大事になってきます。オフィスがキレイであることより、どれだけ「何かを起こしていきたいと考えている人」同士がつながれるかどうかが肝なんです。

逆にいうと、人が変わったら性質が変わる危険性もある。これはCVCでもそうですし、JICもおそらくはそう。明石さんから別の人になったら、たぶん別の場所になるはずです。それぐらい、ベイエリアやイノベーションの領域では人がすべてだと思います。

——CVCでも人がどんどん変わる現象は起きているのでしょうか?

大西 起きていますね。昨日も、われわれが共同投資をしている非常に有名なVCのファウンダーに言われました。いままで付き合っていた銀行系の方が、イノベーションとはまったく関係のない部署に異動してしまったと。「ジェネラリストを作る」という観点からいろいろな部署に行かされる、日本企業ではよくあるパターンです。

昨年のイベントに来てくださったとあるVCの方も、パネルディスカッションで「正直に言うけれど、ローテーションは本当にダメだ」とおっしゃっていて、オーディエンスの日系企業のみなさんも「ああ、やっぱり。だよね」という反応でした。

それをサステナブルにするには、やり方はふたつしかありません。ひとつはCVCというキャリアを確立して、そのなかで徹底的にプロを育てるアプローチ。CVCのVC化、プロ化、完全な専門職として確立していくやり方です。

もうひとつが分業です。特にベイエリアであれば、投資を生業としたい人は現地で採用する。一方、それだと足りないのが事業への接続や紹介です。誰を知っているか、事業の課題感を知っているか、誰に紹介してどうすればいいかまでわかっているのは事業部出身者なので、そこの分業をうまくやる。エクスターナルには同じ人がずっとスタートアップエコシステムとやり取りをするけれど、インターナルは変わっていく。そのどちらかではないかと思っています。

ただ、これをやるときにすごく大事なのが、現地の投資チームと、変わっていくプラットフォームチームとの間のシンビオティックな関係をどう作るかです。どちらかが急激に上に行くと、ものすごくバランスが崩れます。投資側が強くなり過ぎると「金のためだけにやっているのか」となりますし、事業側が強くなりすぎると、投資家たちが「お金儲けをしなくていいのか」と考える。このファインバランスをどうするかというニュアンスの難しさは正直ありますね。

——分業化はよさそうですが、事業側の判断の遅さが外側の人たちの感覚と合わなそうな気もします。

大西 そこは投資モデルの考え方ですね。本体のバランスシートを使って直接投資をするパターンと、われわれヤマハモーターベンチャーズのようなファンドストラクチャーで、事業部の承認や本社の経営会議の承認が要らないパターンがあります。

戦略リターンを取る、つまりヤマハが顧客になれるとか、スタートアップがヤマハの顧客になるとか、そういう契約ベースの商業的な関係のディスカッションと、投資のディスカッション、そこを混ぜると、おっしゃったようなことが起きるんです。

本来われわれのケースだと、このふたつは意図的に分割しています。そうじゃないと、ものすごい機会損失が発生するからです。そもそもファイナンシャルな投資の意思決定と商業的な関係の意思決定は、目的も、お財布も、基準も、意思決定者も、タイムラインも、全部が違うんです。これを混ぜると危険です。

でもそこをちゃんと分割すると、「ファイナンシャルとしてはいいよね」「戦略リターンは戦略リターンでいいよね」といった判断ができるようになります。分割することで、スタートアップも機会損失しないし、われわれも投資の機会損失がない。たとえ投資をしなくてもパートナーシップが結べれば、それも大きなウィンといえる。そういう考え方にマインドセットを変え、アプローチを変えることで、コラボレーションの機会をより増やせると思っています。

——いまさらなのですが、ヤマハモーターベンチャーズの立ち位置を改めて教えていただけますか?

大西 2015年の設立当初は、農業やヘルスケアなど本業から離れた飛び地での新事業探索が主眼でした。しかし現在は、モビリティやロボティクス、製造技術といった、既存のバリューチェーンと接点を持つ近接領域へ明確にシフトしています。資金が市場に溢れるなか、CVCとしてスタートアップの期待を超える価値を提供し選ばれる存在になるには、やはり我々が強みを持つ領域で勝負すべきです。「感動創造企業」として単なる出資にとどまらず、技術リソースの提供や、ヤマハ自体が顧客となる実利的な連携など、我々ならではの具体的な貢献ができる戦略的パートナーでありたいと考えています。

シリコンバレーの最新動向は?

——シリコンバレーの動向はどう変化しているのでしょうか? 注目領域についてお聞かせください。

明石 大きくはふたつあって、まずひとつが、デュアルユース(民間用途と軍事用途の両方に使える技術やプロダクト)がすごく増えてきたこと。それを紹介するイベントも増えましたし、関連の資金も動いている印象です。デュアルユースといっても、バイオもロボティクスもスペースもAIも全部入っているので、すごく幅が広いですね。

もうひとつは、メディカルやバイオ領域です。JICは元々これらのスタートアップが多く、強いのですが、アメリカでクライアントを見つけたり投資を受けたり、あるいは治験や臨床を始めるとか著名な研究者とチームを組むといった「引き」がますます強くなってきた印象です。

他国施設の関係者と話をしていても、これまではAIとかクリーンテックの話題が多かったのですが、最近はどの国もメディカルやバイオもと言い始めています。この領域の活性化が、この1年くらいでものすごく進んだと思います。

大西 全体的なファンディングの観点でいくと、まだまだAIにファンディングが集まっています。特にエンタープライズAIや、ChatGPTに代表されるようなLLMを使った新しいソフトウェアがメインです。それに引きずられるかたちで、AI for Physical Goods、フィジカルAI、AI for Material、マテリアルディスカバリーなど、派生するAIにも注目が集まっています。完全に誇張だと思いますが、会社名に“ドットAI”と付けると「売り上げはなくてもすごいお金を調達できる」という話が出るほど、やはりAIは多いなというのが全体としての印象です。

それに加えて、いまは政治とVC、政治とスタートアップがより連携し始めている印象です。明石さんがおっしゃったデュアルユースもそうですし、米中のサプライチェーンの分断も含めたアメリカという国の再産業化、自分たちでものを作れるようになろうという部分で、すごく盛り上がりを見せ始めていると思います。

クライメートテックに関しては、いまの政権の方針で助成金がカットされ始めていることに加え、やはり思っていた以上にクライメートは時間がかかるという点が投資にブレーキをかけている要因かもしれません。メカニカルエンジニアリングやソフトウェアエンジニアリングは時間軸が短いのですが、基本的にクライメートテックは化学やバイオロジーがベースになっているので、3カ月で10倍になるような世界ではありません。「10年かけて研究を進めるなかで突然何かが見つかり、1,000倍になる」といった世界なので、そうした状況とファンディングのミスマッチ、バリュエーションのミスマッチが徐々に明確になってきています。

あとは、グリーンプレミアムは存在しなかったという事実です。「たとえ高くても、カーボンが少ないならお客さまはプレミアムを払ってくれる」と考えられていたわけですが、それは幻想でした。いまはおそらく、製造やロボットでそれが起きている気がします。「自社が完全にコントロールできるサプライチェーンから作られた製品には、人は高いお金を払う」とされていますが、おそらくそうではなく、完全に損得勘定だけで動くと思うので、バリュエーションを含めてクライメートテックと似た空気を感じています。

——では、東京はどのような状況だと言えるのでしょうか?

大西 最近だと、長くシリコンバレーで活躍されたが新しい会社を東京で起業しようとしているとか、ハイパースケーラーでずっとAI研究をしていた人が東京で起業した……といったことがありますが、共通しているのが「日本の強みを生かして、アメリカではできないことをやろう」という点です。

私が見ている範囲ですごく多いのが、製造とロボットです。韓国や台湾がすごく追い上げてきていますが、やはりこれだけ多くのものが作れる会社が非常に広いサプライチェーンをカバーしている場所はほぼありません。また、ものすごく良質なメカニカルエンジニアやロボットエンジニアがいる企業も、世界的にみて非常に少ないんです。さらには素材も含めて、本当に川上から川下まですべての産業をカバーできている国、それが日本です。

アメリカが強いAIと、日本が強いハードウェアやマテリアルといった物理的なものをうまく組み合わせるために、「場所は日本で、東京で」というケースをいくつか見ますね。そこにヒントがあるのではないかと思っています。

いま、いろいろな国や都市との競争になっていますが、東京が何を強みとして持っていて、海外の優秀な人材に何をオファーできるのか……それを見つめ直すことが重要かなと。例えばアニメでもいいかもしれません。

——大西さんはシリコンバレーのイノベーションエコシステムの一員として入り込んでいらっしゃる印象があります。できない日本人も多いので、その秘訣を少しだけでも教えてください。

大西 私がアメリカのビジネススクールで学んだのはこの国の商習慣です。ネットワークが肝で人と人の関係から人を紹介してもらうことができ、次の機会につながり、ビジネスが始まるという流れです。それを理解したうえで、スッとその仲間に入っていくということが重要なのですが、当然そんなにすぐ目当てのコミュニティに入れませんから、自分たちと同じようなビジョンを持っている人とまず話をする、その時に、自分が何をできるのかということをちゃんとお伝えしながらネットワークをして、会社を紹介する、人を紹介するなどの自分が持つモノやできることをギブ、ギブ、ギブしていくうちに、逆にリターンが返ってきて、そこから本当に少しずつネットワークが広がってきた印象です。当然僕らの英語がうまくないことは相手も承知のことだから、旅の恥は搔き捨てと思って積極的に必要な人に話に行き、会話を交わしてもらえるように自分を磨く、それの繰り返しではないでしょうか。

明石 結局は企業の一員として臨むビジネスの場であっても、自分を磨くことが大切なんですね。

大西 そうですね。自分と話しても意味がないと思われたら、相手は時間を作ってくれません。コミュニティに対して何が提供できるのかというのをしっかりとマーケティングし、セルフブランディングする。いろんなイベントでしゃべるというのも方法の一つです。そういうことを繰り返していくしかないかなと思います。ここに至るのに私も4年かかりました。

——そんな大西さんのお立場から、JICに今後ますます期待されることは何でしょうか?

大西 おそらく、知り合うべき人に知ってもらうフェーズは終わったのではないかと思います。主なオーディエンスになりうる日系企業や、日本とかかわりがあるVCやスタートアップ界隈には名前が知れ渡りましたから。知ってもらった上で、ではどういう付加価値をコミュニティに提供していくのか、どうやってビジネスとして持続的に回していくのかを考えるフェーズにあるのではないかと思います。場合によっては、コミュニティをもう一度定義し直す、作り直す、入れ替える必要があるかもしれません。

CVCの立場から言わせていただくと、現状だと「日本のスタートアップをアメリカに」という方向に向いている矢印を双方向にしていくことで、強いコミュニティの醸成や定常的に価値をコミュニティメンバーに返していくことがやりやすくなるのではないかと思います。

明石 大西さんがおっしゃるとおり、「JICを知っている」という人は増えて、すごくありがたいなと思っています。ただ、今の状態が本当にスタートアップのためになっているのかというジャッジをもう一度しなければいけないなと思っていて、イベントの設計をはじめ、リフレッシュしているタイミングです。

元々、経産省からの運営受託は5年と決まっていて、ちょうど半分が過ぎたところです。残りの半分の期間で、いかにして、サステナブルに日系企業のコミュニティを支えていくのがベストなのかを再定義し、その後もオールジャパンで継続する方法をいろいろトライして構築していくところです。

私は常々「JICの核って何だろう」って考えています。森ビルには、「東京を世界一の都市にするために都市開発をしています」とか「都市に生きる人の営みをより豊かにするために何ができるか」といった具合に、磨きだされた個性に裏打ちされた価値を核としてブランディングしています。

JICの場合、メンバーの協力体制を作るとか、イベントを通じていろいろな人と知り合うとか、ランチ会を毎週開催するとか、そういう人流面の施策はあったのですが、ビジネスサイドの核を構築しきれていないのが現状です。JICを続けていくためには「この想いに、〇〇を実現するためにご一緒ください」と言えるような仕組みを独自に検討しなければいけないと思っています。

それって正解はないし、先程大西さんがおっしゃったとおり、私はこう思うけれど、私の後任はこう思うとか、おそらく人によってフォーカスすべきことが変わっていくと思うんです。いまは直感と、いろいろな方たちにお話を聞きながら、「JICの持つべき個性はこういうところかな」という部分を整理中です。

大西 ネットワークをマネタイズするビジネスだと、どうしても「お客さまは誰なのか」という観点がフワッとしがちなのですが、JICの場合は、ツーサイドマーケットでもいいと思うんです。CVCのケースでいくと、スタートアップはお客さま、事業部もお客さまというかたちですが、JICにとって誰がお客さまなのかを定義すると、結構クリアに決まっていくような気はします。みんなに対していいというより、どうメリハリを付けるか、ということです。それ次第では、提供するサービスとか、必要なチーム作りとか、お金の儲け方も含めて変わってくるのではないかなと思います。

明石 場というかたちで稼ぐのか、それとも違う形で稼ぐのかというのは、誰を相手にするかで変わっていきますよね。いろいろな事例を精査しながら、「ここがサステナブルかな」というポイントを見極めていきたいと思います。ほかの国を見ていても、助成金が抜けたとか、民間企業が抜けたとかで、運営が難しくなるコミュニティが結構あります。残りの2年半で、そうならないかたちに整えていきたいと思います。

Japan Innovation Campus


住所=212-214 Homer Ave, Palo Alto, CA 94301 USA
開館時間=月〜金8:00〜18:00、土・日・祝は休館